皆さんにたくさんのアイディアをいただいた電撃魔法の話は一旦お休みです。
この戦いが終わればまた実験の続きを行う予定です。
第39話
他の魔法の練習も行っていると日も落ちてきたのでゴブリンの村を後にして街に戻る事にした。
宿に戻る前にティルの店に寄っていくつかの物の製作を依頼する。次回の実験のために必要なのだ。
完成は早くても明日以降だと言われた。明日は魔物の荒野に狩りに出掛けることにしよう。
宿に戻り、一階の食堂兼酒場で食事を取るともう外は真っ暗になっていた。
部屋に戻り一息ついたところでアイラがニコニコしながら俺をベッドに引っ張っていく。
「い、いや。あ、明日も狩りに出るし、体力は残しておきたいんだ、け、ど、」
エミィが両腕で抱えるように大量の薬瓶を持ってこちらに来た。村で作っていた『青春薬』だ。
俺は覚悟を決めてベッドに横になる。ジルが逃げようとしていたのでアイラに握られていない方の腕で捕まえておいた。
人数が増えると大変なのは俺だが仲間はずれは良くないからな。みんなで仲良く楽しむことにした。
「はむはむ、はふぅ」
ジルが正面から抱きつき余韻に浸りながら俺の首筋に噛みついている。ジルは行為の時、よくこうして噛みついてくる。
「おい、ジル。本気で噛むなよ」
ジルが牙をたてて噛んできたので注意する。しかしジルは力を緩めずに噛みついてくる。
「ぴちゃ。クフフ、やはり血を吸っても主はかわらないのぅ」
傷口からにじみ出た俺の血を舌で舐めとりながら嬉しそうに呟くジル。何がそんなに嬉しいのやら。
『ヴァンパイアにとって、血を吸う行為というのは求愛行為らしいが、なるほどこのように睦言を交わしながら行われるのか』
外野に現状の分析をされている。こいつ、こういう方面の知識に敏感すぎないか?『Hの書』って呼ぶぞこの野郎。
血が止まってしまったのか傷口に吸い付き始めたジルをなんとか引き剥がしベッドに寝かせる。
アイラとエミィはすでにベッドで並んで泥のように眠っていたが顔は満足そうだ。恐るべし『青春薬』。
ジルに血を吸われたため体力と魔力を持っていかれた。その体力でさらに求められるとかどんな永久機関だ。
回復するためにポーションを飲もうかこのまま寝てしまうか考える。
その時、部屋の壁からスーッとゴーストが出てきた。
少し前の俺なら悲鳴をあげていたかもしれないがここ数日でゴーストは見飽きるくらいに見ている。
やれやれ、とベッドのジルにゴーストを引っ込めろと言うためにベッドの方を振り向くと、
「危ない!!」
ベッドのジルが大声でこちらに注意を呼び掛ける。とっさに右手に電撃魔法を纏わせて振り向き様に腕を一閃させた。
ゴーストに接触した右手の魔法はバチッと音をたててゴーストと共に消えてしまった。
「あれは、ナイトメアゴーストじゃ。『悪夢』に誘い最悪の場合は対象を死に至らしめるゴーストじゃ」
「ちなみに聞くけど、ジルのゴーストじゃないよな?」
毎夜、体力の限界まで行われる祭りに嫌気がさしたとか?
