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久しぶりのシリアス回
五部
11話
 外は曇っているのだろう。
 昨夜は満月だったはずだが、今、窓から射しているのはとても淡い月の光。

 そんな淡い光の為か、ダクネスの細やかな表情まではうかがえない。
 だが…………。

「……す、すまない、おかしな事を聞いてしまったか……」

 そんな事を照れながら言うダクネスの、滑らかな白い肌がほんのりと赤く染まっていくのはよく分かった。
 いきなりこんな流れで、そんな事を言われても……。

「いや、そりゃ嫌いな訳は無いだろ。好きだよ、そりゃあ。もちろんアクアの事も。当然、お前の事も」

 俺の言葉にダクネスが、シンと静まり……。

「……それは私の事を。……異性として、では無く。……仲間として、好きなのだろう?」

 暗い部屋の中そんな事を、少しだけ寂しげに、ポツリと言った。

 ……あれ、なんだこれ。
 ヤバイ雰囲気だ。
 凄くヤバイ雰囲気だ。

 童貞で、女性と付き合った事がない俺でもそれぐらいは分かる。
 この会話は続けたらいけない気がする。
 絶対にマズイ気がする。
 なぜだろう、俺、まだ童貞で生乳すら拝んだことも無いのに。
 なぜだろう、俺、まだキスもした事無い人間なのに、なぜこんなリア充が陥るような悩みに直面しているんだろう。

 俺が答えに窮していると、ダクネスが、自分の右手に付いている枷の鎖を少しだけ引っ張った。
 ほんの、少しだけ。
 当然、それに釣られて枷が付いた俺の左手が引き寄せられる。

「なあ……。お前は、めぐみんの事が……。異性として好きなのか?」

 ダクネスが、言いながら、引き寄せた俺の左手を両手で包み込むようにして握りしめた。
 ほんのりと暖かく柔らかい、ダクネスの手の感触。
 それを感じながら。
 酷く緊張しつつ、なんて答えればいいのかを考えていた。
 めぐみんとの関係は、友達以上恋人未満。
 アクアやダクネスには内緒にって話だが、ダクネスには勘付かれてしまったのだろうか。

 ……俺はめぐみんの事を……

「……わ、分からない。正直言って、自分でもよく分からない。でも、嫌いじゃない。多分、異性としても好きなんだと思う。一緒に居るとなんか落ち着くし、何て言うか……。……めぐみんと居ると、自然体でいられる」

 何となく、そんな言葉が口から出ていた。
 それはきっと、今の正直な気持ちだったのだろう。
 普段特に意識はしていないが、以前めぐみんに告られてから、段々自分の中で存在が大きくなっていったのは感じている。

 めぐみんに告られたって所だけは省き。

 暗い部屋の中ダクネスと見つめ合い、俺はそんな今の気持ちを、そのまま伝えていた。

 なぜだろうか。
 自分でも分からないが、俺は誤魔化したり茶化したりする事もなく。
 ただ、そのまま伝えていた。

「……そうか」

 そう一言呟いて、両手で握っていた俺の手を、そっと俺の胸に押し戻し。
 ダクネスは、そのままゴロンと反対側を向いてしまった。
 …………。
 ダクネスは、そのまま何を言うでもなく静まり返る。

 ……いい加減、俺が何かを言おうとしたその時。

「このままがいい」

 ダクネスが、そんな事を呟いた。
 何が? とか。
 どう言う意味だ? とか。
 俺がそんな事を聞く前に、ダクネスが背を向けたまま。

「……このままがいい。アクアが何かやらかして泣き、お前がそれを、しょうがねえなーとか言いながら尻拭いする。めぐみんが魔法を放って物を壊し、お前がめぐみんと一緒に謝りに行く。私がバカな事を言い出したら、お前が怒ってくれて……」

 そんな、意味の分からない独白を、ダクネスは背を向けたまま並べていく。

「めぐみんの爆裂散歩に付き合って、皆で弁当を持って湖へ行ったり。私とお前が、くだらない事で取っ組み合いの喧嘩になったり。アクアが唐突に、どこかへ旅行にでも行きたいとか駄々こね出して、それをお前が、何だかんだ言いながら皆で旅行に行く計画を……」

