第33話
次の日、俺はすっと目が覚めた。
「おはようございます。ご主人様」
「おはようございます。今日はどうなさいますか?」
「おはよう。今日は、市にいってみようと思う。でも、その前にちょっと2人と話しておきたい事があるんだ」
話したいこと?と2 人が首をかしげる。
「エミィのお陰で資金に余裕ができる。その事で手に入る金の取り分の話をしておきたいんだ」
素材の白い粘土はルビーがいなきゃ作れないからアイラにも取り分を受け取る資格があるし、エミィは白磁器の製作者だ。
「私は、ずっとご主人様の奴隷なので、お金はご主人様の物にしてください」
話を聞くとアイラのような亜人の奴隷は、終身奴隷の為財産は持たないらしい。
ならば、エミィだけでもと話を進めるが、エミィも遠慮しようとする。
「私はご主人様に言われるままに作っただけです。取り分なんて必要ありません」
「いや、そんなことないだろ」
エミィの技能があったから作れたのだ。それにエミィは借金奴隷だ。
借金さえ払いきれば奴隷の身分から解放される。
その話をするとエミィは悲しそうな顔をしながら、はい、と頷いた。
「じゃあ、エミィの取り分は1セットにつき金貨1枚な」
「…はい」
そのあと取り分でも揉めた。最初は半分ずつにしようとしたのだが頑なに拒んできた。
エミィに、これ以上は譲れないと説得してなんとか嫌々ながら金貨一枚で納得してもらった。
準備を整えて市に向かう。
市には、店の棚に出さないような高級品や、逆の理由で店には並べられないような粗悪品が一緒に並べられたまさに玉石混淆な状態だ。
売られているのは雑貨や、武器、防具にモンスターとなんでも揃っている。
「こりゃすごいな、ギルドよりも盛況じゃないか?」
「そうですね、ギルドでは手に入らないような物も売ってますから」
ギルドで取り扱っているのは安定供給が可能なものばかりで、珍しい素材などはギルドの幹部達で売買を独占してしまうらしい。
もっとも、私腹を肥やしているのではなく個人の伝で客を得ているだけのようだ。
まあ、中にはあくどい事をしているものもいるようだが。
市を見て回ると、エミィの言ったとおりギルドには置いていない素材がたくさんあったようだ。あれもこれもと見たことの無いテンションで買い物を続けている。
まあ今日はルビーがいるし、いくら買っても大丈夫だが。
「お兄さん、羽振りがいいね。どうだい、うちでも買っていってよ」
エミィの猛烈な勢いの買い方を見ていたのだろう。近くの店の主人が声をかけてきた。
「ここは、何を扱っているんだ?」
男がにやりと笑う。
「ここは、生き物を扱ってる店さ、生きているなら奴隷、モンスターどちらでも扱ってるよ。生き物屋だからね」
試しに見ていってよと店に引きづり込まれると生き物屋と名乗る店主の店にはなるほど、檻に入れられたモンスターや、奴隷が並べられていた。
「どうして、奴隷とモンスターを一緒に扱ってるんだ?」
「生き物屋は初めてかい?そりゃあどっちも生きてるからね。モンスターも奴隷も必要なものはほとんど変わらないから、どっちも扱ってるって店はこの辺じゃ珍しくないぜ」
「そうなのか」
言われて周りを見渡し、ステータスを確認する。
村人、獣戦士、シャープウルフ、村人(獣人)、剣士(人間)、拳闘士(獣人)、ネクロマンサー(ヴァンパイア)、鱗戦士(亜人)、ゴブリン、オーク、メイド(人間)、と並びもめちゃくちゃで統一感が無い。
「うん?」
なにか変なのが混じった気がする。
「ネクロマンサー?」
俺から見てちょうど店の真ん中で、一番奥に隠すように置かれた檻の中にいるのは職種がネクロマンサーだった。
「お客さん、良くそんな端の檻見つけたね。でもこいつはやめといたほうがいいよ」
そういわれながらもネクロマンサーの入った檻に近づいていく。檻の中にいたのはボロボロの服を着た、服以上に汚れている女だった。
身長は170cmほどだろうか、アイラやエミィより大きい。俺と同じくらいの身長に薄汚れた白髪とボロボロの服では隠し切れないほどの女性らしい体のライン。
顔は汚れていても分かるほどの美人だ。
「こいつは、全くなつかないんだよ、魔物使いに躾を頼んだんだけど3日で根を上げてしまってね。以来その檻にずっと入れたままなんだよ」
「魔物使い?ヴァンパイアはモンスターなのか?」
「そうだよ、この辺じゃモンスター扱いだ。お客さん、よくこれがヴァンパイアだって分かったね」
店主の疑問を適当にあしらい彼女のステータスを確認する。
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ジルコニア・ヴラド Lv.18 ネクロマンサー 18歳
スキル
【吸血(主人)】
対象の血を吸うことで相手の体力、魔力を自分のものにする。
また、対象に【吸血(従者)】のスキルを与え、状態異常『ヴァンパイア(従者)』にする。
【契約(血液)】
血の契約を結ぶことが出来る。
【死霊魔法】★★★
死霊魔法を行使できる。
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なるほど、ヴァンパイアらしく血液関係の能力を持ってるわけか。そして、ネクロマンサーの【死霊魔法】。なんか強そうだ。
俺が檻の中を興味深そうに見つめていると、檻の中から鋭い目つきで睨みつけてくる。
しばらくにらめっこを続けていると、アイラとエミィが合流してきた。
「ご主人様、その奴隷をお求めになるんですか?」
なぜか、エミィが悲しそうな顔をする。アイラも泣きそうな顔をしているがこちらはエミィの時もそうだったので予想の範囲内だ。
「ああ、値段次第だな」
それを聞いて、ますます顔を歪めるエミィ。一体どうしたんだろう。エミィは仲間が増えることにこんなに拒否感を示す娘だっただろうか?
