最高の船級サービスを世界中に
世界最大の船級協会の舵取り担う

< 第396回 > 2012年12月21日掲載


一般財団法人 日本海事協会
会長 上田 德 氏


 ―― 海外出張が多いとお伺いしています。


上田 年間240日くらいは海外に出張しています。日本にいるうちの半分も国内出張ですね。


 ―― 年間300日近く出張されているのですね。ご自宅にいらっしゃる時間がほとんどないのでは。


上田 曜日の感覚はほとんどありません。逆に家にいると、土日でも会社に行きたくなります。ワーカホリックでは全くないのですが、役員になってからとても会社が好きになってしまって、朝6時に自宅を出て、6時半には出社しています。昔は決してこんなことはなかったのですが(笑)。出社しなくてもPCなどを活用すれば、連絡事項は確認できますが、休日出勤している職員に「ご苦労様」と声をかけつつ、職員の仕事ぶりをこっそりチェックするのが楽しみです(笑)。


 ―― 過密な出張を乗り切る健康法などはありますか。


上田 私の取り柄のひとつなのですが、飛行機に乗ると離陸前に眠ってしまいます。気がつくと、機体は既に上空を飛んでいることがほとんどなので、飛行機での移動は苦になりません。


 ―― とは言っても、年間の飛行時間はパイロットよりもおそらく長いですよね。


上田 パイロットは真剣に操縦していますが、私は寝ているだけですので(笑)。


 ―― 海外出張は時差もありますよね。ご訪問先はどこが多いですか。


上田 東南アジアを中心にインド、欧州、中東、米国など世界中を回っています。会長に就任してから、主要地域で出張していないのは豪州くらいです。3年前にガーナに当協会(NK)の事務所を開設したこともあり、アフリカにも去年、一昨年と2年続けて行きました。


 ―― 世界各地に事務所を展開されていますよね。


上田 そうですね。海事産業は元々ワールドワイドなビジネスですから、NKも50年前から細々とではありますが海外検査拠点を拡大してきた歴史があります。おかげさまで今年、ロンドンとニューヨーク事務所は50周年、上海事務所は20周年を迎えることができました。また、私が会長になってから海外検査拠点数を急拡大させており、会長に就任した2008年3月以降、25カ所に新規の海外事務所を開設しました。現在、海外の検査拠点は100カ所を超えています。


 ―― 100カ所ですか。拠点を回るだけでも大仕事ですね。上田会長は生え抜きの会長と伺っていますが、入会以来、協会の成長とともに歩まれてきたのですね。


上田 私が入会した43年前、NKの船級登録船はわずか2000万総トン程度でした。それが今では10倍に増えましたので、感無量です。


 ―― ところで、NKに入会されたきっかけは何だったのですか。


上田 大学、大学院で船舶工学を勉強していましたし、当時は造船真っ盛りという時代でしたので、造船所に就職するのが最も自然な流れでした。私も当初は造船所に就職しようかと考えていました。学校毎に採用枠のようなものがあったので、某造船所に決めて、就職担当の教授にお伺いにいきました。ところが、教授から「多士済々が集まるその某造船所でやっていく自信があるのか」と尋ねられ、「あります」と力強く答えることができず、方針を大きく転換してNKに決めました。


 ―― 他の造船所という選択肢はなかったのですか。


上田 当時の造船学科、船舶工学科では大学3 ・4年の夏休みには3週間程度の工場実習がありました。朝8時から出勤して体操するのも大変だろうなという「いかにも怠け者の学生的な」思いが頭の片隅をよぎりました。もちろんNKが朝遅くて楽だというわけではないですよ(笑)。


 ―― それでも船という大きな軸はブレなかったのですね。幼いころから船はお好きだったのですか。


上田 私は名古屋市の出身でして、小学校低学年の頃、兄弟で母親に連れられて名古屋造船(後のIHI名古屋工場)に進水式を見に行ったことがあるのですが、その時の感激は今でも憶えています。また、感動的な話には程遠いですが、当時は滑り台式の進水で滑らせるのにヘッド(牛脂)を使用しており、それが進水した船の周りにたくさん浮いていたことが印象的で、「あれをこの後どうするんだろう」とくだらないことも考えていました(笑)。当時はヘッドやラードはコロッケやお好み焼きに使用されており、子供にとっては高級食材でしたので、大変興味をそそられました。


