第79話
ジルがいないことに気づいて、すでに一時間が経っていた。
村の中は探し尽くし、これは村の外に出ていったのではないかと言うところまで結論をだした。
「何かあるとは思ってたがまさか、こんなに早いとはな」
「そうですね、昨日の今日でとは思いませんでした」
エミィと溜め息を付き合いながら今後の行動を話し合う。
「ジルの居場所を探さなきゃいけないな」
「とりあえず、ボイラーさんの体の一部を頂いて作った『発信器』をジルの服に仕込んでおきました。これで魔族探知機でジルを探せるはずです」
俺が頼んだのは昨日の昼過ぎだったはずだが翌日にそこまで出来るとは。
「試作品が出来たのでジルを探していたらご主人様とジルだけでお楽しみの最中でしたので、隙を見て脱ぎ捨ててあったジルの服に発信器を仕込んでおきました」
淡々と事実を語るエミィ。
顔が笑っていなくて非常に怖い。
帰ったらご褒美に一晩中可愛がると約束させられた。
「どこか行くのかい?」
眠そうにしながら呑気な声でセルヴァが話しかけてきた。
「ジルを探しにいくんだよっ!」
「ジルってあの髪が白い人?」
「そうだよ!」
「送っていこうか?」
「へっ!?」
「彼女なら街外れの洋館にいるみたいだから急いでるなら送っていこうか?」
「な、なんでそんなことが分かるんだ?」
「えっ、だって匂いとか魔力とかが残ってるし、すぐ分かるよ?」
恐るべし、竜の感覚器。
しかし、背中に乗せて貰って大丈夫か?
確か、特別な相手しか乗せないと聞いた気がするが。
それこそ、ジルの吸血みたいなものではないだろうか?
こいつが自分の伴侶だと分かりやすくアピールする。精神的露出プレイか。
「とりあえず顔を隠してれば大丈夫だと思う。・・・いずれはそういう関係にもなるだろうし、問題ないよね」
言葉の後半が聞き取れなかったが、問題ないようだ。
顔を隠すのもルビーとの合体技ならクリアできる。
「じゃあ、頼む」
「任せてよ~」
ムフッーと鼻息荒く答えるセルヴァ。
すでにルビーも足元にいるためこのまま出発できる。
「ここだね。匂いもするし、間違いないよ」
洋館の真上で旋回を続けるセルヴァ。
「よし、おろしてくれ」
俺はゆっくりと下に降りてくれと言ったつもりだった。
しかし、絶対王者にとってこの高さは何の問題でもないと判断したのだろう。
「うん、じゃあ頑張ってね~ 私は戻って二度寝するから~」
セルヴァはそう言ってぐるりと背中を下に向けた。
「ちょっ、まっ、おま!?」
当然落下を開始する俺。
とっさに風魔法で減速し、操力魔法を駆使して落下に角度をつけ少しでも滞空時間を稼ごうとする。
そのため、洋館の壁にライダーキックをぶちかましてド派手な侵入となってしまった。
すぐさま、見張りが駆けつけてきたが竜の鱗を傷つけられるような武器を持った奴はいなかったので、落ち着いて一人ずつ気絶させた。
「こいつらも、髪が白いな」
まるでジルのような白い髪をした見張りたち。
ステータスを確認するとやはり種族がヴァンパイアとなっていた。
「つまり、親戚か何かって事か?」
ファミリーネームは違うが、ジルの関係者だろう。
今度は気絶させずに情報をいただこう。
騒ぎに気づいてやって来た次の敵を今度はルビーの体を伸ばして拘束する。
「さて、ここで何をしている?」
拘束した二人の男もやはり髪が白かった。どちらも口を割りそうにないので仕方なく聞き方を変えた。
片方の男の顔と体をまんべんなく殴る。
鱗に削られた皮膚からかなりの出血があり、男は悲鳴をあげるがしばらくするとこちらを睨んできた。
俺は努めて優しい声で男たちにこれからすることを伝える。
「これから、今のようにお前達を痛め付ける。殴るところがなくなったら、回復魔法をかけてまた殴る」
男たちに動揺が走るが俺は続ける。
「回復魔法をかけるタイミングで情報を話すか聞いてやるから喋りたくなったら言え。喋ると言ってからもう一回、殴るところがなくなるまで殴って回復魔法をかけてから話を聞いてやる。だからギブアップは早めにしとけよ。話す気になってから実際に話すまでにラグがあるからな」
話ながら殴った男の傷を治してやる。
男は傷が治ったと言うのにガタガタ震え出してしまった。
「さて、はじめるか」
腕を振り上げると同時に二人から、なんでも話すから待ってくれ、と言われたのでこれ以上はなにもせずに話を聞くことにした。
もちろん、デタラメを教えたらひどい目にあうと念を押して話してもらった。
