レッドドラゴン
第五夜 第一幕〜第六幕
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。三田誠がFiction Masterとしてシナリオを紡ぎ出すRPF、『レッドドラゴン』。参加者は虚淵玄、奈須きのこ、紅玉いづき、しまどりる、成田良悟の夢の5名。音楽を担当するのは崎元仁。最高の布陣で最高のフィクションを創造します。
(舞台はいつも通り)
(光が灯り、黒ずくめの男を照らし出す)
「――皆様」
(声は静かに、劇場を響き渡る)
「この新しくも古めかしく、正道なるも奇妙なる物語にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。」
「前夜の出来事は、印象的であったかと思います」
「序破急の破だと申しましたものの、崩壊や破滅といった方がより近しいでしょう。〈赤の竜〉の暴虐、革命軍の侵入、ドナティアと黄爛の反目によってニル・カムイからシュカという街は消滅し、混成調査隊も事実上解散いたしました」
「忌ブキとエィハは革命軍とともに〈喰らい姫〉の伝説を追い、流賊の船をもって南方遺跡群へと向かっております」
「禍グラバはひそやかにふたりを追って、流賊の船に貼りついています」
「婁震戒は黒竜騎士団団長シメオンの手にかかって一度は死に、還り人として蘇りました」
「そして、スアローはただひとり、抜け殻となった混成調査隊の責を背負い、シュカの跡地に残っております」
(一旦、声が途切れる)
(静寂)
「――では、始めましょう」
「ここよりは序破急の急。終わりの物語。かつて混成調査隊であった五人の旅の、その果ての果てまでお連れしましょう」
『第一幕』
FM: では、『レッドドラゴン』第五夜を開始します。シュカの一連の事件が終わったためレベルアップがあるのですが、今回は休憩期間がないので、特技ひとつ取得のみですね。自分が登場するシーンで発表してください。
一同: はーい。
FM: 時刻は、第四夜が終わって約半日ほどなんですが――さて、ここで皆さんにささやかなプレゼントが。
成田良悟→禍グラバ: ほほう?
FM: グッドスマイルカンパニーさんが、それぞれのキャラクターや所属組織に着想を得た専用六面体ダイスを提供してくださいました。どうぞ受け取ってくださいませ。
奈須きのこ→スアロー: うほっ!
紅玉いづき→エィハ: きゃあ! すごい! こっちのはヴァルに差してる花のアレンジ。
しまどりる→忌ブキ: こっちはニル・カムイの紋章ですね。
虚淵玄→婁震戒: 黄爛の紋章……! ほとんど関係なくなってますが(笑)。
FM: 婁さんが仕えているのは七殺天凌ただ一振りですからね(笑)。では、こちらのサイコロですが、皆さんのマップ上のシンボルに使いましょう。忌ブキとエィハは流賊の船に乗って、だいぶ移動してしまってますしね。
禍グラバ: では、私もそこに重ねちゃいましょうか(サイコロを上に重ねる)。
エィハ: 禍グラバさん、船の下にしがみついてるんだから下でしょ!?(笑)。
忌ブキ: (地図を見て)サイコロだけ見るとパーティが二分割されてるみたいですね。
スアロー: 心は二分割どころかバラバラだけどね。
FM: 言っちゃった!
禍グラバ: ……ほほう。いいですか、今の禍グラバは船底にドリルで穴を開けることもできるんですよ?
忌ブキ: やめてくださいーっ!(笑)。
FM: では前の事件より半日後、婁の復活直前から開始します。全員バラバラになってるんで、一日ごとに行動を聞いて、重要なイベントがあれば細かくやりとりと判定をするようにしますね。
何かを成しえると思った瞬間に、滑り落ちた。
マシな自分があるのだと顔をあげた瞬間に、現実を見せつけられた。
「またか」
「またなのか」
声は、自問。がらんどうの胸の中だけに響く。
――昔、一羽の鳥を飼った。
自分の呪いで殺さぬよう、大切に大切に、駕籠におさめて救いを求めた。
だがある日、あっさり死んでいた。
自分の呪いからではなく、留守にして帰ってきた時、迷い込んだ野良犬になぶられて死んだのだ。
その時に知った。自分の呪いがなくとも物事は終わるのだと。
FM: さて、そんなこんなで最初のシーンはスアローから。場所は滅亡したシュカの跡地となります(BGMをかけながら)。
エィハ: 跡地……。
忌ブキ: やっぱり、完全に滅んでますよね……。
禍グラバ: 〈赤の竜〉のあれの後だと、焼け野原ですな。
FM: そうなりますね。すぐに避難した生存者たちはいますが、まともな形をした建物もろくに見つからないレベルです。ここがかつては華やかであった独立都市シュカだとは、信じられない者の方が多いでしょう。
スアロー: ……。
エィハ: 奈須さん?
スアロー: あ、いや、レベルアップには〈ブレス斬り〉を取りました。時系列的には、還り人対策に〈黒の楔〉を使った後かな。
スアローの視線はひどく空々しく、街だったモノの残骸を見やった。
砕けた煉瓦と煤けた建材、幾多の死体と傷つき呻く人々――まさしく地獄のただなかに、スァロゥ・クラツヴァーリは立っていた。
(――またか)
再び、同じ言葉が、青年の脳裏を切り裂いた。
FM: 君と同じく生き残った評議会議長狗ラマ・カズサが、痛ましい目で景色を見つめている。彼は、市民の避難について、黄爛とドナティア双方に話し合いを終えてきたところだ。
忌ブキ: わ、すごい!
禍グラバ: この状況でそれをやりとげるとは……さすがにやり手ですな。
FM: まあ、ドナティアにはスアローの取りなしもあったし、それが狗ラマのお仕事ですしね。結果、モノエで避難民の一部を受け入れてもらえることとなりました。
エィハ: モノエって第一夜で行った――
FM: ええ。第一夜で、皇統種の忌ブキさんが交渉して平和裏に甘慈を助け出したところです。
スアロー: いたなあ、そんなやつ!
FM: 元々モノエはニル・カムイの気風が強い土地柄ですし、あの事件もあって助け合おうという意見が強くなってます。おかげで一時的にではありますが、シュカの避難民を受け入れてくれることになりました。
忌ブキ: (口元をおさえて)……あの事件、役に立ったんだ。
禍グラバ: ほうほう、そんなことが。
エィハ: 禍グラバさんは、加わる前でしたしね。
FM: もっとも生き残った七千人のうち三千ほどですけどね。残り四千人は、ひとまずシュカ跡で頑張れと。また、黄爛から来た融資のうち、革命軍に奪われなかった分も黄爛軍に持って行かれました。なにせ、ニル・カムイの主権が停止してるような状態ですから。
スアロー: ……まあ、そうだよねえ。
FM: ここまでの状況を説明した上で、改めて狗ラマがスアローに言うよ。「私自身は黒竜騎士団と共に一旦ベルダイムに行く。すまないが、同道してもらえるだろうか?」
スアロー: そうですね。さすがに今回はスアローも衝撃を受けているので、素直に従います。
禍グラバ: 麒麟船のことはスアローでもショックなんですねえ。
スアロー: ……こう、とどめって感じはありますよ。
――そう、またなのだ。
この手で使ったものは壊れる。例外なく壊れる。
人間に触れるのもためらわれた。この呪いが人体にまで及ばない理由はないからだ。
永遠に変わらないものがあればと思った。
それぐらいしかすがるものがなかった。
歳を取らないまじりものと聞いて、父にねだった。
育たない生命などいないと知った。
あの時の自分の浅ましさは、今の自分から見れば若々しく微笑ましい。
いまはもうない。
あの頃の情熱は摩耗しきった。
救おうと思い、亡くし。
拾おうと思い、壊し続けた日々だった。
自分のようなろくでなしが生きている事自体が恥だった。
それを理解した上で、無様に、生き汚くすがり続けた。
〝それでも、この手には意味がある。
こんな自分でも、必ず何かを救える筈だ〟
そんな、なくなったはずの希望が顔を見せ、その瞬間に裏切られた。
自分がどれほど迷惑な生き物なのか、今度こそ思い知った。
スアロー: ……〈赤の竜〉を撃退できれば、今度ばかりはマシな自分になれると、そう思ったんだけどね。
忌ブキ: ……スアローさん。
禍グラバ: ……。
とある夜、少年の問いにこう答えた。
〝自分は物を所有した事がない〟と。
スプーン一つすら自分の物にできない人生。
奴隷ですら石ころぐらいは持てるだろうに。
生きていながら触れられない。
生きていながら死んでいる。まるでゴーストだ。
まともでいる意味がまるでない。
ならいい。
もういいのではないか。
いいかげん、つまらないやせ我慢はやめて、楽になればいいじゃないか――
エィハ: ……(緊張した面もちでスアローを見やる)。
FM(メリル): 「スアロー様」と、君の様子にメリルが話しかけるよ。いつにないきっぱりした口調で、「ご気分が優れないなら、私が承りますが」と問いかける。
スアロー: ……いや、大丈夫。深呼吸して、メリルにかぶりを振るよ。
深呼吸とともに、スアローは拳を握った。
(――まだだ。まだ保てる。このぐらいで捨てるな。自棄になっている自分を、自棄になるな)
この崩壊を受け入れてしまおうという自棄。
そんな絶望的な衝動に、もっと別の自棄で対抗する。
何もかもどうでもいいじゃないかと――そんな風に自棄になってしまうことで、もっとどうしようもない絶望から目を背ける。
スアロー: ……失礼しました、狗ラマ殿。話を続けていただけますか?
