第55話
「フレイ!!」
エヴィンとの決闘に何とか勝利したフレイの腹にフローラが短剣を突き刺すのを見て、俺はフローラを突き飛ばした。
「きゃっ」
フローラが小さく悲鳴を上げるが気にしない。
「フレイ!!しっかりしろ」
「あ、う、ヒ、ビキ」
まだ意識はある。治療用のポーションを傷口にぶっ掛けて回復魔法をかけていく。ステータスを確認すると念の入ったことで【毒】まで盛っていたようだ。
すぐに解毒の魔法も併用してかけ始める。よし、傷はふさがった。後は、体の中の修復だ。
「フローラ嬢!!君は一体何を!?」
ギーレンがフローラを問いただしている。
「それについては俺のほうから説明しましょう」
いつの間に目が覚めたのか、エヴィンがギーレンとフローラの間に割り込み、ギーレンを押しとどめた。
「彼女は、魔族の手先なのです」
信じられないことを語りだすエヴィン。ギーレンも同じなのかあっけに取られた顔をしている。
「信じられないのは無理もありません。しかし、ギーレン様もおっしゃっていたではないですか、『彼女がこれほど強いとは』と」
「そ、それは、確かに言ったが、しかし彼女の父親は私もあった事のある騎士殿だよ?」
「ええ、おそらく、この街に来るまでの間に魔族の手先と入れ替わったのでしょう」
確かに、フレイとフローラ以外の護衛は行方不明で、おそらく死んでいる。しかし、俺はステータスでフレイが人間だと確認している。
エヴィンの主張がおかしい事にすぐに気づく。
「俺がこの決闘を受けた最大の理由は彼女が魔族の手先かを確かめるためだったのです」
エヴィンが胸を張って話を続ける。
「さぁ、ヒビキ。そいつをこちらに渡してくれないか?」
「断る。しっかりとした証拠も見せずに『こいつが魔族です』だと?負け惜しみにしか聞こえねぇよ」
エヴィンがすごい顔で睨んできた。こちらもにらみ返してやると、すっと目をそらしてギーレンに話しかけ始めた。
「すでに魔族も捕らえてあります。さぁ、ギーレン様、参りましょう。それとヒビキ、その女を拘束するのは待ってやるが、この中庭からは出すな」
ギーレンも多少疑っているのか、エヴィンに従ってくれと俺に頼んできた。
とりあえずの治療はすんでいるが、動かすのは体に障るだろうから、指示に従ってやる。
エヴィンがギーレンとフローラを連れて中庭から去っていく。
奴の話には矛盾点がいくつもある。
決闘の理由もおそらくフローラを抱きこむ上で邪魔になったか、洗脳でもされたフローラに違和感を感じられると困るから決闘に格好つけて殺すつもりだったのだろう。
それでも、やはりフローラがエヴィンの指示を鵜呑みにする理由が分からない。
いくら頭の中がお花畑のフローラでも人を刺すなんて、それも短くない時間を一緒にすごしたフレイを刺すなんておかしい。
「あいつらを追うぞ。エミィ、フレイを任せたい」
「はい、お任せください」
フレイをエミィに任せて奴らを追う。ポーションにはエミィが一番詳しいし、戦闘になるならここにエミィがいれば色々助かる。
護衛にムサシとゴブリン2匹を置いて行くのでここが襲われても何とかなるだろう。
「主よ、こんなタイミングで悪いがラティア嬢を見つけたんじゃが」
エヴィンたちのあとを追いながらジルの話を聞く。
「どこにいた?この騒動にはかかわっていないのか?」
「関わっていないといえばいないし、関わっているといえばいる」
「はっきりしろ!!」
フレイを刺されて少し気が立っているようだ。まさかフレイが刺されてこんな気持ちになるとは思わなかった。
すぐにジルに謝って詳しく話を聞く。
「おそらく、あの剣士達の向かう先はラティア嬢のところじゃ」
「どういう ・・・くそ、そういうことか!!」
聞きかけて途中で気づく。エヴィンはなんと言った?『すでに魔族も捕らえてある』と言っていた。
そして、ラティアは探知機に反応のある『半魔族』。いけにえにこれ以上相応しい者はいない。
俺は、奴らに追いつくために走る速度を上げた。
奴らが目指しているのは、大通りにある教会。そこにラティアが捕まっている。
俺達が教会の敷地内にある広場に到着すると、そこはすでに人であふれていた。
冒険者、商人、信徒、様々な人たちがここには集まっていた。
「聞けぇーー。皆もまだ記憶に新しい『悪夢の一夜』の首謀者を私は捕らえた」
広場に作られた壇上で、エヴィンが熱弁をふるっている。
集まった者達が小声で話し合っている。
ネクロマンサーを捕まえたのは『全滅』だろ?