どうやら、ジルは吸血卿というヴァンパイアの上位種に成るための儀式のためにここに来たようだ。
こいつらのリーダーはジルに吸血卿に成らなければ俺たちがひどい目に遭うとそそのかしてここに呼び寄せたらしい。
しかも、
「今回の儀式には邪神教の協力があったんだ」
「吸血卿に成ったら、すぐに魔族にして勇者候補達を始末させるといっていた」
魔族となった吸血卿は魔王並みの強さらしい。実際、吸血卿の魔王も存在するとのことだ。
「俺たちは吸血卿の庇護下で平和に暮らせると言われたんだ」
ヴァンパイアは迫害を受けて暮らしているという。
ジルはどうやら、ヴァンパイアの貴族の娘だったらしい。
迫害を受けていた同胞を匿っていたが、それが原因で居城を攻め滅ぼされていたようだ。
「だから、きっと吸血卿にさえ成ってくれれば人間を殺しまくって俺たちを守ってくれるはずだ」
嫌な話を聞いてしまったが俺はジルを諦めるつもりはない。
あいつは俺のものだ。
あいつがもし吸血卿に成ってしまったとしても、守るべき者達がいなければどうなるだろう。
手始めに目の前にいる男たちに近寄っていく。
「な、なにをするつもりだ!?や、やめろ!!話が違う!!」
「うるさい、お前達が邪魔になったんだよ」
「く、くるな、来るな!!ア、アーッ」
余計な仕事が増えたせいで時間がかかってしまった。
見張りと出会うたびに時間を取られてしまったが、ようやくジルのいるであろう大広間にたどり着いた。
両開きのドアをゆっくりと開けると、扉から一番離れた所に豪奢な椅子が置かれ、そこには見慣れた顔の女性が座っていた。
「ジル!!」
話しかけると、ジルはピクリと反応しゆっくりと目を開けた。
首元に見慣れないペンダントが見える。アレが協力者が提供したアイテムか?
「なんじゃ?主か?なにゆえここにおる?」
不思議そうに俺を見つめるジル。いつもと同じはずのジルに違和感を感じる。
「その髪の毛はどうしたんだ?」
違和感の正体に気づく。ジルの白くて美しかった髪が黒髪へと変わっている。
烏の濡れ羽のようなしっとりとした黒髪はジルの雰囲気を変え、妖艶な色気を醸し出していた。
まさか、儀式はすでに終わってしまったのか?急いでステータスを確認してみる。
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ジルコニア・ヴラド (吸血卿) Lv.36
ネクロマンサー 18歳
スキル
【吸血(主人)】
対象の血を吸うことで相手の体力、魔力を自分のものにする。
また、対象に【吸血(従者)】のスキルを与え、状態異常『ヴァンパイア(従者)』にする。
【契約(血液)】
血の契約を結ぶことが出来る。
【死霊魔法】★★★
死霊魔法を行使できる。
【吸血卿】
吸血卿の力を得る。
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「これか?儀式の間に色が変わってしまってのぅ。主は黒髪は嫌いかのぅ?」
ジルのふとした仕草にごくりとのどを鳴らしてしまう。やはり儀式はすでに終わっているようだ。
「くふふ、どうやらお好みのようじゃのぅ」
「ジルコニア様、お戯れはそこまでに」
「なんじゃ、ヴェルゴード。わらわと主の睦言を邪魔するな」
ジルがつい、と視線をヴェルゴードと呼ばれた男に向ける。それだけで男は膝を屈してしまうほどの重圧を感じるようだ。
「ジルコニア様、その者は人間です」
「わかっておるわ、わらわが主を見違えるわけがなかろう」
「では!!」
「黙れ」
その声は静かに、しかし大きく心を揺さぶるものだった。
ヴェルゴードは金縛りにあったように指一本、己の意思で動かすことが出来ないようだ。
「さて、主よ。わざわざ迎えに来てもらえるとは思っておらんかったよ」
「お前は俺のものだからな。お前も言ってただろ?俺に迷惑はかけないって」
「うむ、確かにいったのぅ」
「でもお前、迷惑かけてるじゃねぇか」
「うん?そうかのぅ?」
「俺はお前がいないだけで迷惑なんだよ!!」
ジルはきょとんとしてすぐに笑い出した。
「くふふ、えらく情熱的な告白じゃのぅ」
「何とでも言え、俺はお前を諦めない」
「そうか、では主よ」
「おう」
いよいよ戦闘開始か、そう思い全身に力を込める。
「帰るとするかのぅ」
「えっ!?」
「えっ!?」
俺とヴェルゴードの声が重なってしまった。
「なんじゃ?せっかく迎えに来てくれたんじゃろぅ?」
「あ、ああ、そうだけど」
「ならば一緒に帰ろうではないか、今日の朝飯はなにかのぅ」
