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物語論~ヒーローズジャーニー12のステップ
 さてここからはストーリーの骨組み、ヒーローズジャーニーの各ステージを追って行こう。

 ステージ1 日常の世界
 ヒーローが冒険に旅立つ前にいるのが、日常の世界である。
 ここでヒーローは紹介され、時には物語りに置けるヒーローの内的(精神的)な問題や外的な問題(解決すべき事件)が提示される。
 何も最初にヒーローの日常を書けば良いといっているわけではない。
 物語では往々にして日常の前に物語のきっかけとなるような非日常的な事件ではじまることも多々ある。
 Fate/stay nightでは衛宮士郎の日常が紹介される前に、遠坂凜の視点で聖杯戦争の始まりが描かれる。いわゆるプロローグと言うヤツである。
 プロローグの有効性は小説作法本のロングセラー。ディーン・R・クーンツのベストセラー小説の書き方でも強調されている。
 観客の心を引っ掛けるフックの役割をする、非日常から物語を始めるのはいい手段だ。日常を書く前にもっと魅力的なプロローグは無いか常に考えてみよう。
 さて。日常の世界に話を戻そう。
 この日常は完璧な世界ではなく重要なものが欠けていることが多々ある。たとえばFate/stay nightでは登場するメインキャラクターのほとんどにあるものが欠けている。
 それは家族だ。衛宮士郎も遠坂凛も間桐桜もセイバーも家族のいくつかの、いやほとんどの席が欠けた人物たちだ。
 そして彼らはとても家族的な行為に熱心だ。セイバーはご飯をモリモリと食べ、しばしば士郎に食事を要求する。凜は士郎の料理の腕を見ると対抗意識を燃やし自慢の洋食で挑んでくる。桜は胸が痛くなるほど士郎との家族ゲームに執着する。彼等彼女等は物語にちょっと空白ができると団欒の食卓を囲む。
 そうやって欠けた家族を修復しようとするのだ。そして新たな家庭を築くことは彼らにとって大人になったことへの証明なのだ。
 Fate/stay nightはそのグランドフィナーレである三話のトゥルーエンドで仲間のそろった円満な士郎の家庭を見せてその幕を降ろす。
 ちなみに家族の欠けたヒーロー、ヒロイン。そして家族ごっこ的な家族の再構成はタイプムーン作品に繰り返し使われるモチーフだ。
 FATEの登場人物も、魔法使いの夜の登場人物たちも、月姫の登場人物たちも、空の境界のコクトーや両義シキもみな家族(特に両親)がいない、ないしは不在だ。
 彼らの帰る場所は家と言うより仮宿だ(成人の儀式が行われる象徴的な場所)
 この登場人物たちは、仮宿に男女一緒に住み(あるいは集まり)、大なり小なりパートナーを気遣うことで結びつき、家族ごっこをして家庭を再構成しようと試みる。
 この欠落⇒欠落の回復と言う行為は最も基本的な物語の構造であると言われている。
 FATE他タイプムーン作品の多く(全てとは言えないが)は外的問題が少年漫画的で内的問題が少女漫画的なのだ。これが案外男女両方にタイプムーン作品が受け入れられる下地なのかもしれない。
 さて。欠けた日常がある反面、平和で穏やかな日常からはじまるストーリーもある。しかしこういったストーリーの場合、ほとんどのケースで平和な日常は敵対者に破壊される。
 敵対者に破壊されることで欠落し、その欠落の回復がヒーローに託される。この時日常が平和で破壊の爪あとが大きいほど葛藤は深くドラマティックになる。
 平和な日常が脅かされない場合はヒーローに何か欲望が芽生える。けいおんだってギターを買うためにバイトと言うちょっとした冒険へ出かけるでしょ? ギターが欲しい(ギターが足りない)⇒手に入れよう。と言うのも心の欠けを埋める行為なのです。
 そして心の欠落が示されたところで日常の世界はヘラルドの手によって終わりに向かって行きます。

