13
女官長は王子とアマーリエを馬車に押し込んだ。
彼女自身は、外で王子の近従たちに事情聴取を始めたようだった。
向かい合って馬車の座席に腰かけた王子とアマーリエは、黙りこむ。
「アマーリエさま……あの」
王子が口を開いた。いつもの輝くような覇気がない。
「黙ってついてきたことを怒っていらっしゃいますか」
王子のしょぼくれた様子は、まるで、濡れた仔犬のようだ。
「怒っているというより、驚きましたけれども……。いったいどうやっていらしたのですか? 今日もいつものご講義やお稽古があったはずでは?」
「四日前、来ては駄目だって言われたあと、今日を遠乗りの時間にするために、先生方にお願いして時間割を詰めてもらいました」
「だから、あれから、お茶の時間においでにならなかったのですね……」
「はい。乗馬の先生には、孤児院の近くまでお忍びで行くだけだからと言っていたのですが、孤児院の外から様子を見ていたら、出てきた人に怪しい奴と疑われて、身分を明かすとびっくりされて中に入れられてしまったんです」
突発事態だというのに、あれだけ堂々とはったりを言えたのか。アマーリエはいけないこととは思いながら感心してしまう。
「よく、陛下がお許しくださいましたね……」
アマーリエがぽつりと言うと、王子が表情を硬くした。
「アマーリエさま。ごめんなさい。父上には黙って来たんです。先生や護衛には、父上がお許しくださったと嘘をつきました」
アマーリエは目を見開いた。
まさか、王子がそんなことをするとは思いも寄らなかったのだ。
「殿下……」
「本当にごめんなさい。父上にはちゃんと僕が謝ります」
アマーリエは俯いた。
ことはそう簡単には済まないだろう。
仮面のような顔をした女官長が馬車の扉を開け、乗り込んできた。
すぐに馬車が都に向けて出発した。
三人は終始無言だった。
一行は城に入った。
旅装を解く暇もなく、王の側近く仕える侍従長が、アマーリエにすぐに王の執務室へ行くようと伝えてきた。
女官長が付き添ってくれ、王子も一緒に行くと言うので、そうした。
王の執務室に入るのは初めてだった。
アマーリエの姿を認めるなり、王がつかつかと歩み寄って来た。
彼は無言で右手を振り上げたかと思うと、その手でアマーリエの頬を打った。
容赦ない力に、アマーリエの体は簡単に床に吹っ飛ばされた。
「父上!」
叫んだ王子を王が叱りつける。
「おまえは黙っていろ」
「アマーリエさまは悪くありません。僕が先生や護衛たちに嘘をついて勝手に行ったんです」
なおも言い募る王子を、王は一顧だにしなかった。
アマーリエは痛む頬を押さえるのも忘れて、くらくらしながら何とか立ち上がる。
「嘘をついたのはおまえでも、そのようにおまえを唆したのはこの者だ」
唸るような声だった。
「違います! アマーリエさまは来てはいけないって、自分のお勤めだからってちゃんとおっしゃいました。なのに僕が黙ってついていったんです」
「侍従長、王子を下がらせろ」
その言葉で侍従長が半ばむりやり王子を部屋から連れ出した。
王は、王子と同じ青い目を、憎悪と言ってもいいような激情にたぎらせていた。
自分は今、王の目には、亡き妻の忘れ形見、最愛の息子をたぶらかして危険な場に誘い込む女として映っているのだろう。
アマーリエは体の芯が震えるのを自分の腕で押さえながら王に対峙する。
「王子の身を危険にさらすような真似をして、何かあったらどうするつもりだったのだ。おまえがこそこそと人気取りをするのはかまわぬが、王子を巻き込むならば今後一切城から出ることを禁ずるぞ」
その言葉にアマーリエは震えた。
外に出ることまで禁じられてしまったら、女官長との計画が台無しになってしまう。しなければいけないことが、今日、たくさん見つかったばかりなのだ。
「わたしが浅はかで思慮がたりませんでした。申し訳ございません」
アマーリエは跪いて俯き、王に詫びた。
「殿下にはわたしからお詫びして、今後はこのようなことがないよう努めます。ですから、どうか、慰問を続けさせてください。陛下にも殿下にも、二度とご迷惑をおかけしないと誓います」
「……言っておくが、当初のとおり、おまえの勝手のための資金も人も出さぬ。力も与えぬ。その限りでは城でも外でも勝手にするがいい」
アマーリエはその言葉に目を輝かせ、頷いた。
「ありがとうございます。お約束します」
アマーリエを見て、王は黙り込んだ。
何か思うところがあったのか、ふん、と鼻を鳴らしてアマーリエに背を向けた。
「行け。おまえの顔など見たくもない」
アマーリエは命じられた通りに部屋を出た。
廊下で王子が待っていた。
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