ジルは椅子からすくっと立ち上がりテクテクと俺の元までやってくる。
「ほれ、わらわを抱きしめんか。ルビー、邪魔じゃ少し離れておれ」
ルビーがジルの言葉に従い俺の体から離れていった。
ジルは両手を広げて俺の抱擁を待っている。
ジルをぎゅっと抱きしめた。
「うん、やはり主からの抱擁は心地よいのぅ」
「あはは、俺の心配はなんだったんだよ」
「うむ、わらわがよそで別の男と会っておって嫉妬したんじゃな?仕方が無いのぅ。わらわの主は主だけだと言うのに」
ケラケラと笑うジルの顔を見てしまえばここまでの苦労など吹き飛んでしまう。
「ちょっとまてーーーー!!」
このまま抱き合いながら洋館を出ようとしたがヴェルゴードに止められてしまった。
「なんじゃうるさいのぅ。もう儀式は済んだじゃろ?」
「ええ、済んでます。それなのになぜあなたはまだそんな男とじゃれあっているのですか?」
「なぜといわれてものぅ。自分の好いた男と抱き合って何が悪いんじゃ?」
「あなたは吸血卿に成ったのですよ。それならば人間など簡単に駆逐できるはずだ」
「別に人間を殺す理由も無いしのぅ」
「そんな馬鹿な!!あなたの両親は人間に殺されたんですよ!!」
「確かにそうじゃ、最近まで人間の事もちゃんと憎んでおった」
「ではなぜ!?」
「人間全部を恨んでも仕方ないじゃろ?人間にも良い奴悪い奴がおる。当たり前の事じゃがのぅ」
確かに初めてジルと会ったとき、ジルは俺達を嫌っていた。
それからの暮らしに劇的な何かがあったわけじゃない。ただ、一緒に食事して一緒に寝て一緒に居ただけだ。
「そもそも人間ってどんだけいると思っておるんじゃ。多すぎじゃろ敵」
ジルがやれやれといった風に肩をすくめる。
「認めない」
「うん?なんじゃ?」
「俺は認めない!!」
ヴェルゴードが剣を抜きながら叫んだ。
「俺だけではない。ここに集った同胞達も全てお前を許さない!!」
ここには50人ほどのヴァンパイア達が居た。それが一斉に襲い掛かってきたら俺はともかくジルは危険かもしれない。
未だに吸血卿の実力は分かっていないのだ。
しかし、
「あ~、ごめん。お前の同胞、全員倒しちゃってるわ」
「な、なんだと!?殺したのか!?」
その言葉にジルが悲しそうな顔をこちらに向ける。さすがに同胞の大量殺人は堪えるのだろう。
「いや、全員【従者】にした」
「どういうことだ!?貴様は人間のはずだ!?」
ジルの使えるスキルは全て俺も使える。
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スキル
【吸血(主人)】
対象の血を吸うことで相手の体力、魔力を自分のものにする。
また、対象に【吸血(従者)】のスキルを与え、状態異常『ヴァンパイア(従者)』にする。
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このスキルで全員を 状態異常『ヴァンパイア(従者)』 にした。
状態異常『ヴァンパイア(従者)』は、1時間で種族『ヴァンパイア(従者)』に変化する。
こうなると、通常のヴァンパイアの命令に絶対服従となり簡単に武装解除させることが出来た。
「つまり、今残っているヴァンパイアはお前だけなんだよ」
「そ、ん、な馬鹿な」
ヴェルゴードが気落ちしている隙にこいつにも噛み付いて【従者】にする。
ヴァンパイアの純粋な血統がこれで滅んだということになるらしい。
事件も解決し、意気揚々と村に帰った。
「ただいま」
「おかえり、なさいませ?」
「すごく、沢山ですね」
何が沢山かと言えば、人数だ。
洋館にいた52人のヴァンパイアたちは行き場を無くしてしまった。
洋館があるじゃないか、と聞いたらあれは儀式の為に準備した物で長期間住むことはできないらしい。
ついでに言えば、吸血卿であるジルとできるだけ近くに居たいと頼み込まれた。
「主よ、わらわからも頼む。こやつらの標となってやってくれんか?」
そんな風に頼まれては断ることも出来ない。
「お前ら!!扱き使うからな。基本的に俺は男には厳しいぞ!!」
ちなみに52人中20人が女性だった。
「ヴァンパイアの女を抱くことはとめんがお互い合意の上で行うように頼むぞ、主よ」
「血を吸われるのはお前だけで十分だよ」
こうして、村に新たな住人達が増えることになった。
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