第34話
エミィにどうしたのかを聞くと、もっと頑張りますから捨てないでと繰り返した。
仕方がないので、エミィを抱き寄せ落ち着くまで頭と背中を擦ってやる。
エミィの様子に驚いたのかアイラとジルコニアも心配そうにこちらを見ている。
落ち着いたエミィから話を聞くがよくわからない。
時間をかけて単語を拾い、要約するとこういうことらしい。
昨日のデートの時にアホ貴族に言われた事が原因のようだ。
『まともな人間はお前なんて買うわけが無い』。これがデートでの幸せな気分も収まった頃にじくじくとエミィの心を苛んでいたようだ。
デートの終わりにずっと一緒にいて欲しいと伝えたのだが、どうやら今日の俺の行動でエミィはさらに不安になったらしい。
まず、今朝話した白磁器の分け前。もしかして借金をある程度返済させて捨てられるのではないかと考えたようだ。借金奴隷は自身の借金を返済するまで購入金額に借金の額が上乗せされる。
借金を完済すれば奴隷の身分からは解放されるが返済してしまえば自分は奴隷の身分から解放される。そのため、完済間近の借金奴隷は転売されることがあると聞く。
自分も転売される、もしくは完済後には何のつながりもなくなると感じてしまったようだ。
だから、市での買い物の時にエミィは変なテンションで大量の素材を買い込んでしまったらしい。少しでも資金を使って、白磁器の取り分を減らすために。
次にジルコニアの購入。もしかしたらジルコニアは自分の代わりに購入されたのではないか、そんな事を考えていたらしい。
だから、ジルコニアを買うときに悲しそうな顔をしていたのだ。ジルコニアに高い服を買ってきたのも素材の大量購入と同じ理由のようだ。
「だから、『捨てないで』か。ごめんなエミィ。まさかそんな風に考えるとは思わなかったよ」
エミィは大分落ち着いたがまだ鼻をすすっている。
「いえ、いいんです。私もどうしてこんなに不安になったのか分からないんです」
もしかしたら昔の錬金術師に会ったのが原因かもしれない。エミィは、ゴブリンにもトラウマがあるし精神的にやや弱いところがあるのだろう。
そんな娘にモンスターとの戦闘を強いていたのだから申し訳なく思う。
「どうすればいいかな」
戦闘からはずすという提案をしたがまたもエミィに泣かれてしまった。エミィが恐れているのは俺から必要とされなくなること。たとえそれがどんなことであってもだ。
「のう主よ、ならこの娘にもあの獣人の娘のように確かな絆を作ってやれば良いではないか」
「ジルコニア、それが出来ればこんなに悩んでない」
アイラとの絆とは終身奴隷のことだろうか。
「ジルでよい、もしくはコーニと呼んでほしいのう」
「じゃあ、ジル」
「うむ。主はえっと、エミィじゃったか、あの娘とそういう絆を持つことは嫌か?」
エミィがビクッと反応した。刺激するな。
「そんなわけないだろ。エミィさえ良ければずっと一緒にいたいよ」
「ならば、契約をすればよい。わらわが見届けよう」
「契約?」
「わらわはヴァンパイア。あらゆる契約の中でも最上位の『血の契約』の番人の一族よ」
確かにジルのスキルに【契約(血液)】がある。後で調べて知ったが、この世界の契約は色々な力で強制力を持つらしい。元いた世界では『法律』がその強制力にあたるのだろう。
その中でも『血の契約』は互いの血によって契約を交わし強制力も強いものらしいのだが、スキルとして所有しているのがヴァンパイア一族の中でも一部のものくらいしかいないので今では廃れているようだ。
偉そうに胸を張った後、ジルがエミィを俺の前に連れてきた。
「さて、どんな内容の契約にするんじゃ?」
そう言われて俺も契約の内容を考えた。エミィの不安を解消し、俺達の妨げにならないような契約。
「俺は、命ある限りエミィを手放さないと誓おう」
「私は、一生ご主人様の奴隷であることを誓います」
お互いの指に小さな傷をつけ血液を混ぜあい2人で別々の誓いを立てる。これでどちらかの誓いが破られてももう一方の誓いが効力を持ち続ける。
「うむ、契約はなされた」
俺はエミィの顔を見る。エミィは指から流れた血をうっとりと眺めていた。正直ちょっと怖い。しかし、これでエミィも落ち着くだろう。
「よし、明日はティルさんのところに装備を受け取りに行ったら久しぶりに仕事するか」
「はい」
