散歩
「おい。あの子……」
「ああ。すげえ可愛いな……」
「クソッ……彼氏持ちかよ……」
「しかも剣差してるぜ?あんな子が選ぶ男なんだから、強いんだろうな……」
「チッ……俺にもワンチャン……ないか……」
昨日に続いて、何故か勇者勇者とお祭り騒ぎの街の中を、ティアと2人で手をつないで歩いていく。
俺たちが通ると、その周りだけ静かになり、男どもが振り向き、女も振り向き、嫉妬や羨望の視線。そして噂声が辺りから聞こえてくる。
やはりティアは、誰もが認める美少女のようだ。
日の光に照らされて、キラキラと輝く金色の髪。見るもの全てを魅了するような、輝くエメラルドグリーンの目。
俺より頭一つ分小さい彼女は、俺が傍にいても不安そうに、キョロキョロと周りを見渡し、時たまビクッと体を震わせる。
それがまた保護欲をそそり、なんというかもう…………。
―――最高です!ありがとうございます!ありがとうございます!
何とか凛とした顔を作り、彼女を見つめる男どもを威嚇していくが、少しでも気を抜いたらデレッとなりそうだ。
だが、気を抜くわけにはいかない。この街は結構変な輩が多いからな。気を付けないと。
「シ、シン……なんか皆が見てくるよぉ……」
ギュッと俺の手を握る力が強くなる。それに少し視線を動かしてやると、俺の顔を見上げ、ちょっと不安そうな目をこちらに向けている彼女の顔が。
……うん。君が可愛いのが悪い。俺も理性が飛びかけた。
それにまた頬が緩みそうになったが、何とかただの微笑に抑え、
「皆ティアが可愛いから見てるんだ。ほら、堂々としてろ」
そう言って、彼女の手を少し強く握ってやる。すると彼女はうう~と呻いて、俺の体にピタッと体を付けてくる。
それがまた可愛くて……おっと、襲いそうになったわ。我慢我慢。
俺は彼女が体をつけてきたことによって、更に強くなった嫉妬の視線に威嚇しながら、ゆっくりと2人で歩いて行った。
いやあ。あれだね。
こういうのってさ、なんか凄い優越感だよね。勝ち組っぽくてさ。
俺はここに居る全ての男どもに言いたいね。
――羨ましいか?ってな。
◇
無駄に見てくる街の連中を撒き、西門のおっちゃんにケツを蹴られ、ティアの頭を撫でやがったので蹴り返した俺は、ケツの痛みと嫉妬で涙を流しながら笑うおっちゃんに手を振って街を出た。
草などを抜き、よく踏み固められ、馬車でも通れるように整備された道を、2人で歩いていく。
少し遠くに見える風の丘。その丘は草がたくさん生えているため、緑色の小山みたいだ。
あそこで寝ると非常に気持ちいいため、昼寝をしたい場所ナンバーワン候補だ。まあ、外は危なくて寝てられないけど。
「はあ~いい天気」
先程買った弁当の入ったバスケットを両手で持ち、上を見上げたティアが目を輝かせる。
俺も視線を上に向けると、そこには輝く太陽と、青空が広がっていた。
「そうだな。晴れてて良かったよ」
俺はティアの頭をポンポンと叩いてやる。すると彼女はくすぐったそうに笑う。
「ん、くすぐったい♪」
その微笑みに、俺はまたドキッとする。
……やばい。やっぱこいつといるときは、なんか心が和む。毎日のように仕事してたから、こう言うちゃんとした休日は久しぶりだ。
いいものだな。誰かと一緒に居るってのは…………ギルドに来てから、随分俺も丸くなったもんだ。まあ、つるんでる奴の関係上、少しエロくもなったが。
ティアといると、自然とそんなことを考えてしまう。一人が気楽っていう考えは変わらないけど、誰かと居るのもいいなって、コイツの笑顔を見てると……な。
たまに臨時パーティお願いされるくらいで、ずっとソロでやってたけど、そろそろ固定パーティ組もうかな~。誘われてるとこ多いし……。
彼女の頭を撫でながら、そんなことを考えていると、ティアがバスケットを片手だけに持ち替え、
「ね?手をつなごうよ♪」
そう言って笑い、俺に空いた方の手を差し出してくる。
ん~。やばい。キュンときましたよ。萌えました。
でも……
「ははは。俺も繋ぎたいけどさ、ここは街の中じゃないんだ。何かあった時のために、ちょっと手を自由にしておきたい。ごめんな?」
苦笑いして、彼女に申し訳なく言う。
最近は盗賊とかも多いらしいし、気をつけてくれと警告が出てるしな。
噂じゃヤルだけやって奴隷商人に売る馬鹿どもも多いらしい。
……見つけたらぶった切ってやる。ティアの美貌じゃ、すぐに狙われる対象だ。自分たちはいい思いできるし、高く売れるだろうからな。
それに、魔物って奴の事もある。もしもの時はすぐに対処したい。ティアを怪我させたくないからな。
まあ、ティアと手を繋げないのは残念だし、彼女の寂しそうな顔を見ると心が痛むが、こればっかりはな……。
「うん……わかった」
やはり寂しそうだが、ティアは無理に笑顔を浮かべてくれた。本当に悪い気がするな……。
「まあ、街の中だったらいいから、帰ったらな?その代わり、今日は楽しんでくれ。あんまり期待には添えないだろうけどな」
「私は……シンと一緒なら、どこでも楽しいから」
「そっか。何か悪いな」
寂しそうな金色の頭をちょっと多めに撫で、手を離す。するとティアは小さく頷き、にぱっと笑った後、俺の体に自分の体をピタッと付けた。本当にいい子だ。
こんないい子なんだし、親は心配してるんじゃないかな?やっぱそこが気になる。まあ、探しに来たら挨拶して、ちゃんと家に帰らせよう。
うわ、絶対怪我させられない……。まあ、元からさせる気なんてないけど。
そんなことを考えながら歩いていると、
――――急に横から何かが飛んできた。うおっ!?
