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第57話





 エヴィンがフランベルクを突きだしてきた。
 しかし俺との距離は優に10mはある。届くわけがない。つまり、

「なんか飛んでくるってことだな!?」

 上半身を反らして、剣の切っ先から発生した液体を避ける。
 そのまま後ろにあった壁にバシャッとぶつかると、ぶつかった所に穴が開いている。
 衝撃ではなく、溶解。つまり、溶けている。
 フランベルクといい、短剣といい、この攻撃といい、こいつの攻撃は【毒】に関係のあるものが多いな。

『よく避けた。すぐに終わってはつまらんからな。折角、戦闘用の体を準備したのだ。せいぜい楽しませてくれ』

 |エヴィン(魔族)が楽しそうに笑う。なるほど、エヴィンは最初から戦いの時の駒として準備していたわけだ。
 お嬢様じゃ体を奪っても対して強くなさそうだもんな。

「ちょっと待った!!」

 広場にいた何人かの冒険者がこちらに走ってきている。

「どけ、若造。お前には荷が重い!!」

 ニヤニヤしながら、俺とエヴィンの間に割り込むおっさん冒険者達。見たことのない顔だ。
 おそらく、獲物エヴィンを横取りしようという魂胆なんだろう。
 別にこいつらがどうなっても俺にはどうでもいい。一歩下がって奴等にエヴィンを譲る。そんなことよりラティアだ。
 俺がラティアの捕まっている檻の方を見ると、すでにアイラとジルがなにやらラティアに話しかけている。


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「大丈夫ですか?」

 私が檻の中のラティアさんに話しかけると、意識があったようで反応が返ってきた。

「う、誰、です?」

「私はご主人様、いえ、ヒビキさんの仲間です。助けにきました」

 ご主人様の名前を聞いてラティアさんがホッとしたように感じる。
 すぐにラティアさんを檻から出してあげたいのだが、鍵が無い。

「鍵は、おそらくエヴィンが持っておるじゃろぅな」

「では、やはり先にご主人様の加勢にいくべきでは?」

「一度でも攻撃を受ければ足手まといになるだけじゃ。フレイの決闘を見ておったじゃろぅ?」

「では、どうすれば?」

 早くしないと、ご主人様はラティアさんを気にして戦えない。

「ふむ、考えが無いわけではない」

 ジルがルビーを檻の中に入れた。ルビーなら檻の隙間から自由に出入りできる。

「ルビー、その娘を『保管』するんじゃ」

「ちょっと、ジル!?」

 ルビーはジルに言われたとおり、ラティアさんの体を包み込み始めました。

「赤いスライムちゃん、二日ぶりです~」

 少し意識が朦朧としているからでしょうか笑顔でルビーに飲み込まれていくラティアさん。
 まさか、ご主人様の意識を敵に向ける為にラティアさんを亡き者に!?
 そんなことを考えていると、ルビーがラティアさんを完全に飲み込みいつもの大きさに戻っていた。

「よし、そのまま檻の外に出てくるんじゃ。あの娘、かなり衰弱しておったからポーションもかけておいてやれ」

 ルビーが体を震わせ了承を伝え、檻の中から出てくる。
 檻から出て、少し時間をあけてラティアさんを吐き出した。

「だ、大丈夫ですか!?」

 図らずも最初と同じ言葉をかけてしまったが、心配度は跳ね上がっている。

「は、はい。ありがとうございます」

 ルビーの体の中でポーションを与えられたのだろう、髪の毛が若干湿っているが先ほどより明らかに元気になっている。

「おお、うまくいったのぅ。やはり、『保管』は生物も取り込めるんじゃな。これなら、野営の時はルビーの腹の中で眠れば快適かもしれんのぅ」

 ジル、このことはあとでご主人様に伝えておくわよ。
 私は、急いでご主人様に救出完了を伝えた。あとは、ラティアさんの護衛が私がご主人様から『お願い』されたことだ。
 絶対に守り抜いてみせる。


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 どうやら、救出はうまくいったようだ。
 ルビーがラティアを飲み込んだときはぎょっとしたが、なるほど『保管』は生き物にも有効なんだな。
 これは、何かに使えるかもしれないな。

