第52話
フレイの特訓2日目、今日は半魔族のラティアとの約束がある。
エヴィンというあからさまに怪しい奴がいるが、今のところ探知機に引っかかった唯一の相手だ。
油断せず、しっかりと見極めたい。
俺は、冒険者ギルドでラティアを待っている。アイラたちは少し離れたところからこちらを観察している。
ジルには、エヴィンの監視をお願いしたのだが、どうやらまだ領主の城にいるようだ。
「なにも無ければいいけどな」
「なにかあるんですか?」
俺が長椅子に座って、独り言をつぶやくのとラティアがこちらにたどり着くのが同じくらいだった。
俺へのあいさつもそこそこに、足元にいるルビーにちらちら目がいっている。
「いや、なんでもない。最近、でかい熊のモンスターが現れたらしいから物騒だなって」
シルバーグリズリーについて探りを入れて見る。倒したのはエヴィンとのことだがなんらかの反応があるかもしれない。
「そうなんですか?怖いですねぇ、1人じゃ街の外に行けませんね」
シルバーグリズリーに対してなんの反応も無いように見える。むしろ、手をワキワキとさせてルビーに興味深々だ。
これが演技とはとても、いや、油断してはいけない。
「大丈夫。優秀な冒険者が倒してくれたみたいだから」
「よかったです、実は薬草を森まで取りに行きたかったんです」
ラティアは本当にほっとしているように見える。大事な収入源です!!と拳を握り締め力説している。
そして、とうとうルビーと触れ合った。ふわわぁっと変な声を出しながらルビーに触れている。
すると、
「優秀とは、嬉しい事を言ってくれるが、あいにく俺は冒険者じゃないな」
シルバーグリズリーの討伐者、エヴィンが俺の目の前にいた。先ほどジルがウィスパーゴーストで連絡をくれたので驚きは無い。
「そうだったっけ?そりゃすまない。で、冒険者でもないあんたが『冒険者ギルド』になんの用だい?」
「シルバーグリズリーの討伐報酬を受け取りにね。さっきも言ったが俺はギルド員登録してないから少々時間がかかるんだ」
ゴーストに見晴らせていたエヴィンは最初からこちらのほうに向かって歩いていたらしいので、それが本当かはわからない。
突然現れたエヴィンにラティアがきょとんとした顔をしている。
やはり2人は無関係か?そう思いながらエヴィンに目を向けると、じっとラティアを見ている。
「えっと、お知り合いかな?」
「いや、初対面だ」
そういいながらもラティアから目を離さないエヴィン。とうとうラティアのほうが視線に耐え切れなくなり、ルビーと共に俺の後ろに隠れてしまう。
「俺の友達が怖がってるんで、見るのやめてくれないか?」
「・・・失礼した」
やっとラティアから視線を外す。しかし、この場から放れようとはしない。
「どうした? 報酬を受け取りに来たんだろ?」
「世間話でもと思ってね」
「悪いがこっちは忙しいんでな。ラティア、行こうか」
「は、はいです」
少し早足でギルドを出るが、追ってまでは来ないようだ。
「あの人、なんだか怖かったです」
「確かに、あんなのに見つめられたらたまったもんじゃないな」
今日は、ラティアの就職活動を手伝うことになった。
「さすがに手持ちがヤバイです」
そんなヘビーなことを明るく言われるとなんと返せばいいのか分からない。
俺は無言で頷く。
ラティアが見つけたのは錬金術師ギルドでの品だしの日雇い仕事だった。
ラティアは見た目に反してそこそこ力があるようで木箱に詰められた薬瓶をてきぱきと商品棚に入れていく。
俺も、フランクさんの知り合いと言うことで飛び入りで参加させられたが結構な重労働だ。しかし、今日の働きで長期雇用も考えると言われているためラティアは頑張っているようだ。
仕事は順調に見えたが、おかしくなり始めたのは昼休憩を過ぎた頃だ。
「おねぃさーん、かわいいねぇ、俺と遊ぼうよぅ」
ラティアにちょっかいをかける男が出てきたのだ。どうやら駆け出しの錬金術師のようだがいわゆる『チャラ男』と言う奴だろう。
まさか、異世界に来てまでチャラ男に出会うとは。
「あ、あの、私、仕事中です」
「えぇ、いいじゃん。あ、そうだ、じゃぁ仕事が終わったら付き合ってよ。俺、ここで待ってるから~」
「そ、そんな、こ、困るです」
「なんで? なんで? いいじゃんかぁ」
ラティアがこちらに助けを求める視線を送ってきた。魔族かどうか見極めるチャンスかとも思ったが、すでに涙目のラティアを見捨てることが俺には出来なかった。
はぁとため息をつき助けに入ろうかとした瞬間、
「ぐっ!?」
変な声を出して、錬金術師のチャラ男が白目をむいて倒れてしまった。
「あぁ、またぁ」
『半魔の呪い』が発動したのだろう。
しかし、最初から見ていたがチャラ男がラティアに抱いていたのは『下心』くらいだったと思うのだがそれでもこの威力か。
「品だしなら、そんなに人と関わらないですむと思ったんです」
そうか、前回の失敗から学んでできるだけ人に関わらなくて済む仕事を選んでいたのか。
とはいえ、ウェイトレスって完全に接客業だぞ。なんで彼女は絶対にトラブルを呼びそう職業を選んだんだ?