 ―― 些細なことでも子供の頃はいろいろと気になってしまうものですよね。好奇心旺盛な少年時代を過ごされていたようですね。


上田 そうですね。名古屋市港区という田園風景の広がる田舎で育ったので、はじめは自然と動物に興味が湧きました。魚や蛙を捕まるなど、現代の都会の子供ではなかなか出来ないことをやっていた気がします。小学生の頃は、恐竜に興味を持ち、その後、魚を研究する人になりたいと思っていました。いわゆる自然科学系ですね。東大の水産研究所の末広博士の「魚の話」という本を何度も読み返し、ランチュウ(金魚)も飼いましたし、鳩も飼いました。中学生になると「子供の科学」という雑誌に惹かれ、化学実験やロケットに興味を持ちました。郵便小為替という送金方法を覚えて、東京の模型会社にモーターや潜水艦の模型などを注文したりもしました。これが工学系の道に進むきっかけになったのだと思います。とはいっても、鉛を溶かしたり、火薬を鉛筆の傘に詰めて火をつけてロケットを飛ばしたり、そんなことばかりしていましたが(笑)。


 ―― ロケットからどのようにして船の道へと変わられたのでしょうか。


上田 憧れが徐々に現実的になっていくにつれ、ロケット博士という夢は遠ざかっていきました。宇宙工学という選択肢に少し未練はありましたが、当時世界は米ソの宇宙競争の時代で、航空学科や宇宙学科などは倍率も高く、研究できる大学が限られていました。日本では宇宙工学系の大学を出てもまだ就職が難しかったことなど、将来性も考えて、結果的に船の道を選びました。ここまで無事に食べてこられたので、船の道を選んで良かったと思っています(笑)。


 ―― これまで長年にわたる仕事の中で、特にご苦労された話を教えて下さい。


上田 船級協会が提供しているサービスの1つにCAP (Condition Assessment Program:船体状態評価鑑定)というものがあります。主に就航後のタンカーの状態を通常の船級検査以上に詳細に評価するものですが、これに関する話です。


 ―― CAPは主にどのような時に必要になるのですか。


上田 まだ私が船体部長だった時のことですが、オイルメジャーがタンカーを用船する際の審査基準の1つとして、CAPを採用する動きがありました。当時、各船級協会のCAPは独自のもので、各々がばらばらの基準で評価していたことから、オイルメジャーから用船審査に用いるCAP基準を策定するための協議を行うという通知が各船級協会にありました。当然NKにもその通知が届きましたが、その重要度が分かっていない他の部所に話がいってしまい、対応がおざなりになっていました。


 ―― 社内での情報共有がうまくいっていなかったのですね。


上田 そうですね。時を同じくして、ある船主からCAPの申請がなされました。オイルメジャーにそのような動きがあることを知らない担当部署では、NK独自のCAPを入念に行い、報告書を作成しました。船主は用船審査のため、あるオイルメジャーにその報告書を提出したところ、「CAP基準の策定の協議結果に沿っていないNK独自のCAPは認められない」という受け取り拒否の返事がオイルメジャーから船主宛に届いたとのことでした。あわてて調べたところ、前述のような考えられない、拙い初動対応を取っていたことがわかりました。


 ―― 船主にとっても想定外のできごとだったでしょうね。


上田 もし、NKのCAPがオイルメジャーから認められない事態になりますと、NK船級船を所有している船主は他の船級協会でオイルメジャーに通用するCAPを受けなければならなくなります。CAPは主に船級の定期的検査時に行われますから、NKの船級検査とCAPのためにNK以外の船級の検査を二重に受検しなければならなくなります。そうしますと、コストも時間もかかってしまいますので、必然的にお客様の信頼を失い、その船舶はオイルメジャー公認のCAPを行う船級協会に船級登録の変更(転級)が行われることになってしまいます。


 ―― 実際に転級があったのですか


上田 そこで、私がチーム長となり船体部が中心となって巻き返しにかかりました。約1年間にわたって欧米のオイルメジャーに何度も足を運び、先方の意図を確認し、NKのCAPをそれに合致するように修正を重ねました。加えて、実際にそのCAPを適用したトライアルを行い、成果レポートに関する説明を繰り返した結果、ようやくNKのCAPがオイルメジャーに認められました。春未だ寒い3月にノルウェーのオスロにあるINTERTANKO(インタータンコ)の事務所にも訪問し、「NKのCAPもオイルメジャーに承認された」という記事を世界中に配信してくれとお願いもしました。幸いなことにCAPを原因とする転級はありませんでしたが、この1年間は船体部長として針の筵に座らせられるように緊張を強いられました。この経験は後に役員になった際、船級協会のマネージメントをしていく上でとても参考になりました。


