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 ある日の午後。
 アマーリエのお茶会の客は、たいていたったひとり。王子だけだ。
 王子とアマーリエは向かい合って腰かけ、女官長が給仕してくれている。

「僕も行きたいな」
 王子はお茶を啜りながら菓子を絶え間なくつまんでいる。

「僕も行ってはだめですか。孤児院への慰問に」
 次の訪問は四日後、都から少し南に下った都市にある王立孤児院だった。
 今度は寄付金とともに食糧や衣服、薪などを持ち込み、直に手渡しするという名目で子どもたちと対面する心づもりでいる。
 金だけだと院長たちに着服される可能性があることを女官長が指摘したためだ。

「何をおっしゃいます、殿下」
 女官長が片眉を上げながら、王子のカップに茶のおかわりを注ごうとする。

 ありがとう、とそれを受けながら、王子は顎を上げる。
「行きたいんだ。僕と同じ年くらいの子どももいるのでしょう?」
「遊びにゆくのではございません。それに、外は危のうございます」
「公務だということはわかってるよ。だけど、危ないなら、アマーリエだって行っちゃいけないじゃないか」
 女官長は虚を突かれたかのように押し黙る。

「……わたしが行くのは、わたしのお勤めだからです」
 はらはらしながら見守っていたアマーリエは、おそるおそる口を開く。
「正確に言うと、まだお勤めではないのですが、お勤めにしたいと思っているからです」

 王子はきょとんとした顔で見上げてくる。
「試行錯誤の途中なのです。はじめてのことで、うまくゆかないことも多く、殿下に見られると格好が悪くて恥ずかしいのです」
「ふーん。そうなのですか」
 王子は唇を尖らせる。
 明らかに納得していない顔だ。

「わたしのことは心配には及びません。女官長が守ってくれます」
 アマーリエの言葉に王子が反論する。
「僕にだって、ちゃんと優秀な近従と護衛がいます」

「殿下には殿下のお勤めがあります。わたしのお勤めとは別々です」
 王子は、どう食い下がっても駄目だということがわかったらしい。
 者わかりよくおとなしく引き下がった。

 お菓子をありったけ口に詰め込むと、王子はすっくと立ち上がる。
「ごちそうさまでした!」
 そう言って王子は風のように駆け去っていった。

 次の日も、その次の日も、午後になっても王子は王妃の間には現れなかった。



 四日後、アマーリエは女官長と何人かの随行を連れて、大荷物とともに都を発った。
 馬車で三時ほどで南の都市に入り、孤児院に着いた。

 どうやら王立孤児院の院長たちの間には密な連絡体制があるらしく、迎える側はアマーリエたちには何も見せぬよう準備を整えていたらしい。
 手土産があればうまくいくかもしれないという魂胆は失敗したように見えた。

「妃殿下の慈悲深いお心は大変ありがたくちょうだいいたします。しかしながら、子どもたちは妃殿下にお目見えできるような礼儀作法を身につけておりません、ご無礼を働くやもしれませんから、どうか面会はご容赦を……」
 壮年の院長が、台詞を読むようにつらつらと口上を述べる。
 その間、女官長がこめかみをひくひく揺らしていた。

 アマーリエは、太鼓腹の院長を真っ直ぐ見つめて口を開く。
「外で遊んでいるところや、作業をしているところをそっと見させてもらうだけでよいのです。あなたたちのお仕事の邪魔はしませんから」
「そのようなことをおっしゃいましても……」
 院長は頭を掻き、アマーリエたちに飲み物を勧めてくる。

 卓の上では良い香りのお茶と焼き菓子が美しく盛られている。
 王宮で饗されているものとほとんど変わりないように見える。
 もちろん、これは来客用に用意されたものなのだろう。

 院長が、女官長が後ろの女官に毒見を申しつけるのを横目で見ながら言った。
「妃殿下のお口にはあわぬかもしれませんが……」

 その言葉にアマーリエは目を上げた。
「わかりました。今日のところは、子どもたちに会うのは諦めましょう」
 アマーリエが言うと、院長は禿げた頭を掻く手を止めた。ほっとしたように眦を下げる。

 それを見ながらアマーリエはつんと顎を上げた。
「そのかわり、子どもたちの食べているものを食べさせてください。それから、支給している衣服を見せて」
「いや、それは……。とてもじゃございませんが妃殿下の召し上がるようなものではございません。服は臭うございますし……」

「食事も衣服も無礼は働きませんから、心配いりません」
「ですが、しかし……」
「子どもたちに会うか、食事と衣服を見せていただくか、どちらか叶えていただかなければここから帰りません」

 自分でも、ふてぶてしい物言いができるようになったものだと思う。
 アマーリエは、自分の胸が破裂しそうにどきどきするのを必死で押さえながら、つとめて平静な顔をしようとした。

「さ、お早く」
 女官長が、院長にもうひと押しした。




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