色々考えながら、倒れた男に近づき【昏睡】の状態異常を回復魔法で治してやる。
『加護』で治すと光るので回復魔法でゆっくりと治す。
俺にはずっと『光の加護』が効いているせいか光らない。
ジルの吸血でなんとなく分かったが、俺の場合はまず状態異常にならないので光らないのではないだろうか。
光は、状態異常を治すときに出るのだ。
ステータスから【昏睡】が消えたのを確認して、騒ぎを聞きつけたフランクさん達に状況を説明する。
「どうやらお客さんが興奮しすぎて倒れたみたいです」
しれっと嘘を吐く。とはいえ、ステータスを見ることの出来ない人たちから見ればそう見える。
いや、そうとしか見えない。
「そうか、ご苦労様」
倒れた男を応接室に運び、俺とラティアは休憩を貰った。
「あ、あのヒビキさん。さっきはごめんなさいです」
もちろん、当事者はごまかせない。今日、もう何度目になるのか分からない、『これは演技なのか?』という問いを自分に問いながら、ラティアに気にするなと伝える。
「昔から私の周りの人って倒れちゃうんです。昔は家族だけだったのに、そのうち友達まで倒れてしまうようになったんです。今では、初対面でも倒れる人がいるんです」
この街での仕事にウェイトレスを選んだのは、環境が変わればおさまるかもしれないという淡い期待からだったようだ。
「そのせいで、お店に迷惑かけちゃったです」
「えっと、気にするな」
あと少しで、『呪い』を解いてやろうか、と言い出してしまうところだった。それこそが彼女の狙いかもしれないのだ。
休憩もすんだので残りの作業を終わらせて今日の日給を貰う。フランクさんが直接今日の日給を手渡してくれた。
「ラティアさん、今日はありがとう。それで、これから週2回ほどでお願いしたいんだがどうだろう?」
「は、はいです」
歯切れが悪いのはやはり、昼間に1人倒れてしまったからだろうか。いや、そういう演技をしているのだろうか。
辺りは夕方に差し掛かるころ、すでに行くあても無い俺達は大通りをぶらついていた。
「今日は、本当にごめんなさいです」
「ああ、もういいよ」
もう何度目のお礼なのか分からない。
それでも気がすまないのか。周りをきょろきょろして何か探している。
お目当てのものを見つけたのか顔を輝かせてある露店に走っていく。
「お、おじさん。これ二つくださいです」
彼女が手に持っているのは、安っぽいブレスレット。二つで今日の日給の半分が飛んでいく値段だ。
「はい、ヒビキさん。今日、助けてくれたお礼とお友達になれた記念です」
ひとつを自分の右手に着けて、もうひとつを俺に差し出す。
「おい、いいのか?せっかくの給料をこんなことに使って?」
「こんなこと、じゃないです。とっても、とっても大事なことです」
また、あの顔だ。俺に友達になって欲しいと頼んだときのあの顔。
本当に演技なのか?彼女はただ、友達が欲しいだけなんじゃないのか?
『呪い』を解いてやって、アイラたちを紹介してやればいいんじゃないのか?
わからない。
だから、俺は、
「ああ、ありがとう」
もう何も言えずにブレスレットを受け取った。
「ヒビキさん、明日もギルドにいらっしゃいますか?」
明日は、フレイの特訓最終日だ。
「いや、明日はちょっと街にはいない」
「そうですか、なら明後日は?」
必死に俺とのつながりを保とうとするラティア。あまり情報を与えるのは得策ではない。しかし、
「そう、だな。明後日は、領主の城の中庭に朝からいると思う」
決闘の情報くらいなら問題ないだろう。戦うのは俺ではないのだし。
「わ、私もお邪魔してもいいですか?」
「ああ、かまわないと思うぞ」
了承してしまう。彼女のあの顔を見せられると、どうしても断りづらい。
「よかった!! じゃぁ、また明後日!!」
彼女は始めて会った日と同じように笑顔で手を振りながら走り去っていく。
「あぁ、また明後日」
俺もそれに小さく手を振って答えてしまう。
「なにやってるんだ、俺は」
彼女は、『半魔族』。
ネクロマンサーの男を扇動した魔族では無くても、何か別の厄介ごとが舞い込んでくるだろう。
そんな彼女を俺は突き放せなかった。
これくらいなら大丈夫。まだ問題ない。何かあっても俺だけですむ。
そんな考えのままずるずると彼女との交友を深めてしまった。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
アイラが心配そうに俺に話しかけてきた。
俺はぐいっとアイラを抱き寄せる。
そうだ、1人は寂しい。1人はつらい。
それを埋めてくれたのはアイラだ。ラティアもそんな存在を求めているだけなんだ。
「明後日、決闘が終わったらラティアの『呪い』を解く」
「はい。1人はさみしいですから」
アイラは俺がラティアに自分を重ねたことに気がついているみたいだ。
アイラにありがとう、と伝えてまたぎゅっと抱きしめた。
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