 そんなダクネスの声が少しずつ震え声になっていく。

「それで、たまにはのんびりしたいとか言うお前の言葉とは裏腹に、そんな旅先では……また、何か問題が起こって……っ」

 俺は、ダクネスの肩に手を伸ばし、
「お、おい。どうしたんだよ、ちょっと落ち着けって」
 言いながら、こちらを振り向かせようと力を入れるが。

「……でも、お前が誰かと結ばれたら、きっと今の関係は変わってしまう。きっと、このままではいられなくなる……。このままじゃダメか? ずっと、このまま変わらずに……。借金返済の為に、お前があの手この手を使って、金を工面しようと色々やったり……。それで、予想外の強敵に出会って、皆で命からがら逃げ帰ったり。……あの頃のままじゃダメか?」

 頑なにこちらを向こうとしないダクネスは、そんな独白を続けていた。
 ……そして。

「……恋人が欲しいのか? ……それは、めぐみんじゃないとダメなのか?」

 こちらを向こうとはしないまま、ダクネスが静かに言った。

「い、いや……。恋人が欲しいって言うか……」
 俺がそこで言葉に詰まると。

「……ただ女が抱きたいというのなら、私でいいじゃないか。私なら、お前の望みに何だって応えてやれる。どんな事だって受け入れてやるぞ」

 このバカ女は何を言い出すんだ。

「お前は俺をバカにしてんのか。そんなんじゃねーよ、あれだ、その……」
 俺は再び言葉に詰まる。
 俺はどうしたいのだろう。

 ……と、ダクネスが肩を震わせているのに気がついた。
「……お前、今日はおかしいぞ色々と。どうしちゃったんだよ、本当に。一旦寝ろ。今日は寝て、また明日……」

 俺がそこまで言い掛けた時。
 ダクネスが、バッとこちらを振り向いて。

「……ッ」
 その顔を見て息を呑む。


 泣いていた。
 ダクネスは、ポロポロと涙を溢し。
 そのまま、ダクネスの肩を掴んでいた俺の右手をギュッと握ると。

「私じゃダメか……? ……私じゃ、ダメか……っ?」
 泣き顔でそんな事を言ってきた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺は、子供の様に泣き続けるダクネスの、その肩に手を置き続けたまま掛ける声も思いつかず。
 一体どれほどの時が経ったのだろう。

 泣いていたダクネスが、俺の手をそっと手に取り、自分の肩から引き離した。
「……みっともない所を見せたな」
 ダクネスは、まだ鼻をグスグス鳴らしながら、赤い目で恥ずかしそうに呟いた。

 女性に泣かれるとか、ハードル高過ぎてどうしたら良いのやら。
 いつもアクアを泣かせているのとは訳が違う。
 こんな時、気の利いたセリフが思い浮かばない。
 と言うか、なぜいきなり泣き出したのかも分からないから俺は未だに童貞なのだろう。

 ダクネスが、泣いた後の赤い目でジッと見てくる。
 何か、俺の言葉を待っている様な、そんな顔で。
 何を言ったら良いんだろう。

 俺が何も言えず、狼狽えながら黙り込んでいると、ダクネスが俯き、ぽつりぽつりと独白を始めた。

「……私は、本来ならばあの領主の物になっていた身だ。でも、それをお前が救ってくれた。助けてくれて、自由をくれた。……今の私が望むのは、お前に貰ったこの幸せな生活を守る事。皆で変わらずにこのままでいれるなら、その為なら私は……」

 …………。

「だからって、自分がその身を差し出すってか? お前はバカなのか。あの領主の時もそうだったな、自分の身を差し出して何とかしようとか。俺を見くびるなよダクネス、俺は別にその、そういった事がしたいから恋人が欲しいって言ってるんじゃないし、恋人になってくれるなら誰でもいいと言ってる訳でもない。……その。…………めぐみんに、告られたんだ。それから、何か……。俺の中でも段々と、めぐみんの事が気になりだして。で、何かその……、ああ、俺もめぐみんの事が好きなんだな……って意識する様になって……」

 自分でも何が言いたいのかよく分かっていない、そんな俺の言葉を、ダクネスが俯きながら無言で聞いていた。

「……私も」

 ダクネスが、俯いたまま。

「……私も、お前の事が好きだ」

 唐突に、そんな事を言って……。
 ……えっ、ちょっ……。

 突然の告白に、戸惑いながら息を呑む。
「……最初はただ漠然と、好みのタイプの男だと思っていた。……お前は……。外見はパッとせず、スケベで、出来るだけ楽に人生送りたいと人生舐めてるダメな奴で。働きもせずに朝から酒を飲んでみたり、しまいには借金まで作って。……フフッ」