 ステージ2 冒険への誘い
 多くのシナリオ作成のガイドにおいて、主人公達の紹介が終わった後に、何らかのきっかけとなる事件が必要だと説いています。
 何らかの事件に巻き込まれる。ヒーローに何かが依頼される。あるいはヒーローが心の中から沸き起こるコール(冒険への誘い)に応じて出立を決意する。
 リーフのアダルトゲーム痕~きずあと~において、主人公耕一のメロドラマ的な日常は、刑事の訪問、不吉な夢、そして不吉な夢が夢でなく現実の猟奇殺人事件であったことが明らかになり、耕一は自らの無罪を証明するための、危険な冒険へと駆り立てられます。
 物語の冒頭から、耕一は何度もコールされるのです。そしてコールを受けるごとに徐々に物語はその危険度(掛け金)を吊り上げて行きます。
 何者かの攻撃にさらされて打ちのめされ反撃に出る。無くなった何かを探すために探偵に依頼がくる。ギターを手に入れるためにお金を稼ごうとする。好きになった女の子の恋を勝ち取るためにバスケットボールをはじめる。
 多くの場合。冒険への誘いは欠落や加害行為、欲求が明らかになる瞬間です。
 もう日常には留まれない(留まりたくない)ことがヒーローに知らされるのです。それは大人になる旅の始まりです。
 ヒーローたちは多くの場合おずおずとですが冒険への第一歩を踏み出そうとします。
 その第一歩を魅力的なイベントで飾ってみましょう。きっと観客は貴方の物語に引き込まれるでしょう。

 ステージ3 冒険への拒絶
 ヒーローの冒険への第一歩はその最初の一歩からうまくいかないケースが多い。危険な冒険を肉親や恋人に引き止められたり、あるいは刑事や探偵モノだと厄介な事件への誘いを上司が止めようとするかも知れない。
 漫画スラムダンクにおいて、バスケット部への入部を希望した桜木花道に当初キャプテン赤木は入部を拒否する。結局ルールも知らない桜木が赤木と1対1(ワンオンワン)のバスケット対決をして自分を認めさせるでしょ? この時赤木は桜木のバスケットへの道、その第一歩を阻む門番となっているのです。
 冒険への第一歩に門番シュレスホールドガーディアンの障害が立ちふさがる例の一つです。
 別のパターンであるいはヒーロー自身が冒険への出立をためらうかもしれない。
 Fate/stay nightにも特徴的な冒険への拒絶がある。これはゲームシステム上の選択肢という形でプレイヤーの前に示される。
 つまり聖杯戦争を放棄して逃げるという選択肢だ。この選択肢の結果は無残なバッドエンドで終わりを告げる。
 往々にしてヒーローの冒険への拒絶は事態を悪化させる結果につながる。冒険を拒絶しきってしまう人間には残念ながらヒーローたる資格はないと言えるだろう。
 かつてFate/stay nightのこの選択肢の結果を自由度が無いなどと批判した人がいたとか、いないとか聞きましたが、観客は冒険に出ないヒーローなど見たくは無いでしょう。
 冒険への第一歩以外にも冒険のステージの途中でしばしばヒーローや仲間達は冒険への拒絶に遭遇する。
 強大な敵対者に敗れて、仲間共々散り散りになるヒーローたちの前に、頻繁に冒険をここでやめるか? と言う選択肢は現れる。
 あるいは何かの理由で仲間同士が大喧嘩して喧嘩別れする。ここでも分かれた当人達の前に冒険への拒絶は姿を現す。
 大ヒットした岩明均の漫画、寄生獣において、最大の強敵後藤に敗れた新一は相棒である右手のミギーを失い、独り身の老婆に保護される。
 ここで一時であるが新一は戦いの無い穏やかな生活を送る。この時老婆は新一を優しく包み込む死のグレートマザーでありながら、一方でもう一度友のための戦いを決意させるメンターでもあるのです。
 新一はこの冒険の拒絶を振り切ってもう一度、戦いの場へと挑むのである。勝算のない絶望的な戦いへと。
 拒絶から立ち上がることはヒーローのヒーローたる証明なのだ。

