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元女官たちは、各地で一斉に、寄付を持ち込むという名目で慰問を始めた。慰問が難しい者は夫たちを説得して寄付集めにいそしんだ。
王子が自分の小遣いを事業のために使うように言ってくれ、王子に賛同した貴族がこぞって寄付を申し出るようにもなった。
アマーリエは寄付者にお礼の手紙を書いたが、中には匿名の寄付もあった。
反対に、各地の元女官たちからは詳細な報告書が届けられるようになった。
寄付金が多額にのぼると、その管理のための基金を作ることにした。相談に乗ってくれたのは、官吏の長である老宰相だった。女官長はどうやら、この半ば隠居したような老人からこっそりと帳簿を借りていたらしい。
アマーリエは、王の知らぬところで接触することで彼の立場が悪くなるかもしれないことをおそれ、今のところは最低限の交流にとどめることにした。
基金の管理者にはアマーリエではなく元女官の中の一人を据えた。
この試みはゆっくりと、しかし確実に軌道に乗り始めた。
目に見えて孤児院の子どもの処遇が改善されるようになると、王宮に戻るたび、アマーリエのもとを訪れる者が増えた。
王妃には今も、何ら権力は与えられていない。嫁いできたときから変わらない。
アマーリエに出来ることと言えば、彼らの話に耳を傾けることだけ。
国中の誰もがそれを知っていたが、民の列は途切れなかった。
人々の話を聞いたアマーリエは、その内容を余さず女官に書きつけさせた。
女官長がどこかから速記が得意で文字も美しい女官を連れて来て、書記のような役割を務めさせるようになった。数字に強く計算が確かな女官は算盤係になり、刺繍の得意な女官が中心になって子どもへの贈り物を作るようになった。
王子は、アマーリエが訪問先で見聞きしたことを余さず聞きたがった。
午後のお茶会は、やがて菓子の代わりに情報を交換する場に変わっていた。
アマーリエはあずかり知らぬことだったが、どうやら王子はアマーリエの話を王に伝えていたようだった。
王妃の間のお茶会から始まったこの小さな活動は、元女官たちを節点に、これまで全く関わりのなかった貴婦人たちにも広がることになった。
老宰相が、その重い腰を上げて、孤児院の院長たちの長年にわたる不正に大鉈をふるいはじめるのは、まもなくのことだった。
嫁いで四年目の冬、父から一通だけ手紙が来た。
彼らはアマーリエとの接触を一切禁じられているはずだった。
しかし、初めてのことに驚いた女官長が、手紙をもみ消すことなくアマーリエにこっそりと見せてくれたのだった。
アマーリエはおそるおそる封を切り、便箋を開いた。
故郷の森のことがしたためられているかもしれないと期待したのだ。
手紙の内容は、王子と年の近い異母弟を、王子の近従に取り立ててくれというものだった。
アマーリエは手紙を焼き捨てようとしたが、目敏い王子に見つかってしまった。
彼はまだ十二だったが、速くもアマーリエの背丈を抜いていた。
王子はすらりと伸びた手でアマーリエの手から手紙をさらい、一読し、アマーリエの代わりに手紙を暖炉にくべてしまった。
「ごめんなさい。アマーリエさまには申し訳ないですが、僕、彼のことあまり好きじゃないんです」
王子は、あっさりと肩をすくめて言うのだった。
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