「ぎゃぁぁあ!?」

 飛び込んできた冒険者の最後の1人がフランベルクに切り付けられて倒れ伏した。

『つまらんな。どいつもこいつも』

 そりゃあそうだ。エヴィンはそもそもLv.40だ。そこに魔族の力まで加われば平均Lv.20のおっさんたちでは敵うまい。

『さぁ、前座も終わったぞ。そろそろかかって来い』

「そうだな、いくか」

 俺は、刀を構えてじりじりと間合いを詰めていく。
 前座の戦いをしっかりと見ていたので分かるが、|エヴィン(魔族)はどうやら剣術主体で戦うようだ。
 もちろん、所々で最初に見た溶解液を飛ばしたり、人間の関節では本来不可能な気持ち悪い動きをしたりと魔族っぽくは戦っている。
 しかし、それでも奴はこの戦いを『遊び』と考えているのだろう。
 きっと、『真の姿』とかあるに違いない。まぁ、エヴィンの変態はつい見届けてしまったが今度は容赦なく攻撃する。

「はぁ!!」

 ここまで慎重に近づいて来てからの突進。いつか来ると分かっていてもずっと緊張し続けるのは難しい。
 もっとも、人間の場合はだが。

『ふん、小賢しい』

 すぐさまフランベルクで弾かれる。力はあちらが上のようだ。

「おっと、と」

 すぐに姿勢を整えて追撃に備える。しかし、|エヴィン(魔族)は先ほどの場所から一歩も動いていない。

『どうした?もう終わりか?』

 俺は風の魔法で奴を包み、すぐさま炎を放つ。最速での火炎旋風ファイアーストームだ。
 しかし、奴がフランベルクを一振りすると、風も炎も霧散する。どうやらフランベルクに魔力が込められているようだ。
 風や炎を操っていた魔力の流れを同じく魔力で切り裂いて俺の魔法を強制的に吹き飛ばしたのだろう。

『今度は魔法か。中々多才だな』

 剣術でも相手が上、魔法も無効化させられる。じゃああとは何が出来る?

「俺じゃ倒せない?なら、なんとか弱体化とか封印できないか?」

 弱体化なら手が無いわけではない。『滅魔薬』だ。しかし、おそらくフローラの時のように飲ませないと効果がなさそうだ。
 今、魔族は人間エヴィンの体の中にいるわけだから。

「なら、封印か。でも弱体化もできないのにどうやって」

 そこであるイメージが浮かんだ。俺の世界、俺の国にある『傾国の魔物』を封印したある物だ。
 すぐさま、ジルに連絡を取る。二手に分かれたときにウィスパーゴーストをつけてもらっている。

「ジル、聞こえるか?『滅魔薬』のストックを樽とか桶に入れていつでも使えるように準備しておいてくれ」

『聞こえるぞ、主よ。ルビーの中には『滅魔薬』はないぞ、どうすればいいのじゃ?』

『滅魔薬』のストックは中身がこぼれるとすぐにルビーにダメージがあるため、保管していない。

「教会にあるストックを分けてもらえ。魔族を倒すためだと言えば分けてくれるだろう。それでもごねるなら、ギーレンの名前を出せ」

『わかった。人手も必要かのぅ?』

「ああ、できれば『滅魔薬』が触れても大丈夫な奴らを選んでくれ。ラティアは無理だろうな。ジル、お前は大丈夫か?」

『ああ、大量に飲まなければ大丈夫じゃ。肌に触れたくらいでは何でもないのぅ』

「よし、頼む。準備が出来たら連絡してくれ。奴にバレないように気をつけてな」

『了解じゃ』

 ジルとの打ち合わせも済んだ。とりあえずは時間稼ぎだ。
 距離を保ち、水魔法を連発するがことごとくフランベルクによって切り落とされていく。

『ふん、こんなものか?』

「どうかな?」

 出来るだけ余裕に見えるように演技する。

『まだ、何かありそうだな。見せてみろ』

「断る!!」

 今度も水魔法で攻撃を仕掛ける。縄のように長い水の鞭。10mを越えるその鞭でやはり遠距離から攻撃を加える。

『無駄だ』

 鞭を先端から1mほどの所から断ち切られてしまう。だが構わない。元より実体はない、鞭の形をしただけの水。当たっても目くらまし位にしかならない。

「ハァ、ハァ、ハァ」

 広場を縦横無尽に駆け抜けてなんとか距離をとり続けること30分。そろそろ、体力の限界だ。

『もう、いい。飽きた。殺すぞ』

 |エヴィン(魔族)がこちらに近づいて来る。
 俺は、何とか重い体を動かそうと努力するが体が言うことを聞かない。仕方ない、切り札を使うしかないか、そう考えていた時、ようやく待ち望んだ連絡が入った。