 ステージ4 賢者との出会い
 このステージは千の顔を持つ英雄においてジョセフ・キャンベルが超自然なるものの援助と呼んだステージである。
 多くのストーリーでヒーローは冒険スペシャルワールドを生き抜くための特別な何かをここで与えられる。
 漫画ダイの大冒険ではその剣技、アバンストラッシュを授けられる。マジンガーZやガンダム、エヴァなんかのロボットモノなんかはここで与えられるロボットが物語の主題となっていることもしばしばである。
 何もこの援助はファンタジーやSFだけのものではない、例えばサスペンスやミステリーで、与えられた指輪などの宝飾品が物語りの謎を解く鍵であったり、渡されたペンダントが敵対者の銃弾から身を守ってくれる事もある。
 あるいはメンターはヒーローを勇気付けてくれるだけかもしれない。しかしその勇気が価値ある魔法の道具より素晴らしい結末をヒーローに与えてくれることもまたあるのです。
 あるいは先の冒険の拒絶でヒーローを引きとめた恋人や家族は、ヒーローに何か約束を要求したり、父や母の形見をくれたりするかもしれない。例えば絶対生きて帰ってきて、あるいは仲間を決して裏切るな、ヒロインをこの剣で守ってやりなさい。ヒーローは答えます。YESと、この約束や形見は土壇場でヒーローのくじけそうな心を助けてくれるかもしれません。
 第二幕に入ってからも、しばしばこのステージは繰り返される。
 もしシナリオライティングの途中で物語が停滞してしまったら、そのときこそメンターとヒーローを出会わせるタイミングかも知れません。
 とある事件の謎を追うヒーロー達、打てる手立ては全て打った。しかし事件の捜査は行き詰ってしまった。その時多くのヒーローが心当たりのあるメンターを訊ねるでしょう。
 また冒険を誘う使者の様に、重要な情報を持つ人物がヒーロー達に接近してくるかもしれません。

 ステージ5 第一関門突破
 物語をヒーローの成長譚としてみた場合、それはヒーローの飽くなき関門の突破、その繰り返しと言えなくもない。
 メンターはヒーローを試し、冒険へ踏み出そうとするヒーローには門番の障害がまっている。また冒険への拒絶のステージで死のグレートマザーの誘惑を振り切らなくてならないこともある。
 ではこの第一幕の終わりにやってくる第一関門突破とは何だろう? それは一言で言うと越境である。
 ヒーローは物語のなかで日常を飛び越えて、特別な世界、スペシャルワールドへと脚を踏み入れる。それは日常とは違う特別な状況であったり(例えばFATEにおける聖杯戦争)
 特別な場所だったり(魔法使いの夜における坂の上の屋敷等)特別な仕事の始まりかもしれないし、もしかしたら殺人事件で指名手配される瞬間かもしれない。
 その境界を飛び越える時、多くの場合ヒーローに新たな難題が課せられる。
 タイプムーンのアドベンチャーゲーム、魔法使いの夜において、魔術師同士の秘密の闘争を偶然見てしまった草十郎は、秘密を知ったことを理由に青子に命を狙われる。
 青子は草十郎を殺そうとするのだが、そこへ敵魔術師のはなったマリオネットが現れ、二人はピンチに陥る。
 なんとか協力してピンチを乗り越え、その過程のなかで青子は草十郎のヒーロー性を認め、後に魔術で記憶を消すことを条件に草十郎に共同生活を持ちかける。
 こうして魔法使いの夜の第一幕は終わりを告げる。もっとも魔法使いの夜ではその後、青子のパートナーである久遠寺 有珠がすぐに現れ、第二幕開始早々にして最大の試練に直面するのだが。
 ヒーローが冒険に踏みだす前と同じく、特別な世界へ脚を踏み入れるのにも多くの場合、なんらかのイベントが用意されているのが大半だ。
 それはヒーローの生活を一変させ、物語の危険度(掛け金)を急激に引き上げる。コールである場合も考えられる。アダルトゲーム痕~きずあと~において主人公耕一が冒険へ踏み出す瞬間は夢で見た殺人事件が実際の出来事として朝のニュースで届けられた時だ。このときからメロドラマの様に見えた日常は終わり、日常の風景は謎と恐怖で彩られたスペシャルワールドへと変わる。(これ以降耕一の見る夢は全てただの夢ではなく事件解決への糸口となる)
 また第一関門は何らかの組織や集団への参加として描かれることもある。
 スラムダンクの桜木花道もバスケ部への入部を前にひと悶着あったし、ジョジョの奇妙な冒険、第五部でジョルノがギャングに入団する時も、やっぱり入団テストがあったでしょ?
 その第一関門を越えればいよいよヒーローは本格的な冒険へと乗り出します。

