第30話
魔術師ギルドで検定を受けた次の日。俺は朝からふらふらだった。
宿のおばちゃんに『昨晩はお楽しみでしたね』などと真顔で言われてしまうほどにアイラとエミィを可愛がり続けたのだ。
今日はティルの店で装備品のフィッティングを行う日だ。
冒険者として装備品に関する事をないがしろにはしたくなかったので悲鳴を上げる体に鞭を打ち、ベッドから這い出ることに成功した。
しかし、ベッドから出て一番最初に目にしたのはアイラとエミィの口論だった。
どうやらデートの日程で揉めているようだ。仕方が無いのでアイラたちにじゃんけんを教え、それで決めるよう促した。
「待ってください。今のは出すのが遅かったです。やり直しを要求します」
「・・・めざといですね」
じゃんけんのルールを説明してすぐにエミィが『後出し』を開発し、それをアイラがすばらしい動体視力で指摘していた。
十数回のやり直しとあいこの末、アイラが明日、エミィが明後日と決定したようだ。
ようやくティルの店に向かうと、道中アイラが見たことも無いほど上機嫌だった。
「すごいはしゃぎ様だな」
「あ、申し訳ありません。でも嬉しくって」
こちらに頭を軽く下げて謝罪しながらもニコニコし続けているアイラを見て俺も笑顔になる。
エミィもそんなアイラを見たためか、苦笑しながら暖かい目をアイラに向けていた。
「ルビー、明日はご主人様とお出かけに行くの~」
アイラの隣にいたルビーはいつもより若干反応が悪い。
それもそうだろう、このやり取りも朝から何度も行われているもので、その度にルビーは律儀に体を震わせて聞き役に徹しているのだ。
これほどまでに繰り返されるとスライムでもうんざりするのだろう。
うかれたアイラに気を配りながら進んだため少し遅くなってしまった。まぁ、何時と正確に決めている訳ではないので問題ないのだが。
「おはよーございます。ヒビキですけど、ティルさん、トト、いませんか~」
「はい、いらっしゃい。お父さんが奥で待ってるよ」
俺のあいさつに答えながらカウンターの奥からトトが出てきて手招きしている。
俺たちはカウンターを越えて奥の仕事場に入っていく。
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「おう、きたか」
「どうも、ティルさん」
「おめえらの装備は粗方出来てる。あとはおめえらの体格と魔力に合わせて調整するだけだ」
仕事場の壁際に置かれた作業台の上にはモンスターの素材を使用して造られた武器と防具がある。
ティルが作業台から鎧を一式抱えてエミィの前に来た。
「小さいほうの嬢ちゃんには、アーマーマンティスの甲殻から造った鎧だ。あいつらの甲殻はとんでもなく頑丈でそのくせ羽で飛べるくらい軽い」
全身の急所をほぼすべておおうような形の甲殻鎧は、全体的に曲線を描いたフォルムをしている。エミィが胸当ての部分を受け取って持っているが軽々と持っている。
本当に軽いんだろう。
「武器はショートボウの代わりってことだったんで連射式の魔力弓を用意しようと思ってるんだが」
「魔力弓?」
初めて聞いた単語に反応してしまう。
「なんでぇ、知らねえのか?弦の代わりに魔力で打ち出す弓だよ。まあ、打ち出すのが矢だから魔力弓って呼んでるがどっちかってえと銃に近いな」
この世界にも銃があるようだ。まあそれもおいおい手に入れてみよう。それよりまずは魔力弓だ。
「魔力弓に魔力を込めるにはどうしたらいいんだ?」
「取り出し式の魔鉱石に貯めておくんだよ。使い終わったら魔鉱石だけ交換する」
「何の魔力を込めればいいんだ?専用の魔力なら補充のたびに高くつくよな?」
「ああ、【風魔法】か【火魔法】だな。おめえ魔法剣使うんだよな?だったら自分で込められるだろ」
風魔法式魔法弓と火魔法式魔法弓は造りが違うらしいのでどちらでもいいというわけではないようだ。専用の短矢を使うため持ち運びには便利との事。
「エミィ、それでいいか?」
「え、あ、はい。・・・いやいや、魔法弓ってとても高いはずですよ」
確認すると確かに高い。ショートボウの2~3倍ほどだ。しかも、使用している素材が持込だったからこの値段で、お店で買うならさらに高くなるらしい。
「でもパーティの攻撃力はあがるよな」
エミィのショートボウでの後方支援の弾幕が濃くなると色々助かる。
せっかくなので風魔法式、火魔法式、両方造って貰う事にした。
「さて、次はでっかいほうの嬢ちゃんだな」
さきほどから、ティルが言っている『小さいほう』、『でっかいほう』は身長のことではない。
何のサイズかはあえて明言しない。ただ、ティルにはいやらしい感じはしない。おそらく鎧を作る際の体の凹凸のひとつくらいにしか思っていないのだろう。
