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第13話


 エミィは商人の家に生まれた次女だった。
 幼い頃より手先が器用で自作のアクセサリを作っては家族を驚かせていた。
 その頃からエミィは『錬金術師』になりたいと思うようになっていた。
 きっかけは本当に些細なことだ。当時好きだった絵本に何でも作り出せる『錬金術師』が登場していたし、偶然は重なるものだ。エミィが『錬金術師』に興味を持っていたときに両親が家に招いた客人が『錬金術師』だったのだ。
 彼女はエミィに様々な術を見せてくれた。
 ポーション精製やさまざまな特殊効果アクセサリの作成。それを間近でみたエミィはさらに『錬金術師』へのめりこんでいった。
 転機が訪れたのは12歳の時だ。エミィの住む街に『錬金術師ギルド』の臨時出張所ができたのだ。
 今まで独学で学んでいた『錬金術』はすでにエミィ一人ではこれ以上の成長は期待できなかった。
 『錬金術師ギルド』は『冒険者ギルド』に比べて閉鎖的である。
 依頼もほぼ固定されており、代わり映えしない。ある程度の腕の『錬金術師』なら食うには困らない程度の賃金は得ることができる。
 しかし、ギルドの幹部ともなるとやっていることは下っ端達とは違う。
 常に新しい物の開発を義務づけられ、それに見合った研究費を受け取っていた。
 エミィはこの時来ていたギルド幹部に直接交渉したのだ。わずか12歳でこの行動力に驚いたギルド幹部は、エミィの『錬金術』の腕前を試し自身の助手として採用した。
 ギルド幹部は、優秀なエミィを重宝した。助手として携わった様々な研究によってエミィはめきめきと頭角を現す。
 2年後には幹部の筆頭助手に任命されるほどに成長したのだ。
 しかし、多くの研究者がそうであるようにエミィも『錬金術』以外の事に非常に疎かった。
 周りの先任の助手達に煙たがられたエミィは、ある実験で事故に巻き込まれたのだ。
 それは、火魔法の威力を上げるアイテムの性能実験だった。
 本来ならまったく危険が無いはずのその実験はなぜか大きな事故を起こしてしまう。
 火の精霊の力を間接的に装着者へ送るはずのアイテムには狂った火の精霊が直接閉じ込められていたのだ。
 火の魔力を注ぎこまれたアイテムは、中の精霊を解き放ち研究室に甚大な被害を出した後、自身にかかっていた『呪い』を装着者であるエミィになすりつけて自壊した。
 あとに残ったのは『呪い』に犯されたエミィともはや研究所として機能しない壊れた部屋だけだった。
 エミィは、実験の失敗の責任を取らされ早急に賠償金を支払わなければならない状況に追いやられた。
 何がなんだか分からないエミィだったが、期日までに賠償金を支払わなければ奴隷に落とされる状況と気づき、すぐさま自身の秘蔵の素材で『錬金術』を行った。いつもならば目をつぶっていても失敗しないそれらの『錬金術』はことごとく失敗に終わった。エミィの腕前なら賠償金を期日までになんとか稼ぐことができたはずだ。
 しかし『呪い』によって阻害された腕前では何度やっても失敗ばかり。
 ついには素材が切れてしまい、完全に賠償金を支払うあてが無くなってしまうのだった。
 ふらふらと茫然自失で街をさまようエミィの目に留まったのは『冒険者ギルド』の建物。
 『冒険者ギルド』と『錬金術師ギルド』は別に敵対はしていない。それどころか、冒険者ギルドにとって錬金術師ギルドは、
 素材を大量に購入してくれるいい顧客であるし、錬金術師ギルドにとって冒険者ギルドは必要な素材をすぐに集めてくれる無くてはならない入手経路なのだ。

「冒険者になって一攫千金をねらうんです。」

 焦っていたエミィはそのまま冒険者ギルドの中へ入っていった。
 ギルドの中はそれほど騒がしくない。まだ、朝早いからだろうか人もまばらだ。

「まずは、依頼を見つけませんと」

 そういって、依頼板に向かうエミィだったがいかんせんどういった依頼が稼げるのかまったく分からなかった。
 受付の人に聞いてみようか、そう考えながら受付と依頼板を行ったり来たりしているとこちらを見つめている視線に気づいた。
 こちらを見つめているのは若い男の冒険者だ。自分を不思議そうに見つめている。