 ステージ6 仲間、敵対者、テスト
 ヒーローは越境した特別な世界で、様々な試練にさらされる。物語の種類によっては仲間を作り敵対者と戦うこのステージがひたすら繰り返されるストーリーもある。少年ジャンプのバトル漫画がその典型と言えるだろう。
 時にこのステージで仲間との絆を深めるために、仲間とヒーローがぶつかりあうこともあるかもしれない。
 またメンターとの出会いや、冒険への拒絶、冒険への誘いが繰り返されることもある。
 ヒーローはこのステップで少しずつ成長し、仲間を増やし、力を蓄え、来るべき最大の試練に備える。
 このステージにて象徴的に描かれるものに酒場がある。酒場には仲間や敵が集まる。そして出会い、歌、踊り、飲み食い、ギャンブル、売春、喧嘩とそこはイベントの宝庫である。
 酒場に限らず人が集まる場所(ホテル等)は多くの物語においてイベントの舞台となっているのだ。
 またヒーローたちは仮宿のような一時の住居に住み着くこともある。仮宿は成人の儀式の舞台であり、時に山姥のような儀式を進行したり司る役割の存在がいることもある。そこは一時の間ヒーロー達を俗世から隔離するスペシャルワールドだ。
 仮宿での儀式に参加することによって、異なる価値観を受け入れ、ヒーローは大人になることを学ぶ。
 FATEの士郎の屋敷には凜や桜が引っ越してきて仮宿とするし、魔法使いの夜の坂の上の屋敷は家族の欠けた若者3人が共同生活をするスペシャルワールドである。
 EVE burst errorで小次郎が住む海辺の倉庫街や、まりなが事件の間だけ住むサンマンションも仮宿を彷彿とさせる。小次郎の住む海辺の倉庫街の探偵事務所では小次郎とプリンが家族ごっこをして、まりなが住むサンマンションではまりなと弥生と真弥子が酒盛りをして親睦を深め合う。
 仮宿では価値観の違うもの同士が時に衝突しながらも、徐々にお互いを認め合っていくのだ。
 仮宿の中での飲み食い、喧嘩、恋愛は物語の主題にもなる得る要素だ。
 仮宿のもう一つのパターンに他家に行って他家習慣を学ぶヒーローやヒロインと言うモチーフがある。
 このあらすじの章の冒頭でプロットをしめした。マイメイドの勅使河原亜由も他家に行って他家習慣を学ぶヒロインだ。わかつき作品のヒロインにはこのパターンが比較的多い。
 痕~きずあと~の柏木耕一も親戚の家だが他家へやってきた主人公だ。
 居候がやってくることにはじまるラブコメやギャグ漫画は無数にありますよね?
 他家習慣を学ぶことも異なる価値観の融合と言う、大人になるための試練です。
 そして他家から誰かがやってくる。あるいはヒーローが他家へ行くことによって、平凡な家庭でさえスペシャルワールドになり得るのです。

