第90話
「予選は、バトルロイヤルみたいね。さっきの受付の様子だと十数グループに別れて行われるのかしら」
クェスがたいして興味も無さそうに呟いた。
「そうだな。本戦は32人で、一般参加枠は半分だったっけ?」
ゲイリーも知っているから答えた、程度の関心しかないようだ。そっけなく答える。
「本戦一回戦は全部、一般参加者と予選免除の実力者の対戦になっているわ」
バーラまで、この話はこれでおしまい。とばかりに会話を終わらせにかかってくる。
なぜこんな態度なのかルクスに聞くと、みんなヒビキの話を聞きたいんだよ。と返されてしまった。
しかし、事実なのだろう。あれだけ御前試合の話を投げやりに答えていた3人がこちらをキラキラした目で見つめている。
ついでに話には参加しなかったが、セイラも俺の方をじっと見つめてきている。
それというのも、ジルが面白可笑しく語った、『ウェフベルクの悪夢 正義のネクロマンサーVS悪のネクロマンサー』のせいだ。
しかも、副題にネクロマンサーとついているくせに内容は、
黒髪の凄腕魔法剣士の主人公と序盤は白髪だったのに主人公との恋愛のすえなぜか急に黒髪になるネクロマンサーのヒロインのラブロマンスだった。
ゾンビとモンスターに襲撃されたあの夜のことすべて知っている人間はほとんどいない。
戦える奴等は必死に門を守っていたし、一般人は残らず眠っていたからだ。
そのため、ジルが語るあからさまな作り話にもみんな興味津々のようだ。
語り部であるジルが飽きてしまい話は良い所で終了。そのタイミングで明日からの御前試合の事を聞こうとしたらこの始末である。
「これはもう、凄腕魔法剣士に直接語ってもらうしかないわね」
バーラがやれやれ仕方がないわねといった感じで肩をすくめる。しかし、よく見れば口元が笑っている。
「髪の毛は魔法使いにとって非常に重要。髪の毛の色が変わるほどの何かがまだ出てきていない」
クェスは、ヒロインの髪の色の変化の謎が知りたいようだ。目の前に実例があるので変なごまかしも効かないだろう。
「主人公とヒロインの濡れ場がまだだぜ。しっかり話してもらわなきゃな」
ゲイリーは分かりやすい。俺とジルのベッドシーンがお目当てのようだ。
いつの間にかセイラも先程より俺に近い位置に陣取っている。しかし、絶対に俺と目をあわせようとしない。
「そんな大した話じゃないぞ」
仕方が無いのであの夜の事を話せる範囲で話していく。
バーラは面白がっているだけなので、決着まで話せば満足してくれるだろう。
クェスには、キスしたら黒髪になった。後はよく分からない、と説明した。
ゲイリーのお目当ての濡れ場のシーンになるとなぜかセイラが顔を真っ赤にしながらもさらに近づいて来る。
どうやら、ゲイリーはセイラの反応を楽しむ為にこの話題を振ったのだろう。
やや支離滅裂になりながらも話をなんとか終わらせると、クェスがこちらに近づいてきた。
「どうしたんだ、師匠?んむっ!?」
一切の躊躇いも無く唇にキスをされてしまった。
アイラ達が椅子から腰を上げてすぐさま俺達を引き離す。
「いったい、どういうつもりですか!?」
エミィが怒りをはらんだ声でクェスを問い詰める。
「話の中の髪の変色について試してみたかっただけよ」
粘膜の接触による魔力の受け渡しは、ポピュラーな方法らしい。
もっとも、行為的にハードルが高いので恋人や夫婦、家族ぐらいにしか受け渡しができない。
「『全滅』は、私の弟子なのだから家族も同然。問題ないでしょ?」
心底、何が駄目なのか分からない顔で首を傾げられてしまった。
「問題、大有りです!!」
エミィとジルが俺と師匠の間に立ちふさがり、アイラが俺を胸に抱いてガードしている。
クェスとエミィで言い争いをしていると、
「実に低脳な争いだな」
ローブを身にまとった20代後半位の男が嘲りの表情でこちらを見ている。
「火炎旋風も落ちぶれたものだ。おっと、最初からこんなものか」
どうやらクェスの知り合いのようだ。
「師匠、こいつは誰です?」
最初から馬鹿にした態度で現れたこの男、クェスと一体どんな関係なのだろうか。
「・・・誰?」
「なっ!?貴様っ!!」
どうやらクェスはこの男の事を知らないようだ。
仕方が無いのでステータスを確認する。