 こいつの好みのタイプの男って、そういやそんなろくでなしだったな。
 少なくとも、こいつが全く俺を褒めていない事はよく分かった。
「その借金の原因に、お前も絡んでいた事を忘れるなよこら」

 そんな俺の言葉に、ダクネスがくすりと笑う。
「なら、借金分を今こそ身体で返そうか?」
「すいません、もう言いません、すいません」
 すかさずヘタれる俺の言葉に、ダクネスが可笑しそうに肩を震わす。

 ダクネスは、顔を伏せたままで尚も続ける。
「……そんなお前が、色んな強敵を相手どり、次々と倒していったのには胸がすく思いだった。お前よりも強くて経験もある魔剣使い。遥かに格上の魔王の幹部。数え上げたらキリが無いが、お前は何時だって私を驚かせてくれたな。……あの領主の前で金をぶち撒けた時なんて、堪らなかったぞ」

 …………。
 今度は一応褒めてくれているらしい。

「……最初はどうしようもなかったお前は、ドンドン変わっていったな。どんな相手でも、どんな強敵でも。最弱職のお前は、特別強力な装備に身を固めるでもなく。変わった形の特注の片手剣一本携えて、どんな難題でも解決してきた。そして、いつの間にかあんな莫大な借金までどうにかしてしまって……」

 ダクネスの言葉を聞いていると、何だか自分が凄い人間に思えてくるから不思議だ。

「お前はいつの間にか、私の好みとはかけ離れていったな。最近でこそ仕事もせずにゴロゴロして、昼間から酒を飲んだりもしているが。……いつの間にか、私の好きなダメな男のタイプからはかけ離れていった」

 なんだろう。

「……お前が好きだ。最初は、お前が私好みのタイプのダメ男だったから、惹かれていった。だがいつの間にか……。私の好きなタイプは、お前自身になっていた。もう、お前がどんな人間に変わろうとも、きっと、私はお前の事が好きなのだろう」

 なんだろう、ヤバイ。
 嬉しい。
 凄く嬉しい。

「お前が好きだ。……そしてお前は、めぐみんが好きだと言う。だがそれでも、私はお前が好きだ。……私は、めぐみんも好きだ。アクアも好きだ。今の、皆の関係を壊すぐらいならばと、ずっと胸の内に秘めておくつもりだった。でも……」

 ダクネスが、顔を上げた。
 そして、俺の顔を真っ直ぐ見る。
 泣いて、赤くなった目で。
 涙の跡が残るその顔で。
「私は、あまり我慢強く、強い女では無かったらしい。私はめぐみんの事も好きなのに。……お前をとられてしまうのが、辛いし、怖い」

 大切な何かを失う事を恐れている、まるで怯える少女の顔で。

「……なあカズマ。……私じゃ……ダメか……?」

 返事を聞くのを怖がるように、恐る恐る言ってきた。

 ああ、ヤバイ。
 嬉しい。
 ダクネスに、好きだと言って貰えるのが凄く嬉しい。
 ……こんなにも、嬉しいのに。




 ヤバイぐらいに胸が痛い。




「ダクネス……。その……」

 胸が苦しい。
 本気で苦しい。

「ダクネス、俺もお前が嫌いじゃない。と言うか、俺の今までの人生振り返ってみて、お前みたいな美女に好かれるなんて、まず無かった」

 苦しい。
 言ってて苦しい。
 畜生、なんでこの世はエロゲーみたいな世界じゃないんだ。

 俺は胸の痛みに泣きそうになりながら、泣いた後の顔でジッとこちらを見上げているダクネスを、至近距離で真っ直ぐ見詰め。
「……俺はさ、もとの国じゃ、色恋沙汰なんて全く縁がなくってさ。まあ、ずっと思ってたよ。このまま一生誰とも付き合うこと無く終わるんだろうなあ……って。女の子とロクに会話もせずに、一生を終えるんだろうなあ……って。そんな俺がお前に好きだと言われてる。嬉しくない訳が無い」
 俺の言いたい事、俺の真意を読み取ろうと、ダクネスが不安そうな顔でジッと俺を見ていた。