 ステージ7 最も危険な場所への旅
 ヒーロー達はスペシャルワールドのルールを学び、試練を乗り越え仲間を増やして行く、そして事件の中心部へと接近していく。
 この過程において、ヒーロー達は入念な準備をすることも多い、敵を攻略する算段を立てたり(大抵上手くいかない)、必殺の武器を手入れするかもしれない。
 多くの物語やラブロマンスにおいてはこの過程で愛を深めます。デートをしたり、何かプレゼントをしたり。そうやって絆を深め試練への準備をするのです。
 この恋愛パートをジョセフ・キャンベルは女神との遭遇と呼んでいます。神話においても恋愛パートは常套手段なんですね。
 Fate/stay nightでも最大の試練であるバーサーカーとの戦闘を前にして廃墟でセイバーとエッチするでしょ?
 ちなみにこのときのエッチと最終幕でギルガメッシュとの死闘を前にしてする。最後のエッチとは似ているのですがその性質が違います。
 バーサーカーの時が最も危険な場所への旅の途中で、ギルガメッシュのときは最大の試練の一つです。違いがわかりますか?
 バーサーカーの時はセイバーの魔力不足を補うためになし崩し的(ここが案外重要)にエッチをします。その結果、士郎たちチームの結束が強まります。そういえばこのときは凜がレズプレイでエッチに参加しますね?
 ではギルガメッシュのときはどう違うのか? これは次の最大の試練でお話します。
 最も危険な場所は宝のある洞窟に例えられます。その入り口には力強い門番シュレスホールドガーディアンがいるかも知れません。ヒーローはスペシャルワールドで学んだ知識や技を使ったり、仲間と協力してこれを打ち破るのです。
 この局面において、それまで比較的幸せであった物語のトーンが一気に不幸な状態に転じることがあります。これを劇的な複雑化、ドラマティック・コンプリケーションと呼びます。
 例えばこの危険な場所への旅でヒーローはシャドウに敗れるかも知れません。もはや希望は閉ざされたと思う瞬間にヒーローは直面するかもしれません。
 八方塞になったその瞬間は最も危険な場所への旅が終わる瞬間でもあります。
 その瞬間がヒーローに最大の試練が襲い掛かる準備が整った時でもあるのです。

 ステージ8 最大の試練
 ヒーローは最も危険な場所(宝のある洞窟)を旅して、その最深部へとたどり着きます。そこは濃密な死の匂いが漂うクライシス(重大局面)が起こる場所です。
 Fate/stay nightセイバールートではバーサーカーとの戦闘がこの局面に当たり、魔法使いの夜では久遠寺有珠との壮絶な戦闘が最大の試練にあたります。 
 これらの作品をプレイした人はお気づきかもしれませんが、この局面はクライシス(重大局面)であってクライマックス(最終章)ではありません。
 この局面においてヒーローは死に近づき、そしてその報酬として宝を手に入れるのです。この宝(この局面を突破した経験を含む)なしには生き抜けない究極の死の危険こそがクライマックス(再生)です。
 官能小説やアダルトゲーム制作者にぜひ覚えておいてほしいのですが、セックスはよくこの最大の試練の局面の描写に使われます。
 ステージ7において、最も危険な場所への旅で愛を確認しあう部分と、この最大の試練でセックスするのは微妙に異なると説明しましたね。
 バーサーカーと戦う前のエッチとギルガメッシュと戦う前のエッチとの違いと言うヤツです。
 わかつきひかるのマイメイドにおいても、最大の試練に相当するエッチと、そうでないエッチが有ります。
 最大の試練におけるエッチの特徴とはずばり、真実の愛にヒーローが目覚める瞬間であると言うことです。
 マイメイドの最初のエッチやバーサーカーとの戦闘前のエッチを思い出してみてください。
 えっ? FATEやってないしマイメイド読んでない? 大丈夫です。細かく説明しましょう。でもアダルトゲームを勉強するならFate/stay nightとても良い参考作品ですよ。
 バーサーカーとのエッチでは士郎は凜にけしかけられてエッチをします。このときの士郎の態度は受身で二人のセックスのオーガスムスも深くはありません。セイバーは処女で痛がりますしね。
 この受身の姿勢が一つのポイントです。多くのラブロマンスで最大の試練に相当するエッチではヒーローの中途半端な受身の姿勢は死に絶えています。真実の愛への目覚めがヒーローから受身の姿勢を消し去るのです。
 オーディール(最大の試練)におけるエッチではヒーローは積極的に愛を叫び、ヒロイン共々深いオーガスムス(死の象徴)へ沈みこみます。そして愛の沼地の底から、二人の絆と言う宝を持ち帰るのです。
 この絆は二人を結ぶ糸で、死の世界を象徴する深い迷宮に迷い込んだヒーローを無事現世へ帰還させるアリアドネの糸です。
 この宝があったからこそ、FATEの最後で聖杯が消え、セイバーがこの世を去った後に決して消えない思い出として士郎の心の中に彼女が蘇るのであり、マイメイドで五日間の特別な日々が過ぎてしまった後にも大地と亜由の間に愛が蘇るのです。
 セックスをオーディールに持ってくるのはなにもアダルトゲームに限りません、誰でも名前くらいは聞いたことがあるだろうハリウッド映画、タイタニックにおいてもセックスが最大の試練として登場します。
 ジャックとローズの二人は、門番であるキャルの手下の監視をかいくぐり深い船倉の底(洞窟の奥深くを象徴している)へ行き車に乗り込み、そこで深いオーガスムスを伴ったセックスをします。
 二人の熱い吐息で曇った車の窓ガラスにローズの手が現れるあのシーンですね。
 最大の試練が他の障害と異なるのは、物語のテーマともなりえる、かけがえのない宝を持ち帰る瞬間であると言うことです。

