ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第93話




 御前試合本戦。早朝から多くの見物客が広場に設置された観客席にごった返している。

「酒に、弁当、日除けの傘はいかがですかぁ~」

 世界が変わっても人の営みには違いがないようで、そこいら中で物売りが声を張り上げている。

「御前試合限定、スペシャルフードはここでしか買えないよ~」

 異世界にも限定品とかあるんだな。
 そんなどうでも良いことを一般人の観客席よりリングに近い選手控え室テントで呟きながら目の前の試合をボーっと眺めている。

 現在、リングの上で行われているのは1回戦、第2試合。エリート魔術師VS魔法剣士♀の試合である。
 試合は、開始直後からエリート魔術師が優勢だ。得意の水魔法で距離を取ってずっと水の塊を魔法剣士にぶつけ続けている。
 水に濡れた魔法剣士♀の服がかなり扇情的なことになっており、観客席もヒートアップしている。
 魔法剣士もそこそこ魔力に対する抵抗力があるためか、中々決め手に欠けるようだ。

 ここで、1回戦、第1試合を軽く振り返ってみる。
 奇しくも魔術師VS剣士の試合であり、第2試合との共通点も多い。
 始終、魔術師の長距離からの攻撃にさらされ、一方的に蹂躙されての敗戦だった。

 違うのは、剣士の性別と魔法剣士は一応反撃をしようとしているところだろうか。
 先程からピンポン玉ほどの火の玉を手のひらに出しているのだが毎回水に消されている。
 どうやら魔法剣士は火魔法での攻撃に固執しているようだ。
 敗北は濃厚な為、せめて一太刀浴びせたい、という執念からの行動なのだろう。
 すでに足元はおぼつかず、とうとう煙がわずかにあがるのみになっている。

「根性あるなぁ、あの魔法剣士」

「そうだね、でももう」

 隣に座っていたルクスが小さく呟いたのとほぼ同時に魔法剣士が前のめりに倒れた。
 どうやら、意識を失っているようだ。
 すぐに救護班が魔法剣士に駆け寄る。 

「これで、第2試合も終了か」

「次はいよいよヒビキの出番だね」

 第3試合は、俺と疾風勇者の試合だ。

『さて、ここまで2試合が終了しましたが、どちらも予選免除者の勝利に終わっておりますね』

『予選免除者は、世間にも認められた実力者ですから。まぁ、順当な所ではないでしょうか』

『なるほど』

 係員に準備を始めろと言われストレッチをしていた俺に、変な実況が聞こえてきた。
 さっきまでの試合にはなかったものだ。恐らく風魔法かなにかの応用だろう。拡声器のように広場全体に声が行き届いている。

『さて、次の試合は注目の『勇者候補』がついに登場いたします』

『『疾風勇者』は、多彩な風の使い手との噂です。一体、どんな戦いを見せてくれるのか楽しみですね』

 耳を傾けていたが最後まで俺の事を何も話さなかった。
 いや、別に良いんだ。今までの目立たないように頑張っていた成果が出ているということだ。

「さて、少しだけ本気を出すかな」

 試合でちょっと本気になるには、噂通り『疾風勇者』が強いからだ。そこに他意はない。

 係員にリングに上がれと指示されたのでリングに上がる。
 そこにはすでに、ニヤニヤと笑っているティーゲルがいた。

「わざわざやられに来るとはご苦労なことだ。折角、大舞台で恥をかかないですむようにしてやったというのに」

「悪いな、負ける戦闘はしない主義なんだよ」

「うん?どういうことだ?」

「説明させるなよ。つまり、折角勝てる相手なのになんで逃げなきゃいけないんだ?っていったのさ」

「・・・貴様ぁ!!」

 こいつ、反応遅いな。店の時のように癇癪を起こして周りに風を起こしはじめた。
 審判が慌てて開始の合図をして、リングの上から逃げ出した。
 無理もない。『疾風勇者』の二つ名を手に入れる前、こいつは『皆殺しティーゲル』と呼ばれているらしい。
 周りにいる奴等は敵味方関係なく風の餌食にされる。

 俺は、刀を構えてティーゲルの攻撃に備える。

「ひゃはっぁーー」

 リングを舐めるように突風が吹き荒れる。とっさにこちらも風魔法で風の流れを変えたが、これだけで人が吹き飛ぶ威力だ。
 もちろん爆心地にいたティーゲルも例外なく吹き飛ばされている。そう、天高く。