 ……胸が苦しくて、泣き出しそうだ。
 ラノベみたいに、ゲームみたいに。
 ハーレム系の漫画みたいに。
「……でも。……ごめん。俺は、既に誰かに告られた状態で、他の誰かに臆面もなく好きだとか言えないし、二股掛けれるほど経験に長けてる訳でもなきゃ、そこまでのクズでもない。……俺は、お前とは付き合えない」
 都合良く、丸く収まってくれればいいのに。




 ダクネスは、スッと目を閉じ、顔を伏せた。










 お互い無言のまま、一体どれだけの時間が過ぎたのだろう。
 やがてダクネスがポツリと呟く。

「……ありがとう、真剣に答えてくれて。……困らせて、悪かったな」

 言いながら、そのままベッドの上に上体を起こし、何か吹っ切れた様に笑みを浮かべた。

 それは、いつもの自信に満ちたダクネスの笑み。
 穏やかさを兼ね備え、それでいて芯の強さも秘めた笑み。

 吹っ切れた様なダクネスは、スッと両手で、顔の前に掛かっていた髪を払うと、そのまま立ち上がり、清々しそうな顔で腕を組んだ。
 そのままダクネスは、自信と慈愛に満ちた顔で笑い掛けてくると。
 俺にクルリと背を向けて、堂々とした背中を見せた。
「……ではな、カズマ。また……明日。……やはり私はお前が好きだ。幾らでも上手い誤魔化し様はあるのに、こうしてちゃんとケリを付けてくれた、お前が……」
 言いながら、ダクネスがそのまま部屋から……、
 おい、ちょ!

「待っ……!」

 ジャラリと鳴る鎖の音。
 場の雰囲気で熱くなったせいか、お互いが繋がれている事をすっかり忘れ、格好良い締めのセリフを言いながら勢いよく退出しようとしたダクネスは。

「ハブッ!?」

 俺の左手に繋がれた鎖に、思い切り右手を引っ張られ。
 そのまま、寝ていた俺の上体を引っ張りながら、繋がった右手を軸に半回転し、ベッドの縁に顔面から突っ込んだ。

 …………。
 ダクネスは、痛かったのか、そうじゃないのか。
 顔面からベッドの縁に突っ込んだまま動かない。

「……お、おい、大丈夫か……」

 その言葉にダクネスは、顔を俯かせて俺に顔を見せないで、そのまま絨毯の上に三角座りした。
 そして、そのまま顔を膝に埋める。

 見れば、微かに肩が震えている。
 そして、僅かに覗く耳の部分が恥ずかしさの為、真っ赤に……。

「……………………ぶふっ!」
「ッ!?」

 俺が思わず吹き出してしまったのは、これはもう仕方ないんじゃないだろうか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「フーッ……フーッ……! ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやるっ! そして、お前を殺して私も死ぬ!」
「そして朝になったら、二人仲良くアクアに蘇生されるんですね、分かります! 笑ったのは悪かった! でも仕方ないだろうが、お前も悪い! 緊張した後にあんな事されたら笑わないわけねーだろ!」

 こんな深夜に、現在ダクネスとチェーンデスマッチ中。

「私は、あれで本気だったのだ! 女が勇気を出して告白し、その後どんな失敗をしたとしても、それを笑う行為は殺されたっておかしくはない! ……ああ、そうだ……。コイツは、この男はこういうヤツだった……っ! おい、せめて一発殴らせろ!」

 理不尽!

「お前、だってだって……! あんな真面目な顔して立ち去ろうとしておいて……! ふっ……、ぶはっ……!」
「ぶっ殺してやる!」

 先ほどの状況を思い出し、再び笑ってしまった俺にダクネスが掴みかかってくる。
「わ、悪かった! 分かった、分かったよ! 俺が悪かった、確かにあそこで笑ったのは悪かった! 一発な! 一発殴らせてやるからそれで勘弁!」

 俺の言葉にダクネスが、振り上げていた拳をスッと下ろし。

「……分かった。なら、その場に立って目を閉じろ」
 ハアハアと荒い息で、俺を睨みつけながら言ってきた。

 怖いんですけど。
 怖いんですけど!

 畜生、怪力のダクネスのパンチでも、一発ぐらい耐えられるだろう!
 耐えられる……!
 耐えられる、はず……!

