第72話
野球の試合とその後のゴタゴタのおかげでゴブリン達の確執もかなり収まった。
試合中にルビーの弾丸を受け止めていたラルを見ていていたのが大きいようだ。
その後の戦闘で実際に指揮を取っているのも良かった。
問題はどちらかと言えば選手ではなく監督にあった。
「あれはどう考えてもこちらが勝っていただろう!?」
「ミノタロウがホームベースを踏んでいない以上、認められるのは同点までです」
なぜこれほど揉めているのかというと、どうやらこの二人、賭けをしていたようだ。
内容は二人が口をつぐんでしまうので分からないが二人とも譲らない。
仕方がないので一人で街に避難することにした。
時間潰しに冒険者ギルドに行くとまた魔王がいた。
「チィース、先輩」
「お前、暇なのか?」
とは言え、こいつとしか話すことのできない話題もある。
しばらくダベって依頼の掲示板を確認すると、錬金術師ギルドは未だに冒険者の募集をしているようだ。
「ブレトに行った冒険者達の戻りが悪いみたいだな」
「今、あっちは大規模な戦闘の後の復興で大忙しっすから、敗軍のトップが言うことじゃないっすけど稼ぎ時なんでしょうね」
そんな、働き先の話をしていると就職難民がヤクゥを連れてやって来た。
「ヒビキ、すまない。まだ、仕事が見つからないんだ」
ひどく落ち込んだ様子だ。
ヤクゥも一緒になって頭を下げている。
「うはっ。幼女に謝らせてる先輩、マジ鬼畜」
魔王の頭を叩いて、サイに気にするなと答える。月1の利子さえ払ってもらえば問題ない。
しかし、サイなら何でもやれそうだが、器用貧乏って奴かね。
そこで、ふと新しい商売を思い付いた。
この面子ならではといったところだろうか。
「サイ、俺がお前を雇いたいって言ったら働いてくれるか?」
「しかし、そこまで面倒見てもらうわけには」
「お前だから頼むんだよ。なんなら住む場所も提供してやれる。・・・少しゴブリン臭いかも知れないが」
俺は、サイとついでに魔王にも商売の内容を説明した。
話が終わったあと一旦ゴブリンの村に戻った。
ヤクゥをアイラとラティアに任せてエミィを呼ぶ。
いまだに言い争いを続けていたのには驚いた。
村での準備を終えてまたすぐさま街に戻る。
「いらっしゃい、ヒビキくん。話があると聞いたんだけど?」
俺たちが来たのは錬金術師ギルドだ。
目的はフランクに商談を持ちかけるため。
「フランクさん、ブレトへの商隊の護衛見つかりました?」
フランクは、はぁぁ、と溜め息をついた。
「それが全然ダメなんだよ。期待してたブレトからの帰還者たちがほとんどいないし」
予想通りの答えに心のなかでガッツポーズを取る。
「それなら、護衛も俺が用意しましょうか?」
「できるのかい!?」
「ええ」
俺は、フランクに護衛の条件を話した。
護衛のほとんどは、人間ではなくモンスターである。
定期便として機能させ、往復の料金の半分を前金で残りは仕事終了時に支払う。
ルートの選定をこちらに任せてもらう。
フランクは護衛がモンスターと聞いて驚いていたが、白磁器の扱いにも慣れていることを話すと納得してくれた。
サイにはゴブリン達ではできない人間との交渉や連絡を任せた。
つまりは責任者だ。
「そこの片腕だけ籠手をつけた彼が護衛の責任者なのかな?」
サイに責任者を引き受けてもらう代わりに、義手を渡した。外見は確かに籠手のように見える。
もともとサイ用にエミィに作って貰ったもので、【操力魔法】を込めた魔鉱で作った物だ。
操々(そうそう)の義手+4 という。
火を操るから操火、
操力魔法を操るなら操々なのだろうか。武器ではなくアクセサリー扱いのようだ。
骨董の自在置物の様に指の関節が全て可動式に作られた義手を操力魔法で動かすだけ。
操力魔法が切れたら、新たに操力魔法を込めた魔鉱石を腕の内側にあるくぼみに入れればいい。
操力魔法も回復するし、欠けたり変形したりもある程度は元に戻る優れものだ。
取り付けが終わると、しきりに腕を動かして感触を確かめていた。
「しかし、いいのか?こんなに良いものを貰って?」
「それも借金だな。金が用意できるまで妹はうちで人質だ。もちろん下働きもしてもらう」
「何から何まですまない」
「妹を人質に取られて感謝するなよ、変なやつだ」