『主よ、待たせたのぅ』

「ホントだよ。ジル、俺の合図で運び出してくれ。目標は、今から作る」

『分かった』

 懐から、体力回復と魔力回復用のポーションを取り出し飲み干す。これが切り札その1だ。

『なんだ?まだそんなものを隠していたのか?しかし、体力や魔力を回復した程度でどうなる?』

「こうなるんだよ!!」

 現在、俺と奴の間は約10m。
 風魔法で自分自身を押し加速して突撃をかける。

『なるほど、風魔法それが切り札か。しかし、速度が足りないぞ!!』

 分かっている。だから、ここで切り札その2だ。

『真っ二つにしてや、な、なんだ!? 足が動かん!!』

 奴の足は、によって、地面に縫い付けられている。
 これは、先ほどまでの攻撃で辺りに撒き散らされた水を【操力魔法】によって凍らせたものだ。
 操力魔法は、物を動かしたり留めておいたりする魔法だ。
 その魔法で、水の分子の運動を留める、あるいは抑えることができれば氷になるのではないか?
 【操力魔法】で水の中の運動を押し留めるイメージで水に働きかけられれば可能ではないかと試したところ、何度目かの実験でうまくいった。
 ところが、いまだに【氷魔法】の習得に至っていないため、氷を作るには一々【操力魔法】を使わなければならない。

「はぁぁ!!」

「ぐっ」

 渾身の一撃もフランベルクにガードされてしまう。しかしそれでいい。この攻撃を受け止められるのも想定済みだ。
 拮抗状態のまま、俺は奴の足元を土魔法で掘り下げていく、段々と平行だった俺と奴の鍔迫り合いが、俺が上、奴が下の状態になり、とうとう俺の力と重力に負けて穴の底に転がり落ちていく。

『き、貴様!!何をするつもりだ!?』

「こうするつもりだ!! ジル!!」

『承った、わが主!!』

 奴の地面が下がっていくのを見てジルがすでに近くまで来ていた。すぐさま、穴の中に『滅魔薬』が大量に流し込まれる。

『グボッ、貴様!!こんなことで我を倒せると本当に』

「思うわけ無いだろ。ルビー、頼む」

 ルビーが穴の縁までいき、大量の砂を吐き出す。

『我を埋めるつもりか?馬鹿が!!たかが土ごときで我を封じることなど、な、なんだこれは!?』

 ルビーが吐き出した土を【操力魔法】で良くかき混ぜる。すぐに混ぜるのも難しいくらいの粘度になり、そこに【風魔法】でどんどん空気を送り込みさらに固めていく。

「セメントって知ってるか?原材料は、水と、砂と、陶器の粉とか使うらしいぜ?」

『セ、セメント?なんだそれは!?』

「つい最近、露天風呂を作ったんだけどな、セメントで水漏れを防ぎたかったんで色々試したんだよ。土壁の強度にも不安があったし、ちょうどいいかと思って頑張ったんだ」

 とうとう完全に固まったセメントからまた声が聞こえてきた。

『おのれ、こうなったら我の真の姿を見せて、あれ?あれ?なぜだ!?なぜ、真の姿に戻れない!?』

「さっき流し込んだ水って、『滅魔薬』なんだよ。お前は今、『滅魔薬』漬けにされているんだよ」

 まさに、殺生石だな。毒を撒き散らすところまで似ているし。

『で、では我はこのままこの石の中で、徐々に弱って死ぬのか?』

「そうだ」

『い、いやだぁぁぁぁ!!』

 魔族の悲鳴はどうでもいい。とりあえず、しばらくこのままにして弱ったらセメント部分に細い穴をあけて、そこからさらに『滅魔薬』を流しこんでいればそのうち完全に死ぬだろう。
 ステータスをチェックすれば、死んだかどうかはすぐに分かるし。





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