「いくぞ。覚悟はいいな?」

 絨毯の上に立ち、目を閉じた俺の前にダクネスが身構えた。
 俺は覚悟を決めて。

「ど、どんと来い!」

 そう言った、目を閉じたままの俺の顔に何かが触れた。
 触れられた瞬間にビクリと身を竦ませるが、それは俺の頬を撫でるダクネスの手。

 そして、俺の唇に柔らかい物が押し付けられる。

「……!?」

 キスなんてした事も無かった俺だが、押し付けられたそれが何なのかは、目を閉じていてもなぜだか一発で分かってしまった。

 目を開けると、怒った様な表情ながら、その顔を耳まで赤く染めたダクネスが、左手で俺の頬を撫でている。
 そして、俺からそっと離されるダクネスの唇の隙間から、チロッと舌先が見え、俺の唇と触れ合った部分をペロッと舐めた。

「おっ……、お前……っ!」

 何かを抗議するべきなのだろうが、何をどう言えばいいのか。
 俺が言葉に詰まっていると、ダクネスが鎖に繋がれた右手を引き、俺の左手を引き寄せる。
 そのまま俺の手首を掴むと、俺の耳元に口を寄せ。

「……先ほどまでは大人しく諦めるつもりだったが、もう止めだ。私は私らしく生きる事にする」
 そんなゾクゾクする事を囁いた。
 そしてそのまま、俺の手首を掴んだままでベッドに倒れ込むように俺ごと押し倒してくる。

「おい、ど、どうしたダクネス! 待て! マズイ、この流れはマズイって! 何がマズイって凄くマズイ!」
 ベッドの上に押し倒され、そのままダクネスにのしかかられながら、俺はこの状況をどうしたらいいかを考えた。
 そんな俺に、ダクネスが頬を染め、荒い息で言ってくる。

「実は最近、お前とめぐみんが良い感じになっている事を、あるチンピラに話したら助言を受けてな。……その男はこう言った。……お前は仲間を守るクルセイダーだろ? なら、自分の身を犠牲にして試してやれ、と。仲間の魔法使いを案じるのなら、お前は遠慮なく迫ってやれ! と。それでお前に奪われる男なら、そんな男に仲間がたぶらかされなくて良かったと喜べ。……奪えなかったら、仲間が遊びではなく、本気で愛されてるんだと喜べ! ……と」

 ダクネスを煽ったのはどこのチンピラだ、ぶっ飛ばしてやりたい。

「よし分かった落ち着け。こ、こんな流れでお互い初めてを失っちゃうってのはあんまりにもあんまりだと思うんだ、まあ落ち着……けっ!?」

 言いながら起き上がろうとした俺の、左手を。
 ダクネスがしっかりと右手で掴み、そのまま体重を掛けるようにベッドの枕元へと押さえつけた。
 当然俺は、上体が完全にベッドに横たわる体勢となる。
 ダクネスは、そのまま俺の左手を枕元に押さえつけたまま、俺の腰の上へとマウントを取るように跨ってきた。

 これはイケナイ。
 この体勢は本格的にイケナイ。

「おい待てダクネス、本気で落ち着け! 止めろって、マズイマズ……!」

 尚も説得しようとする俺の顔のすぐ右脇に、ハアハアと上気した荒い息を吐きながら、ダクネスが左手を添えて撫でてくる。
「いつか、私の実家でお前に押し倒された事があったが……。今夜は立場が逆になったな……!」

 これはイケナイ、本当に。
 何がイケナイかと言えば、具体的にはアレがああなる。

「……? ……あっ……」

 腰の上に跨っていた為、気付いたのだろう。
 ダクネスが、恥ずかしそうに小さな声で呟いた。
 だが、アレがああなった後だというのにダクネスはその場から降りようとしない。

 ダメだ、流されるな、こんなエロゲームみたいな展開に流されるな!
 冷静になれ佐藤和真、お前はめぐみんを裏切るのか?
 このまま流れに身を任せれば、健気に尽くしてくれためぐみんの気持ちを裏切る事に……!
 いかにダクネスに無理やり襲われ、抵抗が出来なかったという大義名分があるとはいえ……!

