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第31話
「アイラ、お待たせ」

 約束の場所に約束の時間よりやや早く到着すると、すでにアイラはその場所で待っていた。

「いえ、私も今来たところです」

 待ち合わせのお約束のやり取りを交わしてアイラの元に近づいていく。
 ワンピースと麦わら帽子姿で立っているアイラを見るとやはり見惚れてしまう。
 同じ宿で過ごしているにもかかわらずこうして外で待ち合わせをしようと指示したのは俺だ。
 わざわざ昨日の夜、宿を抜け出して待ち合わせの時間まで宿に戻らない徹底振りに自分でもやりすぎかと考えてしまうが、このやり取りは俺にとって一種の憧れだったためアイラには付き合ってもらうことにした。

「おはようございます。ご主人様」

「アイラ、違うだろ」

 そう言われてアイラがはっとする。次の瞬間には顔を真っ赤にしてこちらを見つめてくる。

「・・・おはようございます。  ヒビキさん」

「ああ、おはようアイラ」

 呼び方の変更。これも今日のデートの約束だ。今日一日、俺の事を名前で呼ぶようにお願いした。
 これも憧れのひとつだが待ち合わせに比べれば出来たらいいな位の感覚だった。アイラが嫌がるようならやめるつもりだった。
 しかし、アイラは恥ずかしがりはしたがすぐに了承してくれた。
 呼ばれてみて、かなりクるものがあったが決して顔には出さずに笑顔でアイラをエスコートする。

「まずは魔物使いギルドに行ってみようか」

 右手を差し出しアイラを見つめる。アイラはおずおずと右手を差し出してきた。これでは握手になってしまう。そう思いつつアイラの右手を取ってしばらく見つめあった。

「アイラ、そろそろ行こうか」

 アイラとの見つめあいを堪能したのでつないだ手を離す。アイラが寂しそうな顔をしていたがすぐに左手を取って歩き出した。
 右手から伝わるアイラの体温を感じながら大通り沿いに歩いていく。魔物使いギルドは、このまま大通りを東門付近まで歩いたところにある。
 俺もアイラも緊張のためか会話できないでいる。このままではいけない、と意を決してアイラに話しかける。

「昨日は楽しみでなかなか寝付けなかったんだ。だからちょっと寝不足気味だよ」

「わ、私も楽しみで全然眠れませんでした!!」

 アイラが会話に勢い良く答えてくれた。少々勢いが良すぎるがそれだけ気合が入っているって事だろう。
 その後の会話は緊張がほぐれたこともありとてもはずんだ。アイラの出す話題は配下のモンスターたちのことが多かった。
 デューオとルオがお互いを気にしてる、とか、今日は寝坊しそうになったのをルビーに起こしてもらったとかそんな話だ。

「ここか、魔物使いギルドは」

 冒険者ギルドや魔術師ギルドに比べるとすごく大きい。
 東門の壁沿いにあるこのギルドは、受付カウンターのある本館と牧場のような柵に囲まれた広場、そしてモンスター達を直接管理している畜舎の3つの施設がある。
 まずは受付のある本館に入ってみる。建物の中は、冒険者ギルドや魔術師ギルドとほぼ変わらない。違うのはモンスターの姿が多く見受けられるという所だろうか。
 俺達も、ルビーをつれている。せっかくのデートだが魔物使いギルドに行くのにモンスターもいないのでは格好がつかない。その点ルビーなら見た目はただの大きいスライムだ。
 舐められることはあっても警戒はされないだろう。
 受付で畜舎のモンスターを見せてもらえるか確認しようとしたところで知った顔に会う。

「あれ?ヒビキか?奇遇だね」

「フェール、こんなところでどうした?」

「こっちに来るまでにうちのカッパーの手持ちのモンスターがいなくなったからねぇ」

 フェールが自分の後ろを顔で指し示すとカッパーが受付でなにやら記入していた。

「これから売りに出されてるモンスターを見に行くんだよ」

 渡りに船である。俺達も同行したいと伝えると笑顔で許可してくれた。

「これくらいお安いご用さ。あんた達にはニコの怪我を治してもらった借りがあるしね」

「あの後、ニコの容態はどう?」

「傷は塞がってるから命に別状は無いよ。ただ、毒でちょっと体力を消耗してるから今も宿で休んでる。そういえば、ルクスたちの居所を知らないか? あいつらにも世話になったからお礼をしたいんだが、冒険者ギルドにちょくちょく顔出してんだけど全然会えなくてさ」