「先輩、マジ、ツンデレ」
今回の護衛の仕事で意外と役に立ったのが魔王である。
森での安全なルートを出発前に教えてくれることになった。
「あくまでも予想っすからあんまりあてにしないでくださいよ」
もっと調子に乗るかと思ったが意外に謙虚だった。
フランクとの契約も無事に終わり、こうして冒険者パーティー『ゴブリン運送』が立ち上がった。
最も、パーティーメンバーはサイ1人で後はゴブリン達、場合によってはミノタロウなどの編成になるだろう。
と言うわけで俺達は新しい金儲けの成功を祝して前祝いを行うことにした。
「せ、先輩。マジでここですか?」
「ヒビキ、流石にここはやばくないか?」
「大丈夫だって、知り合いに聞いた店だからそんなに高くないし、かわいい娘も多いらしいぜ」
そう、俺が選んだ前祝いの店はかわいい娘とお酒を飲んで楽しく会話する、いわゆる『キャバクラ』と呼ばれる店だ。
猫&犬とは違い最後まではいたさない健全なお店だ。二人がしり込みしている理由を聞いてみると。
「べ、別にビビってないっすよ。この店は来たことないからちょっと戸惑っただけっす」
「ヤ、ヤクゥにバレたら何を言われるか・・・」
そんな二人をなだめ透かして店に入る。すぐさま席に案内されて飲み物のオーダーを聞いてくる。
ユウキが俺のとなりに座ろうとしたので、対面の座席に座らせる。
「野郎で並んでどうするんだよ。女の子が座れないだろ」
「し、知ってますよ。ちょっと先輩を試しただけです~」
席に座っても飲み物選びに二人があたふたしているのでこれまたおっちゃんに飲ませて貰った酒を三人分オーダーする。
「せ、先輩。慣れてますね」
「そうか?酒の名前を言うだけじゃないか?」
「こういう店は初めてだ。緊張しちまうよ」
「サイが初めてなのは意外だな」
「生きるのに必死だったからな。酒を飲むのもひさしぶりだ」
酒と一緒に女の子が来た。俺の隣に髪が長くてスラッとした二十歳前後の女性が座る。
やや露出の多めの体のラインの出るドレスを着ている。うん、美人だ。
ユウキの隣にショートカットの笑顔のかわいい娘が座る。緊張しているユウキでも話しやすそうな人懐っこい女の子だ。
サイの横には胸の大きな女性が座っている。歳はおそらくこの中では最年長だろう。
しかし、けして老けているのではなく、女性として成熟したといった感じの妖艶な美人だ。
「はじめまして、ルナです」
「シェリーです」
「ヴァイオレットです」
自己紹介も終わりみんな思い思いに話をする。ルナは見た目のイメージよりよくしゃべるタイプだった。
「おにーさん、冒険者さんでしょ?」
「分かる?」
「わかるよ~、なんとなく目が違うのよねぇ」
こんな感じの会話を続けた。
「だ、か、ら、俺、魔王なの!!」
「きゃはは、おにーさん。おもしろいねぇ~」
どうやらユウキも緊張がほぐれて楽しんでいるようだ。
しかし、魔王発言は不味くないか?そう思って回りを見るが誰も気にしていなかった。
後で聞いたら、ああいうお店で自分は勇者だとか言う奴が結構いるらしい。
「あなた、ずいぶんとたくましいのね」
サイの胸板に指を這わす、ヴァイオレット。
「あ、ああ、鍛えているからな」
「ふぅん。ねぇ、あっちの方もすごいのかしら?」
「あ、あっち?」
「そう、あっち」
サイも楽しんでいるようだ。酒をカパカパ空けている。
夜は始まったばかりだ。俺も楽しもう。
明けて次の日、俺はその日変な奇声で目を覚ました。
「ウギョゥォォオーーー」
奇声の正体はユウキだった。どうやら昨晩の記憶があるようだ。
目を覚ましてそれを思い出したようだ。
「せ、先輩!?き、昨日のことはお互い忘れませんか!?」
「なんだ?楽しくなかったか?」
「いえ、すごく楽しかったです!!近い内にまた行きませんか!?」
気に入って貰えたようだ。
とりあえず昨日の黒歴史は俺の胸にしまっておくと伝える。もしかしたら、対魔王用の即死魔法になるかもしれないし。
「ヒ、ヒビキ!?昨日のことなんだが!?」
もう一人、黒歴史の持ち主が現れたようだ。ユウキの時と同じように答えてやり安心させてやる。
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