 ステージ9 報酬
 ヒーローは最も危険な場所の最深部を旅して報酬を得ます。
 いくつかのストーリーではこの場所は外的問題の解決の瞬間に当たります。代表的な三幕構成では内的な問題の解決はこの後の再生によって行われます。ここで解決するのはあくまで外的な問題です。
 魔法使いの夜で、偶然魔術師同士の戦いを見てしまった(禁を破った)草十郎は青子に命を狙われます。命の危機と言う外的問題を抱えるわけですね。
 この外的問題は青子の信頼を得て、そして久遠寺有珠を退けた次点で解決されます。物語はまだ続きますよね? この後橙子さんが出てきて、凄いことになっちゃうでしょ?
 もちろんこの過程で内的な問題も解決して物語を終わらせることだってできます。
 通常、報酬を得たヒーローにはその報酬を持ち帰って、最初の日常へと帰るシーンが描かれるケースが多く有ります。
 ですが一部のヒーローは、スペシャルワールドに新たな居場所を見つけて帰還しないこともあります。多くの場合は、この時一緒にスペシャルワールドで暮らしていくパートナーを見つけているでしょう。
 ヒロインとの愛という個人的な宝を得たところで、ヒーローの内的問題は解決することもありえます。
 最初の欠落が回復されたところで、物語を作り出す、一つの運動は完結しているのです。
 どちらにしても最大の試練を超えた先には何か報酬があるべきです。目的の財宝の入手やヒロインとの愛の成就、敵の討伐もありえます。もしかしたら第三幕で決着をつけるため敵はここで逃亡するかもしれませんね。
 もう一つの特徴的な報酬として、死(最大の試練)を経験したものが特別な洞察力に目覚めるというモチーフが有ります。
 事故で死の淵をさまよったりしたことで幽霊が見えようになったり、そういえば月姫の遠野志貴の直死の魔眼も特別な洞察力でしたね? あれも臨死体験で目覚めたでしょ?
 死の世界を潜り抜けたものに特別な洞察力が目覚めるのは物語では良くあることです。
 千と千尋の神隠しで、死の世界を思わせる沼の底へ行って銭婆に会ってきた後の千尋は、たくさんの豚の中から両親が変えられた豚を当ててみろと言われて一目で見抜きますよね?
 あれが洞察力の芽生えです。
 洞察力の芽生えと同じようにヒーローは新たな価値観に目覚めることもあります。
 アダルトゲーム痕~きずあと~は主人公、耕一の父の死からはじまります。父の葬儀のために親戚の柏木のお屋敷へ行くのでしたね?
 当初耕一は父の存在やその愛情に否定的な考えを持っています。
 しかし命がけで事件を潜り抜け、そして柏木家に隠された真実を知った耕一は、物語の最後で父の愛情が自分にも及んでいたことに気が付くのです。
 ここで彼の家族に対する価値観は大きな変貌をとげています。
 そこにあった愛情に気が付けることも、ヒーローが死線をかいくぐり、真実を見る洞察力に目覚めた証拠です。
 新しい価値観はヒーローに与えられる代表的な宝の一つと言っていいでしょう。試練を潜り抜け、新しい価値観を得て内的問題を解決するのは物語の常套手段です。