「ルクスたちなら教会にお世話になってるよ」

「教会? ああ、バーラは神官様だもんな」

 本当の理由は、KYシスターにあるがここでは黙っている。

「しかし、そうなると教会に行かなきゃいけないのか、参ったな」

 フェールは教会があまり好きではないらしい。

「まあ、居場所が分かっただけでも助かったよヒビキ」

「どういたしまして」

 フェールとカッパーについていき、畜舎の中を見せてもらった。
 畜舎の中は様々なモンスターが鎖につながれていた。
 ゴブリン、オーク、シャープウルフなど知っている魔物もいれば名前も知らないようなモンスターも数多くいた。

「さて、調教済みの扱いやすくて、値段が手ごろなのがいいねぇ」

 フェールがカッパーとなにやら相談しながらモンスターたちを見ていく。

「何か気になったモンスターはいるか?」

 俺もアイラに聞いてみる。アイラには今、ルビーとデューオとルオ、そしてクインの4匹のモンスターがいる。
 聞いた話だと5匹くらいが個人の魔物使いが使役できる限界とのことらしいのでアイラの5匹目の配下モンスターをここで買うのもいいかもしれない。

「すみません、あまりピンときません」

「まあ、無理に選ぶ必要は無いさ。今のところモンスターがいなくて困ってるわけじゃないしな」 

 俺の足元に来たルビーを撫でながらアイラに笑って答えてやる。

「ギャッハッハハハ、スライム一匹連れてるだけで何がモンスターには困ってない、だよ」

 振り返ると、ニヤニヤ笑う悪人面の男が3人立っていた。
 どうやら、俺達の会話を聞いていたようだ。俺は気にせず男たちを無視した。

「オイ、コラ、なにシカトしてんだ」

 男の1人が俺の肩に手を伸ばして来たので、スッとそれを避ける。男はそれが気に入らないのかさらに怒鳴り散らしてくる。

「てめぇ、ちょーしに乗ってんじゃねぇぞ!!」

 やれやれと思いながら万が一にもアイラに手を出されないように彼女を背中にかばって男達を睨みつける。
 男達は真正面からの俺の視線にやや驚きながらそれでも己の有利を信じて疑わない。

「てめぇら、新顔だな?ここじゃ新人は自己紹介代わりにモンスターバトルを受けるのが決まりなんだよ」

 そんな決まりあるわけがない。あったとしてもギルドの管理の下行われるはずだ。こんな見るからにチンピラの男にそんな権限があるわけがない。

「私が魔物使いです。ヒビキさんは関係ありません」

 アイラが俺の背中から出て俺と男達の間に立った。

「へへっ、そうかい。じゃあねえちゃん、ちょっと付き合ってくれや」

 アイラを止めようとしたが、男達が広場のほうに向かって歩いていく。アイラは物怖じせずにやつらについて行く。
 フェールがどうしたのか聞いてきたが、因縁つけられてアイラがモンスターバトルを受けてしまったと答えた。

「どうすんだい?あの男は、ちょっとは名の知れた魔物使いらしいよ」

「まぁ、何とかなるさ」

 バトル自体はそんなに心配していない。

「ああ、そうか。この前のアーマーマンティスがいるね。あいつがいれば簡単には負けないはずだよ」

 アーマーマンティスが意外と高評価で驚いたが、軽くて丈夫な甲殻に覆われ、高い攻撃力の鎌を持ち、しかも低空ながら空まで飛ぶアーマーマンティスはかなり優秀だろう。

「いや、今日連れてきてるのはルビーだけだ」

「ルビーってあのスライムだろ!?そんなんじゃ勝てないよ!!」

「そうか?何とかなる気がするけど」

 そういいながら広場に向かう。広場ではすでにモンスターバトル用に簡易な柵に覆われた決闘場が完成していた。

「勝負は5対5でどちらかが降参するか、全部の魔物が戦闘不能になったら終わりだ」

 5対5は、モンスターバトルではスタンダードな対戦方法らしい。
 先ほどこちらの会話を聞いてまだ手持ちのモンスターに余裕があるのは知っているはずだ。
 そのうえでわざわざほぼ個人の限界の5対5を指定するのは自分が5匹のモンスターを準備できるからだろう。汚いやつだ。

