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虫が描写されている個所がありますので、苦手な方はご注意ください。




 ある日の午後。
 アマーリエは刺繍にいそしんでいた。
 一人の時間は、本を読むか、刺繍をするかして過ごすのだ。

 王は、先の王妃が妊娠している間でも、朝議に同席させ意見を求めたり、拝謁の際に侍らせて挨拶させたりしていたという。
 もちろんアマーリエには声はかからない。
 王は、アマーリエを必要最低限の儀式典礼にしか出席させないつもりらしかった。

 王に嫁いで一月になるが、夫である王とは朝食で同席するとき以外、ほとんど顔を合わせず、会っても私的な会話など全くないままだった。

 アマーリエが黙々と刺繍をしていると、女官がお茶とお菓子を運んできた。
「午後のお茶でございます」
 そう言って卓の上に手際良く給仕すると、女官は下がってゆく。

 手を止めないまま、アマーリエはちらりと卓の上を見た。
 そこでは菓子が皿の上に盛られているはずだった。
 しかし、金色の美しい意匠の陶器の中には、焼き菓子にまぎれて、白い芋虫が蠢いていた。菓子と芋虫が半々といったところだ。
 アマーリエはびっくりして手を止めてしまった。

 女官が下がって行った先に顔を向ける。
 やはり、二人の若い女官が顔を見合わせて口元を覆って笑っていた。
 一連のいやがらせは、主に、若い複数人の女官が実行しているらしい。しかし、女官長もわかっているだろうに止めはしない。見て見ぬふりをしているのだ。

 アマーリエは唇をかみしめた。
 自分の、顔色を変えまいと我慢する意固地な態度が、余計に彼女達を助長させている。
 そのことにはアマーリエもうすうす気が付いている。
 でも、食べ物を粗末にするような人に、怒ったり、気持ちが悪いと声を上げたり、しょんぼりした顔を見せたりするのはもっと嫌だった。

 幼い頃、森へ遊びに出掛けるアマーリエは、乳母によくクッキーやケーキを焼いてもらっていた。
 たくさんの砂糖、卵、バターを使った甘くていい匂いのするお菓子は、小さなアマーリエにとっては宝石のようだった。食べてくれる人のことを思って作られたものだったからだ。

 それに、この芋虫だって、女官たちが土まみれになって庭から拾ってきたとは思えない。別の誰かに探させたのだろう。そんな仕事に誰がやりがいを感じるだろう。

 アマーリエは胸がむかむかするのを感じた。
 何てばからしいことだろう。
 そのばからしい遊びの標的になっている自分が、どれほど侮られているか思いいたり、アマーリエの怒りは勢いを失ってしまう。

 アマーリエがしゅんと項垂れたとき、中庭のほうから軽やかな足音が近付いてきた。
「アマーリエさま!」
 勢いよく庭側の扉が開き、小さな王子が部屋に入ってきた。
 乗馬ブーツに軽装姿の王子は、その手に一輪の白い花を握りしめている。

 アマーリエは思わず立ち上がって王子を迎えた。
 女官たちも大慌てで王子に近づいてくる。
「アマーリエさま、こんにちは。遠駆けに行ったらお花が咲いていたので、差し上げようと思ってきました」
 王子は手の中の花をすっと差し出してくる。
「こんにちは、殿下。……ありがとうございます」
 アマーリエは花を受け取った。
 ずっと握られていたためか、花は少し萎れていた。
 笑みがこぼれる。

 お礼を言うアマーリエに、王子は嬉しそうに笑う。
 今のところ、この宮廷で、アマーリエにまともに接してくれるのは王子だけだった。

「お茶の時間だったのですか。僕、お腹がすいているので、ちょっとつまみ食いしてもいいですか」
 そう言って、王子は卓の上に手を伸ばす。
「あっ、殿下!」
 アマーリエは手を伸ばして菓子の皿を隠そうとした。女官も背後ではっと息を呑んだ。
 それがかえって皿の中身に注目を集めることになってしまう。

 王子は菓子と芋虫の盛り合わせをじっと見つめ、小さく首をかしげる。
「僕のおやつと違いますね。動いているし……」
「殿下、これは……」
 アマーリエの言葉を遮って、王子が難しそうな顔をする。
「初めて見ますが、お皿に入っているということは、おやつなのですよね?」
 アマーリエは口をつぐんでしまう。
「食べられるのですよね? どんな味がするのですか?」
 そう言って、王子は指で芋虫をつまみ上げ、顔の前まで持ってくる。

 さっきまでアマーリエを見てほくそ笑んでいた二人の女官が、今は青ざめた顔ではらはらとしながら王子を見つめている。
 王子は大きく口を開け、芋虫を自分の口に放りこもうとした。

「殿下……、……い、いけません!」
 女官の一人が声を絞り出した。
 王子は口から芋虫を離し、その女官をじっと見つめた。
「なぜ?」
「そ……それは、ええと……、ど、毒見、毒見がまだだったからです」
 意地悪で芋虫を皿に盛った、とはどうしても言えないらしい。

 王子は小さく頷くと、女官に手の中のものを差し出した。
「じゃあ、今、毒見をして」
 女官は、目を点にした。

 王子は手を伸ばし、背伸びをする。
 そして、彼女のぷるぷる震える唇にぎゅっと芋虫を押し付けた。

 女官は、声にならない叫びを上げて逃げ出した。
 翻った彼女の膨らんだスカートが卓にぶつかる。
 茶器と皿が大きく揺れる。
 ひと組のカップとソーサー、熱いお茶の入ったポット――。
 それらが倒れかけた方向には王子がいた。
 アマーリエは思わず声を上げた。
「殿下、あぶない――!」




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