アイラにはポイズンボアの鱗から造られた鱗鎧が手渡された。
ポイズンボアは倒すと抜け殻のような完全な形の鱗が残る。それを加工して今回の鎧を造ってくれたのだろう。
ポイズンボアの鱗鎧の篭手や脛当てには金属プレートが埋め込まれていて急所に対しての防御力を底上げしている。
もともとポイズンボアの鱗は湿っているような光沢を持ち防刃性に優れている。
次に武器だが、これにも魔鉱石が使用されているようだ。
アイラに渡されたのは黒塗りの刃と柄の部分に取り付けられた魔鉱石の装飾があるナイフだった。
刃渡りは50センチ位で俺がナイフと言われて真っ先にイメージするようなものに比べるとかなり大きい。
それが二振り準備されている。片方はまっすぐな刀身でグリップと刃の境目に返しのようなでっぱりがある。マインゴーシュとか呼ばれる防御用の剣のようだ。
もう一本は湾曲した刀身で柄のない剣、いわゆるククリ刀と呼ばれる剣に似ている。
ティルがアイラの手の形に合わせてグリップ部分を調整しながら2本の剣の説明をしているが、その認識で間違い無いようだ。
「最後はおめえだな」
そういってティルが渡してきたのはエミィの甲殻鎧と同じ素材の胸当てだ。次に渡してきたのはアイラの鱗鎧と同じ造りの篭手と脛当て。
「おめえの鎧にはたいした注文が無かったからな、貰った素材で一番上等なのをこさえたぜ」
良く見れば胸当ての鎧表面に何かの模様が描かれている。篭手や脛当てにも似たようなものがあった。
「これは、色々効果を付与して造ったからな。刻印が浮き出ちまったんだよ」
刻印は、武器や防具を作るときに効果を付与すると現れるものらしい。刻印の付いた装備品は優秀な装備品と判断されるため、鍛冶師が装備品を造った後に刻印のような模様を刻む詐欺が行われたこともあるらしい。
「そんで、これがおめえの剣だ」
渡されたのはまるで日本刀のように緩やかに反り返った刀身を持った剣だった。鍔こそ西洋の剣のようなつくりだがそれ以外はヒビキが知る日本刀と酷似していた。
「こいつもアーマーマンティスから造ったもんだ。アーマーマンティスの鎌を見てたら、頭にぽんと浮かんだのよ」
わざわざ、鎌の刃の部分を反りの外側に来るように打ち直して造られたそれはかすかに魔力を放っていた。
満足そうに頷いているティルにこの剣が気に入ったことを伝えると、投擲用のスローイングダガーを6本渡された。
「久しぶりにいい仕事したもんでな、気が乗って造ったもんだが良けりゃ使え」
シャープファングから作られたそのナイフを受け取り改めて礼を言った。
ティルは、まだ完成してねえのに礼なんていうんじゃねえ、と言って作業に戻ってしまった。
もう話は済んだとばかりにシッシッと俺達は仕事場から追い出されたため、店舗部分で商品陳列をしているトトに料金について聞いてみた。
トトに聞かされた金額は今までの装備とは文字通り桁が違ったが、十分に良心的だろうと判断し一括現金払いで支払った。
いきなり全額この場で払ってもらえるとは思っていなかったのかトトがびっくりした顔で代金を受け取っていた。
「すごいね、この金額をいきなり払えるなんて、もっとふっかけるんだったかな」
カラカラ笑いながら冗談を言うトト。
「今日金額が分かるのは知ってたんだ。普通ある程度の額を準備しておくもんだろ」
「そう?冒険者なんて奴らは金なんてあるだけ使って、手元に残さないもんだとばかり思ってたよ」
江戸っ子か!!と心の中で突っ込みを入れる。
「それともうひとつお願いがあるんだが」
「なに?」
アイラとエミィに内容を聞かれないように注意してトトに頼みごとをする
期日までに用意できると聞いてほっとする。トトがにやにやしながらこちらを見ているが無視だ。
色々あったが装備品のフィッティングは昼前には終わった。受け渡しは最初の通り4日後とのこと。
すぐにでも受け取れる物もあったようだが、楽しみにして待っておくことにした。
ティルの店での用事も済んでしまい昼からの予定も特に無い。
とりあえず食事でもしながら何をするかを決めようということになり、軽食の取れる喫茶店に入った。
さて、昼から何をしよう。と考えているとふとアイラとエミィの服装が気になった。
今日のアイラたちの服装は、いつも鎧の下に着る長袖の服と七分丈のズボンだ。
もちろん、彼女たちにぼろぼろな服を着せている訳ではないので普段着としても全く問題無い。
しかし、普段着とお洒落着は別問題だ。
早速アイラたちに話してみる。
「時間も出来たし、アイラとエミィの服を買いに行こうか」
「服ですか?もう何枚かありますが」
「はい、防具も新調していただきました」
「普段着や装備品じゃなくて女の子らしいかわいい服を買うんだよ」
2人ともきょとんとしている。なにか変なこといったかな?