慌てて意識を集中させ、遅くなったところでキャッチする。確認してみると、それは大きなパンだった。
飛んできた方向を見てみると、ちょっと離れたところにある馬車の荷台に座り、手を振ってるおばちゃんがいた。
「カッカッ。あんたなかなかいい反応してるねぇ。なかなか腕が立つんだろう?」
おばちゃんがそう言って笑い、俺の隣にいるティアをチラッと見る。
それにティアが「ひう……」と言って俺の後ろに隠れてしまうと、おばちゃんはカッカッカッと笑った。
「ははは。恥ずかしがりだね。どうやらこんな朝からデートみたいだし、朝ごはん抜いてるんでしょう?食べなさいな」
笑うおばちゃんに恥ずかしがってるんじゃなくて怯えてるんだよって言いたいけど……
でも、悪気はないんだろうな。あ、ティアはいつもこんな感じか。気にしたら負けだ。
「いいのか?まあ、有り難くいただくよ」
とりあえずおばちゃんに礼をいい、俺はパンを半分にちぎって、先に自分が一口食べて毒見をしたあと、ティアに渡してやる。
ティアは一時、パンと俺とおばちゃんに視線を動かしまくったあと、そっとパンを手に取っていた。うむ。いちいち萌えるなこの子は。
俺がそれにほんわかしていると、おばちゃんはまた笑う。
「カッカッカ。今時、珍しいほどいい子だね。それに、あんたも中々いい警戒心を持ってる。まさか今時、自分から進んで、毒見をちゃんとする奴がいるとはね」
「まあな。彼女のことが大事なもんで」
「ふふ。なら朝ごはんはちゃんと食べさせなさい。その子の様子じゃ、本当に抜いてたんだろう?」
おばちゃんがティアを差しながら言うので、俺がそれに振り返ると、ティアは小さな口でモグモグとパンに可愛く食いついていた。ほんとに猫みたいだな。
……やべ、言い返せねえ。
「カッカッ。お前さんも、本当に守りたいと思ってるなら、メシくらい食ってこんか。もしもの時、力が出らんじゃろうが。これだから冒険者は……体調管理がなっとらん」
うぐぐ……マジでいい言い返せねえ。このおばちゃん、凄いな。ちょっと尊敬。
でも、なんか言い返さないと……
「でも、パンくれるなら普通にくれよ。驚いただろうが」
「カッカ!あんたがちゃんとその子を守れるか、テストしたのさ~」
「嘘つけ。本当のこと言えよ」
俺が半眼で呻くと、おばちゃんはまた笑い、モグモグしてるティアを、優しい瞳で見た。
「カッカッカ。今時珍しいほど可愛い子が、男連れて歩いていたからね、ちょっとちょっかい出してみたくなったのさ。今見た感じだと、性格も珍しいほどいい子じゃないか。あんたも空腹でそれだけ動けるなら、安心だ。しっかり守ってやんな」
……うわ~このおばちゃんかっけえ!ていうかティアを守るのは当然だけどな。
あ、一応礼を言わないと。
「まあ、こいつを守るのは当然だ。パンありがとうよ。感謝するぜ?」
「あいよ。あんたは面白い、たまにここに来て、ババアの話し相手になっとくれ」
「考えとく」
「素直じゃないねえ……」
俺の言葉に苦笑いを浮かべるおばちゃん。いや、素直じゃないってなんだよ。まあ、ひねくれてますけど?
「じゃあ。そろそろ行くよ。本当にありがとうな」
「ふふっ。またな小僧。今度会うときは服のセンスをあげときなよ?」
うっせえ。俺のセンスじゃねえってのと、声を大にして言いたいが我慢した。言い訳にしか聞こえないし。
「はいはい。黒くて悪かったな。じゃあ、またな」
俺は後ろ手に手を振りながら、パンを食いちぎれない様子のティアの手を引き、自分もパンを食べながら、道を歩いた。
その時のパンは、なんだか優しい味がした。
ほんとにシン爆ぜればいいのに……
なぜおばちゃんはパンに毒をもらなかったんだ!
うおおお!
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