「さっさとモンスターを用意しろ 」

「言われなくても」

アイラがルビーを呼ぶとすぐさまアイラの足元まで行くルビー。

 男のまわりには5匹のオークがいた。ステータスを確認するが、一番強くてLv.8、後は平均Lv.5くらいだ。たいしたことないな。

「おいおい、そっちはスライム1匹かよ。こりゃあ、やる前から勝敗は見えたな」

 男と取り巻き連中はゲラゲラと下品な笑いをうかべている。

「この仔だけで十分ですから」

 アイラも自信満々だ。アイラにはステータスが見えないはずだが、おそらくルビーの【選別】でオークたちの力量を大まかには把握したのだろう。 

「ほう、自信があるんだな、じゃあ何か賭けるかい?」

「いいですよ、どうせ勝つのは私ですから」

「よし、じゃあお前が負けたら今日1日俺たちの言いなりだ」

「・・・では、私が勝ったらあなたたち全員から所持金と装備品全てをいただきます」

「ああ、それでいいぜ。一晩中可愛がってやるからな!」

 話はついたとばかりにアイラから離れていく男。

「本当にいいのかい?あの娘、壊されちゃうよ?」

「大丈夫だよ」

 フェールが心配そうにアイラを見ている。
 俺もアイラを見つめていると、アイラと目があった。
 手をふると嬉しそうにふりかえしてくる。可愛らしい限りだ。
 ギルド職員が公平に審判をしてくれるようだ。決闘場の設置の時から思っていたがやたらと仕事がはやい。

「それでは両者、遺恨の残らないように、始め!」

 オークたちが開始の合図とほぼ同時に全員で突撃を仕掛けてくる。
 この一撃で決めてしまうつもりなのだろう。
 しかし、アイラとルビーは落ち着いて対処した。
 まず、【統率者】のスキルでオークたちに干渉し動きを鈍らせた。そして【選別】によってリーダー格のオークを見つけ出し、自分の体の一部を変形させて作った触手を鞭のようにしならせて攻撃を仕掛けた。
 狙われたオークは反応すら出来ずに決闘場の柵まで吹き飛ばされて動かなくなった。
 オークたちはいきなりリーダーがやられて動揺したようだ。おろおろしているところを順番にルビーに攻撃され拘束されていった。
 最初に鞭でやられたオークは気絶しており、開始からなんと五分足らずで決着がついてしまった。

「ば、馬鹿な。何が起こったってんだ」

「アッハハハッ、さすが『全滅』のメンバーだね。心配して損したよ~」

 まわりで見ていた観衆がポカーンとしているなか1人だけ大笑いしているフェール。

「さて、私の勝ちですね。約束通り所持金と装備品全て置いて行ってください」

「く、クソッタレが、ふざけんな!」

「そうだ。誰が置いていくかよ!」

 誰も約束を守ろうとしないようなので、審判を勤めたギルド職員に話しかけた。

「あの人たち、決闘前の約束を反故にしようとしているんですが、何とかしてくれませんか?」

 ギルド職員は難しい顔をしていたが、負けた男達の方へ行き何事かを話し始めた。
 しばらくすると、男達があきらめたのか素直に所持金と装備品を渡してきた。

「おつかれアイラ。ルビーもすごかったぞ」

 ルビーが今回使った触手鞭は、グルメスライムになった日に練習したものだ。
 ルビーはグルメスライムになっても体当たりしか攻撃方法がなかった。そこで俺がルビーに触手鞭を教え込んだのだ。
 グルメスライムに進化したときにもっとも顕著に変化したのが体積と弾力だった。
 その二つを生かせる攻撃方法を考えたときに思いついたのが触手鞭だ。

「ヒビキさんに教わった攻撃方法のおかげです」

 フェールが興味深そうにルビーを見ている。

「ただのスライムかと思ったけど違うのかい?」

「ただのレッドスライムだよ」

「でも、そういえば前に見たときより大きくなってるね」

「きっと成長期なんだよ 一晩でこのサイズになったから俺達も驚いたよ」

 全部が嘘ではない。一晩でこうなったのも俺達が驚いたのも本当だ。

「まあ、そういうこともあるかもね」

 結局、男達から受け取った装備品はそのままギルドで売却した。
 良く考えたらあんなおっさんたちの使い古しの装備なんて自分で着るのも嫌だし、アイラたちに着せるのはもっと嫌だった。

