現実逃避
何故かカーラさんにぶっ叩かれた俺は、目をぱちくりしていると、
「はい!新聞……ですっ!」
――パシン!
「ぁだっ!」
何故か怒った様子のカーラさんから、昨日の新聞を投げつけられ、それを顔で受けた。
何で怒ってるのか全く訳がわからないので、俺は首を傾げつつ、とりあえずはその新聞に目線を落とした。
『創造神シャラルよりの神託。念願の勇者降臨……その名は、ルーク・ド・グラムランド!』
デカデカと書かれた見出し。それを見て、俺はこう思ったね。
――――は?
だってさ。ありえないじゃん?
今まで『異常者』だの『出来損ない』だの言われてきた俺が、いきなり勇者ですぜ?
うん。ちょっと待って欲しい。うん。確かにかつて世界を救った『剣の勇者』は、俺に似すぎていると思ったよ?
魔法は使えない。それどころか、魔力がない。でも、剣は強い。そして、彼が仲間に言っていた言葉。
『僕。集中すると、この世界が遅く感じるんだ。まるで僕だけが加速してるみたいに、全てがゆっくりと見えるんだよ』
俺が自分が異常な人間だと感じる原因となっていた、『まるで世界が遅くなったように感じる程の思考の加速』
でも、あれはただ、思考が加速しているだけなのか?
ただの思考加速なら、俺の体だって、ゆっくりと動くはず。だが、俺はあの遅い世界でも、普通に動けてないか?
そんな事を、俺はあの本を読んでから、ずっと考えていた。
だが、これだけで俺が勇者と判断するのは、まだ早い。
何故なら、彼が使ったという金色の剣。聖剣……だっけか?あの伝説の剣を俺は持っていない。
腰に下げてる剣は、物凄く切れ味がいい名剣とはいえ、クソ野郎のところからパクってきたものだし、いくら剣マニアのクソ野郎とはいえ、そんなもの持ってるとは考えられない。第一金色じゃないし。
つまり、俺は剣の勇者に該当しないのだ。ならば、こう考えてみよう。
――クソ野郎が新しく生んだ子供に、もう一度あの名をつけたんじゃないのか……?と。
うん。これなら辻褄が合う。だって俺が生まれて17年も経ってるんだぜ?今頃勇者でしたー!テヘペロ☆なんて神託が降りる訳がない。
そうだよ。新しく勇者が生まれてるんだよ!あのヤリ○ンは、また子供を作ってたんだよ!
俺、本邸に6年もいなかったんだし、弟がいてもおかしくないさ。だって生まれても、俺にあいつが見せるわけがないからな!
そうなると、勇者が育つ前に死ぬかもな!まあ、関係ないけど。俺もうあの家の人間じゃないし、そんな顔も見たことない弟のことなんか知らねえし。
仮に俺だったとしても、戦うつもりないし?なんで俺が貴族の道具にされなきゃならんのだ。馬鹿か。
金使って騎士育ててんだから自分らでやれっつーの。まあ、あのレオン様(笑)が優等生な学校だし、たかが知れてるけど。
まあ、本当に優等生かは知らねえけどな。だって虐められてるし。あいつが偉そうに俺に言ってきてただけだし、実際弱いしな。
そうだそうだ。俺には関係ない!俺は自由に生きるんだ!魔物が俺の自由に邪魔だと思った時だけ、戦えばいい。
まあ、絶対俺じゃないしな!ハッハッハ!頑張れ勇者!応援してるぞ!
しかしあれだな。偉大な先人たちは、いい言葉を残したものだ。マジ尊敬するぜ。ん?それは何だって?それはな……
――現実逃避……て、言うんだぜ?