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ティーゲル・キグレス
選定神官の加護 効果 闇耐性微上昇 対象 個人
スキル
【風魔法】★★★★
【水魔法】★
【火魔法】★
【魔術の血統】★★
魔術の才能を持つ子孫が生まれやすい
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選定神官の加護、つまりこいつは『勇者候補』と言うことか。
スキル的にはクェスと同じレベルの【風魔法】と【魔術の血統】を持っているが、あとはぱっとしないな。
しかし、高い【風魔法】のスキルと『勇者候補』と言うことは、
「もしかして、『疾風勇者』?」
そういうと、ティーゲルはにやりと笑った。
「その通りだ。貴様のような冒険者風情が俺を知っているとは驚きだな。いや、貴様のような冒険者風情ですら俺の事を知るほどに有名になったということか」
ティーゲルの言葉を聞いて、クェスが何かを思い出したようだ。
「思い出した、弱虫ティーゲルね」
「その呼び方をやめろ!!」
ティーゲルの怒声と共に店の中に突風が吹き荒れる。テーブルの上の食器は吹き飛び中身を周りにぶちまける。
お昼時を過ぎていたため店内にはそれほどの人がいなかったのが幸いだったが一歩間違えば大事故になりかねない。
本当にこいつが『勇者候補』なのか?
「ちっ、まあいい。そこの男がお前の弟子らしいな。本当はお前をズタズタにしてやりたいのだが、今回はこいつで我慢してやる」
言いたい事を言って、ティーゲルはさっさと店から出て行ってしまった。
「なんなんだ、あいつ?」
「ティーゲルは私の弟弟子。師匠のところで共に学んだ」
上手くいかないことがあるとすぐに癇癪を起こす泣虫ティーゲル。
クェスの師匠の教えを修めて独り立ちして以来一度も会っていなかったらしい。
「なんだか、師匠の事を目の敵にしてたけど」
「なんでだろ?」
またもクェスはかわいく首を傾げている。
そのあとクェスはずっと考え込んでいたが思い当たることが無いそうだ。
「とにかく、ティーゲルは『全滅』を目の敵にしているから気をつけて」
俺の知らないところでおちおち昼飯も食べられない状況に陥ってしまったようだ。
これ以上、何かに巻き込まれたくなかったので昼食を済ませてすぐに宿を取りその日は一歩も外に出なかった。
翌朝、御前試合の予選が開催された。
あの後、宿にこもったおかげか特に何も起こらずに予選に参加することが出来た。
登録のタイミングは同じ位だったはずの竜の戦士とは予選のブロックが違った。登録順での組み分けではないようだ。
「それでは、ブロック1から4まで選手は準備してください」
俺の予選ブロックは3。アイラは12だそうだ。
ちなみに予選ブロックは16まであり、それぞれ20人ほどで本戦進出をかけて戦う。
つまり、予選の参加者は300人を越えることになる。なかなか規模が大きい。
もっとも、おれの出場するブロックのメンバーを見たが、まともに戦えそうなのは20人中8人と1匹くらいだろう。
半数の人間が着の身着のままで、手には鍬や麺棒といった日常の道具を持った状態で参加している。
そして1匹と言うのは、
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エウロー・ビルケ 390歳 LV.38
状態 【擬態(人間)】
スキル
【魔族】
魔族の能力を発揮する。
【火魔法】★★★
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魔族がいた。使える魔法的にもこの前ボイラー君を送り込んできたザルクファーとかいう奴の部下だろう。
姿を変えるアイテムでも使って人間に化けているのだろう。これなら俺が触れば変身は解けてしまうはずだ。
とはいえ、こんなところで正体をばらしたら周りの人間が恐慌状態に陥るだろう。
そんなことを考えているうちに予選ブロックの開始を告げるドラが鳴らされるのだった。
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