真名開放
戦士ギルド、大空の翼。
その地下に有る大浴場から出たカーラは、何度目かも分からない鏡でのチェックをして、廊下に出た。
お気に入りの香水を軽く振った彼女の体からは、石鹸の匂いと合わさって、少しだけ甘い香りがしている。
その匂いを振りまきながら、彼女はあまり持っていない私服の中から、薄手のシャツとハーフパンツという露出の高いものをチョイスし、
そのせいで、彼女の平均よりも大きな胸は、わがままに主張していた。
セミロングに切り揃えた茶色の髪はしっとりと濡れ、風呂上がりのせいか、頬は軽く朱に染まっている。
いや、頬の色だけは、風呂上がりのせいだけではないだろう。
何故なら、ギルドでは受付の最大責任者の彼女とて、まだ若く、恋するひとりの少女。
そしてその少女の恋がついに叶い、これより一人の男を手に入れに行くからだ。
その少年の名は、シン。
半年ほど前、ギルドに来た時から、ずっと気になっていた少年だ。
カーラが、その少年を初めて見た時の印象は、とにかく最悪だった。
すべてを諦めたような、どんよりとした目。人を見ているようで、見ていないその目は、とても怖かったのを、
そしてその日、そんな態度に苛立ちを覚えた男たちが、その少年に喧嘩を売った時、カーラは驚愕したのを、今でも覚えている。
その勝負は、あまりに一瞬だったから。
瞬きをしようとした時には、一人、また一人と、少年の拳が突き刺さり、倒れていったのを覚えている。
魔法は使わない。剣すら、その少年は使わなかった。
そして全てを倒した少年は、その時言った言葉……それが、今でも耳に残る。
『つまらねえな。その程度か?カスども』
その時、カーラはついに飛び出した。
そして、言った。
『私の家族を、カスなんて言わせません!本当にカスかどうか、このギルドで働きながら、確かめてみなさい!』
それから2ヶ月ほど、彼はつまらなそうに一人でクエストに行っては、全てクリアしてきた。
それにはもちろん、嫉妬や羨望、様々な瞳が、少年に向けられた。
普通なら、そんな少年には嫌がらせや、根も葉もない噂くらい経つだろう。
だが、ギルドの男たちや、街の人間たちは違った。
彼らは、一人、また一人と、少年に興味を持ち、話しかけていった。
最初はそれを嫌そうに受け止めていた少年だったが、徐々に打ち解け合い、
カーラが止めとばかりに紹介したある武具店で、彼は父親を手に入れ、ついに泣いたらしい。
詳しいことは教えてもらえなかったが、その時カーラも、大泣きしたのを覚えている。
それから数日後、カーラは少年に聞いてみた。
『どうですか?ここの仲間は、あなたが思うような、カスばかりですか?』
それに少年は、言いにくそうに頬を掻くと、
『いや。カスなんていなかった。最高の……バカならいっぱいいたけどな』
その時、少年が初めて見せた笑顔に……
――カーラは、恋をしていた。
その時のことを思い出しながら、カーラは廊下を歩く。
彼は、どんな気持ちで今、部屋にいるんだろうかと。
やっぱり、嫌がられてるのかな?それとも、喜んでくれてるのかな?と
少しだけ、急ぎすぎたかもしれない。そう思う。
でも、2日ほど前に出てきた女の子。あの存在に、カーラは焦りも感じていた。
光を集めたような、金色の髪を持ち、全ての人間を虜にするような、あのエメラルドグリーンの瞳を持つ少女。
あの少女は、カーラや街の人間が、数ヶ月もの時間を使って打ち解けた少年と、たった数時間で仲良くなってしまった。
それどころか、少年がその少女を見る時の目は、まるで好きな女の子を見ているような、そんな優しい瞳なのだ。
それにカーラは焦った。
このままでは、取られてしまうと、
少年が、どこか遠い存在になってしまうと。
そして、押し倒した彼の上で、もう一つ確認した。
彼は、冒険者なのだと。
戦って戦って、いつ死ぬかわからない人間なのだと。
夕方に、オークに襲われて、死ぬかもしれない。それを聞いた時のあの思い。
彼なら、生きてるはず……そう思いながら泣いているのは、辛かった。
生きて帰ってきた時、ふざけていた彼を見て、安堵した。
そして少年は、これからも戦い続けると、キッパリと言った。
つまり、いつ死ぬかわからない。
だから、確かなものが欲しくなった。
少年と自分を繋ぐ、確かなものが、欲しくなった。
だから…………
(私は今日、彼の初めての相手に……恋人に……妻になる……)
そんなことを思いながら、カーラは頬を真っ赤に染め、ドアの前に立って深呼吸すると……開けた。
「お、おまたせしました!」