「なにか、おかしかったのでしょうか?」

 自分では分からないが冒険者としてあるまじき何かをしてしまったのではないかと急に不安になったエミィは意を決して男に話しかける。これが、彼との最初の出会いだ。

 彼は、自分が初心者だと見抜いた上でいくつかアドバイスしてくれた。
 依頼を受けたいならまず登録が必要なこと。
 登録にはお金が必要なこと。
 討伐系の依頼なら討伐報酬と素材の売却ですこしおいしいこと。
 それでも目標金額の金貨15枚には届かないだろうこと。

「無理だけはすんなよ。俺、仕事で10日くらいいないけどその後なら相談乗るぞ。」

 最後に彼は私の身を案じてさらにできることなら手助けまでしてくれるといってくれた。
 しかし、10日後では遅いのだ。賠償金の支払い期日は7日後。
 彼が無事この街に戻ってきても私の問題はすでにもう手遅れになっているか解決しているのだ。

「親切な人に優しくしてもらえたのは少しラッキーなことかもしれません。」

 ほとんどあきらめていたがそれでも何もしないよりはマシかと、登録を済ませ比較的弱いとされている『ゴブリン』の討伐の依頼を受けた。

 次の日の朝早く街の近くにある森に急いだ私は東門の広場で昨日親切にしてくれた冒険者さんを見かけた。
 近づいて改めてお礼を言おうとして、近くにかわいらしい女性がいることに気づいて声をかけるのをやめた。

「あの女の人、恋人かな」

 少しだけ胸がちくりとしたが気にせず森を進んでいく。
 森での討伐は順調に進んでいた。いや、順調だと思っていた。
 獲物であるゴブリンが途切れることなく自分の前に姿を現していた。
 しかし、私はゴブリンたちに負けることなく戦えていた。
 前に、前にと進んでいると気がついたら5匹のゴブリンに囲まれていた。
 そんな状況になっても私はまだ楽観的だった。5匹のゴブリンなど少し気をつけて戦えば問題ないと。

「えぃ!」

 ショートソードをゴブリンめがけて振るう。しかし、ゴブリンはそれを簡単によけてしまう。

「えっ!?」

 ここに来て自分が罠にはめられたのだと気づいた。今までゴブリンは自分をこの場所に誘い込もうとしていただけなのだ。
 なんとか脱出しようと試みるが走って突き破ろうとする箇所にゴブリンが2匹集まる。完全に動きを読まれている。
 もうだめかもしれない。そんな考えが頭をよぎった次の瞬間、私の真向かいにいたゴブリンが倒れる。
 それと同時に何かが私の横をすり抜けた。
 確認しようと後ろを見たときには2匹目のゴブリンが絶命していた。
 残ったゴブリンたちが乱入者を囲みそのまま背中から襲う。

「危ない!!」

 しかしその人はその場にとどまらず走りぬけゴブリンたちの攻撃をかわすとゴブリンたちが体勢を崩している間に3匹目のゴブリンを切り捨てた。

「すごい、あっという間に3匹も」

 3匹目が倒される間に体勢を整えた2匹のゴブリンは彼を睨みつけている。
 そんな視線などまったく気にしていないのか両手で剣を握った彼はゴブリン達からすっと目をはなした。

「アイラ!今だ!」

 その声に反応してゴブリンたちが後ろを向く。私も釣られてゴブリンたちの後ろあたりを見回すが誰もいない。
一体なんだったのかと視線を戻すと、すでにゴブリンたちは首を落とされ絶命していた。

