第81話
ジルとの戦闘訓練、アイラとの鬼ごっこを何とかこなした俺を待っていたのは『エミィのご奉仕』だった。
ヴァンパイアの集団の入村というゴタゴタのせいで一晩中可愛がるという約束をまだ果たしていなかった俺は、その申し出を断ることが出来なかった。
そのため、次の日の早朝に出発するサイ達『ゴブリン運送』の初仕事を見送った俺は、そのまま冒険者ギルドでぐったりしながら『シチューのおっさん』との世間話をしていた。
まさか、おっさんとの会話に癒しを感じるとは、と思っていた所におっさんから爆弾を投下された。
「神官の誘拐?」
「そうだ、この街の教会の『選定神官』の女性がさらわれたらしい。今度も邪神教の連中が動いてるって噂だな」
ジルを吸血卿にする為のアイテムを提供した邪神教には若干の興味があるが、『選定神官』が絡むと途端にめんどくさく感じてしまう。
さらわれた『選定神官』には申し訳ないが今回はスルーしよう。
恨むなら俺に『選定神官』に対する嫌なイメージを植えつけたKYシスターを恨んでくれ。
「そりゃ大変だな。しかし、何でまた『選定神官』なんて誘拐するんだ?」
「ああ、そりゃ『竜の戦士』が現れたからじゃねぇか?」
「『竜の戦士』?」
嫌な予感がする。できれば聞きたくないが、ここで聞いておかないと後でさらにめんどくさいことになる気がする。
「なんでも数日前に街に灼熱竜が現れたらしいんだよ」
灼熱竜。さらに嫌なワードが増えた。
「で、その灼熱竜が街外れにある洋館に全身を鎧で覆った戦士を派遣してそこにいた邪神教の連中を駆逐したって話だ」
ああ、完全に俺の事だ。しかし、それがなぜ『選定神官』の誘拐に繋がるんだ?
「『竜の戦士』と『選定神官』が繋がらないんだが」
「邪神教からすればそんな勇者候補みたいな奴と『選定神官』をあわせたくないんだよ」
おそらくその辺りは噂の域を出ないだろう。実際には俺は邪神教の奴らには会ってもいない。
そんな俺を恐れるとは思えない。
「とてつもなく強いって話だぜ」
「そうか、じゃあきっと『選定神官』も『竜の戦士』が助けてくれるんだろうな」
そんな可能性が無いのは俺が一番知っているが、おっさんに話を合わせる。
「それがよ、噂じゃ竜の戦士は連戦できないらしいんだよ。何でも傭兵時代に受けた傷が原因で・・・」
完全にデタラメな『竜の戦士』のエピソードを熱っぽく話すおっさんの言葉に適当に相槌を打ちながらのんびりと過ごす。
俺がのんびり出来たのは時間で言うと15分ほどだった。
「主よ、登録が済んだぞ」
「お待たせして申し訳ありません」
エミィとジルがヴェルゴードを含む数人のヴァンパイアを連れて戻ってきた。
ギルドには休息の他にも用事があった。うちの村の住人になったヴァンパイア達の中でも戦闘を得意とする数人を冒険者登録する為だ。
ヴァンパイアはウェフベルクではモンスター扱いされることがある。これは、俺にはどうしようも無いことだ。
しかし、ジルのように亜人奴隷として扱えば冒険者登録ができるのだ。
これは冒険者ギルドが大陸中に勢力を伸ばしているおかげである。
ヴァンパイアを亜人として扱う地域で冒険者登録を行う者たちの為のしくみだが、今回はそれを利用させてもらった。
これで彼らは『ヴァンパイアというモンスター』である前に、『ヴァンパイアの冒険者』として扱われる。
もちろん、この街でヴァンパイアが普通に冒険者登録を行うことは不可能だ。
ギルドのカウンターに辿り着く前に捕獲、または殺害されてしまうからだ。
しかし、俺の亜人奴隷にしてからなら誰にも邪魔されずにカウンターで冒険者登録ができる。
冒険者になれば、街の中の施設も使えるようになる。
そうなればヴァンパイア達が自力で糧を得られるようになるだろう。
しかし、冒険者登録が無事に完了した理由は髪の色のおかげが大きいだろう。
ジルを含めて全員が黒髪なのだ。
別に全員が吸血卿に成ったわけではない。エミィが作った染髪料のおかげだ。
「そうですか、黒髪がお好みですか」
これは、ヴァンパイア達の入村のゴタゴタが落ちついて、ジルの黒髪を見てエミィが最初に言ったセリフだった。
次の日の朝にはエミィは黒髪で俺の前に現れた。
女性は髪の色が変わるだけで大きく印象が変わるのだなと考えたあと、すぐに髪の色を戻させた。
幸いなことに魔法薬の一種だったようで綺麗に元に戻った。
エミィはそのままが一番可愛いと一時間ほど言い続けてようやく戻してくれた。
そうして生まれた『染髪料(黒)』を使って彼らの髪を染めてもらった。
ヴァンパイア達は特に抵抗感も無く白髪を染めてくれた。
どうやら髪を染めるという文化がヴァンパイア達には元々あるようだ。
髪を染めて人間社会に溶け込もうと努力したのだろう。