 ダクネスが、若干恥ずかしそうにしながらも、俺の頬に左手を付けてそっと撫でながら顔を寄せる。

「や、止めろお! こんな事は止めろダクネス! くそう、なんて事だ……! 最弱職の俺の筋力では、上級職のお前の力には力負けしてしまう……っ!」

 俺は必死にダクネスに呼び掛けながら、空いた右手で……!

 ……空いた右手……。

「おいダクネス、右手! 俺の右手が空いてる! お前の空いた左手で、俺の右手を掴んでおかないと俺に抵抗されるだろうが! 俺は不死王の手なんて厄介なスキルを持ってるんだ、気を付けろ!」
「えっ? あっ……!」

 俺のそんな指摘に、ダクネスがハッとしたように慌てて俺の右手首を押さえてきた。
 なんて事だ、これで俺は両手の自由を奪われてしまった。

 クソッ、俺にはめぐみんが……!
 ここでむざむざと好き放題されてしまう訳には……!
 俺が必死になってダクネスの下でもがいていると。

「……おいどうした。なぜ止まる?」
「……えっ? い、いや、お前を押さえつけるのに両手が塞がってしまったから、どうしようかと……」
 俺の両手首を掴んで押さえ込んだ状態で、ダクネスがそんなくだらない事を言ってくる。
「バカ、お前の口は何の為に付いている! 既に俺の上半身は裸なんだぞ、その口でやりたい放題が出来る状況じゃないのか!?」
「あっ……! そ、そうか……」

 ダクネスが、狼狽えながらも俺の首筋に向けてその舌先を……!

 舌先が触れるか触れないかの所で、逡巡するかのように戸惑っているダクネス。
 そんなダクネスに、俺は悲痛な声を上げた。

「クソッ、そんな、じらしプレイだなんて流石エロネス、だが俺は屈しない! でも、躊躇してないで早くやってください!」
「あっ、ああ! では、い、行くぞ……!」

 ダクネスが、言いながらその舌先を……!

「あっ、ちょっと待って! 何かもう、下半身がパンパンに! ちょっとだけ下を先に緩めてくれ! いいか、ちゃんと……。口では嫌々言っていても、身体は正直じゃないか……! とか言いながらベルトを緩めるんだぞ!」 
「あっ、ああ、分かった……!」

 言いながら、ダクネスが俺の手首から両手を離してベルトに手を……!

「バカ、両手を離すヤツがあるか! ちゃんと俺が抵抗できない様に掴まえておけ!」
「あっ! す、すまないっ!」
 俺の鋭い叱咤に、ダクネスが反射的に謝った。

「こう、残念だが俺の上からちょっと降りて貰ってだな、寝ている俺に対して横側からのしかかるように……。そうそう、それで、お前の右腕の二の腕の辺りで俺の左手首を、そして、そのまま更に右手を伸ばして俺の右手首を掴む。……そうそう、そうすればお前の左手が空くだろ? ああ、そのまま俺が起き上がれないように、お前の巨乳を俺の腹とか胸に押し付けながらだな……!」
「こ、こうか……! よ、よし、空いた左手でベルトを……!」

 俺の悲痛な声での指示により、ダクネスが抵抗もできない無力で哀れな俺のベルトを……!

「いだだだだだだ! 締めてどうする! 外すんだよ! ベルトを外すんだ! そして、ふふっ……、随分と苦しそうじゃないか……! とか言いながら、少しずつベルトを外すんだぞ!」
「は、はいっ! ぶ、不器用ですまない……っ! ふ……、ふふっ、随分と苦しそうじゃないか……! ここは既に、嫌だなんて言ってはいないな……!」
「いいぞ、ナイスアドリブだ!」

 抵抗できない俺に対してダクネスが、左手でベルトをゴソゴソと……。

「あ、あれっ? あれっ?」
「おい、早くしろよ! 頑張れ! もっと頑張れよ! 後、ベルトを外す際は、口が空いてるんだからな、ちゃんと空いた口で無抵抗な俺の裸体に対して、どうする事が出来るかをよく考え……!」