そもそもネクロマンサーは男だろ?
「ここにいる女は、ネクロマンサーを影から操っていた真の主犯者。魔族の女だ!!」
エヴィンの言葉はざわっ、とさらなる喧騒を呼んだ。
エヴィンが近くの男に指示を出すと、広場に荷馬車が運び込まれてくる。
荷台には大きな四角い箱が乗っている。
「これは、『魔族探知機』だ」
そういいながら探知機に魔鉱石を入れ込み起動させる。すると、探知機はピィーーーーーとけたたましい音を立てて反応を示す。
「見ろ、こいつが魔族であることは明白だ!!」
やはり、ラティアに全ての罪を被せて殺すつもりだ。
確かにラティアは『半魔族』だが、俺にはどうしても犯人だとは思えない。
フレイへの一件でさらにエヴィンへの疑惑は膨らむ。
壇上にはエヴィンと、状況についていけていないギーレン、そして、笑顔のフローラ。
すぐさま、フローラのステータスをチェックする。
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フローラ・カプリス (人間・悪魔憑き)
【悪魔憑き】
魔族と意思を融合される。
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最初にゴブリンの村で会ったときは、天然だがただの人間だった。
つまり、この街に来てから『魔族』に支配されたのだ。だからフレイを平気で刺した。
そして、一番怪しいのはエヴィン。
しかし、奴のステータスは人間だった。偽装が可能かは分からないがルビーにも反応は無かった。
「どうやって、魔族はフローラに近づいたんだ?」
そこまで考えてある可能性に気づく。
ネクロマンサーを操った奴は魔族だという情報。
しかし、例えば魔族はいるがその魔族が探知機に引っかからない代わりに自由に行動できない状態だとしたら?
ネクロマンサーと同じく、いや、さらに最悪だがエヴィンが洗脳もされないで喜んで魔族に協力する人間だとしたら?
「そういうことか」
周りはすでに、あおられまくって炎上している。いつラティアが殺されてもおかしくない。
こんな状態で、実はエヴィンのとフローラのほうが魔族だなんて言っても信じてもらえない。
それどころか、きっと俺まで魔族の手先にされてしまう。
なにか、考えなければ。
きょろきょろと周りを見渡してある物を見つける。
「これだ」
ラティアを助けるための作戦を思いついた俺は、すぐにアイラとジルに作戦を伝える。
「2人とも、お手柄だな」
俺は壇上のエヴィンと、フローラに話しかける。
「ヒビキ、君は信じていなかったのではないか?」
「ああ、中庭の時点ではな。しかし、事実お前たちは魔族を捕縛した」
そういいながら、空の銀杯をエヴィンとフローラに渡す。
「お詫びではないが、ワインを用意した。飲んでくれるか?」
「それは嬉しいが」
エヴィンが露骨に疑った顔をしてこちらを見る。
「毒なんか入ってないさ」
そういいながら俺は自分の銀杯に手酌でワインを注ぎ、そのままぐっと飲み干した。
「ほらなぁ?」
空になった銀杯を逆さにして飲んだことをアピールし、2人の銀杯になみなみとワインを注ぎ、自分の銀杯にもまたワインを注ぐ。
「正直な話、俺にも魔族探索の依頼があったんだよ。しかし、このざまだ。できれば、あの魔族を捕らえるのに俺も協力したことにして欲しいんだ」
「なるほど、しかし悪いが手柄は譲れんよ」
「あぁ、ただ協力したことにしてくれれば面目は立つんでな」
「条件がひとつある」
「なんだよ?」
「フレイをこちらに引き渡せ」
「・・・それは」
「心配するな。少し聞きたいことがあるだけだ」
