第49話
魔族。
それは、数多のモンスターの上位に存在する者。
その力は、人はおろかモンスターと比べても圧倒的なものだ。
『魔族と出会ったらバラバラに逃げろ』。これは、ある熟練の冒険者がよく口にしていた言葉らしい。
戦っても勝てないので、バラバラに逃げて誰か一人でも逃げ切れるようにしろ。と言うことらしい。
もちろん、人間にも魔族を倒す手段はある。今回俺が魔族討伐の依頼をギーレンから受けたのもそういう勝算があるからだ。
その一つが、『滅魔薬』だ。これは、人間には無害だが魔族やモンスターにかけると大ダメージを受けるらしい。
教会で買えるのだがとんでもなく高い。
教会で『魔族に効く薬』が買えると聞いて、『聖水』か?と聞いたらなんだそれは?とギーレンに言われてしまった。
おのれ、ファンタジーめ。
さて、なぜいきなりこんな話をしたのかというと、目の前に『魔族探知機』に反応している正真正銘の『魔族』が、事前情報と違いすぎるためだ。
「すみません、店長。すぐ着替えてフロアに入ります」
「いや、いいよ。ラティアちゃん。君、今日でお店やめてくれるかな?」
「そ、そんなぁ、やっと見つけた働き先なのに。また首ですかぁ」
「ごめんねぇ、でももう無理だよ」
「な、何がいけなかったんですか!?私、一生懸命頑張ったのに」
店長がハァっとため息をはく。
「それはね、こうやって遅刻が多いし」
「そ、それは出勤途中でこまっているおばぁちゃんがいたので」
「お皿もよく割るし」
「お、お皿は私、触ってないのに割れるんです」
「なにより君が接客した人が次から次へと倒れるからだよ!!」
「ブッ!?」
あまりにもあんまりな理由じゃないだろうか。飲み物を吹き出しかけてしまった。そもそもそれこそ彼女は関係ないんじゃないのか?
「そ、それは、その、すみません」
認めちゃったよ!?なんなんだこの娘、本当に魔族なのか。周りの人間が次々倒れるのは確かに魔族っぽいが。
そんなやつが人間に溶け込んで生活できるのか?そもそも魔族って人間の社会で生活するものなのか?
俺は慌てて彼女のステータスを確認する。
*************
ラティア・エビルス(半魔族)
半魔の呪い
周りに【昏睡】の状態異常を与える。
効果は対象の好意に比例する。
*************
周りの人が倒れるのは呪いのせいか。好意に比例ってつまりこの娘はみんなに好かれているから連続昏睡事件になった訳だ。
しかし、半魔族ってのはつまり、片親が魔族とかそういうことなのだろうか?
本当にこの娘がネクロマンサーに指示を出していた真犯人なんだろうか?
叡知の書に半魔族について聞くと、聞いたことがないと言われた。
じゃあ、魔族と人間の合の子はなんと呼ぶのか聞いたら、魔族と人間の間に子供ができるのか?と逆に尋ねられた。
とにかく、クビにされて途方にくれているこの娘の後を追うことにした。アイラ達には買い物を済ませておくようにお願いした。
とぼとぼとうつむいて細い道を歩くラティア。背中には哀愁がただよっている。
かれこれ30分ほど彼女を見ているがどこに向かっているのかさっぱりだ。もしかして、尾行に気づいているとか。
彼女を改めて観察するが、ただ落ち込んでいるだけのように見える。まぁ、そう演技しているだけかもしれないが。
「って、ストーカーかよ!」
あんな娘をこそこそ追い回している自分が嫌になってしまい、意を決して話しかけることにした。
「あの~」
「ひゃ、ひゃい?」
背後からいきなり話しかけられてびっくりしたようで変な返事が帰ってくる。
「わ、私お金なんて持ってないです。ついさっきお仕事もクビになっちゃったし」
うん、それは知ってる。
「それにオッパイも小さいからやめといた方がいいですよ!」
ほら、と自分の胸を両手で下から持ち上げるようにしてこちらに胸をつき出す。
その格好は、ぐっと来るものがあるのでこれからはやらないように言っておこう。
「それにそれに、私、両親もいないし、バカだし、ブスだし、いいとこないです。グスッ」
自分のネガキャンをしていて何かスイッチが入ったようだ。しばらく自虐が続いた。
「落ち着いたか?」
「は、はい。勘違いしてごめんなさい」
俺を強盗か何かだと思ってお金がないことを伝えて見逃して貰おうとしたまでは良かったが、そこから日々の不満が爆発してしまったようだ。
「まぁ、こんな路地裏でいきなり声をかけた俺も悪いからな」
「あの、私、ラティアと言います。この街に来て1ヶ月くらいになります」
「ヒビキだ。えっと、冒険者をやっている」
一瞬、冒険者であることは隠した方がいいのではないかと考えたが、どうせ調べればすぐにばれることだ。
「冒険者の方だったんですね。この街に来るときにお世話になりました」
なぜか俺に頭を下げるラティア。
そのあと、俺とラティアは二時間ほど話し込んでしまった。
まぁ、話していたのはほとんどラティアだが。
さすがに、「お前、魔族だろ?」とは面と向かって言えない。
「私、この街にお友達が全然いないんです。ヒビキさん、お友達になってくれませんか?」
すっかり辺りも暗くなり始め、そろそろ帰ろうかというところでラティアがそんなことを言ってきた。
「昔から、私と仲良くしてくれそうな人が出来るとその人、倒れちゃうんです。でも、ヒビキさんは大丈夫そうですよね?」