「どんな服が良いか分からないなら服屋で直接見せてもらおうか」
喫茶店を出て大通りにある服屋を目指す。冒険者の街と呼ばれるこの街には大金を掴んだ者の為の遊興施設が充実している。
今目指している服屋もその内のひとつだ。
「いらっしゃいませ」
店に入るとすぐさま店員が駆け寄って来た。
「この2人に服と小物一式でコーディネートを頼みたい」
「かしこまりました、ではお嬢様がたどうぞこちらへ」
「あの、」
「えっと、」
アイラとエミィがどうすればいいのかわからないといった目でこちらを見つめている。
「2人とデートに行くんだから、かわいいお前たちにおしゃれな服を着せたくなったんだよ。好きな服を選んでこい」
そう言われてアイラもエミィも嬉しそうにし、そういうことでしたら、と店員に連れられて試着室に向かっていった。
2人の姿が見えなくなったのを確認し、ため息を一つこぼす。
アイラたちには余裕の態度でここまでつれてきたが、異世界の服屋、いや元の世界の服屋でさえも俺には敷居が高すぎる。
もう少し入りやすい店もあったのだが、そういうところだと今度はコーディネートしてくれる店員もいないだろう。
アイラたちに服の感想を延々求められるのは正直辛い。主人の威厳を保つためにはこの店がベストなはずだ。
「いかがでしょう?」
店員がそう言いながらアイラたちを試着室から連れてきた。
「あ、ああ、中々いいんじゃないか?」
現れたアイラは、空色のワンピースを着ていた。
膝下まであるスカート部分は決して下品には見えないが、同時にまぶしいほどの白い脚には色気を感じてしまう。
首元はゆったりとしていて鎖骨と肩口が完全に露出している。
頭には変わった形の麦わら帽子がのっている。アイラの獣耳を避けるように帽子がくりぬかれている。
そのため、帽子をかぶっているにも関わらず、アイラの虎耳はぴょこんとみえていた。
「こちらのワンピースは、生地がとても着心地が良くて人気のタイプですが、足が短い方が着ると途端にやぼったくなります。頭の帽子は獣人の方に最近流行の耳だし帽子です。獣人の方は耳をすっぽりと覆い隠すタイプの帽子を嫌がりますから」
店員がアイラの服の説明を始める。これは長くなるかと覚悟したが、すぐに終わってしまった。
なぜだろう、と考えていると、今度はエミィを前に出して説明を始めた。
なるほど、2人のコーディネイトを頼まれて片方の説明のためにもう片方をおろそかにするのはまずいという判断か。
なかなかに優秀だ。
エミィは、フリルをふんだんに使用した白いブラウスを着用し、同じく大量のフリルで飾られた黒いフレアスカートを着ている。
いつもよりやや幼く見えるのはたくさんのフリルとなだらかに広がるフリルスカートの効果だろうか。
しかし、少女ではなく幼く見える『女性』と感じるのは、こんな少女趣味な服を着ていても感じてしまう艷のせいだろうか。
「こちらは、フリルで体のラインがふっくらして見えてしまうので、スレンダーな方にしか着こなせないファッションです。お嬢様の魅力も若干やりすぎなほどのフリルにまったく負けておりません。」
店員がコーディネートについて色々語っているが全く頭に入ってこない。
アイラとエミィに目が釘付けになってしまった。
「あのご主人様、お気に召しませんか?」
「すみません、あまり服には詳しくなくて、店員さんのお勧めを言われるがままに選んでしまいました。やはり似合わないですよね」
「そんなことないぞ!!2人ともすごく似合っている」
全力で誉める。実際、アイラとその服装は似合っていて、感動ものだし、エミィの服の着こなしで新たな一面も感じられた。
そんな思ったままのことを伝えれば良い。簡単なことだ。
ひとしきり誉め続け、店員に購入することを伝える。
「こちら、このままで戻られますか?」
せっかくだから着て帰れば良いと思ったのだが、2人とも首を縦に振らない。
「これは、ご主人様とのデートの為の服ですから」
そう言われて悪い気はしなかったので、店員に買った服を袋詰めしてもらい帰路につく。
明日はアイラとデートの日だ。気合いをいれて望まなければならない。
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