「まあ臨時収入だと思えばいいか」

 モンスターバトルのせいで周りが騒がしくなってしまったのでギルドを出ることにした。フェールはまだ買い物が済んでいなかったのでここでお別れだ。

「私たちはしばらくこの街にいるよ。なんかあったら冒険者ギルドに伝言を頼みな」

 ギルドを出てしばらくするとすぐに喧騒に包まれる。もう昼をだいぶ過ぎた時間だ。
 しかし飯屋の中は満席とまではいかないがまだまだお客にあふれている。

「これじゃ落ち着いて食べられないか。う~ん、そうだ」

 アイラの手を握って大通りを外れる。少し進むとまた大きな道に出た。

「この前見つけたんだがこの先に屋台が並んだ通りがあるんだ。そこで何かつまんで行こう」

「はい、ヒビキさん」

 屋台通りでいくつか食べ物を購入して小腹を満たす。中でも大鶏の串焼きは特に気に入ってくれたようで嬉しそうにほおばっている。

「うまいか?アイラ」

「はい、美味しいです この前の食事会の時のお肉と味つけが全然違いますね それにこういうお店も初めてです」

 アイラは屋台を知らなかったようだ。

「そうか、まあ行儀はよくないけど屋台の食べ物って無性に美味しく感じるんだよなぁ」

 屋台通りを抜けると俺達の宿のすぐ近くに出る。すでに日が落ち始めていたため辺りは夕日に彩られつつある。そして銀杯亭に近づくにつれアイラは口数が減っていった。
 デートの終わりを意識しているんだろう。

「さてアイラ、銀杯亭が見えてきたな」

「・・・はい、あのご主人様」

「アイラにはもうちょっとだけ付き合ってもらうけどいいかな?」

「あ、はい。ヒビキさん」

 アイラが嬉しそうに返事をしてくれた。俺もアイラとまだまだこうしていたい。
 銀杯亭を通り過ぎてまた横道に入る。10分ほど歩くと城壁が見えてきた。今回のデートの最終目的地だ。
 壁際まで行くと詰所と上り階段がある。ここは詰所で料金を支払えば城壁の上にいけるようになっている。
 料金を支払い城壁の上へと上がる。

「うわぁ、すごいです」

 城壁を上りきるとアイラがそういった。
 目の前に広がるのは地平線まで続く森とそこに沈み行く夕日だ。
 この城壁は西門側に近いため、俺達が通ってきた森が視界いっぱいに広がっている。
 それを夕日が染め上げてまるで紅葉のように鮮やかな赤を映し出す。
 べたで申し訳ないがこういったことのレベルの低い俺では装備品シチュエーションに頼らなければ、ボス(アイラ)を倒せない。
 まあ、アイラなら進んでやられに来てくれるかも知れないが。

「あの森を無事に越えられたのはアイラ、君のおかげだ。いつもありがとう」

 そう言いながらポケットから小箱を取り出しアイラに渡す。
 アイラは受け取った小箱をどうしていいかわからないようでこちらを見ている。

「中身を見てくれないかな」

 おそらく俺の顔は真っ赤になっていただろう。しかし、夕日はそんな俺の顔色までも隠してくれる。
 アイラが恐る恐る小箱を開けていく。中を確認して一瞬固まるがすぐにびっくりした顔でこちらを見てくる。

「ご、ご主人様これって、」

 驚きすぎてご主人様に戻ってる。

「未加工でまだ魔力もこめていない魔宝石だよ」

 今回、アイラとデートをするきっかけにもなった魔宝石。クェスから貰ったイヤリングは俺の耳にぶら下がっている。
 これは、トトに頼んで無理を言って用意してもらったものだ。昨晩遅くにティルの店に行き、受け取ってきたのだ。そのままティルと朝まで武器討論をしてしまったのは計算外だが。
 アイラに俺の感じている感謝と愛情を伝えるにはなかなかいいチョイスだと思っている。

「そのうちにこれをアクセサリーにあつらえに行こう。今日みたいに色々見て回るのもいいね」

 アイラの返事を待っているが一向に答えが帰ってこない。
 やばい、調子に乗りすぎて引かせたか、と心配しながらアイラを見る。


 アイラは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

「あぃがとうございましゅ、ごしゅじんさま~ うぇーーん」

 泣くほど嫌だったか!!と慌てたがどうやらうれし涙のようだ。
 ほっとしてアイラをやさしく抱き寄せ、ぽんぽんと背中を叩いて落ち着かせる。

「大丈夫だぞ~、よしよし」

 俺はアイラが泣き止むまでずっとアイラを慰め続けた。アイラが落ち着いた頃には太陽も完全に落ちていた。







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