安らぎの場所
<風の丘>
その緩やかな坂道を、俺とティアはゆっくりと登っていく。
踏みしめる柔らかな草は、サワサワと柔らかな風を受けて、気持ちのいい音を立てる。
やっぱりここは、いつ来ても心地がいい。隣を見ると、ティアもにこにこといい笑顔を浮かべていた。
うむ。この笑顔が見れるなら、毎日散歩に連れて行ってもいい気がするから不思議だな。
さて、そんなことを思っていると、いつの間にか頂辺まで着ていた様だ。
この丘の頂上は、色とりどりの花や草、そして中央にある一本だけある大きな木が特徴で、隠れデートスポットとして有名だったりする。
上から見る景色も絶景だしな。街の門とか、<恩恵の森>とかが一望できるし、夕方になると、夕日がいい感じの風景を作ってくれる。
夜は星がよく見えるし、いい事ばかりだ。危険な野生動物もいないし、まさに最高の場所だろ?
特にここでデートすると、男女がくっつきやすいという噂もあるらしいしな。
よし。ここまで聞いて、今狙って連れてきたろ?とか思ったやつ挙手。ちょっとお話しようか?
え?実際狙ったろって?ね、狙ってないよ?うん。
「わあ~綺麗!」
辺り一面に広がる草花を見ながら、ティアが目を輝かせる。うむ。本当にこの子はいちいち反応が可愛い。
そんな彼女を見て、俺は少しだけ頬を緩ませた。
「さて、さっさとゆっくりしたいけど、おばちゃんにパンもらったから、腹は膨れてるし……まずは仕事終わらせようか?」
「うん♪」
俺がそう言うと、ティアは頷く。素直でいいな。ちょっと頭を撫でてやろう。
「へへへ~♪」
頭を撫でると、目を細める彼女にほんわかした後、俺は「さて」と手を離し。しゃがみこんだ。
それに「どうしたの?」と聞いてくるティアに軽く笑い、俺は近くにある葉っぱを一枚ちぎってみせた。
「ほら。このフワフワした手触りの葉っぱをたくさん抜くんだ。今日の仕事はそれだけ。終わったらゆっくりしような?」
「わかった」
素直にこくんと頷いた彼女は、バスケットを置いてしゃがみ込み、直ぐに近くの草に手を伸ばした。
あ、あれ?なんか凄いプチプチと手早く抜いていくんだけど?手際がいいな。
俺なんかただの草とエアーリーフの見分けをつけるのにも一苦労だってのに……全く。女の子っていうのはこういう時、とても器用なんだな。
さて、俺も負けてられん。俺はティアの手際にちょっと戦慄を覚え、本職冒険者としての意地を見せようと、大人気なく勝負を挑んだ。
見てろ?手本ってやつを見せてやる!
◇
……結果から言おう。惨敗だ。何この子?めちゃくちゃ早いんですけど?
俺は大きな木の下に座り、草を入れるために持ってきたポーチが満杯になっているのを見て、プライドをズタズタにされた為、膝を抱えてしくしくと泣いていた。
だってさ。このポーチいっぱいになるのに、10分ですよ?俺がソロの時とか一時間かかったんですけど?
しかも俺が抜いたのは、ティアの10分の一くらい。
うん。泣けるね。
だって俺、一年も冒険者して……草についてもたくさん勉強して……なのになのに!
こんな無垢な女の子に……惨敗したんだけど?
ありえねえありえねえ!マジで規格外だわこの子……ちょっと舐めてた……。
ちょっと色々ズレてる子だから、圧勝して「シンすごーい!」って言わせようと思ったのに……。
……それどころか……惨敗……だと?
そうやって俺がしくしく泣いていると、ティアがこてんと首をかしげて、
「どうしたの?シン?なにか悲しいことがあったの?」
と、行って背中から抱きついてきた。
……あれだよね。こういう時勝ち誇らずに、優しくされると逆に来るよね。
まあ、ティアに悪気はないのだろう。それはわかってる。でも……それでもさ。
この敗北感はなんだろう?涙が止まらん。
「よしよし怖くないよ?」
しくしく泣いていると、ティアが俺の頭を撫でてくる。
本当にいい子だな……それが逆に、人を傷つけてるんだけど……うん。でも可愛いからいいか。
ティアさんは俺の仕事の手伝いしてくれたんだ。怒るなんてありえない。ていうか怒ったら俺、最低じゃん。
いつもと立場が逆転してるけど、それはもういい。俺は彼女の綺麗な手におとなしく撫でられながら、涙を拭いた。
「も、もう大丈夫だよ。ごめんな?」
俺は背中に抱きついているティアの頭を軽く撫でる。
それを受けたティアは気持ちよさそうに目を細め、
「本当に?無理しちゃダメだよ?」
俺のことを本当に心配しているようで、優しく声をかけてきた。すっげえいい子。
俺は先程までの胸の痛みを忘れ、彼女の笑顔に癒される。
「ああ、大丈夫だ。さて、飯にするか?」
「うん!えへへ♪」
微笑みながら頭を撫でてやると、ティアは嬉しそうにはにかんだ。
その笑顔に癒され、ちょっとぽわっとしたあと、俺は近くに置いていたバスケットを取って、蓋を開けた。
なかに並んでいるのは、サンドイッチや鳥のから揚げ、フライドポテトという、ありふれた食べ物。
ちょっとこういうのを作る、いい店があるのだ。そこから買ってきたものなのだが……いつも通り、いい仕事してるな。
「わあ~美味しそう」
中を見て、目を輝かせたティアが体を離すのを少し寂しく思いながら、俺はバスケットのサンドイッチを一つ取ると、
「ほら。食べてみろよ」
そう言って彼女に差し出した。すると彼女は一瞬キョトンとしたあと、柔らかく微笑み、
「あ~ん」
雛鳥みたいに口を開けやがりました。
……え?マジっすか?これは……伝説のはいあ~んをしろと?
