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 アマーリエは、飲みかけていたお茶で咽せた。
「殿下、今、何て?」
「僕のきょうだいを、アマーリエさまに産んでいただきたいのです」

「殿下は、ごきょうだいが欲しいのですか?」
「はい。長い間、僕の家族は僕と父上のふたりきりだったから、寂しかったのです。昔、きょうだいが欲しいと父上にお願いしたことがあるのですが、父上がとても悲しそうな顔をなさったので言うのをやめました。誰かが、父上はまだずっと亡くなった母上のことが好きだからだと言いました。でも、アマーリエさまが来てくださったから、もう大丈夫ですよね?」

 王子は小さな胸を張り、自信満々に言い募る。
「弟か妹が生まれたら、僕、大事にします。弟だったら一番の家来になってもらうし、妹だったらとっても可愛がります。おむつも替えてあげるし、子守だってしてあげます」

 アマーリエの視界が白く霞む。
 目をこすると、目元が濡れていた。アマーリエは涙ぐんでしまっていたのだ。

 幼いころのアマーリエも、継母が小さな弟か妹を産んでくれるのが待ち遠しかった。
 王子のように、新しい家族に優しくしたい、仲良くなりたいと思っていた。

 アマーリエは、王が再婚にあたって条件をつけたことや、アマーリエをほとんど無視するように暮らしているわけに心当たりがある。
 王は、ずっと亡き王妃を愛しているからこそ、忘れるのが怖いのだ。
 アマーリエを近づけることは亡き王妃の存在を遠ざけることになると思っているのだろう。

 アマーリエは、王のことは好きでも嫌いでもない。
 お伽噺の中でしか知らない人だ。昔も今も。

 ただ、もしも、自分の父が、王ほど極端でなくとも、亡きアマーリエの母を大切にしてくれていたら。アマーリエは、どれほど救われただろう。

「ああ、どうしたんですか? 僕、変なことを言いましたか」
 アマーリエはくしゃくしゃの顔で笑おうとしたが、できなかった。
「殿下、ごめんなさい……」
「どうして泣くんですか? 子どもを産むのはいやですか? とっても痛いといいますが……」
 アマーリエは首を振った。

 王がアマーリエを本当の妻にしてくれる日は来るのだろうか。
 もしも、万に一つ、お情けで王に抱かれたとしても、永遠に愛されない苦しみに心を焼き、その虚しさを嫉妬に変えて王子に向けるようになるかもしれない。

「いいえ。殿下、わたしが子どもなだけです。大人になりきれていないから、子どもを産めないのです」
 いつか、自分は、王に初夜の晩の生意気な態度をひれ伏して詫び、子どもを授けてくださいと言えるだろうか。
 王子にきょうだいを作ってあげるためか、あるいはお飾りの王妃でいることの虚しさに耐えきれなくなってか。

 王子はしばらく黙りこんでいたが、やがて、合点がいったというように頷いた。
「そうなのですか。じゃあ、いつか、大人になったら、僕に教えてくださいね」
「わたしより、殿下の方がもうとっくに大人におなりですわ」
 アマーリエは本心から言った。
「ひょっとしたら、殿下が愛する方をお見つけになって、その方との間にお子を授かる方が先かもしれません」
 王子はびっくりしたように目を丸くした。
 そして、頬を真っ赤に染めて、お菓子を口に詰め込み始めた。



 王子にお願いされた日から、アマーリエは悩んだ。
 まず、朝食の席で王と一緒になるので、挨拶以外にも言葉を交わしてみようとした。
 よい天気ですね、と声をかけたら、王は朝食室の窓から外をちらっと見やったが、返事はしてくれなかった。
 食事がおいしいですね、とおそるおそる笑みを浮かべて言ったが、王は顔も上げないまま黙々と食事を続けていた。
 王子はその様子を見て、何か異様なものを察したようだった。
 その後、王子がアマーリエにきょうだいをねだることはなかった。




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