そこまで考えて、俺は頭を抱え、ちょっと考えたあと、顔を上げて――――
「よし。カーラさん。俺ちょっと風呂行ってくる」
とりあえず頭をリセットし、見なかったことにする事にした。
◇
真っ暗な夜道。その中を歩く、2人の夫婦がいる。
その片方である女性は、ボロボロになったドレスを着、削れてしまったヒールの靴からは、血が滲んでいる。
そしてその女性は――
「うぐっ……ええん!おにいじゃあああん!!」
顔をぐちゃぐちゃに濡らし、ボロボロと泣き叫んでいた。
その女の手を、夫である男が優しく引き、なんとか歩いている。
普段は凛として、誰にも隙を見せない妻の、見たことのない姿。それに驚きながらも、男は優しく声をかける。
「……もうすぐ街だ。ほら、クレア。頑張ろう?」
が、女は泣き叫ぶ。彼女の頭の中にあるのは、目の前の……優しい夫の姿ではなかった。
ずっと想い続け、慕っていた兄。その兄から向けられた本気の殺意が、頭から離れない。
辛くて辛くて、涙が溢れている。それが分かっているからか、男は優しく声をかけ続け、ゆっくりと歩いていた。
そんな風に歩き続け、やっと街の門が見えてきた時、ついに女が蹲り、
「おに……おにいじゃ……おにいじゃん!ふえええええ!」
大声を上げて泣き始め、動けなくなってしまった。
そんな女に、男はゆっくりと抱きつき、頭を撫でながら、優しく言う。
「……ほら、もう泣かないで?あんな最低な男。もう忘れよう?ね?」
それに、クレアと呼ばれた女は、「うっ……うっ……」と嗚咽を漏らしつつ、
「おにいじゃんは最低なんかじゃ……ないもん!そんなこと言うなあ!」
ぽかぽかと男の胸を叩き始めた。それを見て、男はとても悲しくなり、ギリッと歯を鳴らす。
「……君のお兄さんに何があったのかは知らない。君の言う通り、確かに強かった……。それに通りかかっただけとはいえ、僕たちを助けてくれた。……それは認める!でも……実の妹にっ!僕の愛するクレアに……あれはない……!」
本当に腹が立っているとでも言うように、男は叫ぶ。すると女は男の胸を叩く手を止めて、
「じ、じがだがないよ……だっでおにいじゃんは……うえ……ええええええん!」
大声で泣き始めた。その彼女の頭を、男は撫で続ける。
撫でながら、男は彼女の泣き顔はあまり見たくない。どうすれば泣き止んでくれるだろう?そう考えた。
大丈夫だよ?僕がいるから。と言って撫でてやればいいのだろうか?いや。それはもうやっている。
なら、今まで自分が言ってきた。女の子を一発で黙らせる口説き文句を考えればいいのだろうか?
いや、それもクレアには通用しない。まあ、そういうところが好きになったんだけど……と。
そして思いついた。……キスだ!と。
こういう時は、キスをすればいいと、父上に教わった!と。
実際、普通の女の子なら、自分がキスをしたら泣き止んでたし、いけるんじゃないかな?と。
まあ、僕がしたいだけなんだけど~とまで考えて、男は決意を固め……。
男は早速、妻の顎を持ち、クイッと持ち上げて、その泣き晴れた目を覗き込み、可愛いなと思ったあと、無言で口を近づけて――
「へい!そこの2人!だいじょ――――ん?お取り込み中だったか?」
そんな男の声を聞いて、ピタッと固まった。
ギギギとそちらを見やれば、そこには大きな槍を持った大男。西門の門番が、ニヤニヤとしながら2人を見ていた。
すると、その門番はいきなりハッという顔になると、
「す、すまねえ。邪魔したな。ほ、ほら。俺のことは気にせず続けてくれ」
と、ニヤニヤを抑えぬままいったので、
「分かりました」
と答えて男が妻の顔に視線を戻すと……
「……ねえ、レンって馬鹿なの?死ぬの?」
そこには顔こそぐちゃぐちゃなものの、既に泣き止んでいた妻の顔があった。
レンと呼ばれた男はそれに固まる。そうしていると、女は門番の方に視線を動かし、
「貴方も、何を見ているの?」
と冷めた声で言った。それに門番はにやりと笑い。
「お構いなく」
「構うわよ!」
女は叫んで、立ち上がり、ボロボロのドレスをパンパンと叩いた。
それを見ながら門番は、ゲラゲラと笑う。
「はっはっは!いや~。すみません貴族様。おらあ西の門の門番をやってる者です。いつものように門のところで立っていたら、泣き声が聞こえたもんで、来てみたら……いや~すいません」
ペコペコと頭を下げる門番。それに女は静かに言った。