FM: なるほど。じゃあ、狗ラマも一瞬怪訝な顔をしたきりで言葉を続ける。「君に同道してもらい、ベルダイムでは復興に不可欠な創造魔術師団を選抜することになるだろう。シュカに残った市民が餓死するまでに急がねばならん」
禍グラバ: ああ、なるほど。それが急務ですな。
忌ブキ: 狗ラマさんはこんなに優秀なのに……。
FM(狗ラマ): 「それが終わり次第、君には引き続き〈赤の竜〉を追って、革命軍の行く末を見守ってほしい。頼めるだろうか?」
スアロー: ふむ、狗ラマさん的には、革命軍がこの後どんな手段に打って出るか分かる?
FM: 流石に、もう想像がつかないね(笑)。
スアロー: 今回、状況的には革命軍が〈赤の竜〉を利用したことになるんだけど、彼らは〈赤の竜〉がやってきたのに乗じて夜盗行為をしただけなのかな? それとも、何らかの手段で〈赤の竜〉をコントロールしてるのかな?
FM(狗ラマ): 「それなら推測はつく。もしコントロールできてるのなら、そもそもシュカを制圧してしまっただろう。でなければ、ロンドダイムか黄爛仁雷府を襲ったはずだ」
スアロー: あれはあくまで便乗だったと?
FM(狗ラマ): 「ただ、便乗できるぐらいに、〈赤の竜〉の情報を得ている可能性は高い」
スアロー: (少し考えて)……ああ、なるほど。この先〈赤の竜〉を追うのなら、革命軍と接触するのが早道ってわけか。今、ブリキングがいたら、すぐさま流賊の船を追ってくれるだろうになあ!
禍グラバ: (机の下に潜る仕草)。
エィハ: 船底! 船底!
FM(狗ラマ): 「仮にもニル・カムイの不死商人。死んだとは思えぬがな……」
スアロー: まあ、とりあえずはドナティアのお膝元に移動して、シュカの復興に尽力しましょう。僕も責任を感じていますので。
禍グラバ: ……スアローが責任って言い出すと、なんだか独特の重みがありますね。
スアロー: あはは。
FM: まあ、狗ラマは《粉砕の呪い》とか知らないので、なぜだか麒麟船が壊れたらしいとしか分からないしね(笑)。スアローの申し出を純粋にありがたがるよ。
スアロー: 白叡さんになんて言えば……まあいい、そこは自分の方でケリをつけよう。
FM: 白叡もすでに避難していますよ。おそらくモノエ経由で黄爛仁雷府に移動している途中でしょう。麒麟船があれば簡単に移動できたはずなんですが(笑)。
スアロー: (頭を抱えて)すべて裏目……!
FM: 前夜は結局革命軍のひとり勝ちですねえ。紅玉さん大喜び。
エィハ: いえいえ、まだまだ(笑)。
忌ブキ: まだまだやるんですか!?(笑)。
スアロー: はあ……仕方ない。まずは黒竜騎士団と合流して、シメオンさんに挨拶しておこう。
FM: 分かりました。シメオンはスアローと狗ラマの申し出を自分の権限内で了承してくれます。
わずか半日ばかりであったが、黒竜騎士団はすでに統制を取り戻している。
ドナティア最強を謳われる部隊に、ふさわしい練度だった。それは同時に、騎士団団長たるシメオンの、統率力の賜物でもあるのだろう。
スアロー: そうか、シメオン殿は婁震戒を自らの手で討ったことで少しは憑き物が落ちたような感じ?
FM: いいえ、むしろ鬼気迫る雰囲気は強まってますね。
忌ブキ: お、落ちてないんだ……。
FM: だって、このぼろぼろになったシュカの状態を、自分の責任だと思ってるからね。
禍グラバ: ああ……私怨を優先してしまったから。
FM: まあ、あの状況で私怨を優先してないと祝ブキが死んでたから、やっぱり〈赤の竜〉の吐息を止められなくて、結果は変わらないけどね。
エィハ: 詰んでた!
スアロー: いつものスアローだったら、あなたが頑張ってくれたからこれだけの生き残りもいるんだって言えるんだけど、今回はその元気もない。黙ってついていこう。
禍グラバ: 今回はねえ……。
FM: で、街を発つ前にですが、シュカの門前にはいつものように魔象とミスカさんが待っております。そして、スアローと後ろにいるメリルを見て、「随分人数が減ったな……」と(一同、堪えきれないように笑い出す)。
スアロー: 僕しか残ってないのに!
忌ブキ: め、メリルさんも……。
スアロー: 僕らは一心同体だからね(笑)。
FM(ミスカ): まあ、ミスカは、「不可侵条約の残り日数二十六日が尽きるまで、私は依頼通りあなたたちと行動を共にしよう」と告げるよ。
スアロー: こっちも義理堅いなあ。じゃあ、また魔象に乗せてもらおうか。く、この島に来てから一番長い連れが象になるだと――!
忌ブキ: まさかの展開です(笑)。
魔象の背に乗って、スアローたちは再びベルダイムへの旅路に戻る。
隣をゆくは、黒竜騎士団。
しかし、スアローにはもはやメリルとミスカ以外の仲間はなく、黒竜騎士団にも副長ウルリーカはいない。
瓦礫とすすり泣きばかりが残った街を離れ、彼らの足取りは一様に重かった。
『第二幕』
――そして、死こそが黄泉還る。
FM: (BGMを切り替えつつ)では、お待たせしました。復活したばかりの婁さんです。
婁: (深くうなずいて)ええ。
エィハ: う、虚淵さんがさっそくいい笑顔してる。
婁: いえいえ。スアローが旅立つより復活が遅れたのは残念ですよ。こちらのレベルアップは還り人の能力を得たのとコミでしたね?
FM: です。それだけ強力な能力を選びましたからね。
スアロー: (きょろきょろ左右を見ながら)な、何――!
瓦礫から妖剣をつかみ取った手には、もはや何の不自由もない。
代わりに、以前にも倍する異様な瘴気がまとわりついていた。
瘴気とは毒や熱病を流行らせるケガレの気である。
これだけは治り切らぬ――胸を斜めに断ちきった致命傷より這い上る邪気でもあった。つまるところは、尋常ならざる死の気配を今の婁震戒は湛えていたのだ。
忌ブキ: こ、これって……。
FM: では、この段階で婁は還り人としての新たな力を自覚します。(用紙を出しながら)こちらが専用につくられたルールです。
婁: (ルールの用紙を受け取って)ページ数が多いですね(笑)。
FM: 事実上の簡易戦争ルールを含んでますからね。システム班には頑張ってもらいましたよ!
スアロー: せ、戦争じゃと!
禍グラバ: な、何を言ってるのか分からない……! 何ですか、婁震戒が百人ぐらいに分裂したりするんですか。
忌ブキ: もう、この島終わりじゃないですか!
FM: 七殺天凌も、婁の得た力についてはなんとなく理解しますね。「ああ……なるほど。わらわにも分かる。そういう力を得たか」
婁: 左様でございます。とりあえずは瓦礫の山から、必要なものを探しましょう。
FM: ほう。必要なものとは?
婁: ニル・カムイの地図です。
FM: おお! 言われてみれば当然必要ですね。まあ一般的な品なら簡単に見つかるでしょう。僕の手元にもありますので、こちらをどうぞ(地図を手渡す)。
婁: (受け取って)これはありがたい。さて……。
スアロー: な、何。なんかあそこ、違うゲームを始めてるぞ?
婁: (ルールと地図を見比べながら)この地図ですが、書いてあるのは基本的に街ですよね? 村までは分からない?
FM: そうですね。そこまで細かい地図は、今のニル・カムイでは一般的じゃないです。都市の人口も周囲の村を合算したものがほとんどですね。
婁: ……ふむ。
FM: 逆に、さっきのモノエとかベルダイムはもちろん記載されてます。
婁は、静かに地図を見下ろす。
冷たい眼差しは、実験用のネズミを見つめる錬金術師のごとくだった。
くつくつと、背中で妖剣が笑うように震えた。
「その力ならば、よほど強大な『個』以外は、もはやお前の敵たりえまいさ」
ひどく楽しそうな――黒い愉悦に満ちた思念。
「さあ、どうする? どこから手をつける? 婁震戒」
婁: では、ここから。――しばらく地図をじっと見た後、指先を歯で嚙み切って滴る血でモノエにぴ、と印をつけます(一同爆笑)。
忌ブキ: モノエーッ!(笑)。
禍グラバ: な、何の能力!?