 ステージ10 帰路
 行ってきたら帰らなくてはならない。
 行って帰ってくる。これも物語の最も原始的な構造の一つです。
 この帰路のシーンはヒーローがスペシャルワールドや最大の試練で得た教訓を実践する場である。
 ここでも試練にさらされるかもしれないが、多くの場合ヒーローはヒロインや仲間達と強く結びついている。このシーンはその団結を見せるのに最適な場だ。
 このシーンに象徴的に描かれるモチーフに追跡のシーンがある。マジックフライト(呪的逃走)と呼ばれ、神話や御伽噺に良く使われるシーンだ。
 日本神話の古事記でイザナギが黄泉の国に行ったイザナミに会いに行って、その姿に驚き、黄泉の坂道を逃げるシーンがあるでしょ?
 髪飾りを投げたら葡萄になり、櫛を投げたら筍になって、仕上げに黄泉の境に生えていた桃の木の実を投げて難を逃れますよね。
 追跡のシーンは物語のどこでも現れますが、この帰路のシーンで象徴的に現れます。
 最も危険な場所である洞窟は帰りもやっぱり危険なのです。
 宝を手にした瞬間、地響きを上げるダンジョン。 まずい! 崩れる! 逃げるぞ! 良くあるシーンですね。
 これも呪的逃走の一つのパターンでしょう。
 最大の危機でヒーロー達に分不相応な金品が渡されていたら、ここで投げ捨てさせるのは使い古されていますがいい手段かもしれません。
 お金や宝石を投げ捨てたって、ヒーロー達の手の中にはかけがえの無い宝が残っているものなのです。

 ステージ11 再生
 ヒーローはついに最もエキサイティングで掛け金(危険度)が最もつりあがった瞬間を経験します。
 それは物語の最後の黒幕との戦いかもしれません。黒幕との戦いはアクション活劇においてしばしこのステップとして描かれます。
 魔法使いの夜でも燈子さんとの戦いでは、はっきりと草十郎の死と再生が描かれていたでしょ? その前段階で青子にも死と再生のエピソードが有ります。この青子の死と再生のエピソードで草十郎は無謀であるとわかっていても戦いの場に赴くことを決意します。ネタバレを防ぐため詳しくは書きませんが、マホヨにおいて燈子さんとの戦いこそが再生のエピソードです。
 Fate/stay nightでは物語の当初、最強のライバルとして登場したバーサーカーを倒した後、バーサーカーよりはるかに力強く悪辣なギルガメッシュとの戦いが描かれます。
 ギルガメッシュも物語の当初、その正体を黒いベールで覆っていた黒幕でしたね?
 多くのストーリーでこの最大のクライマックスに死と再生のモチーフが描かれてきました。
 このステップにおいてついにヒーローの内的な問題は解決され、ヒーローは死と再生を得て生まれ変わります。
 再生は新しい何かを手に入れる瞬間でもありますが、古い何かが死に絶える瞬間でもあります。
 多くのストーリーではここでヒーローの古い習慣や彼を縛っていた想いは死に絶えます。
 あるいは積み上がりすぎた掛け金(危険度)はヒーローや仲間を実際に殺してしまうこともあります。
 映画タイタニックにおいてヒーロージャックは物語の最後、英雄的な自己犠牲サクリファイスを行って冷たい海で死んでしまいます。
 しかし彼の魂は物語の最後でローズの心の中に思い出として復活します。
 思い出としての復活と言うのもこの再生のステップに良く使われるモチーフです。
 死と再生は静かなシーンに描かれることもあります。冒険を共に戦った仲間や最愛の人物の墓前に花束を添える。ヒーローやヒロインの心の中に彼等の思い出が一瞬よみがえる。そんなクライマックスでも良いのです。
 死んで生まれ変わることでヒーローは真にヒーローへと変わっていくのです。