「わらわのゴーストではないのぅ。あと、嫌気もさしておらん。・・・今のところはのぅ」
声に出ていようだ。しかし、そうなるとジル以外にゴーストを使役するネクロマンサーがいることになる。
しかも、死に至らしめるような状態異常を引き起こすゴーストをここに送ってくるようなやつだ。
「おかしいのぅ、街にゾンビがおる。今は数体じゃが何とかせんとすぐにこの街はゾンビであふれることになるのぅ」
心底嫌そうな顔でジルが状況を伝えてくる。
すぐにアイラとエミィを起こす。幸せそうに眠る二人を起こすのは忍びないが緊急事態だ。
「アイラ、エミィ、すまないが起きてくれ」
体を揺すりながら声をかけると二人ともすぐに起きてくれた。体力が回復していないようなのでポーションを渡して状況を説明する。
「それで、どうなさいますか?」
「とりあえず元凶を叩いてみる。ジルがゾンビ達の統括モンスターに当たりをつけてくれたから。二人は万が一のためにゴブリンの村に避難してくれ」
「そんな、私も一緒にいきます」
「デューオ達なら街の外にいますからすぐに呼べます」
「ダメだ。大人しくしていてくれ。俺の手に負えないようなら助けてもらうから」
「どうやら、主の手に負えない事態になってきておるようじゃ」
ジルが話に水を指す。
「どういうことだ?」
「街の外、魔物の荒野と森からそれぞれモンスターの群れが近づいてきておるようじゃ。本命はこっちかのぅ」
ジルに詳しく説明を聞くと、門のある西と東からモンスターの大群がこちらに向かってきているようだ。
ゾンビ騒ぎは前哨戦に過ぎないようだ。大群はあと4時間ほどでこちらに到着するようだ。
それを聞いて俺は作戦をみんなに伝えた。この事態はおれどころかパーティーの手にも負えない事態だ。もっと多くの人手がいる。
そこで、エミィに冒険者ギルドにいってもらい事態を説明してもらう。おそらくギルドでも街中の騒ぎぐらいには気がついているはずだ。
おそらく全てを信じてはもらえないだろうが、それでもなにもしないよりマシだ。
ゾンビの討伐と『悪夢』にうなされている奴等を起こしてモンスターの大群に備えさせるために冒険者ギルドに人を集めてもらう。
アイラにはゴブリンの村に行ってもらいラル達に戦闘の準備をさせる。森側にいくつか仕掛けも作らせるつもりだ。
俺とジルで『ゾンビマザー』を撃破してくる。その後、冒険者ギルドに行き、おそらく始まっているだろう対策会議に参加する。
それぞれに役割を与えて、いざとなったら逃げるように指示しておく。
「じゃあ、みんな絶対に無理はしないように」
「はい。ご主人様もお気をつけて」
「すぐにラルたちを動かせるようにしておきますから」
二人と別れて俺はジルと共に『ゾンビマザー』の撃破のために動き出した。
『ゾンビマザー』は、領主の城の周りをぐるぐるまわっているらしい。ジルに案内されて到着したところにいたのはふらふら歩いている妊婦のゾンビだった。
「こいつか?」
「そうじゃ、主よっ、さっさと倒すんじゃ 」
ジルが顔を背けながら必死になって答えた。ゾンビとはいえ妊婦を斬るのはかなり辛いので、火魔法で消し炭にすることにした。
手のひらから炎を出してゾンビを焼く。
30秒ほどしてそろそろいいかと炎を散らすと、かろうじて原型をとどめたゾンビがそこにいた。
とどめにもう一度炎を放とうとしたその時、ゾンビマザーを淡い光が包み体を回復させていく。
とはいえ、元がゾンビなせいで今にも崩れそうだった体がどろどろのぐちゃぐちゃな水気の多い体に戻っただけだった。
「これ、スケルトンウォーリアの時と同じか」
「そうじゃ、おそらく自動で魔力を供給しておるのじゃろう」
攻撃されてこちらを敵と認識したのだろう。ゾンビマザーがノロノロとこちらに向かってくる。
「一度アンデッドと戦っておいて良かったよ」
そういいながら、観念してスケルトンウォーリアを倒した魔法を刀に込める。
十分に魔力が刀に通ったところでゾンビマザーの首目掛けて刀を振るった。
ポーンと首が飛んでいきながら空中で溶けるように霧散した。
残った胴体もさらさらと崩れて消えていく。
「スケルトンウォーリアの時も聞いたが、何の魔法を使ったんじゃ?」