エィハ: 来るぞ来るぞ(笑)。
婁: まあ、しばらくはひたすら下準備ですね。
FM: そうでしょうね。シミュレーションゲームみたいなもんですし。
婁: このシュカに残った市民から地味に喰っていって、当面の目的はモノエの陥落と。
スアロー: お、俺、ひょっとしてすぐにシュカを離れて命拾いした!?
FM: さて、どうでしょうねえ。
婁: では、最初の内は目立たないように姿をくらましましょう。――ああ、その途中で前の夜会か何かの名残として、あれを手に入れてもかまわないですかね。
FM: ああ、夜会の名残ならあるでしょうね。問題ありません。
忌ブキ: な、何がなんだか分からない世界に。
禍グラバ: 婁さん、今回のセッションまでにどれだけ仕込んでたの!?
スアロー: ……〈黒の竜〉とテレパシーでも繫がらねえかなあ。核ミサイル撃ってくれって言いたい。そうでもしねえとなんとかならねえよ、この島!(笑)。
FM: あっはっは。では、婁のシーンを終わって、忌ブキたち革命軍に移りましょう。
『第三幕』
海の上は、驚くほど穏やかだった。
表面上は、だ。
「……すごい」
甲板に出て、少年は額を押さえる。
少年の感覚は、その内側をうねくる巨大な力の乱流を捉えていた。まさしくおとぎ話の海竜が暴れているかのような魔素流の凄まじさを、皇統種の角が伝えていたのだった。
なのに、この船と船員たちは、いともたやすく魔素流を御した。
むしろ、その力を逆に利用するみたいに、ぐいぐいと船を進めていく。
流賊。
ニル・カムイと外界を隔てる魔素流の壁を、至極小さなガレー船で突破する者たちの力に、少年は改めて感嘆していた。
FM: (BGMを切り替えながら)さて、ここからは二日目。忌ブキたちの乗った流賊の船は、すでに大きくシュカを離れてます。(地図においたダイスをひょいひょい動かしながら)一日十マスの速度ですね。
忌ブキ: ちょ! 速い!
エィハ: 魔象でも一日二マスだったのに……。
FM: これが、阿ギトの説得した流賊の実力というわけです。他を圧倒する機動力は革命に必須ですからね。天候も海流もほとんど半刻ずつに急変するようなニル・カムイ周辺でさえ、彼らの船はまったく動じません。
忌ブキ: これが欲しかったんだ……。あ、そうだ。レベルアップは《不屈の闘志》を取りました。婁さんも使ってたダメージで意識を失わないための特技。こう、名称的にもいろいろ決めたのだという意味を込めて。
FM: なるほど。第四夜を考えると納得ですね。エィハはどうです?
エィハ: こちらは少し遠くの相手でも身を挺してかばえる《キャスリング》です。
スアロー: これまた、それらしい……!
禍グラバ: (手をあげて)あ、こっちは攻撃されたときの命中箇所を変更できる《九死に一生》です。
エィハ: 船底ー!
禍グラバ: いっひっひ。
FM: 一応一緒のシーンにはいますからね(笑)。
忌ブキ: まあ、ぼくらは知りませんし(笑)。――ちゃんと海に出たところで、阿ギトと話しておきたいんですが、その時間はありますか?
FM: 大丈夫ですよ。エィハも連れて行けます。革命軍にも流賊にもつながれものは多いので、どの部屋も魔物が通りやすいようつくってありますからね。
忌ブキ: 良かった……(胸をなで下ろす)。
エィハ: あ、でもわたしはジュナと一緒の部屋にこもってます。
スアロー: 革命軍の友達! なんて百合百合しい!
エィハ: (平然とうなずいて)大切な友達だもの。忌ブキが何を話してるかは聞こえる範囲、ということでかまいませんか?
FM: まあ、ヴァルの【知覚】ならこの船の中ぐらいは問題ないですね。――では、忌ブキはひとりで阿ギトに話しかける感じですか?
忌ブキ: あ……(深呼吸して)はい。それで。
FM: 分かりました。では、場所は甲板としましょう。
「……っ」
ぎゅ、と唇を嚙む。
微妙に揺れる甲板を踏みしめて、目的の相手を捜す。
はたして、その男は船首のあたりで、海を見つめていた。
潮風を受けるまま、ずいぶんと伸びた髭をじゃりじゃりと擦り、なんだか恋するような目で離れたニル・カムイの島を見つめていた。
いや。
(……本当に、そうなのかな?)
不意に、少年は思った。
阿ギト・イスルギが見つめているのはもっとずっと先――自分には分からないような革命の未来なのではないかと、わけもなく思ってしまったのだ。
FM: 君に気づいて、阿ギトはくるりと振り返る。「おお忌ブキ。どうかしたのか?」
忌ブキ: 何を、見てたの?
FM(阿ギト): 「もちろんニル・カムイさ」
忌ブキ: (地図を見ながら)……あっという間に、モノエのあたりは通り過ぎたんですね。
FM: そうですね。この速度なら、じきに黄爛仁雷府も見えてくるでしょう。
エィハ: いままでの旅を早回ししてるみたい……。
FM(阿ギト): 「まあ、あれだけのことが起きちまったからな、ニル・カムイはさぞ荒れていることだろうが……この魔素流に乗っかっている間は、俺たちも見つからない代わりに情報も収集できない。セブリ島に着くまでの間は断絶状態だな」
スアロー: ああ、そっか。魔素流が通信も妨害するんだっけ。
FM: ですです。阿ギトがこれまで隠れていられた理由のひとつですね。代わりに外部との通信も使えなくなるので、禍グラバお得意の通信システムもここでは通じません。
禍グラバ: ……これが厄介なんですよねえ。あ、でも五行躰の聴覚強化があるんで、この会話は聞いていいですか?
FM: 前に、祭燕と婁の会話を盗み聞きしたやつか。それは仕方ないなあ。
忌ブキ: 仕方ない(笑)。あ、セブリ島っていうのは?
FM(阿ギト): 「流賊が根城にしてる島さ。お前がいなかったら到底説得できなかったがな」
忌ブキ: ぼくがいたから……。
その言葉は、少年の胃のあたりにわだかまった。
別に、嫌なわけではない。
革命のために利用される覚悟なら、もう終わらせてきた。自分の名のもとにどれだけの人が死んでも、もう後悔することはしない。
ただ、自分が知らないところで自分が貢献をしていると言われて、そのことをまだどうやって受け入れればいいのか分からなかったのだ。
忌ブキ: ……阿ギトはどうしてこの島を革命しようと思ったの?
FM(阿ギト): 「いろいろ見てきたから、としか言いようがないな」
忌ブキ: いろいろ?
FM(阿ギト): 「ああ、お前に言ったかどうかは知らないが、俺はしばらくドナティアに留学していた」
忌ブキ: それは聞いてなかった。ドナティアに?
FM(阿ギト): 「そうさ。もともとは、お前らを〈赤の竜〉の混成調査隊に引きずり出した狗ラマ・カズサのところで学生をしてたんだよ。あの爺は昔大学で教鞭執ってたからな。で、その後ドナティアに留学して、ドナティアが侵略してきた国々を見てきた」
忌ブキ: それって、どんな国があった?
FM(阿ギト): 「たいていは暑いか寒いかさ。なんせ東の大陸で、ドナティアは大陸中央から南北双方に侵略していったから」
忌ブキ: あ、なるほど。
禍グラバ: 二正面作戦をとれるほど、圧倒的だったわけですなあ。
FM: そうなりますね。結果として十カ国同盟など一部例外はありますが、ドナティア本国のある大陸はほぼ統一されたわけです。
忌ブキ: ……その、侵略された国を見て、阿ギトはどう思ったの?
FM(阿ギト): (肩をすくめて)「どうもこうも。全部が全部、あの国の色に染められちまってたよ」
忌ブキ: 染められる?
FM(阿ギト): 「ああ。遅かれ早かれそうなるんだ。先までのドナティアはそれなりに平和的な戦略をとってるがね。今はなんせ、対抗しているもうひとつの国――黄爛がある。あの国に勝つためなら、ドナティアは無限に収奪を続けるだろう。生かさず殺さずのギリギリまでな。そうなりゃ、侵略された方は自分の国の文化どうこうなんて言ってられなくなるだろう?」
忌ブキ: ……なんでそこまでして、他人の物を欲しがるんだろうね。
FM(阿ギト): 「なければ勝てない、という競争にあいつらが入っちまったからだな」
忌ブキ: 競争……。
FM(阿ギト): 「そうだ。だから、革命でも何でもして、俺たちを巻き込むなという意思表示をしなきゃならない。つまるところはそういうことだ。ニル・カムイは巻き込まれやすくもあるが、巻き込むなと言いやすい場所でもある」
スアロー: ドナティアも黄爛もニル・カムイを橋頭堡にしたいんだけど、魔素流が邪魔だもんな。
FM: そういうこと。「だから、革命の芽もなくはない、と見ている」
忌ブキ: ……阿ギトはシュカで「すべてを追い出すな。勝ちすぎるのもよくない」って言ったよね?