 ―― その時のご苦労が協会の高い技術力・品質につながっているのかもしれませんね。話はがらっと変わりますが、ご趣味は何ですか。


上田 1980年にシアトル事務所を開設しまして、初代所長として駐在した5年間はサーモン釣りに没頭しました。当時、海外事務所ではゴルフが盛んでしたが、私は釣り派でしたから今でもゴルフはうまくなりません(笑)。しかし、日本に帰ってきてからは自宅から東京湾まで釣りに行くのに時間もお金もかかるのでやめました。今は、若い時に見逃した映画をDVDで鑑賞するのが趣味の1つになっています。マリリン・モンローやイングリッド・バーグマン、エリザベス・テイラーなどの世紀の美女が出演している映画ですね。それと、BBCやReader’s Digestが発行している世界旅行記なども鑑賞しています。映画のDVDは1本500円程度と安いですから、大人買いで一気に買い揃えられます。出張中にもホテルや飛行機の中でよく観ています。


 ―― 庶民的な一面をお持ちですね。


上田 確かに安上がりな趣味ですね(笑)。このほかには、宗教関連の歴史や南北朝時代を語った太平記などの戦記物が大好きです。特に古代仏教に興味があります。敬虔な仏教徒というほどではないのですが、お釈迦様に関する歴史が好きです。先日は、出張の業務の合間にインドネシアにある世界最大級の仏教寺院、ボロブドゥール遺跡を見てきました。スリランカを訪れた際にもお釈迦さまの歯を祀る仏歯寺に参拝しました。戦記物については、日清日露戦役、世界大戦、朝鮮動乱などのDVDにこの頃凝っています。


 ―― ご自宅にいらっしゃる時はどのように過ごされていますか。


上田 猫を1匹飼っていまして、これとよく遊んでいます。名前は「ビクトリア」といいまして、飼い始めて15年の付き合いになります。アメリカンショートヘアーの一種でマンチキンというのですが、とても美人ですし、美脚なんです(笑)。このマンチキンというのは「オズの魔法使い」にも登場する小人の名前で、「小さくていたずらもの」というだけあってかわいいのですが、気が強いんです。餌をねだられても知らんぷりをしていると、「この馬鹿親父」と言わんばかりに、私のアキレス腱に噛み付いて、知らん顔をして去ってゆきます。


 ―― かなり愛情を注がれているのでしょうね。


上田 家にいる時はつい甘やかしてしまいます。ビクトリアも私があまり家にいないのを知っているので、この親父は甘いと思っているのでしょうね。椅子に座ると、私の膝の上に跳び乗ってきます。また、お腹が空くと片手を私の膝に掛け、もう片方の手のひらを広げて、「頂戴、頂戴」とキャットフードが欲しいという意思表示をします。家で私の言うこと聞いてくれるのは猫くらいです(笑)。


 ―― 最後に将来の夢を教えてください。


上田 仏教の四大聖地に行きたいですね。四大聖地というのは、お釈迦様がお生まれになった場所(ルンビニー)、悟りを開かれた場所(ブッダガヤー)、初めて説法をされた場所(サールナート)、入滅された場所(クシナガラ)の4カ所で、ガンジス川に沿って北インドからネパール方面にあります。ただ、残念なことにツアーですと最低でも2週間ほどかかります。2週間休暇で空けてしまうと、イスがなくなっていると思いますので…(笑)。


 ―― 確かに会長の立場で2週間休まれるのは勇気のいることでしょうね。会長としての夢は何ですか。


上田 世界にはメジャーな船級が13協会ありますが、おかげさまでNKの登録船は、この10年間、トップの座を維持しておりまして、世界で初めて2億総トンを超えました。シェアにすると、20~21%になります。また、登録船隻数は8,000隻を超えています。ただ、英国船級のロイド、米国船級のABS、ノルウェー船級のDNVなどが2~3%の僅差で追随しています。NKの技術力や品質、サービスを世界に認知していただいて、シェアの拡大という目標に向かって邁進したいと思っています。当面の夢は、NK船級の登録シェアを25%まで拡大し、登録総トン数を2億5,000万トン(1/4 billion GT)、登録船隻数を10,000隻まで伸ばしたいと考えています。


 ―― 四大聖地巡礼はしばらくお預けですね。私どもも海運に携わるものとして、是非達成していただきたいです。


上田 日本には世界に誇る海事行政機関、造船業界、海運業界、舶用品製造業界などが一体となった海事クラスターがあります。NKも日本の海事クラスターを支える一員として恥ずかしくないように最高品質の船級サービスを提供したいと思います。


【プロフィール】

(うえだ・のぼる)1969(昭和44)年東京大学工学系大学院(船舶工学専門課程修士課程)修了、日本海事協会入会。1980年シアトル駐在員事務所長、1987年船体部主管、1997年船体部長を経て、2002年2月常務理事。2006年3月から副会長を務め、2008年3月から現職。1944(昭和19)年1月生まれ。愛知県出身。

日本海事協会HP: http://www.classnk.or.jp


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