この子は……いちいち男を萌えさせやがる……!なんて魔性の女!恐ろしい子!
だが、期待して待ってる彼女の期待を裏切るわけにも行きませんよね?
オーケーオーケー。俺には大義名分がある。彼女から求めてきたという、絶対の勝利権が!
「はやく~」
待ちきれないのか、可愛くお願いしてきたティア。この子は俺を殺す気だろうか?
と、言うわけで俺は彼女の小さい口に、サンドイッチを持っていく事にします。だってさ、これ以上焦らすのも……ね?
「はい。あ~ん」
ちょっと甘い声を出して、彼女の口に、サンドイッチを持って行ってやると……パクッ。
口に入りきらないのか、半分ほど口に入れ、モグモグと咀嚼したあと、
「美味しい!」
ぱああ!と笑顔を浮かべた。
……あのね。色々言わせてもらっていいかな?
こんな小さいサンドイッチなのに、なんで半分しか食べられないの?とか。確かにうまいとはいえ、このすごい幸せそうな笑顔とか。えっ?何この女の子お女の子した生物。本当に天使ですか?
やべえ、口元が緩む。可愛いよ~ティアちゃん可愛いよ~。
両手で顔を覆い、足をバタバタしていると、ティアはこてんと首をかしげ、
「ねえ、あと半分は?」
俺の手に握られた食べかけのサンドイッチを見ながら、訴えるような目で言ってきた。
もちろん。俺は速攻で彼女の期待に応えましたとも。
はあ~。この子といると、色々と危険だな……主に俺の理性が。
◇
その後、ティアにもあ~んさせたりという最高の時間を過ごした俺は、ホクホク顔でバスケットを片付け、
「よし。のんびりしますかね~」
と、言うわけで、木の下から出て、この丘の一番眺めがいい場所へと移動した。
「わ~!凄い!」
ティアがそこからの眺めを見て、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
これが見れただけでも、儲けものだな。
「じゃあ、自由に見てていいぞ?俺はちょっと休憩だ」
そう言って俺は、ちょっと坂になってるところに寝転がる。
これだと、いい感じに頭が上がってるし、この眺めを見たまま、体を休められるからな。
草もいい感じに柔らかいし、寝心地も最高だ。
まあ、ここでティアを襲うような馬鹿はいないだろ?俺も本気で寝るつもりはないし、彼女も自由に見て回りたいはずだしな。
そういう意味を込めて提案したんだが……
「ん。私はここがいい」
ティアは俺の隣に寝転がり、にこっと笑った。
……可愛いな。畜生!襲うぞバカヤロー!
たまらなくなって、彼女の背中に片腕を回す。するとティアは俺の胸元にスリスリと頬顔を埋め、
「あったかいね」
そう言って微笑んだ。
……ごめん。限界。
彼女の頭を撫でながら、ちょっと襲ってやろうかと本気で考える。
最近、俺ってよくやってるよな?な?認められるように、今まで頑張ってきたし、これくらいのおイタはいいよな?
そんな言い訳をしながら彼女に手を伸ばすと……
「……寝てやがる」
すうすうと聞こえる寝息。それが俺に、彼女が寝てることを教えてくれた。
ったく。期待させてこれか。まあ、こんなこったろうと思ったけどな。
しかし、昨日よく寝てたくせに、まだ寝るのかよ。ホント、よく寝るやつだな。
まあ、ここの寝心地はいいし、仕方ないか。
ははっ。本当に気持ちよさそうに寝てやがる。こりゃ、起こすのは可哀想だし……。
「さ~て。お姫様が起きるまで護衛護衛っと……」
俺はそう決めて、眠ってしまった彼女の頭を撫でつつ、目の前に広がる絶景に心を和ませた。
……シン。てめえは読者を怒らせた。
さあ、死んでもらおうか?
背中がムズムズするんだよチクショー!
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