「いえ。助かったわ。もう少しでこの男に、私は口では言えないことをされてたでしょうから」
それに女は凛として答える。その姿は、先程まで泣いていたのが、嘘のような立ち振る舞いだった。
「そ、そこまでする気はないよ!ちょ、ちょっとその……」
「あら?私の唇を奪おうとしておいて、何を言ってるのかしら?」
男は慌てて否定するが、女にキッ!と睨まれて黙り込んでしまう。
それに門番の男は吹き出しそうになるが、なんとか堪えて、
「いや~さすが貴族のお嬢様。立ち振る舞いが美しゅうございます。しかし、お召し物が汚れていますが、どうしたんですかね?」
本当は泣いてる姿は可愛かったぜ!だの。無理しちゃって~プププ!と言いたい門番だったが、言いなれない敬語でそう聞く。
すると女は門番に視線を向け、
「ちょっとそこで、オークに襲われてたのよ。本当は護衛の騎士6人と、馬車があったんだけど、壊されちゃったの。で、なんとか逃げ延びてきた訳」
女がそう言うと、男は「はあ……」と声を漏らし、
「そういや、さっき、シンのやつもそう言ってたな……わかりやした。本日ご帰還される貴族の方といえば、イアモンド公爵家のお2人ですね?騎士の数も報告が通りですので、お通しします。ささっ、こちらに名を書いてください」
男はそう言って、女に入門許可書を差し出した。すると女はピクッと肩を動かしたあとそれを一瞥し、手に取ると、サラサラと名前を書きながら、
「ねえ?そのシンって人。もしかして黒いコートを着て、腰に剣を差してる人?」
門番にそう言い、名を書いた許可書を手渡した。すると男は「へえ……」と呟き、
「個人じょう――――」
「いいから答えなさい。あまり、私を怒らせないで。今日は気が立ってるの」
門番の言葉を、女は遮り、堂々と言った。それに門番は顔を青くする。当然だ。相手は公爵家の人間。ここで下手すれば、門番の首が、飛ぶこともある。
なので、門番は震える唇を動かすと、
「は、はい。そうですけど……」
と答える。それを聞いた女は門番に詰め寄った。
「ね?その人。もしかして金色の髪の可愛い女の子を連れてない?」
女の真剣な顔見ながら、門番はあの野郎何しやがったんだ!後でとっちめてやる!と思いつつ、
「は、はい。よくご存知で」
静かに答えた。すると女は笑い、
「やっぱりね。ねえ?その人と貴方。仲いいんでしょう?彼、普段何してるの?」
さらに質問する。門番は、あ、あいつ死んだわと思いながら、
「そ、そんなの知ってどうするんですかねえ?」
とりあえず友達だし、守ってやるかと思い、そう答えた。
それを聞いて、女も疑われてると気づく。普段貴族の人達と上っ面だけの会話をしている彼女は、こう言う事に鋭かった。
なので女は、作り笑いを浮かべると、
「いえ。何もしないわ。唯、先ほど彼に助けられたの。それで、お礼をしたいから会いたいな~って思ってね」
その言葉に、門番はホッと息を着くと同時に、あいつやるじゃねえかと感心した。なので門番はニヤッと笑うと、
「あいつはギルド、大空の翼のメンバーですよ。一年くらい前にこの街に来て、半年くらい前にギルドに入った流れ者なんですが、腕が立ちます。何かあれば、依頼してみてください」
それを聞いた女は少しだけ黙り、小さく何かをブツブツと呟くと、
「ギルド……大空の翼……ね?わかったわ。ありがとう」
そう言ってニコッと笑った。それに門番は顔を赤くし、ポリポリと頬を掻いていると、女は今まで静かにしていた男の手を取り、歩き出した。
そして、門番が見えなくなるまで離れると、
「レン!私明日、お兄ちゃんを訪ねてみる!居場所がわかったの!やっぱりお兄ちゃんは、人の為に働く仕事をしていたわ!あの人はやっぱり、何も変わってない!」
満面の笑顔を浮かべた。
それに男は、「はあ~」とため息をついたあと、
「そうだね。一度、話をつけておこうか?僕も行くよ?」
どこかモヤモヤとした気持ちを抱えながらも、大好きな妻の笑顔に、見惚れ、そう言う事しかできなかった。
「あ。付いてこないでいいから。ていうか絶対来ないでね?貴方が来たら、お兄ちゃんに逃げられちゃうじゃない」
「えっ!?」
さて、波乱の予感。
どうする?シン!ていうか現実見ろバーロー!
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