俺には状態異常は効かないからな。
しかし、これは罠だろうか?自分の攻撃が効かない相手をマークするつもりなのかもしれない。
手遅れかもしれないが、あまり仲良くするべきではないだろう。
そう考えて、お断りの言葉を告げようとした時に、気づいてしまった。
笑顔を浮かべて明るくしているが、握りしめられた両手が小さく震えている。
もしも仮に、彼女の言うことが全て本当であるならば、頼るべき人が全くいないこの街で職すら失ったこの娘は明日をも知れない。
その状態で彼女は、助けではなく友達を求めたのだ。
「あ、あぁ、そうだな。よろしく」
気がつけば、OKしてしまっていた。
「本当ですか!?嬉しいです!!よろしくお願いします」
俺の両手を取ってぶんぶんと振り回すラティア。本当に嬉しそうだ。
もし、これが演技だとしても仕方ないとあきらめよう。俺に出来ることはアイラたちに被害が行かないようにすることくらいだろう。
ラティアと次に会う約束とよくいる場所を教えあった。携帯もないこの世界では、別れ際に次の約束を取り付けるか相手が居る場所に直接行くしか連絡する方法が無い。
「今、宿が無いので私のほうから会いに行きますね。それじゃ!!」
さらりと爆弾発言をして去っていくラティア。そうか宿も無いのか。呼び止めようとしたのだがすでに見えなくなっている。
宿も無いのにどこに行くつもりなのだろう。
ラティアと分かれてから、アイラたちとの合流場所に向かうとすでに買い物を済ませてみんなが待っていた。
「お待たせ」
「今来たところです。ご主人様」
デートの時のやり取りを覚えていたエミィがいたずらっぽく笑いながら答えた。
俺も笑い返してやるとアイラが話しかけてきた。
「あの方はやっぱり魔族だったんですか?」
「うーん、どうだろうな。魔族の関係者ではあるみたいだけど」
俺が言葉を濁すとジルも質問してきた。
「そういえば『半魔族』とか言うておったのぅ。なんじゃそれは?」
「わからない。彼女の種族が『半魔族』らしいんだよ」
「それでは、泊まっている宿くらいしか分からなかったんですね」
「えっと、宿無しみたい。あと、友達になっちゃった」
これを聞いて3人ともびっくりしていた。
「出来るだけあの娘、ラティアと一緒にいてボロを出すのを待とうかと思う」
「危険ではないですか?」
「そうかもしれない。だから、俺が1人で会うよ。お前達は近くで待機してくれるか?」
次の約束が2日後だとみんなに知らせて対策を練るためにも宿に戻ることにした。
翌日はまた冒険者ギルドに行くことにした。
ラティアには俺が冒険者だと伝えているので、できるだけギルドにいたほうがいいだろうという判断だ。
昨日にくらべて冒険者の数が少ないのは討伐に出かけたからだろうか。
「よぉ、『全滅』。本当に良く会うな」
「おっさん、シルバーグリズリーの討伐に出かけないのか?」
昨日はあんなにやる気だったのに今日はなんだか元気が無い。
「それがよ~、お前さんがギルドから出ていったのと入れ替わりにシルバーグリズリーを倒した奴が報告に来たのさ」
なんとも運が悪い。しかし、発見から1日で討伐するとは凄腕の冒険者も居たものだ。
いや、俺が知ったのが昨日と言うだけでもしかしたら数日前からいたのかもしれない。
しかし、話に聞いたシルバーグリズリーはかなりの強敵であったように思える。それを倒してしまうのだからかなりの腕前には違いないのだろう。
「それで、誰が倒したんだ?」
「うーん、たしかエビルだかエヴィンだかいうらしいんだが」
「え、エビル?」
「まぁ詳しいことはわかんねえのさ。どうも、ギルド未登録のやつだったみたいでなぁ」
「そ、そうか」
おっさんの話を聞いて、少し不安になった。領主のギーレンに詳しい話を聞いてみよう。奴なら倒した奴の名前くらいなら教えてくれるだろう。
少し急ぎ足でギルドから出て、そのまま領主の居住スペースに向かう。同じ建物内でもしっかりと区分けされているのでやや時間がかかる。
争奪戦を行った中庭まで行くと、中庭の隅にフレイを見かけた。このまま無視しようと思ったのだがどうにも様子がおかしい。
いきなり立ち上がったかと思うと、中庭をうろうろしだす。少し歩き回ればまた中庭の隅に戻り、自分の足を自分で抱えて座っている。いわゆる体育座りだ。
「ああ、もう。なんなんだよ!!」
今の声でフレイがこちらに気づいたようだ。捨てられた犬のような目でこちらを見ていた。
俺は、ハァと大きなため息をつきながらフレイに近づいていく。
フレイは、その間体育座りのままでこちらを見ていた。
「どうしたんだよ『誇り高き騎士』様?」
俺の呼びかけに反応して、わんわん泣き始める。
何とか断片的にだが話を聞きだすとどうやら『騎士』に反応しているようだ。
「で、どうしたんだよ『フレイ』?」
騎士と呼ぶたびに泣かれてしまったので仕方なく名前で呼んでやる。
「わだじはもうぎじではなくなってじまっだ~」
「何だって?」
「おじょうざまのぎじをかいにんされだんだ~」(おじょうさまのきしをかいにんされたんだ)
どうやら、捨てられた犬のような目ではなく、完全に捨てられた犬の目だったようだ。
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