ジルコニアを買うと聞こえたのだろう。店主が駆けつけてきた。
「これを買っていただけるんで?ありがとうございます。こいつはずっと売れ残っていて困ってたんです」
「まだ決めたわけじゃないが、ちなみにいくらだ?」
「そうだねぇ、金貨2枚でどうだい?」
安い、そう感じてしまったが良く分からない。エミィに確認してみる。
「エミィ、この娘はヴァンパイアみたいなんだが、ヴァンパイアはモンスターなのか?」
「えっと、場所によって扱いが違うと聞いた事があります。私の感覚ですと亜人さんなんですが」
エミィがチラッとアイラを見る。
「私の住んでいたところもヴァンパイアは亜人だったと思います」
ヴァンパイアは場所によってモンスター扱いされたり亜人扱いされる特殊な種族らしい。
しかし、店主の話を聞くと魔物使いに使役できないところを見るとやはり亜人なのだろう。
奴隷としての金貨2枚はかなり安い。『呪い』持ちのアイラの値切り前と同じ金額だ。
魔物使いギルドで確認した感じだとモンスターの相場としても金貨2枚は安いほうだ。
おそらく、ゴブリンよりやや高いくらいだろう。
「掘り出し物、かな?」
店主に購入すると伝え、亜人用の首輪を別途購入した。店主は不思議な顔をしていたがこれでいいはずだ。
もうひとつ店主とアイラたちにお願いをしておいた。
それが済むと檻の前に屈んでジルコニアと目線を合わせる。
「これからお前をここから出してやる。出来れば暴れないでくれ」
ジルコニアはしばらく俺を睨み続けたがこくんと小さくうなづいてくれた。その言葉を信じて檻の鍵をあける。
次の瞬間、檻の中から俺にタックルしてきたジルコニアに押し倒されてしまう。
「まぬけな人間め、なぜわらわが貴様などに従わねばならぬ」
そういいながら俺の首筋に噛み付いてくる。ズブっと鋭い痛みが首筋に走る。血を吸われているようだ。
「クフフ、これでこいつはわらわの僕じゃ」
そう言って俺の上からどいて周りを見渡す。
「そこの女2人はこの下僕の奴隷じゃな。これからはわらわに従うが良い」
アイラとエミィに向かって妖艶な笑みを浮かべるジルコニア。しかし、視線を店主に移すとその顔に怒りが浮き出る。
「貴様はわらわを散々辱めてくれたな。簡単には殺さぬから覚悟しておけ」
店主は事態についていけないのかポカーンとしている。
「おい、下僕。いつまで寝ておる。さっさと起きぬか」
ジルコニアが未だに倒れたままの俺のわき腹に蹴りを入れてくる。俺は言われるがままに立ち上がり彼女のうしろに控える。
「まずはあの男の四肢を切り落としてわらわの前に跪かせろ!!」
そう命令されて俺は、ポケットの中から亜人奴隷用の首輪を取り出して油断しまくっているジルコニアの首にすばやくそれを取り付けた。
「な、なんじゃ。何のまねじゃ!?貴様、さっさとこれを取らんか」
「うるさいな、黙ってろ」
ジルコニアのおでこに渾身のデコピンを食らわせる。
「フギャッ」
変な泣き声でひっくり返るジルコニア。ずっと檻の中にいたせいで筋肉も落ちているのだろう。
とはいえさすがヴァンパイアといったところか、最初のタックルは完全に不意をつかれた。
みんなには暴れても俺が抑えるから手を出すなとお願いしておいた。
「ご主人様、本当に大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。血は吸われてないんだよ」
平然と嘘をつく。店主の目があるためそういうしかないのだ。本当は『加護』で状態異常を治しただけなのだが。
「ばかな!?わらわは確かにお前の血を!!」
「うるさい」
余計なことを言おうとしたジルコニアに再びデコピンを食らわせる。
「ギャンッ」
今度は倒れることなく耐えるが顔を見れば涙目になっている。
これ以上余計なことを言われる前にこの店から立ち去るべきだろう。
「騒がせて悪かったな。では、この娘は貰っていくぞ」
「はいよ、まいどありぃ」