FM(阿ギト): 「ああ、言った」
忌ブキ: この革命は、何をどこまでやれば成功したことになるのかな?
FM(阿ギト): 「俺たちに関わると損だ、と二大国に思わせれば勝ちさ」。まあ具体的には十分な損害を与えた上で、相手に引っ込みがつくようメンツを潰さず軍隊を除けられればということですね。
忌ブキ: メンツを潰さずに……。
禍グラバ: 今、それにかなり近い状態に来てますけどね(笑)。
FM: かなり革命軍有利になってますねえ。なんせ黒竜騎士がひとり減り、黄爛は最大戦力の麒麟船を失っているので、「あれ、俺たち諦めた方がよくね?」になりかけてはいる。
忌ブキ: じゃあ、メンツっていうのは?
禍グラバ: 今は自然災害みたいな〈赤の竜〉に潰された形ですから、ここで退くなら問題ないんですよ。でも革命軍に潰されたということになると、ほかの国が――
忌ブキ: あ、そっか。今までドナティアや黄爛が征服してきた国まで、「俺たちもできるんじゃないか」になるわけだ。
FM: そうですね。
禍グラバ: まあ、阿ギトは革命大好きっ子だから、それはそれでいいとか思ってそうな気もするんですが……。
FM: さてさて。場にいない方の質問には答えられませんねえ。
禍グラバ: ちい、調子よく口を滑らせてくれてもいいのに(笑)。
忌ブキ: (しばらく考えて)……じゃあ、阿ギトは、この島からドナティアと黄爛の人間をすべて追い出す気はないの?
FM(阿ギト): 「追い出せればそれはそれでいいが、あくまでそれは手段であって目的じゃない。目的はあくまで革命であり、ニル・カムイの主権を新たに確立することだ」
忌ブキ: ……。
FM(阿ギト): 「お前は、違うのか?」
忌ブキ: ……阿ギト。ぼくはきっとね、ドナティアの人にも黄爛の人にも、みんなこの島から出ていってもらいたかったんだ。
FM: それには阿ギトが一瞬目を細めるね。「……ほう、なるほど」
忌ブキ: 前に、禍グラバさんと話をしたんだ。この島を革命した結果、十五万の民の内十四万を殺して一万を生かす。……そんな状態をぼくが幸せと呼ぶのかについて。
そうだ。
禍グラバはこう言っていた。
――『革命軍が平和のためにかけた命が、島の総人口十五万の内、十四万だったとしよう。残り一万の民が幸せに暮らす道が正しいと、君は思うのかね?』
そして、同時にこうも言ったのだ。
――『君が千人を殺して一万人を救おうと考えたとしても、しかし、その千人を守るためにすべてを投げ出す者もこの島にはいるのだ』
思えば、彼はひどく親切に忌ブキを諭してくれていた。
少数を捨てて多数を救うのも、多数を捨てて少数を救うのも、どちらが正しいというものではないと。少なくとも、自分の生きてきた道はそうなのだと、はっきりと言葉にしてくれていた。
当時の忌ブキは、そのことをちゃんと分かっていなかったけれど。
FM: では、阿ギトは船の柵に肘を乗せたまま一瞬空を仰いで、苦笑いをする。「まあ確かに、俺は必要ならそうする男だ。十四万人殺して革命が成し遂げられるなら、そうするかもしれない」
忌ブキ: ――ぼくは、そのとき答えられなかった。犠牲を伴ってまで欲しいものはこれなんだって言えなかった。あれからずっと考えていて、最近になって、やっと分かった気がする。
FM(阿ギト): 「へえ。なんだ?」
忌ブキ: ぼくは、ドナティアとか黄爛とかよりも、この島に存在する争いそのものを無くしたいんだ。
FM(阿ギト): 「大きく出たな。ニル・カムイ人だけで統治したところで争いは起きるぜ?」
スアロー: 婁さんが皆殺しすれば……。
婁: (深い声で)……人殺しはいいぞ?(一同爆笑)。
エィハ: (バンバン机を叩きながら悶絶する)。
禍グラバ: ひどい。本当にひどい!
エィハ: ……あ、エィハは、最終的に婁さんを後ろから殺せるならついていきますよ!(一同再爆笑)。
スアロー: エィハが真っ黒! やめて、この黒玉いづき!
禍グラバ: つ、つまり、エィハが婁さんにつく場合、まず婁さんに祝ブキを殺してもらって……。
エィハ: そうそう。それで最後に背後からがぶがぶと。婁さんが王様になると困りますから!(さわやかな笑顔)。
スアロー: なんという、一途……。
忌ブキ: え、ええと……いや皆殺ししたいわけじゃないんですよ!(笑)。
話しながら、忌ブキは自分の内心を整理する。
自分が抵抗を覚えていること、自分が嫌悪していることをひとつずつ整理して、単に感情的なものとそうでないものを、見極めようとする。
それはとても繊細な行為で、しかし今の少年にとっては必要なことに思えた。
やがて、
「――ああ、そうです」
小さく、少年はうなずいた。
忌ブキ: もちろん、ニル・カムイ人だけでも争いは起きます。でも、内側の争いと、外側の国がやってきて起こす戦争は、やっぱり違うと思うんです。
FM: なるほど……。(少し考えて)でしたら、あなたたちの話してる横からもうひとり声がかけられますね。「どうしてか、訊いていいかしら?」と、革命軍第二指導者であるユーディナ・ロネさんがでてきます。
スアロー: お、革命軍の知恵袋。
禍グラバ: ここで忌ブキが、ええ、あなたにもニル・カムイから出て行っていただきます、とか(一同爆笑)。
FM: 還り人だから、この島から出たら死んじゃうよ!(笑)。
忌ブキ: そういえば、その人もドナティア人でしたよね。
FM: ええ、名前から分かるとおりですね。
忌ブキ: ……ぼくの、昔の先生もドナティア人でした。
スアロー: うお、忌ブキの過去が。
FM(ユーディナ): 「あなたの、先生が?」
忌ブキ: はい。自分が皇統種だなんてことも知らずに、名前もない辺鄙な村で普通に生活していました。
たった半年前までのことを、ひどく離れた過去のように、忌ブキは話していた。
実際、そうとしか思えなかった。
あの村で過ごしてきた時間。
自分にとって人生の大半であった時間。
幼なじみの――真シロ・サグラと出会ったのも、その一部であったのに。
忌ブキ: ぼくが物心つく頃には、七年戦争も終わっていました。ぼくの先生は、村の復興支援として奉仕活動をしてくれているドナティア人の宣教師で……綺麗ごとばかりじゃなかったけれど、小さな孤児院を必死にやりくりしていました。
FM(ユーディナ): 「ええ、そういう人は多いと思うわ」
忌ブキ: でも、ある日殺されてしまいました。魔女だって言われて火あぶりになって。ドナティアの宣教師である先生のことを、みんなきっと心底では信頼してなかったからです。
FM(ユーディナ): 「そうね、そういうこともあるでしょう」
忌ブキ: ……そして、今度は還り人になった先生の手で、村の人たちもみんな殺されてしまったんです。
FM(阿ギト): 「なるほどな……」と、阿ギトが重々しくため息をつく。
忌ブキ: ぼくはドナティアの先生も、ニル・カムイの人たちも恨んではいません。ただ、もうこんな悲しいことが起こるのは嫌なんです。分かり合えない人たち同士が同じところにいて、こんなことが起きてしまうのが嫌なんです。
FM(阿ギト): 「分かり合えない同士……か。じゃあどうする? 鎖国でもするか?」
忌ブキ: 鎖国ってことはみんな追い出すってことですよね?
FM: そうだね。日本の鎖国みたいに出島を作って、そこに追いやるって方法もあるけど。
スアロー: ま、隔離施設だね。
忌ブキ: そうですね。……うん、だから禍グラバさんのハイガの街を見たとき、ここは理想的な場所だって思ったんです。
禍グラバ: おおう。
忌ブキ: 守りたいものがあるのだったら、外敵を完全に門の外にはじき出した上で庇護してやればいいから……。
FM: なるほど、ハイガのスケールをひとつ大きくすればよかったんじゃないかと考えるわけね。
忌ブキ: そう、そうなんです。だから、禍グラバさんに協力してもらいに行ったはずなのに、あのときは喧嘩になってしまって!
禍グラバ: あの言い方だと、ハイガのつながれものとまじりものの九割殺すよって感じでしたからね(笑)。
忌ブキ: 言いたいことは逆だったんですよ!(笑)。
スアロー: ああ、すれちがい!
FM: そのへんが忌ブキらしくていいですね。ハイガを見てそう学習したわけか。
禍グラバ: 私が言うのもなんですが、ハイガは閉じられた実験場みたいな場所ですからね。あそこに黄爛の奴隷売買のシステムを持ち込まれると、途端に崩壊してしまう。
忌ブキ: だったら、やっぱり黄爛は追い出すしかありませんね。その上で島全土をハイガ化するしかない。
禍グラバ: 学習されたあ!?
