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第54話





 決闘当日、俺達は領主の城を訪れた。すでに早朝という時間ではない。

「遅かったな」

 広場にはすでにエヴィンがいた。フローラの姿は見えない。

「特に時間は決めていなかったのだ。非難されるいわれは無い」

 フレイがエヴィンに答える。
 そう、これはフレイとエヴィンの決闘だ。ずいぶんと深入りしてしまった気もするがそこだけは変わらない。


「お嬢様は?」

「さて、ついさっきまでは一緒だったが、いかんせん自由なお方だからな」

 たった数日でフローラを理解しているような物言いだ。これはフレイはまた、キレるかも知れないな。

「そうだな。では、お嬢様が戻り次第決闘を始めよう」

 予想を裏切り、フレイは冷静なようだ。エヴィンも怪訝な表情でフレイを見ている。
 確かにフローラの騎士を決めるための決闘なのだ。フローラがいなくては始められない。
 待つこと15分ほどだろうか。フローラがギーレンに連れられてやってきた。

「ほら、見なさいフローラ嬢。みんな君を待っているじゃないか」

「ええ、でもおじ様。お紅茶を飲んでいたのだから仕方ないわ」

 やれやれと首を振るギーレン。

「すまなかったね、待たせてしまって」

 俺に謝りだすギーレン。しかし今日の俺はただの見物客だ。

「気にしないでくれ、この決闘の勝敗が気になったので勝手に来ているだけだ」

「そうかい?フレイ君の面倒を見てくれていたみたいだけど」

「それも俺がしたくてやったことだ。言っただろ?この決闘を楽しみにしてるんだよ俺は」

「なるほど、それで魔族についてはなにか分かったかね?」

「・・・いやすまないがまだ報告できるような情報はないな」

「そうかい。教会で大量の『滅魔薬』を購入したと聞いているんだがね」

「俺は、臆病なんだよ。とりあえず自分が殺されないようにするための備えだよ」

「ふむ、まぁ私も魔族の探索を君だけに頼んでいるわけではないからね」

「そうか、じゃあそっちに期待してくれればいい」

 おそらくギーレンが魔族の探索を頼んだのはエヴィンだろう。
 本当にこいつは魔族と関係ないのか?ギーレンまで抱き込んで火薬庫のような状態じゃないか?
 まぁ、本当にやばそうならアイラたちを連れてゴブリンの村に一時避難すればいい。
 それでもまずそうなら、森を抜けてブレトに戻ってもいいし、新しい村を作ってもいい。

「うん?そういえば」

 ラティアも今日、ここに来ると言っていたがどこかにいるだろうか?
 軽く見渡すが見当たらない。

「ジル、ラティアは?」

「うむ、しばし待て」

 ジルはゴーストからの情報を得ようとしている。
 さすがに使役しているゴースト全てとリアルタイムで繋がっていられるわけではない。

「おかしいのぅ。つけておいたゴーストから返答が無いのぅ」

「それって、そのゴーストがやられたってことか?」

「うーん、そうじゃのぅ。ゴーストは嫌われておるから街中で見つかれば問答無用で討伐されるしのぅ」

 もしかしたら運悪く、通りがかった冒険者に倒されてしまったのかもしれない。
 あんな事件があった後だ。みんなゴーストにはいい印象も無いだろうし。

「とりあえず、追加で新しいゴーストを放って探させてみるがのぅ」

 あまり期待するなといわれてしまった。
 さて、2人の決闘だがすでに広場の中央にふたりが向かい合っている。
 フローラの合図さえあればいつでも決闘は開始されるだろう。
 肝心のそのフローラだが、にこにこ笑って二人を見ている。
 あの娘、自分が合図を出さなきゃ始まらないって気がついていないんじゃないのか?
 あ、ギーレンがフローラに何か言っている。
 ようやく、フローラが二人の元に近寄り、開始の合図を告げるようだ。