『こ、これは、いきなりの大技ですね。ティーゲル選手の体が中に浮いております』

『自身の体に風を当てて持ち上げているのでしょう。しかし、素晴らしいパワーと正確性ですね』

 十分に高度を得たティーゲルは、風を全身にまとい頭からこちらに向かって急降下を開始した。
 そして、俺に対して直撃ではなく、かするような突撃を行ってきた。

「なぶるつもりか。まあ、こっちはその方が都合が良いけどな」

 繰り返し行われる突進をなんとかかわしながら、突進のタイミングと角度を覚える。
 奴を包む風に砂や小石が混じっていたのだろう、肌が露出していた部分に複数の傷ができていたが【自己再生】のおかげですぐに塞がる。

「どうした?手も足も出ないか?」

 ティーゲルが上空からわざわざ声をかけてくる。

「手も足もまだ出す必要がないからな。ブンブン飛び回るハエにやたら手足を出したらカッコ悪いだろ?」

 ティーゲルは無言で上昇し突進を繰り返し始めた。恐らくこのまま俺が倒れるまで突進を繰り返すのだろう。
 【心眼】のおかげで突進のタイミングをどうにかつかむ。
 次に降りてきた時が奴の最後だ。

 風を切る高い音が上空から聞こえてくる。
 奴の纏う風の先端が髪を揺らす。
 奴と視線視線が合う。タイミングは完璧だ。奴がニヤリと笑っていた。
 風の刃と鋼の刃が交錯する。しかし、吹き飛んだのは俺だけだった。

「なんだ、今のは!?」

 接触の瞬間、俺の足元で何かが爆発した。全身をチェックするが火傷などはないようだが先程にもまして切り傷が多い。

「圧縮空気の爆弾?」

 恐らくだが、俺の足元の空気を前もって圧縮していたのだろう。
 カウンターを取った瞬間にそれを解放し即席の爆弾にしたのだろう。

「流石に勇者を名乗っているだけのことはあるか」

 カウンターを狙っていた事がばれているとは。
 奴の突進は未だに続いている。先程の爆弾のせいで、こちらはまだ体勢を崩したままだ。

「じわじわとなぶり殺してやるぅ!!」

 言葉通り、膝を着いた俺に体勢を整える隙を与えず突進を繰り返してくる。
 仕方がないのでこの体勢のまま、作戦を実行に移す。
 ただこの作戦、効果が出るのに多少時間がかかる。
 この膝立ち姿勢で何度も突進を回避しなければならないのは変わらない。

 右側面からの突進を、左斜め前に前転してかわす。
 今度は真後ろから奴が来たので膝立ちのまま側転してかわす。
 側転後すぐに方向転換してくる奴の真下をリングに寝そべりゴロゴロ転がって攻撃をやり過ごす。

「そろそろか」

 目に見えて突進の速度が鈍っているので、急いで立ち上がり迎撃の準備をする。
 先程カウンターを取りに行ったときよりかなりゆっくりになっている速度。
 これなら、今度は足元で爆弾が破裂してもしっかり攻撃を当てられる。
 風との2度目の交錯。今度は、鋼の刃が風の刃を切り裂き、突風を血で染める。

「馬鹿、な。なぜっ!?」

 ティーゲルが血まみれでリングに倒れる。すぐさま救護班がティーゲルを担架に乗せて運んでいく。

『な、なんという番狂わせでしょう。勇者候補が一回戦敗退だっ!?これは一体何が起こったのか?』

『恐らく、相手選手の決死の一撃が運悪く当たってしまったのでしょう』

 違うっての。
 仕掛けは単純。奴の風の周りを俺の風魔法で覆い、進行方向から向かい風を当てていただけだ。
 あの台風のような風の中にいたティーゲルには風が肌に触れる感触からしか速度(正確には加速度の変化量、加加速度)を確認できない。
 もちろん、魔力の消費量で大体の速度はわかるだろうが、それも徐々に向かい風の速度をあげていったので分からなかったのだろう。
 まあ、そんな事をわざわざこいつらに説明してやる義理もないので、ニヤリと笑ってリングを後にする。

「すごいな、さすがヒビキだ。あんな風魔法の使い方があるなんて考えたこともなかったよ」

 どうやらルクスにはお見通しのようだ。

「俺は、お前みたいに強くないからな。いろいろ考えなきゃ勝てないんだよ」

「あはは、それで勇者候補を倒しちゃうんだからすごいんだよ。ヒビキは」

「そんなことより、お前の試合、この次だろ?準備しないのか?」

「うん、早く戦いたくてうずうずしてる」

 そんな事を話していると広場から歓声が上がり、係員がルクスを呼びに来た。

「もう、第4試合が終わったのか?」

 係員がうなずく。試合開始と同時に決着がついたようだ。

「で、どっちが勝ったんだ?」

 分かりきっていることを係員に聞く。
 第4試合は、病弱な少女VS魔術師♂の戦いだ。勝敗は火を見るより明らかだ。
 係員は、俺の予想通り、病弱な少女が勝利したと教えてくれた。




+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。