「はなせぇ、わらわは誇り高きヴァンパイア一族だぞ。人間なんぞに使役されてたまるか」
「はいはい、まずは宿に帰って水浴びだな」
「水浴び!?使うのは水か?お湯か?」
「どっちがいいんだ?」
「お湯!!」
えらく子供っぽいな。俺より年上のはずだが。
そういえば普通に日の光の下に連れ出してしまったがなんとも無いのだろうか?まあ、これだけ元気なら大丈夫だろう。
「そうか、きれいになったら飯を食わせてやる。肉と魚はどっちがいい?」
「お肉!!」
「分かった。エミィ、悪いがこいつの服を買ってきてくれ」
「は、はい。分かりました」
「アイラはこいつを洗うのを手伝ってくれ」
「かしこまりました」
水浴びと食事の話ですっかりおとなしくなったジルコニアを銀杯亭に連れて行き、お湯につけて2人がかりでごしごしと洗っていく。
30分ほど経っただろうか、手元にあった石鹸を使い切りようやくジルコニアは綺麗になった。
ジルコニアを洗い終わるとちょうどエミィがジルコニアの服を買ってきた。
「で、なんでこんな服なんだ?」
エミィが買ってきたのはいわゆるゴスロリ系の衣装だった。この世界にゴスロリの文化があったとは驚きだ。
価格はなんと金貨1枚。
「申し訳ありません。代金は朝お預かりした買い物用の資金から支払いました。後で私の白磁器の報酬から引いてください」
エミィには市での買い物を任せていたので結構な額を渡していたが、まさか金貨が必要な服を買ってくるとは思わなかった。
「いや、別にいいけど、ジルコニアは気に入ってるみたいだし」
「うむ、なかなか良い趣味だな。これからもそなたにわらわの服装を任せても良いぞ」
「お前はいちいち偉そうだな。エミィ、こいつの言うことなんて聞く必要ないからな」
エミィも帰ってきたのでみんなで銀杯亭一階の食堂で食事にすることにした。
ジルコニアは料理が運ばれてくるとすさまじいスピードで口に運んでいった。
水浴びで汚れを落としゴスロリ衣装に身を包むジルコニアはまさしく貴族のお嬢様の様に見えるのだが、テーブルマナーのテの字も知らないような汚い食べ方をしていた。
「ふう、満腹じゃぁ」
食事を終えて部屋に戻ると、ジルコニアは我が物顔でベッドに横になる。
「さて、まずはわらわから質問しようかの。なにゆえわらわの吸血がおぬしには効かんのじゃ?」
「お前が信用できるようになったら教えるよ。とりあえず、どんなに不意打ちしても俺には効かないし、こいつらにも効かない」
「まぁしょうがないかの、いきなり襲ったのはわらわのほうじゃし、では次じゃわらわはどのように扱われる?」
「俺は冒険者だからな。パーティとして役に立ってもらう。もちろん、出来る限り命の保証はするつもりだ」
「なるほどのぅ、では待遇はどうじゃ?今日のような湯浴みや食事は特別なのか?」
「そう特別でもないな、イレギュラーはその服くらいだな。それ以外はいつもこんなもんだ」
「そうか!!では最後じゃ、わらわはヴァンパイアじゃがなぜこんなに厚遇する?」
「してるか?湯浴みはお前が汚いままだとこのあと俺が楽しめないし、飯にしてもただの宿屋の飯だぜ?誰でも食ってる」
「楽しめない?」
ジルコニアが首をかしげる。
「ああ、一緒のベッドに入っていざやる気になってもあんなに汚いままじゃ色々大変だろ?」
「だ、抱くというのか?わらわはヴァンパイアだぞ!?」
「ああ、ダメか?」
ジルコニアはあたふたとしてベッドの中に逃げ込んだ。
「やれやれ」
ジルコニアを追おうとするとエミィから声がかかった。
「あの、ご主人様、わ、わたし」
様子がおかしいとは思っていたが今が一番様子がおかしい。
「どうした、エミィ?」
「ご主人様、捨てないでください」
はい?俺がエミィを捨てる?訳が分からない。俺はエミィから話を聞くことにした。
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