目をギュッと閉じながら、カーラはそう言い、ゆっくりと目を開けて、絶句した。
そこには、誰もいなかった。
◇
月明かりだけの森の中。
その中で、俺は信じられない事を知り、驚愕していた。
目の前に立つ、ひとりの少女。
その……正体に。
「シン~!急いでよ~!あれが来ちゃう!」
ピキッと固まってしまっていた俺に、ティアが涙目で訴える。
それを聞いて、はっと気づいた俺が、現在戦闘中の魔物……ミノタウロスの方を見ると、
「お、女の匂い……こ、小僧と一緒にいるのか。ふは、もしかして、それが、カーラとかいう女か!?」
ミノタウロスは、鼻息荒くこちらに迫ってきていた。
まだ少し距離があるが、ズシンズシンと確かに迫ってきている。これ以上放っておくわけにもいかないだろう。
まだ信じられないが……やるしかないな。
「わかった。ティア。やり方を教えてくれ」
俺はティアの両肩に手を置き、腰を軽く曲げて、彼女の目を覗き込む。
するとティアは「わかった」とコクンと頷いた。
「ええとね……まず、私がさっき流し込んだ言葉を、シンが唱えて?」
「ま、マジで?すげえ恥ずかしいんだけど?」
「なんで?」
ティアは可愛くこてんと首を傾げる。
それに俺は、答えてやった。
「いや。だって俺、魔法唱えたことなかったから、こういう痛々しいの苦手で……」
ポリポリと頬を掻きながら、俺は答える。
そう、だって俺、今まで魔法唱えたことなかったから、あの痛々しいセリフ聞くだけで鳥肌立つんだもん。
ちょっと前に、上級魔法唱えてる奴に『うわ~。痛い痛い!恥ずかしくないのかねえ……プペペ!』って言って封殺したことあるし。
まあ、それくらい魔法とか唱えるの苦手なわけですよ。免疫がないから。
あ~思い出したら可哀想になってきた。あいつ、トラウマになってなきゃいいけど。
それに苦笑いしていると、ティアはニコッと笑って。
「じゃあ。これから慣れればいいよ!ね?だから急ご?」
一瞬だけ、ミノタウロスを見て涙目になりながら、俺に言ってきた。なので俺も、ミノタウロスをちらりと見やると、
「そうだな。……いくぞ?」
ティアに確認を取る。すると彼女は、
「うん!」
と、満面の笑顔で頷いた。なので俺は、彼女の肩から手を離し、手を握ると、すうと息を大きく吸って、唱え始めた。
「汝、我が半身にして、全ての魔を断ち、滅する者」
ここまで唱えて、俺は……
――やべええ!恥ずかしいい!
と、軽く死にそうになった。
やっぱあれ、俺魔力なくてよかったわ。こんなのばっか唱えてる学校に通ってたら、俺、絶対ショック死する。
でも、ティアが俺をじっと見ているため、止めるにやめれない。なので俺は、頑張って続けることにします。
うわ~。これは、途中で馬鹿にされたらトラウマになる。魔法使い諸君。馬鹿にしてすまん。
「い、今こそ、我の手に、その真の姿を現せ」
そこまで言って、ティアを見る。すると彼女は、柔らかな金の光に包まれていた。
どうやら、合っていたようだ。あ~。言い切った!言い切ったぞこの野郎!
悶えながら、ティアに笑いかける。そして、
「こ、ここからどうすればいいんだ?」
ヘタレな男が女に言いそうなセリフを、言ってみた。
まあ、聞いてるだけだけどね?
するとティアは自分の人差し指を自分の唇につけ、
「ここに」
と言ったあと、俺の唇に人差し指を付けてきて、
「シンのここを付けるの」
そんなことを平然と言いやがった。
え?……つまり?
――キスですか?
思った瞬間。頭が真っ白になった。
え?俺のファーストキス。ここでですか?雰囲気もヘッタクレもないんですけど?
そんなことを思いながら、あたふたする。
「じゃあ……ん♪」
そんな俺をよそに、ティアは目を閉じ、唇を上向きに向けてくる。
その顔はとても可愛くて、やはり恥ずかしいのか、ほんのりと赤い頬は、俺の色々な物を吹き飛ばしていって……
――俺は気づけば、彼女と唇を重ねていた。
しっとりと柔らかい彼女の唇と、自分の唇を重ねただけの、不器用なキス。
それが、俺のファーストキスになった。
それを数秒続け、顔を離す。そして、ゆっくりと目を開けて来たティアに、俺は呟いた。
「その真名は、アストラエア」
――瞬間。
ティアの体を、眩い光が包んだ。
サブタイトル。不憫なカーラさん。
おいシン。キスはやりすぎだあ・・・
ちょっと裏路地まで来てもらおうか?
カーラさんの画像をパソコンに入れながらの作者
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