「新しい装備品の使い心地も確認しないといけませんね」
「そうそう、使い心地を確かめなきゃな~」
そういいながら俺は、ジルをベッドに引きずり込んだ。
「な、なんじゃ!!今の話の流れならこのまま寝るのでは無いのか!?」
「いやなら拒否しろよ~ そうしたらやめるから~」
今夜はジルといっしょに、と思っていたらエミィがベッドに潜り込んできた。
「あれ?」
「私の使い心地も確かめるべきではないでしょうか?」
エミィが今まで以上に積極的だ。
少し遅れてアイラも参戦する。ジルの事とか、エミィとの契約とかで少し疎外感を感じていたのかもしれない。
「アイラ?」
「わ、私も混ぜてください」
アイラは元々積極的だった。いつも通りといえばいつも通りだ。
しかし、今日は新兵を含むとはいえ3人が相手だ。これは敗戦も覚悟するべきかもしれない。
「よろしい!!まとめて相手をしてやる!!」
「じゃから、わらわは別に・・・」
「問答無用!!」
男には負けると分かっていても戦わなければならない時がある。そして今がその時なのだろう。
次の日の朝は、気がついたらティルの店にいた。
昨日の戦いがどういう結果に終わったのか、俺は良く覚えていない。
アイラがすごかったとか、エミィがやばかったとか、ジルの学習能力が高かったとかそういうことをまったく覚えていない。
「なんだ、すげえ顔色だな。どうした?」
店に着き、珍しく売り場のほうにいたティルの第一声がそれだった。
「気にしないでください。ご主人様は少しだけお疲れなんです」
「そうか、まぁいいか」
ティルの関心はすぐに俺からジルに移った。
「なんでぇ、知らないのが1人増えてるじゃねぇか」
「ああ、昨日仲間にしたんだ」
「出来合いの装備になるぞ」
「ありがとうティルさん」
ティルは少しジルを見つめて奥の作業場に引っ込んでいった。
「なんじゃ、あのドワーフは?」
「いや、ティルさん人間だから」
ジルが驚いているうちに俺たちの装備を持ってティルが戻ってきた。
「取り合えず着てみろ、どこかダメなら今直す」
俺達は言われたとおり装備をつけてみる。全員ぴったりだった。
ティルがジルに選んでくれたのは、魔術師用のローブとガイコツを形どった杖だった。
「よくジルが魔術系の職種だって分かったね」
ジルは見た目だけ見れば剣士といわれても違和感の無い長身だ。
「体のつくりが違う。剣士がそんなにひょろひょろなわけねえだろ」
ティルに礼を言ってジルの分の装備の代金をトトに渡し店を後にする。
ティルには色々と世話になったしこれからもちょくちょく顔を出そう。装備以外にも作成を依頼しているものもあるし。
いつもの森の近くで俺とアイラが魔物笛を吹く。
すると、すぐにデューオとルオ、クインがやってくる。しかし、ゴブリンコマンダーのラルが来ない。
これは冒険者にでもやられたのかも知れない。あきらめようとしたそのとき、ドドドドドドッという地鳴りがこちらに近づいてくる。
森のほうを見ると何かがこちらにやってくるようだ。一瞬、ラルか?と考えたが明らかに数がおかしい。十数匹のゴブリンたちではこんな地鳴りはしないだろう。
みんなに戦闘の準備をするように伝えて迎え撃つ準備をする。みんなに走る緊張。
しかし、現れたのはラルだった。いや、俺の知っているラルではなかったがラルだった。
ラルは、進化していた。
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ラル ゴブリンエリートコマンダー Lv.25
2歳
スキル
【指揮官】
自身より下位同種のモンスターを指揮することができる。
指揮範囲はレベル依存。
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引き連れているのも十数匹ではなく50匹を越えるほどの数になっているし、亜種や変種もいるようだ。
内訳は、
ゴブリンエリート × 5
ゴブリンエリートランサー × 6
ゴブリンエリートアーチャー × 5
ゴブリン ×14
ゴブリンランサー ×10
ゴブリンアーチャー × 8
ゴブリンメイジ × 3
ゴブリンエリート系は、平均Lv.15くらい、ゴブリンは平均Lv.10だ。
なんでたった一週間足らずで3倍以上の数とレベルになってるんだこいつらは?