「――だから、阿ギト」
少年はきっぱりと顔をあげる。
「ぼくの考える革命はこうだ。それでも、ぼくに従うか?」
FM: 阿ギトとユーディナは丁重に頭をさげる。「――仰せのままに。我が王よ」
スアロー: 王になってるなあ。
婁: 忌ブキの方向性がはっきりしましたな。
FM: ええ。では、次のシーンに――
エィハ: (手をあげて)あ、わたしもいいですか。
FM: もちろんです。では次はエィハのシーンとしましょう。
『第四幕』
『――ぼくの考える革命はこうだ。それでも、ぼくに従うか?』
その言葉を、少女もまた聞いていた。
甲板のすぐ下の部屋。
二頭の獣が、身を寄せあっている。
かたや蛇と熊が混じったような魔物ダグナ。かたや目の潰れた犬と蝙蝠をかけあわせたような白い魔物ヴァル。
そして、その魔物たちの中央に、さらに少女がふたり。
愛する親友の膝でまどろみつつ、エィハはふわりと唇を開いた。
エィハ: ……忌ブキは、本当に優しいわね、とジュナの膝で囁きます。
FM(ジュナ): 「優しい……のかねぃ? あれはこわいと言うような気もするけど」
エィハの髪を毛づくろいのようにまさぐりつつ、ジュナは煙管を持ち上げる。
くゆる煙は甘く、気怠い香りがした。
くすりなのだと、昔からジュナは言っていた。
多分、あまり身体に良くないものだろうと推測しつつ、その中身はエィハも訊いたことがない。きっと一生訊くことはないだろうと思っている。
エィハ: 怖い……?
FM(ジュナ): 「在り方としてねぃ。ああも極端なのはこわいよう」
エィハ: 忌ブキはまっすぐだから。でも、これからも迷っていくんだと思うわ。……ねえジュナ、わたしハイガという街に行ったのよ。
FM(ジュナ): 「ああ、つながれものの天国だっていうねぃ」
エィハ: そう、そこではつながれものやまじりものが、まるで豊かで幸福な――普通の人間のように暮らしていたわ。
FM(ジュナ): 「夢のようじゃない」
エィハ: ええ、夢のよう。でも……夢はやっぱり夢だとわたしは思う。
FM(ジュナ): 「そうかい?」
エィハ: わたしたちは、この島が作った。わたしたちは、この島でないとできあがらなかったのよね?
FM(ジュナ): 「そうだねぃ。還り人ほどじゃないにせよ、この島以外じゃ滅多にできあがらないらしいよぅ」
エィハ: この島の魔力、この島の呪い、この島の血、この島の命……。だからこそ、わたしたちはこの島で戦うんじゃないかと思う。ねぇジュナ。わたし、以前はまどろんでさえいればいいと思ってた。
FM(ジュナ): 「まどろんで?」
エィハ: そう。あのハイガの街だったらそれでよかったのよ。何も急がず、何も欲しがらず、肩を叩く死だけを遠ざけて、眠るように……。でも今、戦っている方が、やっぱり生きているような気がする。
FM(ジュナ): 「ああ、それも本当だねぃ」
エィハ: だってわたしたち、本当に短い命なんだものね。人よりも強い力なんだものね。
FM(ジュナ): 「そうともさ……そうだから、どうやっても濃く生きていかざるをえないのがあたシたちだよ」
エィハ: うん……でも、何のために戦うのか分からないんじゃ空しいわ。わたし、信じるものができてよかった。
FM(ジュナ): 「あたシは、あんたと一緒に戦えて嬉しいよぅ。また、あんたのうたを聞かせて欲しい」
エィハ: わたしも。……でも、これからどうなるかは分からないわ。わたしには今は、わたしの望みがあるから。もしかしたら、いつかジュナを裏切るようなことがあるかもしれない……。
FM(ジュナ): 「その時はその時だよぅ。あんたに裏切られるんなら仕方がないし、そん時はあたシもダグナもあんたを嚙むさ」
エィハ: あぁ……そうだったらいい。そうだったらいいわ。ねぇ、ジュナ。それでも本当に、あなたが好きだったのよ……。
FM(ジュナ): 「あたシもだよ……」
声は、またまどろみに消えていく。
ふたりの少女は、混ざり込むように身体を重ねる。
守護する魔物たちさえも、船の揺れに任せて、いつしか眠りに落ちていったのであった。
――夜にこそ、さらなる悲劇は起こる。
FM: (BGMを切り替えつつ)ついに……婁さんの、例の判定ですね。
婁: (ルールを見ながら)この試算データってのは、だいたいこのぐらいの期間と被害をもとに、得られる成果が書いてあるわけですね?
FM: ええ。今回の婁さんの能力は規模が大きいですからね。いちいち判定していたら膨大な回数サイコロを振ることになるんで、だいたい平均的な出目ならこうなるという結果をルールに従って用意させていただきました。
婁: なるほど。しかし、これほどちょろいんだったら……(一同爆笑)。
忌ブキ: ちょろいんですか!?
婁: まず、シュカをこの十六時間コースで喰い尽くします。
エィハ: 十六時間コース!? 他にもコースがあるんですか!?
FM: その時間でシュカを落とすんだと、つくった還り人をそのままある程度戦線に参加させるコースですね。
忌ブキ: 還り人を、つくる!?
まさに、その通りだった。
闇夜に紛れ、凍えるシュカの生存者を無残に婁が殺戮していったのだ。それも七殺天凌ではなく、素手をもって心臓を貫き、あるいは頭部を砕き、はたまた喉元を潰し――淡々と積み重ねた死体たちが、線香が燃え尽きるほどの時間もたてず、のきなみ起き上がってきたのだ。
還り人。
ニル・カムイ独自の現象でありながら、今でも数百人にひとり起きるか起きないかのはずのそれが、婁震戒に殺された者に限り――いいや新たな還り人に殺された者たちまでも、次々と黄泉還って、婁の指示に従い始めたのである。
忌ブキ: そ、そんな力……。
スアロー: あああ、そういう能力とは思っていたけれど本当に……。
禍グラバ: 明らかにこの人にだけは持たせちゃいけなかった能力ですよ、これ!
FM: いやだって、虚淵さんの指定だったから……婁さんは生体魔素が異常に高いので選べる能力も多彩だったんですよ。
エィハ: (顔を覆って)フリーダムすぎてもう……。
FM: ちなみに、虚淵さんの手元のルールには、この能力を使った場合、どれぐらいの時間と損害で、どれぐらいの規模と武装の街を落とせるかという試算が書いてあるんです。
スアロー: な、なんだそりゃあ!
婁: 厳密には、こちらの投入兵力や行動方針、相手の武装度や人口密度を加味した上で、複数の損害判定や死者数を算出するきめこまかいルールですな。――(合掌して)いや、大変よい仕事をしていただきました。
(ちなみに、システム班のひとりが、いい笑顔でサムズアップしていました)
婁: (ルールを見ながら)シュカの場合、人口は残り四千人で、人口密度は密で武装度は並。この試算だと、還り人の軍隊をつくりながら市民を鏖殺すれば、おおよそ十六時間で落とせるということです。
FM: (スタッフから判定結果を受け取りながら)――なるほど。では十六時間でシュカの難民たちは皆殺しになり、戦力として1136人の還り人が得られます。
禍グラバ: ば、バイオハザード……。
忌ブキ: (呆然と)〈赤の竜〉の襲撃から生き残った人々が……。
婁: (ゆっくりうなずいて)ではその千人強を確保して、モノエを目指しましょう。
スアロー: 婁軍団、始動しちゃったー!
禍グラバ: ここだけ戦略級シミュレーションゲームになってる……。
「おお、おお! なんという死か、なんという愉悦か!」
婁の背で、七殺天凌が驚喜する。
幾多の戦場を渡ってきた彼女をしても、このような死の連鎖を見たことはあるまい。婁が殺すたびに死者は黄泉還り、その死者がさらに新たな還り人をつくる。殺した相手がそのまま還り人になる能力は、子世代までにしか引き継がれないらしいが、婁の戦闘能力を考えればそれでも十分過ぎた。
崩壊したかつての首都が、そのまま死都へと変わる。
ベルダイムからの救援を待っていた生存者たちが、婁に操られる死者の軍団へと変わっていく。
「ははは、ははは、ははははははははは――!」
自分にしか聞こえない妖女の哄笑に、婁は爽やかな微笑を浮かべた。
FM: 返り血に喜悦の念を逬らせながら、七殺天凌が言うよ。「楽しいのう、楽しいのう……ああ、そうじゃ。さきほどのあれはどうするつもりじゃ」
婁: ひとつここで、装いを変えて彼らを欺いてみようかと。
FM(七殺天凌): 「なるほどな。いずれ、お主の名はここで知れ渡ろう。それに合わせて、ふさわしい名にするがよいさ」
婁: (うやうやしく)そうさせていただきます。すべての生け贄は貴女様のために。――そして、旗印には貴女様のお名前を掲げさせていただきたいかと。
FM(七殺天凌): 「許す」
さきほどの、夜会の名残から拝借した仮面を、婁は取り出す。
たいした意味などない。
単なる余興だ。
死人の王として君臨するのだと、この仮面と新たな名で示すだけのこと。
「――では、これより我が名は天凌府君といたしましょう」
逃げまどう人々を殺戮しつつ、婁震戒は厳かに口にしたのであった。
一同: あああああー……っ!