「2人ともがんばって~」

 そういって、またギーレンの近くの席に戻っていった。
 えっ!?今のが試合開始の合図なのか?
 2人も困惑気味だが戦闘体勢に入る。
 エヴィンはやや前傾姿勢で剣を抜き、フレイに向けて突き出す構えを取る。
 フレイは、ハルバートの刃先を背中に回し体をひねった迎撃体勢を取る。
 まばらに集まっていたギャラリーの話し声すら無くなり、広場を静寂が満たす。

「行かせてもらう」

 声と共にエヴィンがなかなかの速度の踏み込みでフレイの迎撃領域に侵入する。
 フレイは、エヴィンがハルバートの届く間合いからさらに一歩踏み込んだ位置に来るまで動かなかった。
 防御的(ディフェンシブ)な迎撃ではなく、攻撃的(オフェンシブ)な迎撃。
 相手を近づけまいとする消極的な行動ではなく、相手を倒す一撃を放つための積極的な行動。
 この攻撃はエヴィンの描いていた迎撃のヴィジョンからずれていたようで、防御が一瞬遅れてしまったようだ。

「く、このタイミングだと!?」

 何とか、フランベルクをハルバートに当てて軌道をそらすが衝撃で体勢を崩す。
 しかし、それでもフレイへと近づき弾かれたフランベルクをそのままの勢いでフレイめがけて振る。
 当たっても、肌の表面を撫でるくらいしか出来ないような軌跡。しかし、エヴィンの剣であればそれで十分。
 肌に触れた波打つ刀身は、切るのではなくえぐる。さらにその傷口に【毒】を盛る。
 エヴィンの必勝パターンであろうその攻撃を、予測していたのだろうフレイは難なく避ける。

「あれを避けるだと!?」

 無理矢理、攻撃を行おうとしたため完全に体勢を崩し、しゃがみこむような姿になってしまったエヴィン。
 フレイは油断無くそこに追撃を与える。振り切った状態から石突での上から下への突き。
 ドンという音が響いた体重をかけたその一撃を何とかかわすエヴィンだが、その姿勢からがむしゃらに剣を振る。
 おそらく、かすりでもすればいいと考えての攻撃だろうが、フレイは石突での攻撃がかわされた時点ですぐさま迎撃の姿勢に戻っていた。
 乱戦、混戦、接近戦は相手が有利。そうなったら負けだと思えと何度も言ったおかげか、無理な追撃には走らず自身の体勢を整える。

「やるではないか。正直、貴様を舐めていた」

 くくく、と笑うエヴィン。剣を両手で構え、しっかりと相手フレイを見つめる。

「いや、本当にすごいね、フレイ君ってこんなに強かったんだね」

 ギーレンもここまでの攻防にほぅ、とため息をこぼす。周りの連中も同じような状態だ。
 うん、ここまではちゃんと特訓が生きている。ただ、エヴィンもこれで本気になっただろう。

「今度は本気で行くぞ!!」

 最初の攻撃よりさらに速い攻撃で一気に領域に踏み込む。フレイも今度はあそこまでのタイミングをはかる余裕が無かったのだろう、領域に踏み込んだ瞬間、全力の迎撃だ。
 ガキーーンと甲高い金属のぶつかり合う音が響く。

「ハッハハ、よく防ぐ!!」

 いつの間にか、主導権はエヴィンに移っていた。エヴィンの突撃をフレイが何とかしのぐ。そんなぶつかり合いを何度か繰り返し、とうとうこの拮抗が破られた。

「くっ」

 フレイがついに傷を負ってしまった。ステータスを確認するとしっかりと【毒】となっている。

「はぁぁぁはっぁ、とうとう傷をつけてやった!!」

 途端に動きが鈍るフレイ。しかしこれは、訓練の時のような精神的なものではない。毒に犯されたことによるステータスの低下だ。
 第2、第3の傷を負い、どんどんと追い込まれていくフレイ。