ラルに話を聞くと、俺の命令どおり部隊の強化とモンスター素材の収集を行っていたらしいが、いくつかのゴブリンの集落が合流し、今の数になったそうだ。
また、数が増えたため同時に大量のモンスターを相手に出来たと言っている。
エリートはおそらくラルと一緒に捕らえたやつらが進化したのだろう。残りのゴブリンが新しく合流したゴブリンのようだ。
ラルのレベルだけ一回り違うのは、もしかしたら指揮下のモンスターが得た経験値の一部がラルに送られてくるのかもしれない。
そこまで考えて自分のステータスを確認すると、レベルが3上がっていた。
この一週間は一度もモンスターと戦っていないのにだ。
どうやら経験値の流入は【魔物使い】のスキルでも発生するようだ。その証拠にアイラもレベルが2上がっていた。
「すごいのぅ、ゴブリンとはいえこの数を使役するとは主は何者じゃ?」
「いや、俺もこの数にびっくりしているところだよ」
「そうなのか?」
ラルたちはこの辺のモンスターとの縄張り争いに勝利したらしい。ラルたちの集落へ案内されると大量の素材とモンスター達が溜め込んでいたガラクタが山のように積まれていた。
俺はモンスターの素材と使えそうなアイテムだけより分け、残りをゴブリンたちに好きにしていいと伝えた。それを聞いたゴブリンたちは大喜びでガラクタの山に群がっていた。
「さて、ちょうど誰にも見られない場所に来たことだし、ジルの力を見せて欲しいんだが?」
「良かろう、我が【死霊魔法】の深遠を見よ!!」
ジルが手を振るうとあたりに霧が立ち込め、薄暗かったゴブリンの集落がさらに暗くなっていく。
寒気を感じながらジルを見つめると、なにやらジルの周りにふわふわと何かが漂っている。
「わらわのもっとも得意とするゴースト召喚じゃ」
ゴーストは、人間やモンスターの魂ではない。アンデット族の一種で実体を持たない。
精神汚染系の魔法を使い、相手を戦闘不能状態に追い込む。
その体はガス状で物理的な攻撃は効かないが、魔法での攻撃は有効だ。魔力を帯びていれば水魔法でも倒せる。
そんな魔術師がいないパーティの天敵のようなモンスターだ。
「もちろん、ただのゴーストだけではない。存在さえ確認できればゴーストロードさえ使役して見せるわ」
ゴーストロードは、大量のゴーストが融合したようなモンスターらしい。ゴーストが密集することで物理的な攻撃力すら手に入れたかなりの強敵とのことだ。
「すごいな、ジル。でゾンビ召喚はどうなんだ?」
ぷいっとジルが顔をそらす。ゾンビ召喚はゴースト召喚と並ぶネクロマンサーの最大の特徴だ。
「おい、ジル」
「わらわはゾンビは嫌いじゃ」
「いや、好きとか嫌いとかじゃなくて」
ゴースト系と違いゾンビ系のモンスターは実体があるため物理的な攻撃が可能だ。その昔、悪のネクロマンサーがたった一人でゾンビの軍団を操り街をひとつ滅ぼした、なんて話もあるらしい。
「いいじゃろ、ゴーストだけでも」
ジルはゾンビ召喚を使えないわけではなく、使いたくないらしい。まあ、別にどうしても必要というわけでもない。物理的な戦力ならラルの部隊があるし。
「まぁ、いいか」
【死霊魔法】は使い勝手が悪そうだがとりあえず実戦でどう使うか試してみよう。
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