『第五幕』
シュカを出て、シンバ砦までの道はあまりにたやすかった。
たやすすぎた、と言ってもいいかもしれない。
スアローが落とした〈楔〉の力もあったろう。シュカからシンバ砦までの道のりもドナティアの国家魔術圏に染められ、魔物たちが生息する領域ではなくなっていた。
砦に用意された――行きと同じ部屋のベッドに座り込み、スアローは小さくため息をついた。
FM: ここからシナリオ開始三日目になります。シンバ砦に辿り着いた黒竜騎士団はひとまず砦に滞在している創造魔術師の何人かをシュカに送るべく相談し合ってます。
婁: で、やってきたら誰もいないと(一同爆笑)。
禍グラバ: ひ、ひどすぎる! それって念話の護符とかで連絡は……。
FM: はい、それを今からやります。一息ついたばかりのスアローの部屋に、メリルが駆け込んでくる。「スアロー様!」
スアロー: うわー。な、何かなメリル?
FM(メリル): 「シュカから念話の護符での連絡です! しゅ、シュカの残った住民が全滅したと!」
強く、心臓が鳴った。
驚愕と同時に、どこか予感していたような手触りもあって、ひからびた精神にふたつのさざ波が立った。
スアロー: ……詳しく話を聞こう。
FM(メリル): 「詳しい話はまだ分からないのですが、砦に入った連絡によると、途方もない数の還り人が突然現れて人々を襲い、すべてを津波のように流し去ったと……それ以降通信が途絶えています」
スアロー: ……そうか、婁に殺されたのは全員還り人になるから、婁の刀傷や拳打の傷は残らないのか。
FM: うん。大量の還り人が襲ってくる、というのが念話の護符での最後の通信内容ですね。後、現場には還り人にならなかった――ないし反撃でやられた還り人の死体が三千人ほど残っていますが。
禍グラバ: これはさすがに、スアローも不思議に思いますよね? わざわざ〈黒の楔〉を打って還り人の発生率を下げたのに。
スアロー: そうなんだよ、還り人が出ないような状況にしたのに還り人が出たと。僕の知る限り、この島でこんな事態は起こったことがないはずだ。で、考えた末に……婁震戒か(一同爆笑)。
忌ブキ: 思い至るんですね(笑)。
スアロー: 事情も詳しいいきさつも、彼にそんな能力があるかどうかも分からないけど、可能性としては彼以外原因はあるまい、と。
これは、確信だ。
理由も根拠もなく、ただスアローは確信する。
妄想と言われるかもしれないし、ひょっとしたら盲信なのかもしれない。
それでも、ほかにいない。
いるはずがない。
単に起こった事象の規模や無残さではなく、死者を黄泉還らせ他人を襲わせたというその在り方が――なぜだか、自分の知る婁震戒という男に似通って思えたからだ。
FM(メリル): 「生存者からの要請もない以上、黒竜騎士団はひとまず斥候を出しつつ、本隊は予定通りベルダイムへ帰還して策を練るとのことでした。狗ラマ・カズサ様もその連絡を待つとのことです」
スアロー: なるほど……。まあ仮に婁さんが犯人だとしても、混成調査隊が瓦解した今、彼の行動に責任を持つこともないのだが……。
忌ブキ: ないのだが?
スアロー: いや、問題はその犯人の行動理念が、前と同じかどうかなんだよね。
禍グラバ: おふう……。
スアロー: ――メリル、僕は今まで自分の呪いに関してはわりと悲観していたが、同時に客観的でもあった。
FM(メリル): (ゆっくりとうなずく)「ええ」
スアロー: 自分ひとりの呪いだから、正直これを治したところで世界がどうなるものでもないと。なので、〈赤の竜〉を倒せば呪いを解くと言われていたが、それは状況次第だと思っていた。――でも。
でも、と、スアローは続けた。
鎧の下で黒く染まった手を持ち上げ、苦く笑った。
「でも今回シュカが襲われ、自分にはそれを打開するための手段がすべて揃っていたにもかかわらず、失敗した」
スアロー: 生まれて初めてあの呪いが何かの役に立つのではないかと……期待した瞬間に00だよ!(一同爆笑)。
忌ブキ: (口元をおさえて)す、スアローさん……!
スアロー: あ、いや、だってねえ。――さすがに僕もこれには堪えた。今ほど真剣に、この呪いをなんとかしようと思ったことはない。
禍グラバ: ……ほう。
スアロー: 本音を言うなら、今までは〈赤の竜〉討伐と、忌ブキ少年やこの島の行く末は等価値だった。しかし忌ブキ少年は革命軍に消え、僕もこういう状況になった。だから、初めて真剣に〈赤の竜〉を追いたいと思ってるんだ。
「……」
主の言葉に、しばらくメリルは黙っていた。
いつものようにスカートの前で手を組んで、吟味するように目を閉じてから、ふわりと顔をあげた。
FM(メリル): 「呪いをなんとかしよう、とスアロー様は思ってらっしゃるのですか?」
スアロー: そうだね、でも、呪いをなんとかしようというより、その正体――いや、理由を知りたい。そうしなければ僕は正気を保てない。……とまあ、そんなわけでひとりでも〈赤の竜〉を追うことになると思うんだが……ここで、消えたと思っていた人物が現れた。いやまあ、婁さんであるという証拠はどこにもないんだが(笑)。
FM: でも、スアローは信じてるわけですよね。
スアロー: うん。そういう厄ネタはあの男しかありえないと思っているんだけど、理由も根拠も分からない。……今後、僕がシメオン団長に後任とかをすべて任せて、単独で〈赤の竜〉を追う時に、あの婁震戒がどのような形で災いをもたらすのか分からない。
ひょっとしたら、それも初めてのことだったかもしれない。
何度となく婁はスアローに対して、敵愾心を剝き出しにしていた。それでいて一触即発の状況が動かなかったのは、スアローが無邪気なまでに危機感を抱いてなかったためだ。
だからこそ婁が苛立ったのも確かだが、一線を越えなかった理由に、青年特有の無関心があることは間違いあるまい。
スアローの側が婁に危機感を覚えるというのは、今までにないことだったのだ。
(……スアロー様が?)
だから、メリルもまた、今までにない不安にとらわれた。
この青年が、『味方には無条件の好意、敵には悪意』という単純な処世術を踏み外したからではなく、もっと根源的な――もっとどうしようもない部分で、何か重大な変化が起きたように、彼女には思えたのだ。
それはひょっとすると、彼を苦しめる呪いよりも重大な変化が。
スアロー: 極力、関わりたくはないのだけど……彼が立ちふさがるというのなら、なりふり構わず排除するしかないだろうね。
FM: ではメリルはそっと胸を押さえる。「私には頼られないのですか?」
スアロー: (即座に)いや、当然頼る。
婁: と、当然……(笑)。
スアロー: 婁震戒が相手なら全力でかからないとまともな殺し合いにさえならない。共闘であれ、やりあう為のお膳立てであれ、君の助力なしであの男と戦えるもんか。……おかしいな、弱音を吐くだけのターンだったのにちょっと言うべきことがずれた。
FM: 変な情報が入ったからね(笑)。
忌ブキ: 誰も予期せぬ事態でした……。
FM(メリル): 「分かりました、では私はすぐ近くに控えています。……あれは、まだ使わなくてもよろしいのですか?」戦わなくてもいいのかってことね。
スアロー: ……対〈赤の竜〉戦までは、君に戦闘面で負担を掛けることはないと思う。
FM(メリル): 「では、そのように」
スアロー: ただ、婁震戒がもし生きているのなら、その限りじゃない。あの男は見境がないし、一直線に暗殺対象を狙うように見えながら、確実に殺すためにまずアキレス腱を切ってくる。
エィハ: そうですね、そういう人ですね(笑)。
スアロー: そして、僕にとってのアキレス腱は君だ。君に倒れられると色々困る。
メリルの細い眉が寄った。
ひどく複雑な寄り方だった。
物理的にではなく、精神的な意味合いで。
長く仕えてきた自分でも、いまだに彼の言葉をどう取っていいか分からないのだと、そう言うように。
FM(メリル): 「そう言って、人を困らせるのばかりは一流ですね」
スアロー: まあ、そういう人生を送ってきたからね。この先は、極力離れないように注意して進んでいこう。
FM(メリル): 「ええ、もちろんそのつもりです。スアロー様がおびただしく起こす面倒を、片端からなんとかするのが私の仕事ですから」
スアロー: ははは。バキバキ(笑)。
忌ブキ: 何の擬音ですか。
スアロー: いや、こう、未来に壊れる物たちの。
禍グラバ: その言い訳だけは格好いいですねえ(笑)。
FM(メリル): 「では、失礼いたします。その時にはどうぞ、遠慮なきように」
スアロー: 一応、ありがとうと言っておこう。で、出て行ったらはあぁ、とため息を。
長く長く、ため息は部屋に溶けた。
この青年らしくはなく――同時に、彼らしくもあった。
忌ブキ: けっこうナイーブなんですね。
スアロー: だって、ある一族が百年もかけて作った麒麟船を台無しにしておいて、成果0ですよ!