「ハァッ、ハァッ」

 呼吸も大きく荒いものになっていき、ハルバートを振ると自分まで体勢を崩すようになっている。

「ここまでだな」

 エヴィンが勝利を確信する。ゆったりとフレイに近づいていくエヴィン。すでにフレイにはハルバートを振る力すらないと考えているようだ。




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 あいつにつけられた傷からじくじくと熱が這い上がってくる。
 体が左右に揺れるし、気を抜くとまぶたが勝手に下りてくる。
 いくら息を吸っても息苦しさが無くならない。
 これが【毒】。ヒビキは絶対食らうなって言ってた。私、ヒビキの言うことを守れなかった。
 怒られるかな。もしかしたらもう興味を失われてしまうかもしれない。
 いやだ。いやだ。いやだ。
 せっかく、ゴブリンたちとも仲良くなったのに、
 ラル隊長は、私が他のゴブリン達と仲良くなれるように助けてくれた。
 ヒビキに『ムサシ』と名づけられた二刀流のゴブリンは、やや口下手ながらも私を仲間として扱ってくれた。
 他のゴブリンたちも最初は見分けがつかなかったが、今では全員見分けられる。
 ヒビキに嫌われれば彼らとも会えなくなる。ヒビキ自身とも会えなくなる。

「ハァッ、ハァッ」

 犬みたいに舌をだして何とか呼吸する。
 エヴィンは、無造作に私に近づいてくる。ハルバートを握る手に力を込めるが落とさないように支えるので精一杯だ。

「ここまでだな」

 いやだ。私はもうあきらめたくない。
 なんでもいい。どんな方法でもいい。こいつに勝ちたい。
 こいつに勝てるなら何だってやる。ヒビキのように戦ってでも勝ってやる。
 なにか、なにかこいつに勝つ方法はないだろうか?

 エヴィンが剣を振り上げる。
 そうだ、【毒】なんて関係ない。体が動けばいい。
 この後どうなってもいい。動け!!私の体!!

 眼前にせまる刃を体をひねってかわす。完全にはかわせなかったようでまた傷口が増えた。かまうものか!!

「がぁぁぁぁぁ!!」

 ハルバートを握る手に力が少しだけ戻っている。これならハルバートこいつを振れるかもしれない。
 渾身の力でハルバートを握り、震える体を叱責してハルバートを突き出す。

「ぐぅっはぁ!!」

 ちょうど、奴の体がハルバートの石突に突っ込んできた。奴は、苦しそうに胸を押さえるとそのまま倒れてしまった。

「すごいぞ!!フレイ君!!君の勝ちだ!!」

 ギーレン様がこちらに駆け寄ってくる。色々おっしゃっているみたいだけど、今は耳鳴りまでして良く聞こえない。

「おつかれ、フレイ。なかなかいい戦いだった」

 ヒビキが私に何か言っている。やっぱり何を言っているか聞こえないけど、表情から考えて良い事の筈だ。
 ヒビキが私の口に何かを突っ込んできた。この数日で飲みなれた味、体力回復ポーションだ。
 体から少しだけ熱が引いた。でもまだ体を動かすと全身がギシギシ痛い。

「そうだ、解毒もしなきゃいけないのか」

 また何かを言いながら、私の体をまさぐって何かを探すヒビキ。ちょっと、そこには何も無いよ!!

「あった、ほれ」

 今度は指を口の中に突っ込まれる。なにすんじゃぁ!!と思ったがなにやら口の中にコロコロするものがある。
 ああ、解毒の丸薬か。ためらわずに飲み込むと少しからだが楽になった気がする。

「フローラ嬢、君からも勝利の宣言をしてあげなさい」

 ギーレン様がフローラお嬢様を連れてきた。
 フローラお嬢様は座り込んでいる私に目線を合わせるためにドレスの汚れも気にせず、しゃがんで話しかけてくれた。
 私は嬉しくなってフローラお嬢様に話かけようとして、






「がふっ」

 声が出なかった。代わりに、真っ赤な血が私の口から吹き出してきた。

「フレイ、お疲れ様。ゆっくり休んでね」

 お嬢様の手には真っ赤な短剣が握られていた。



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