しかし、吸血卿に成ったときの変化が髪に現れるように、ヴァンパイアの白髪は魔力を帯びておりどのように染めてもすぐに戻ってしまうらしい。
エミィの『染髪料(黒)』もおそらく1日持たないだろうとのことだった。
それでもヴァンパイア達は効果の長さに感動していた。
「おう、なんだこの黒髪の美人は?」
「うむ、わらわが美人であるのは認めるが、わらわを忘れるとはいい度胸をしておるな」
「うん?その声は、白髪のねーちゃんか? なんでまた黒髪に?」
「そうじゃな、主の趣味じゃ」
「お、おう、すこし刺激が欲しくて黒髪にさせたんだよ」
さすがに本当の事を言えないので、俺の趣味と言うことにしておこう。
エミィが、やっぱり、とかつぶやいているが気にしない。
「へぇ、さすが『全滅』だな。こんだけ綺麗どころの奴隷がいてまだ刺激が欲しいのか」
「ま、まあな」
冒険者ギルドでの用事も終わったのでアイラと合流する。アイラはラティアとの買い物に付き合っている。
急に村人が増えたので生活用品がまるで足りないのだ。
アイラたちにも3人ほど髪を染めたヴァンパイアが荷物持ちで着いていっている。
サイたちがピカソと馬車を使っているので新しい馬車もついでに買うことにしている。
これからの事を考えると2台ほど買っておいてもいいかもしれない。
そんなことを考えながらアイラたちとの待ち合わせ場所に行くとなにやら騒がしい。
「なにかあったんだろうか?」
「そうですね、あそこにアイラがいますが、なにやら揉めているようです」
エミィにしめされたほうを見るとアイラ達がいた。周りには気絶している男が15人ほど。
「アイラ!!ラティア!!大丈夫か!?」
「あっ、ご主人様」
どうやら怪我は無いようだ。ラティアもぽかんとしているが元気そうだ。
ヴァンパイア達は俺達が来てほっとしているようだ。
話を聞くとどうもいきなり男達に絡まれて連れ去られそうになったようだ。
それをすべてアイラが返り討ちにしてこんな常態になっているらしい。
「物取りや追いはぎではないと思います。いきなり後ろから襲い掛かられましたから」
完全な死角からの攻撃を簡単に避けて、攻撃してきた男を一撃で気絶させラティア達を襲おうとしていた男達も次々と気絶させたらしい。
「とりあえず、正当防衛だな」
めんどくさいが男達全員を一本のロープで縛り上げ、身動き取れないようにして大通りに放置することにした。
こちらの世界では自警団や領主軍が警察のような仕事をしているが、はっきり言って捜査方法は雑である。
下手をすればこちらにあらぬ疑いをかけてくる奴がいるかもしれないのでこれ以上この場にいるのはまずい。
すぐに現場を離れて馬車を買う為に魔物使いギルドに向かう。
ピカソと同じグランタートルがいたので2匹購入する。
今回は亀たちに無理が無いように『伏せ』をさせてみたがしっかりと『伏せ』をしてくれた。
今回は魔物使いギルドで馬車の購入もした。
前回、案内役がモンスター購入だけといったときに変な顔をしたのは、普通は馬車まで魔物使いギルドで購入するからだったようだ。
「おかえり、遅かったな」
最近、完全にこの村の住人と化しているフレイが出迎えてくれた。
手にはハルバートを持って水浴びでもした後のようにずぶ濡れだ。周りにへとへとになってるゴブリンたちがいるところを見ると訓練をしていたようだ。
「ゴブリンたちを苛めてるのか?」
「人聞きの悪いことをいうな、全体の訓練についていけない奴らに個別に訓練しているだけだ」
どうやら教官のような立場に収まっているようだ。周りのゴブリンたちも別段嫌がってはいないのでいい教官なのだろう。
こうして全体の錬度が上がるのはいいことだ。これからもフレイには教官を続けてもらおう。
「よし、じゃあご褒美に一緒に風呂に入ってやろう」
「えっ、いや、だって、はっ、それのなにがご褒美なんだ!?」
なんだか色々葛藤があったようだが、断られてしまった。
後ろで、じゃあ私が、とか、みんなでお風呂楽しそうですね、とか聞こえるがスルーだ。
「みんないるから丁度いいかな?最近物騒だから気をつけるように。特にエミィやラティアは寝るときも誰かと一緒にいるのがいいかもしれない」
邪神教の狙いが分からない以上、用心しておくべきだ。
「では、今夜はご主人様の寝室にお邪魔いたします」
「あ、じゃあ私もヒビキさんと一緒に寝ていいですか?」
欲望と純真に同じお願いをされてしまった。自分が言い出した手前、断りづらい。
仕方ないのでその日は、3人で仲良くベッドで眠った。
明日は、アイラとジルと一緒に寝るという約束までさせられてしまった。
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