大丈夫か? 石原前知事と徳田虎雄氏の“親密すぎる関係”
2013年11月25日 掲載
選挙前の「あいさつ」も引き継ぎ事項か
2人はみんな認める古くからの「盟友」/(C)日刊ゲンダイ
石原と徳洲会の徳田虎雄前理事長は、自他ともに認める「盟友」。99年3月、石原が都知事選に出馬表明する前夜に都内のホテルで会っていた相手も虎雄だ。
“密談”をスクープした「FRIDAY」の取材に、虎雄は「出馬会見の前に話がしたいというから、急きょ、奄美大島から飛んできた」と話していた。
虎雄は石原新党構想を盛んに訴えていたこともある。次男の毅衆院議員が03年に盛大な結婚式を挙げた時も石原は主賓として招かれた。
「石原都政1期目の99年に、都内で初の徳洲会グループの病院を武蔵村山市に招致することが決まりました。しかし、02年に誘致反対の市長が当選して、計画は頓挫。徳洲会が建設予定地を昭島市に変更して申請すると、都は地元医師会の反対を押し切って、早々に開設を許可しました」(都議会関係者)
その石原から、猪瀬は後援会組織や献金団体、人脈など、丸ごと引き継いでいた。都選管の資料によると、12年に猪瀬の資金管理団体に寄付した16団体のうち、都医師政治連盟など10団体が、その前年に石原の資金管理団体に献金していた。10団体の寄付総額は1723万円で、全体の95%に当たる。