「大丈夫か?」

 彼がやさしげに問いかけてきた。
 私はとっさにお礼を言って彼の顔を正面から見据える。

「は、はい。危ないところをありがとうございます。 あれっ、あなたは!?」

 昨日の親切な冒険者さんだった。

「うん? あれ昨日のれん、いや昨日、冒険者ギルドにいた娘だな。」

 なにか、ごにょごにょ言っていたが私のことは覚えていてくれたようだ。
 私はうれしくなって答える。

「は、はい。覚えててくれたんですね。」

「可愛い娘だったからな。無理はするなと忠告したはずだが?」

「か、かわいいとか!? あ、すっ、すみません。どうしてもお金が必要で・・・」

 急にかわいいといわれたり、注意を受けたりして頭の中がぐちゃぐちゃになって言い訳をしようとしたが、彼にさえぎられてしまった。

「とりあえず、馬車に戻るか。」

 彼がそう言うのを見計らったように馬車が近づいてきた。今朝見かけた可愛い人も一緒だ。
 二人が親しそうに話しているところをみるとまた胸がちくりとした。
 そのあと彼らは元来た道を戻って私を街まで送ってくれるといってくれたが、さすがにそんなに甘えられない。助けてくれたお礼だけ言ってすぐに街に戻ろうとすると、彼が自分予備の剣を貸してくれるといいだした。

「ここまでしてもらうわけにはいきません」

「じゃあ、これは貸しだ。剣は消耗品だから別にそいつを返してくれなくてもいい。
 何か別のことで俺に返してくれ。俺は、冒険者のヒビキだ。大体、ギルドには毎日顔を出してる。借りが返せそうなら連絡してくれ。」

 彼は、ヒビキさんは、とても優しかった。

「わかりました。 必ずお返しします。」

 この恩を絶対にお貸ししなくてはならない。
 またヒビキさんとお会いするためにもだ。
 私は、何とか街まで無事にたどり着いた。とりあえず、冒険者ギルドにいって討伐報告を行おう。
 あんなことになったが、私が囲まれる前までに倒したゴブリンの数は討伐依頼数を超えている。
 これで少しは資金の足しになるだろう。


 残り期限はすべて街の中での依頼を選んだ。あんなことがあって私は街の外に出るのが怖くなってしまったのだ。
 今度襲われてもヒビキさんは街の近くにはいない。
 報酬は微々たる物だが何もしないよりマシだ。
 金貨15枚は賠償金であると同時に私の売値でもある。
 自身の売値よりも大きな借金を抱えて奴隷になるものは、自身の売値に借金分を上乗せされ、奴隷に落ちるのと同時に魔鉱石の発掘現場に送られる。
 普通の奴隷に高値がついていても売れるわけが無いの。そこで、借金分の働きをさせられ自分の売値が借金を上回ったらやっと普通の奴隷として売りにだされる。
 しかし、『呪い』持ちになってしまった私の奴隷としての価値はほとんど無い。
 すなわち、賠償金の額がそのまま私の売値であり一度奴隷に落ちてしまえば私は一生発掘現場からは出てこられないのだ。
 今日までに集められたお金は金貨4枚。それは、私の私財をすべて投げうって作られたお金だ。
 私にはもう今日眠る場所も明日食べる食事もない状態なのだ。
 しかし、そんな事を心配する必要はない。明日から私は死ぬまで発掘現場で働くのだから。借金はできるだけ少ないほうがいい。
 ほんの少しだが解放が近くなるのだから。

「とはいえ、もうどうしようもありませんね。」

 今日の昼には私は奴隷身分に落とされる。一度奴隷に落とされれば社会的信用などすべてを失ってしまうのだ。とうとう時間が来た、待ち合わせの場所に奴隷商の男がやってきた。

「金はできたか?」

 できているはずが無いのをわかっていて男は私にそんな事を聞く。
 彼もそれが仕事なのだ。別段腹も立たず、金貨4枚と銀貨が何枚か入った袋を男に渡す。

「・・・足りないな。じゃあ、これから馬車に乗ってもらう。」

 男は、私の賠償金の支払い制約が書かれた羊皮紙を取り出し、一言、二言ぶつぶつとつぶやいた。
 すると、私の右手の甲に丸い模様が刻まれた。『刻印』だ。
 契約の中でもっとも重い魔術による契約は、不履行による罰をその身に直接刻む。
 この丸い模様は奴隷の身分に落とされたときに現れるものだ。
 主人に買われ正式な契約をすると丸の中に主人のしるしが浮かび上がるらしい。
 もっとも、自分は一生主人を持たず発掘現場での労働を続けて死ぬのだろうから関係ないが。
 すべてあきらめて馬車に向かおうとした。その時、

「待ってくれ!!」



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