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アマーリエは王に嫁いだ。
令嬢が王妃になるというのに、侯爵家の用意した花嫁支度は質素とも言えぬほどおざなりだった。寺院での結婚式もこじんまりとしていた。
はじめて会った王は、精悍な美貌の持ち主だった。
金茶色の髪に海のように深い青色の瞳は、幼いころにお伽噺で繰り返し聞いた通り。
礼服に赤いマントを纏った姿は英気に溢れ、立ち姿は見とれるほど堂々としていた。
ただ、彼はアマーリエと一切目を合わせず、全くの無感情だった。
彼と亡き王妃との結婚式は、大変盛大で、昼も夜もなくひと月の間祝いの宴が続いたという。
成婚の祝いの品を捧げ持った行列が都の大通りを途切れることがなかったとも聞く。
アマーリエのための宴は、すこぶる健康なアマーリエの『体調不良』を理由に、そもそも開かれることすらなかった。
また、代々の王妃に伝えられるという、大切な品も同じだった。
それは王家の紋の入った金の印章指輪だ。
本当であれば、その指輪は、寺院での結婚式で、新しく妃となるアマーリエの手にはめられるはずだった。
しかし、アマーリエに与えられたのは、真新しい金の指輪だった。アマーリエの指には大きくて、指の根元まではめても回ってしまった。
王は、先の王妃が亡くなった後、形見の印章指輪を肌身離さず持ち歩いていたという。
アマーリエと結婚したからといって、その習慣を変えるつもりはないということだろうと思えた。
王妃の寝室に入れられたアマーリエは、じっと夫の訪れを待っていた。
アマーリエは、王の妻として、心に決めたことが一つだけあった。
それは、王妃としてのつとめは何も期待されなくても、妻として夫には愛されなくても、王子の継母としてだけは立派に努めようということだった。
夫を尊敬して適度な距離をとり、威厳だけは保ち、王子には慈愛深く接したいと。
アマーリエが深くため息をついたとき、隠し廊下につながる扉が、そっと開いた。
夫である王がやって来たのだった。
アマーリエは、もしかすると、王は永遠に自分のもとになど通ってはこないのではないかと思っていた。
何せ、国中を揺るがす大恋愛の末に結ばれた、美しい先妻に操立てしている人なのだ。
そもそもこの結婚の前に、彼は、新しい妃を、アマーリエを愛さないと公言して憚らなかったのだから。
寝台の上の夜着姿のアマーリエを見て、王は顔をしかめた。
「待っていたのか。寝ていればよかったのに」
王は寝台に腰かけ、はじめてアマーリエと目線を合わせた。
アマーリエは暗闇の中でまっすぐに夫となった男を見つめた。
王は傲然と顎を上げ、口を開いた。
「もう知っていると思うが、余が愛しているのは、死んだ妃だけだ。これまでもこれからも変わらぬ。元々、後妻など娶るつもりは毛頭なかったのだ」
王の青い目は遠くを見つめていた。
きっと、亡き愛妻を想っているのだろう。
「家臣どもが結婚しろとあまりにしつこいから、無理難題を突きつけた。まさか誰かを担ぎあげて来るとは思いもしなかったが……」
王の大きな手が伸びてきて、アマーリエの顎を掴んだ。
男性に肌に触れられるのは、大蜥蜴の青年に続いて、二人目だった。
大蜥蜴とは違って、王の手は乾いて熱かった。
「おまえがどういうつもりで嫁いできたのかは知らぬが、この結婚、ひいてはおまえの存在は、国にも、おまえの一族にも、何の益ももたらさない。世継ぎも決まっているのだから子もいらない。何より、おまえには一片の権力も与えるつもりはない」
王は淡々と言う。
告げられていることは、もうとうに父から聞かされていたことだった。
そして、どういうつもりで嫁いできたかなんて、もうアマーリエ自身にさえわからない。
アマーリエは頷いた。
「存じております」
震える声で、けれど、はっきりと口にする。
それは自分のみじめとも思える立場を認めることだった。
家格のつり合いがとれただけの二人の間に産まれたアマーリエは、母と死に別れ、父には顧みられず、とうとう実家との縁まで切ることになった。
唯一、大切に思っていた、故郷である森にも帰ることはできない。母から受け継いだ一切を捨てなくてはいけなかった。
全てを継母の差し金と思っているわけではないが、アマーリエはその継母のような女にだけはなりたくなかった。
それだけがアマーリエの矜持だった。
「亡き王妃様には到底及ぶべくもないとわかっておりますが、王子殿下おひとりの母として、出来うる限り努めたく思います」
もしも、心細い王宮で、たわむれにでも王に抱かれたら、彼に愛されたくなってしまうかもしれない。
子どもが産まれてしまったら、わが子可愛さに、継子である王子のことを真摯に愛せなくなってしまうかもしれない。
「生意気な……」
王は不快そうに鼻を鳴らし、美貌を歪めて言った。
そして、床を蹴るように立ち上がると、乱暴に扉を開けて、出て行ってしまった。
アマーリエは、それを無言で見送り、そのまま静かに床に就いた。
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