中国の聖人が言った。〈我(わ)れ為(な)すこと無くして民(たみ)自(おの)ずから化(か)し〉と。私がなにもしないと人民はおのずとよく治まるという意味である。老子にある(岩波文庫)。55年体制の下で自民党幹事長をつとめた前尾繁三郎(まえおしげさぶろう)もよく似た言葉を残した。「なにもしないのも一つの政治だ」▼極論に近い。ただ戦後保守の流儀の一面をうまくすくいとった言葉ではある。数の力はひかえめに用いる。ていねいな国会運営を心がける。そんな賢慮はとうの昔に忘れたのだろう。与党は特定秘密保護法案を衆院で強引に可決した▼安倍政権の本来の性格がはっきり出てきたというべきか。保守といっても様々である。古きよきものを守りつつ、世の変化には柔らかについていく。それが穏健保守とすれば、この政権は変えることにあまりに熱心で、あまりに急進的だ▼憲法をつくりかえ、道徳教育を強化し、保秘の仕組みを整える。近隣諸国とのつきあいを見直し、歴史認識を改め、戦後体制(レジーム)から脱却する。ほとんど革命に近い大なたを振るいたがっているかのように映る▼そう、これは革命なのだというのなら、保守の看板は下ろした方がいいのではと申し上げるほかない。きのうの暴挙を有権者はどう考えるか。安全運転と決別した政権の先行きは平坦(へいたん)ではあるまい▼老子は〈強大は下(しも)に処(お)り、柔弱は上(かみ)に処る〉ともいう。強く大きなものは実はこわばっていてもろい。柔らかくてしなやかなものが本当は強い。民よ、諦めるなとの叱咤(しった)にも聞こえる。