禍グラバ: あれを見た後なので、メリルの私をお使いくださいという台詞が、スアローさんがメリルの足を摑んで振り回すのかと(一同爆笑)。
忌ブキ: でも、引き返しはしないんですよね?
スアロー: 〈赤の竜〉を追うからね。あ、後、黒竜騎士団には革命軍の動きを追うようにお願いしておくよ。
FM: 分かりました。もちろん調査はします。
FM: ――では、三日目の残りですが、皆さん移動で終わりですかね。
忌ブキ: はい。
エィハ: 問題ないです。
婁: こちらは全員でモノエに向けて移動します。
禍グラバ: うわああああ……。
FM: 了解です。(忌ブキたちのサイコロを移動させながら)忌ブキとエィハは明日にはセブリ島に到着しますね。婁さんの軍隊は街道を普通に進軍すると二マス、強行軍だと四マス移動できますがどうします?
エィハ: って、それ、魔象や騎馬と同じ速度じゃないですか!
FM: 還り人は基本的に疲労しませんからね。この場合の強行軍は物理的な限界に挑戦する速度なので、足とか欠損してぼろぼろ脱落者が出ます。具体的には一日強行軍をするたびに、二割の還り人が脱落しますよ。
スアロー: 屍が屍を踏んでやってくる!
忌ブキ: じ、地獄のような光景……。
禍グラバ: むしろ、ここが地獄ですよ!
婁: なるほど。では普通に移動しましょう。
スアロー: ……これ、本当は誰かがモノエに嵐が来るぞって言いに行かないといけないんだよね。
忌ブキ: ただ、言える人がいないんですよね……。
FM: 婁さんがモノエに向かってるなんて知ってる人いないですからね。忌ブキさんも革命軍ルートを選びましたし。では、次のシーンから四日目となります。
『第六幕』
――悲劇は、いつも群れで現れる。
FM: さて、ここから四日目に突入です。(地図を睨んで)ああ、やっぱり、この範囲に入っていたのはスアローだけだったか。
スアロー: へ?
FM: 連続になりますが、スアローにイベントが発生します。
ベルダイムに向けて、黒竜騎士団とともに移動している最中だった。
もとより魔物など寄せつけぬ備えだが、一ヶ月前の事件より魔術圏ごとドナティア化した街道は平穏そのものである。創造魔術師によって整備され、定期的に下級聖霊も監視する道のりは、山賊たちが跋扈する余地すらない。
魔術圏の遷移によって、ほぼ無限に魔術が使えるようになった道を踏みしめ、ならばシュカの復興自体は案外早く片づくかもしれないと――そんなことを思っていた、昼下がりであった。
FM: まるで、頭を金槌で殴られたような衝撃が――
スアロー: また譲治か!
FM: いえ、〈黒の竜〉ではありません。また今回はスアローだけでなく、全員の脳裏に衝撃が響きわたります。
スアロー: 全員!?
FM: 黒竜騎士団の全員が動揺し、付き添っていた創造魔術師たちは慌てふためいて何らかの道具を懐から取り出します。ああ、スアローは錬金術師のところで働いていた経験があるから分かりますね。魔素流計です。
忌ブキ: 魔素流計、って……。
「今の、衝撃は……」
さしものシメオンが呻く。
数瞬遅れて、魔素流計を見下ろしていた創造魔術師たちもまた悲鳴をあげたのだ。
「シメオン……様!」
たとえば、突然視力を奪われた人間なら、こんな声をあげるかもしれない。
あるいは、愛する家族を奪われた人間が。
「魔素流が……魔素流が検知できなくなりました!」
忌ブキ: な――!
禍グラバ: それって大事なんじゃ――
FM: ですね。すぐに創造魔術師たちが、念話の護符で通信を始めたりして数分後。「念話の護符にて、周辺都市からも同様の連絡が!」
スアロー: ん、ん、んんん?
FM(創造魔術師): 「ベルダイム、ロズワイセ要塞、および周辺の村の多くから突然魔素流に異変があり、ありとあらゆる魔素を検知できなくなったとのこと!」
スアロー: それは黒とか赤とかを問わず?
FM: 一切問わず、すべての魔素が消失してます。
婁: (興味深そうに)ほう?
FM: 具体的にはこの範囲(オガニ火山を中心とした一帯を示す)。
忌ブキ: (息をのむ)ど、どこかで見た範囲ですね……。
禍グラバ: これはまさか……副作用?
スアロー: (必死に顔をそむける)。
FM(創造魔術師): 「まるで、すべての魔素流が使い切られたみたいに……」
忌ブキ: やばい!
禍グラバ: やっぱり、六本はきつかったんじゃ……。
スアロー: いや、俺六本は使ってないんだよ!
忌ブキ: 島が死んでいく……。
不意に、スアローは思い出す。
――『私はまるで……自分自身が世界を喰らう竜にでもなった気がいたします』
――『だが、その呪いはいずれ世界を食い破るかもしれねえぞ?』
別々の場所で、別々の相手から聞いた言葉。
だけど、まるでこのときのために備えられていたような台詞。
スアロー: メリルと、白叡さんが言ってたあれか……。
FM(シメオン): 「一体何があった……」と流石にシメオンも呆然としている。
スアロー: こちらも、まったく分かりません……と。
エィハ: ちょっとスアローさん(笑)。
FM: そして、追加報告として、魔素が消えた範囲内では還り人がすべて沈静化したとのことです。
スアロー: あ、そうか、魔素がなくなったら魔素に依存してる存在は活動できないのか。……あれ、つながれものやまじりものは?
FM: つながれものやまじりものは自前の生体魔素で動いてるから大丈夫。ただ、還り人は違って衰弱してるとのことですね。
スアロー: 勝ち目が出てきたぞ!
忌ブキ: あの、魔法は使えるんですか?
FM: そこはルール的に説明しましょう。魔法は使えますが、すべての魔素流の親和性が0.1まで落ちています。
忌ブキ: (唾を吞み込んで)致命的だ……。魔法使う時の消費分も緩和されないし、生体魔素もほとんど回復しない……。
FM: そうなりますね。
禍グラバ: 回復しないのが特に致命的ですね……。
スアロー: やばいな……。シメオン団長に相談するわけにはいかないし、今から〈黒の竜〉に俺の話を聞けーっ! 話が違うぞーっ! ってテレパシーが繫がったりしないかな?
FM: 代わりにメリルが尋ねてくれるよ。「どうかなされましたか、スアロー様? お顔の色が優れないようですが……」
スアロー: ……メリルは、作用反作用という言葉を知っているかい?(一同爆笑)。
禍グラバ: それはちょっと違う(笑)。
FM: では、メリルは一瞬目を見開くけど、それ以上反応を出さないようにする。
スアロー: 流石、僕を知り尽くしているメイドだ。この人が何かをしたんだろうという確信はあるんだろうけどあえて突っ込まない。君はメイドの鑑だね、メリル(笑)。
FM(メリル): 「誰かのせいでこういうことになってしまいましたか。しかし……」それ以上の言葉は避けるね。
エィハ: 誰かのせいで(笑)。
FM: で、周りの創造魔術師たちは大騒ぎです。「これでは復興どころではありません!」と叫ぶ者もいれば、「シュカ付近に出した斥候は、向こうの魔素流は未だにドナティア魔術圏に偏っているということ」との報告もある。
スアロー: シュカの周りは無事なんだ?
