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10


 女官長は、いつもはきりりとしている顔を歪めた。
 アマーリエは、何を生意気を言うか、と叱られると思った。

 女官長は眉根を寄せ、青白い顔になり、ぶるぶると唇を震わせた。
 かと思うと、その場で膝を折ってひざまずく。
 周りに女官がいるにもかかわらずだ。
 着替えを手伝ってくれていた数人の女官がぎょっとした顔をする。

「申し訳ございませぬ……」
「あの、どうしたの」
 アマーリエは慌てて彼女の肩に触れる。

 女官長はくぐもった声で言った。
「わたくしは、二年前、首を切られてもしかたない罪を犯しました。この王妃の間で行った非礼の数々、お命を危険にさらしかねない悪質なものでした。それをかばい、お見逃しくださったお礼も申しあげないまま、保身のために口を拭って、妃殿下と王子殿下のご厚情に甘えて過ごしてまいりました」
 震える声で話し始める女官長に、今度はアマーリエがびっくりする番だった。
「いまさら何を言うかとお思いでしょうが……」
 自分の発言で、女官長は二年前の女官たちによる嫌がらせの数々を詫びるつもりになったらしい。

 アマーリエはかえって困ってしまう。
「もう、そのことはいいのです。嫌な思いはしましたが、やっていた人はみんないなくなったし、あなたに今はとてもよくしてもらっているではないですか。わたしこそ、少し意地悪を言いました」
「よくはございません。妃殿下は御身を軽んじすぎていらっしゃいます。そろそろお立場をご自覚くださいませ。本当なら、暇をいただいた女官たちもわたくしも処分はまぬかれません。どうぞ、今、これまでのわたくしの罪をお咎めくださいませ」
 アマーリエは大きく頷く。
「わかりました。立場は自覚するようにします。わたしが甘かったことは認めます。だから、許すための条件を出します。わたしのお願いを聞いてくれたら許します」
 女官長はほとほと困り果てたという顔をする。

 アマーリエは、子どものように頼りなげな顔の女官長に迫る。
「今あなたがここから去ってしまったら、ほとんどいない私の味方が、もっと少なくなってしまいます。わたしはあなたに、手足となって動いてほしいのです。死ぬ覚悟があるのなら、そのつもりでわたしに仕えてくれませんか。私には財産も権力もありませんから、報いることはできません。だから、それが嫌なら、ここを去ってもいい」
 アマーリエは一か八かで我儘を貫き通す覚悟だ。
 その場で腰を落とし、しゃがみこんで、女官長と目線を合わせる。
「お願いします」

 初めて会ったときよりも、女官長がずっと老いて、弱く見えた。
 白くひび割れた彼女の唇が言葉を紡ぐ。
「……わかりました」
 押し殺された返事に、アマーリエはぱっと眼を輝かせた。

 ただし、と女官長は続ける。
「慰問の件は、陛下がお許しくだされたらです」
 そして、女官長はきつく目を閉じると、アマーリエに誓ってくれたのだった。

「もしもこの先、御身に危険が迫ったら、そのときは、わたくしの命に代えてもお守りします」



 女官長がアマーリエの願いを聞き入れ、王に慰問の打診をしてくれたのは、それから十日後。
 王は女官長の話を煩そうに聞き流し、好きにせよと言い放ったと言う。

 アマーリエはこれ幸いと女官長とともに準備を始めた。
 一月後、僅かな護衛と女官とともに、都のはずれにある王立の孤児院を訪ねた。

 子どもに会い、その子たちの住んでいる部屋を見たいと思っていたけれど、院長の応接間にしか入れてもらえず、子どもと直に言葉を交わすことは許されなかった。

 院長には煙たがられ、いやみを言われた。
「ここには妃殿下のご覧になるようなものは何もございません。どうぞ、王と一緒においでください」
 アマーリエに王の後ろ盾がないのを知ってのことだった。

 最初の孤児院への慰問は失敗に終わった。
 女官長が奮起して、次の訪問を計画してくれることになった。


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