「分かった」
「では改めて、乾杯!!」
3人で杯をあおる。まず、俺とエヴィンが飲み干した。
しかし、フローラの様子がおかしい。杯を半分ほど空けたところで、ブルブルと震え出す。
「フローラお嬢様?」
エヴィンもフローラの様子に気がついたようだ。だが遅い。
すでにワインに混ぜた『滅魔薬』の効果がフローラの体から魔族の意識を引き剥がし始めている。
「ガッ、ボッ、コレハ!?」
フローラが発した声は、恐ろしく低く、呟くような音量でありながらも広場に集まった者たち全てに届いた。
しかし、それはおかしい。フローラはすでに壇上で倒れて気を失っているのだ。
「キサマ、ナニヲシタ!?」
フローラが気を失ってもなお響く声。
俺の登場で何かあるのかと期待して壇上を見ていた観客たちから悲鳴が上がった。
フローラがどこかに隠し持っていたのであろう、フレイを刺した短剣が怪しく光りはじめたのだ。
「さて、これでみんな本物の魔族は誰か分かったかな?」
銀杯を投げ捨て、腰の刀を抜き放つ。
「よくもやってくれたな!!」
この場で唯一の魔族の味方であるエヴィンがフローラに近寄り短剣を回収する。
短剣を俺に向け、距離をはかるエヴィン。すると、
『もうよい、エヴィン。キサマの体を貰うぞ』
短剣から先程の声が聞こえる。自分の口?で話しているからか、フローラを通して発せられていた時よりはっきりと聞こえる。
「お、お待ちください。俺は!?俺はどうなるのです!?」
『我が肉体の一部になれることを誇るのだな』
短剣の柄から何かがエヴィンの左手から侵入していく。エヴィンは苦しみながら短剣を持った左手をブンブン振っているがしっかり握りこんでいるため離れない。
痛みから逃れるためか、エヴィンが右手でフランベルクをつかみ、左手首に振り下ろす。
ブシャッと切り口から鮮血が飛び散る。元々フランベルクの切り口は、縫合できないくらいぐちゃぐちゃだ。
おそらく、エヴィンには想像を絶する痛みが襲っているはずだ。それでも、安堵の表情を浮かべるエヴィンはどこか狂気じみていた。
「ギッ、ギャァァ、はぁ、はぁ、くっくく」
見事左手を切り落とし、ほっとするエヴィン。しかし、彼の悲劇はまだ終わらない。
今度は右手のフランベルクから何かが侵入し始めた。
『愚かな、その剣をキサマに与えたが誰か忘れたのか?』
地面に転がっている左手首の切り口から何かがうねうねと這い出ている。これがエヴィンを苦しめている物の正体のようだ。
もう腕を切り落とすこともできなくなったエヴィンはその場で立ったまま失禁し、膝からくずおれていった。
すかさず左手が合流し、元の場所に収まった。
エヴィンはまだ生きているようで、時折びくんびくんと体が痙攣する。
痙攣が完全におさまるとすっと立ち上がり、こちらを見てニタリと笑った。
『待たせたな、人間。確か『ヒビキ』だったか?よくも、この我にあのような薬を盛ってくれたな』
完全に俺にロックオン状態のようだ。
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エヴィン・クルーガー(魔族)
【魔族】
魔族の能力を得る。
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どうやら肉体レベルで融合を果たしてしまったようだ。
エヴィンは諦めるしかない。まぁ最初から助けるつもりもなかったが。
俺は右手に持った刀を握り直して魔族の攻撃備えた。
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