忌ブキ: 人間がいなくなって、土地だけが生きてる。
禍グラバ: スアローが〈楔〉を落とした時間差だとすると、それも後一ヶ月以内の命でしょうね。
FM: で、これではシンバ砦やロズワイセ要塞は到底維持できないということで、主立った人間はベルダイムを経由してロンドダイムに避難するしかないだろうと、そんな感じの話まで出ていますね。
スアロー: (大きく息をついて)正直、僕の手の届く範疇を超えているのだが……〈黒の竜〉はこれを承知していたのか? ああ、なんにせよ僕のやることは変わらない。今後この〈楔〉を使う時にちょっと申し訳のない気持ちになる程度だね(一同爆笑)。
忌ブキ: ちょ、ちょっと!(笑)。
スアロー: まあ、滅びるものはいずれ滅びるので。
禍グラバ: これ、スアローにとってはすごいショックじゃないんですか? 永遠かと思っていた魔素流までなくなるっていうのは。
スアロー: いや、少し違う感じなんだよ。むしろ、こう――ここまで、いずれなくなるものだったんなら、仕方ないなと。
……そう。
青年は、絶望はしていなかった。
むしろ、彼の胸に訪れていたのは、ただひそやかな納得の念だった。
――まただ。
そう思いつつ、今のスアローは自分でも不思議なぐらいに静かだった。
自分の行動が、魔素の消失を後押ししたのかもしれない。
百年、千年をかけて消えるものを、一ヶ月まで凝縮したのかもしれない。
でも、それは所詮後押しだろう。
いずれ消えるものが、いくらか早くなったというだけだろう。自分の呪いがなくとも終わるものが、少し先に費えただけのこと。
守れなかったあの鳥と、さして変わらぬこと。
笑い飛ばすこともできない、こんな馬鹿馬鹿しい規模になって、やっと――
スアロー: ……ああうん、この方がいっそ、スアローにとっては最後の希望かもしれない。
一同: ……。
スアロー: あ、そうだ。あと気になるのは、祝ブキさんとあのハゲ……じゃなかったエヌマエルさんだけど。
FM: お、正しい判断ですね。祝ブキは馬車の中ですごく狼狽えてますよ。
スアロー: うん。麒麟船墜落の衝撃が抜けたわけじゃないけど、それとは別にこの島をよくしようと思っているまだ若い子――育っちゃう系がいるなら、そっちは肩入れするのがスアローだしね。
FM: なるほど。じゃあ、君が馬車の中の様子をうかがうと、祝ブキは顔をあげて「……スアロー・クラツヴァーリ様」と呟く。今まで、自分の肩を抱きしめていたみたいだね。その隣には従者である真シロ・サグラも控えている。
忌ブキ: ……あ、真シロも。
スアロー: 忌ブキの幼なじみさんか。――や、シュカの一件からしばらく日にちが経ってしまったが、挨拶が遅れて申し訳ない。
FM(祝ブキ): 「いえ……すいません。今、私、すごく怖くて……」
スアロー: ん、風邪かい?(一同爆笑)。
忌ブキ: まさかの(笑)。
禍グラバ: 数日前、皇統種特技の代償で内臓を損傷してたじゃないですか!
FM: もちろん治癒魔術を受けてるんだけど、今の魔素流の消失が大きいみたいだね。「急に、私を守っていた何もかもがなくなっていった、そんな気分がいたしまして……」と口にするよ。
禍グラバ: 大丈夫、君にはまだエヌマエルさんがいるじゃないか!(笑)。
FM: 実際、エヌマエルさんは、「大丈夫ですよ祝ブキ様、わたくしがついてございます! 魔素流のひとつやふたつ消えたところで!」と励ましてるんだけどね。
スアロー: もう好感度100は振り切ってますね(笑)。
忌ブキ: ハゲが……。
禍グラバ: もうただのハゲとは言わせない勢い。
スアロー: まあ、色々と大変な時に悪いけど、少し話を聞かせて貰えるかな?
FM(祝ブキ): 「は、はい、私でよければ……」
スアロー: 僕は、君のお兄さんと二ヶ月とちょっと程度の付き合いではあるが、旅を共にした。
その言葉を聞いて、祝ブキの瞳にかすかな力が戻った。
この少女にとって、それだけ兄のことは重大事だったのだろう。
FM(祝ブキ): 「話を聞きたいと、ずっと思っていたのですけども、ここまで機会もなくて……」と祝ブキは胸を押さえながら言うね。
スアロー: そうだね。彼の人となりの、側面ぐらいは分かったと思う。彼は真剣にこの島を憂えていたが、君はどうなのかな?
FM(祝ブキ): 「私は、この島がこの島でありつづけて、今後百年千年と生き続けるためには、ドナティア様と同盟を組むのがよいとそう思いました……」それを隣で聞いて、エマヌエルさんはニッコニコしてるね。真シロも小さくうなずいている。
スアロー: ふむ。その子が本気で考えているかどうかって分かる?
FM: それは〈交渉〉の判定になりますね。
スアロー: お、70%もある。一個ずつ振ろう……あ、やべ、十の位で0が出た(笑)。――大丈夫、今回は決定的成功だ!
FM: じゃあ、達成度は出さなくてもいいです。彼女は本気で言っていますが、なにせ年若いので周りの意見に左右されているのも本当であろう、ぐらいですね。
スアロー: なるほど。
FM: 後、おそらく彼女はずっとドナティアに育てられていたので、かの国に疑問を抱いたことは無かったんだろうという感じはあります。
忌ブキ: 洗脳洗脳。
禍グラバ: 嬉しそうですね、忌ブキさん(笑)。
スアロー: そうか、ドナティアの影響下で育ってきたのか。それはドナティアの価値観になってしまうな。まあ、僕もドナティア人だが、この島に来て多少の驚きはあった。
FM(祝ブキ): 「……はい」
スアロー: 国際色豊かというか、多数の民族の文化が入り交じっている。それゆえの軋轢もあったが、大変活気に満ちていた。
FM(祝ブキ): 「はい」
スアロー: ドナティアは、君も気づいていると思うが、安定の代わりに緩やかな衰退期に入っている。
FM: その話で、エヌマエルさんの額に青筋が(笑)。
スアロー: あ、そっか! ……すいません、エヌマエルさん、午後ティー買ってきて貰えますか?(笑)。
FM: パシリかよ! もちろん、祝ブキさんに変なことを吹き込まれると困るので、エヌマエルさんは基本的に動きませんよ。
スアロー: まあそうだよね(笑)。――ちょっと個人的に気になったんだ。君のお兄さんである忌ブキさんは、おそらくこの島を平等にするために戦おうとしてた。
FM(祝ブキ): 「そうですね。兄はそのようなことを話してました……」
スアロー: 君はどうなのかな? 君は豊かにしたいのかな?
FM(祝ブキ): 「私は、平和と繁栄が人の――いえ、民衆の望むものだと思っています」
スアロー: ははあ。ドナティア的な繁栄が、君の考えるニル・カムイの未来なんだね?
FM(祝ブキ): 「最大多数の幸せを考えれば、そこに落ち着きます」
スアロー: なるほど……。
禍グラバ: 偏向はあるにしても、これはこれで正しい判断ですな。
スアロー: 以前の彼はできるだけ犠牲を出したくないと言っていた。そういった意味で言うと、祝ブキさんと志は一緒だったのにね……。今は違うみたいだけど(笑)。
青年の言葉に、祝ブキは美しい眉をひそめた。
同じ皇統種でも、同じ顔立ちでも、そうするとまるで違う印象だった。少年と少女――性別だけのものではあるまい。きっと、それ以前の、育った年月や歩いてきた道のりによるものだ。
「どうして、分かり合えないんでしょう?」
嗚咽するように、少女は囁いた。
スアロー: 男の子だからねえ……(笑)。
エィハ: そこなんだ!
スアロー: いやいや、まあ祝ブキさんの考えは分かった。――ただ、もしもこの先、君の言うこの島の平和を脅かす者が現れたら、君はどうするんだい?
FM(祝ブキ): 「かなう限り、この力を振るって戦おうと思います」
スアロー: でも、例えば君が正しいと思っていたそのドナティアが……。
FM(エヌマエル): 「ん? ん〜?」
スアロー: くそ、厄介だな。――じゃあ、そのドナティアは〈赤の竜〉をこのまま放置していくと思うかい?
FM(祝ブキ): 「黒竜騎士団は、私を契り子として擁立するために〈赤の竜〉を成敗してくださると、そう仰いました。シメオン・ツァリコフ殿は未だにその誓いを違えてはおりませぬし、誓いが違えられぬうちは、私も道を共にします」
スアロー: そっか、それで僕の懸念は消えた。なるほど、僕らの目的は一緒なわけだ、よかった。
FM: エヌマエルさんがすごくいい笑顔に(笑)。
スアロー: それなら、僕も気兼ねなくドナティアと黒竜騎士団を使える。
FM: あ、そこでエヌマエルが口を出すよ。「予定では、もうひとりの黒竜騎士もベルダイムで合流する予定だそうです」
スアロー: あ、魔人に殺されちゃったウルリーカさんの代わりに来るのか。
禍グラバ: そういえば、ドナティアはニル・カムイの東の方に広い植民地を持ってますもんね。もうひとりぐらいはいるか。
スアロー: じゃあ、祝ブキさんの人柄は分かったので退出しましょう。――お体をお大事に。また時間があるときにゆっくり話をさせてください。
FM(祝ブキ): 「ええ、スアロー様もお兄様の話を聞かせてください」
スアロー: うーん、いいよ。隣にすごい可愛いヤンデレがいたんだ(笑)。
FM: あの頃はヤンデレじゃなかったのにね!
エィハ: てれてれ(笑)。
馬車から離れ、スアローは景色を見渡した。
魔素流の失われた土地。
一見には何も変わっていない景色がこれからどう移りゆくのか、と一瞬だけそんなことが頭をかすめたのであった。