「【回復魔法】で治癒強化したんだよ。回復の魔法で黒い魔力を術者が濾過するんだけど、こいつらアンデッドは魔力が真っ黒なんだよ。だから、その黒い魔力をごっそり奪ってやったら再生しなくなったんだ」
ゲームかなにかであった回復魔法でゾンビを倒す。を真似してみたんだがうまくいったのだ。
ようやく日の目を見る機会ができた回復魔法剣。まだまだ街中にゾンビがいるのだここは活躍してもらおう。
街中のゾンビをあらかた片付けて冒険者ギルドに向かうと人だかりができていた。
「ご主人様、こちらです」
奥でエミィが手を降っている。
人垣を掻き分けながら奥に向かう。案内されたのは会議室のようだ。中にいるのは20人ほど。
「君がヒビキかね?」
部屋に入ってすぐに一番奥の席に座ったおじさんに話しかけられる。
「ああ、そうだ」
彼はこの街の冒険者ギルドの支部長だった。そして、この街の領主でもあるそうだ。
冒険者の街であるこの街でもこの役職を兼任していた人物は少ないとのこと。
「彼女がもたらしてくれた情報は本当なのか?」
世間話もなく、本題に入る。なかなか優秀なようだ。
「ああ、森と荒野からモンスターの群れが近づいてきている。おそらくあと2時間ほどでこの街に到着するだろう」
「嘘をつくな!!証拠はあるのか!?」
馬鹿が突っかかってくる。
「別に信じなくてもいい。お前達が何もしないのなら俺たちはさっさとこの街をでていくだけだ」
周りがざわっとする。俺は気にせず続けた。
「数はおよそ1600、西と東から800ずつだな。おそらく門を狙ってくるんだろうな」
「馬鹿な!?今この街には、兵士を含めても300人程しか戦えるものはいないんだぞ!?」
セイラに言ったことが本当になってしまった。敵はこちらの5倍以上。城壁があったとしても数で押しきられるだろう。
「ヒビキ、君はなぜここまで詳しい情報を持っているんだ?」
領主の発言にまたもや周りがざわついた。俺を疑ってるわけだ。
「俺のパーティーにネクロマンサーがいるんだ。部屋で見慣れないゴーストを見たから街の中を調べさせたんだよ。そうしたらゾンビが徘徊してるから街の周りも調べさせた。そうしたらモンスターの群れが迫ってきてたんだ」
ネクロマンサーのくだりでまたまた周りが反応する。お前らリアクション芸人か。
「だいたい、なんでこんなことになったんだ!?」
「街にいたゾンビもゴーストもお前の仲間の仕業じゃないのか!?」
そうほざきやがったのは最初に突っかかってきた馬鹿だ。こいつの顔と名前は覚えた。睨んでやったら顔ごとそらしやがった。小心者が。
「弱い奴が吠えやがって。それでよく冒険者をやってられるな」
「なんだと!?」
挑発したら馬鹿がこちらを向いた。やはり馬鹿だ。
「てめぇの弱さを人のせいにしてんじゃねぇよ!!この程度の事でオタオタすんのかこの街の冒険者は?さすが冒険者の街の冒険者は逃げ足も一流だな」
俺の言葉に敵意ある視線を向けてくる周りの冒険者たち。一触即発の状況だが、この数なら一度に相手にしてもなんとかなるだろう。レベルもそれなりの奴しかいない。
「私は君を信用していいのかわからない」
領主が頭を振って声を絞り出す。
「あたしは、こいつらを信じるよ」
声をあげたのはフェールだった。
「そもそもこいつらは自分たちだけ逃げりゃよかったのにわざわざ知らせてくれたんだよ?感謝こそすれ恨むのはお門違いさ」
「それに、あたしはこいつらのことを少なからず知ってる。『全滅』は悪い奴らじゃない」
『全滅』の名前はこの街では知られていない。フェールがシャープウルフの逸話までペラペラ話し始めた。
加護のことまで知られてしまったがそのせいか、多少信じてみようという空気になってきたようだ。
「しかし、戦うにしても5倍以上の戦力差をどうしたものか」
領主が、せめて半分ならとぼやいたところで俺が提案する。
「俺たちに西門を任せてくれるならそちらの敵は何とかしてやる」
「そんなことができるのか?」
俺は久しぶりのフレーズを使うことにする。
「俺、『加護』持ちだから」
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