 ステージ12 帰還(宝を持っての帰還)
 多くのヒーローが最大の試練、再生のステップを経て、宝を持って元々いた場所(日常の世界)に帰還する。
 それは物語冒頭で示した日常の世界の風景に似ているかもしれない。しかし宝を持って帰った日常の風景は最初の風景とは見え方が違うはずだ。
 多くのストーリーでこの時点で欠落は回復されヒーローの内的問題は解決されている。
 しかし物語のラストとはそう簡単に描けるものではない。
 全ての問題が解決され、そしてみんな末永く幸せに暮らしました。と言うエンディングは時に物語の完成度を落としてしまうこともある。
 内的問題や外的問題も無事解決されるとは限らない。
 スラムダンクの桜木花道は赤木春子の気をひくためにバスケットを始めたあと、すぐにインターハイ全国制覇という目的を見出す。
 全国制覇こそがスラムダンクの外的な目的だ。多くの人がご存知だろうが、この外的目的は果たされず終わる。
 桜木が所属する湘北高校バスケット部は、最強の誉れ高い山王工業高校バスケット部との死闘に勝利こそするが、その過程で桜木が負傷して次の試合であっさりと負けて終わる。
 しかし物語の当初、目的が無く、人生に生きがいを見出せていなかった桜木は、バスケットと言う自己実現の道を見出す。
 負傷のリハビリをして再出発しようとする桜木を描いたのが、スラムダンクの帰還のシーンだ。
 Fate/stay nightセイバールートでは、士朗は聖杯戦争に勝利して、諸悪の根源である、聖杯を破壊して宿敵である琴峰神父達がもくろむ大惨事を防ぎ、しろうの養父のようなヒーローになると言う外的目的(実際には聖杯戦争における悲劇を食い止めると言う目的、ヒーロー云々はこの目的のための動機)を達成して終わる。
 しかしセイバーは聖杯と共に消えてしまい。彼は再び帰った日常の世界で一人で学校への道を歩く、彼にとっての想い人との欠けた家族の再生は成し遂げられることなく終わる。
 もちろん士朗はこの時点で多くの宝をもっている。セイバーの貴方を愛していると言う言葉と共に彼女との想い出はその最も輝かしい宝だ。
 そしてこの過程で観客も物語から宝を持ち帰る。教訓を得たり、涙したり、あるいはクスリと笑ったり。
 物語の最後は冒頭と共に最も物語製作者を悩ませるポイントだ。私なんかけっこう適当に作っちゃったりしますが(笑)
 もしどうしても悩んだ場合は自分の感覚を信じて、自分が終わらせたいように物語を終わらせてください。
 物語創作者に限らず芸術家が最後によりどころとするのは自分の美的感覚です。技術でも知識でもないんです。
 私は物語創作者として大成なんて望むべくも無い拙い人間ですが、それでもそれだからこそ最後は自分の感覚を信じます。
 物語創作者として大成したい人はぜひ、自分の美的感覚を磨いてください。どう磨くかって? 簡単です。
 いい映画を観ましょう、いい本を読みましょう、いいエロゲーをやりましょう。たまには駄作を読んだってかまいません。
 物語から宝を持ち帰りましょう。そうすることで自然と優れた美的感覚は身につきます。

 ヒーローズジャーニーそのまとめ

 さてアイデア出しから一転してヒーローズジャーニーの解説をしてきました。
 けっこうな長文になってしまいました。初心者向けにポイントを絞るなんていって、いきなりドカンと濃いテーマをやってしまいました。
 しかし物語論のなかでは、ヒーローズジャーニーは最もわかりやすく初心者向けだと思います。
 このアーキタイプも12のステップもただの骨組みです。
 これらのパーツは物語に何度登場してもよいですし、順番を入れ替えたり、あるいは一部を省略したってかまわないです。
 一つのストーリーの作り方として、物語論をガイドに用いて、不足するエピソードを補ったり、エピソードの順番を調整したりしてストーリーを作るという創作の手法があることをぜひ知ってもらいたかったのです。
 正直拙い文章でキャンベル、ボグラーの魅力を伝えきれたかどうか、そして物語論を語るとなるとどうしても他人のふんどしでってことになるので、少し心苦しいですが、ここを語らないと私なりのあらすじの書き方が完成しないものですから、先人の胸を借りるつもりで書かせていただきました。
 繰り返しますがここで紹介したヒーローズジャーニーは私なりに噛み砕いたもので、正確なヒーローズジャーニーの知識ではありません。
 正確な知識が欲しい人は、クリストファー・ボグラー著 ストーリーアーツ&サイエンス研究所発行 神話の法則を読んでみてくださいね。


 さて物語のあらすじが書けたら、プロットの仕上げ、箱書きへ進みましょう。ここまで物語論の長文を読んでくれた方ありがとうございました。
同人サークルぶるずあい


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