 バンとドアが開けられた。

 開けられたドアの前に立っていたのは、不機嫌そうな表情のめぐみんと、グッタリと疲れた顔のアクアの姿。

 それを見て、俺はすかさず悲鳴を上げた。

「助けてえ! この女に犯される!」
「ああっ!?」








 手にした鍵で、アクアがカチャカチャと手枷を外していく。
 アクアが、全ての闇を見通すと自称する、夜でも昼間の様に見えるという、暗視で見つけた枷の鍵。
 わざわざアクアを叩き起こしためぐみんは……。
 先ほどカードゲーム勝負で手にした、アクアになんでも言う事をきかせる権で、ダクネスが朝捨てた、枷の鍵を探させていたらしい。
 なぜそんな事をしたかと言うと……。

「全く、こんな夜中に近所迷惑な……! 二人共、仲良くと言ったんですよ……! 誰が夜中に騒いで喧嘩しろと言いましたか」

 そんなめぐみんの説教を聞きながら。
 ダクネスは、部屋の絨毯の上に正座していた。

「……す、すまない……」

 仁王立ちで腕組みしているめぐみんに、ダクネスが正座したまま頭を下げた。

「私、もう眠いんですけど。鍵探すの頑張ったし、もう寝たいんですけど」
 眠そうに言うアクアに、めぐみんがご苦労様と告げてやると、アクアはそのままフラフラと部屋を出て行く。

 枷を外された俺はと言えば、ベッドの縁に腰掛けて、足をブラブラさせてめぐみんの説教を聞いていた。
 めぐみんに、頭を下げるダクネスに。

「まったく、とんだ女だよお前は。寝ている俺の体に欲情していたずらしたばかりか、激しく抵抗する俺にあんな事を……!」
「あっ! き、貴様という奴は……!」
 俺がそんな事を言うと、ダクネスが正座したままこちらを睨んだ。

 …………めぐみんも。

「…………」

 なんだか、全て分かっているとでもいう様なめぐみんの視線に耐えかねて、俺はベッドから降り、ダクネスの隣に自ら正座した。

「……俺も何となく正座しときますね」
「良い心がけだと思います」

 めぐみんのそんな返事に、ダクネスが俺の横目で見ながらざまあみろとばかりにほくそ笑む。

 このやろう。

 そんな俺とダクネスを見て、めぐみんがため息を吐いた。

「まったく。一晩一緒に居ればお互い少しは素直になるかと思ったのに……。……ダクネスは、ちゃんと想いは伝えられたんですか?」
「「!?」」

 めぐみんの言葉に、俺とダクネスは二人揃ってギョッとする。
 こいつはどこまで見越してるんだろう。
 紅魔族の知力侮り難し。
 本当に、こいつはなぜ普段からこの知力の高さを生かしてくれないんだろうか。

「そ……その……。めぐみん、すまない……」

 ダクネスが、正座したままシュンとなり。
 そんなダクネスに対し、めぐみんが、
「……? 何を謝るんですか? 私はカズマと付き合っている訳ではありませんし、カズマが誰を選ぼうが私がとやかくは言えませんよ。ダクネスは、ちゃんとカズマに想いを伝えられましたか?」
 そんな大人な意見を言いながら、ダクネスに優しく微笑み掛けた。
 そんなめぐみんに、ダクネスが両手の拳をギュッと握ったまま正座した膝に置き、めぐみんを見上げてコクコク頷く。
 それを見て、めぐみんは一層嬉しそうに微笑んだ。
 その姿は、俺には何だか、一人で何かをやり遂げて、それを母親に報告する子供と、それを優しく見守る母親を思わせた。
 めぐみんの方が年下なのに。

 なんだろう、そんなめぐみんを見ていると、少しだけ胸が苦しくなる。
 アレか。
 これは、少しは妬いて欲しいとか、そんな感情なのだろうか。
 俺が誰を選ぼうがとやかく言えないって言葉が地味に痛かったのかもしれない。

 俺は自分でも、なんて面倒臭いヤツだと思う。

 そんな複雑な心境の俺に、めぐみんが、そんな俺の気持ちも全て分かってるとでも言う様に笑い掛けてきた。
「甲斐性の見せ所ですね。私達二人に愛想尽かされない様に。たまには、派手にモンスター退治する格好良い所を見せて下さいね」

 そんなめぐみんの言葉に、ダクネスが追従するようにコクコクと頷く。
 そういやダクネスは、昔は、働かないダメな男が良いとか言っていたクセに。
 それが今回の徴税騒動といい、一体どんな心変わりだ。

 ああクソ、こうまで言われたら何時までもニートやってる訳にもいかないよな。
 俺は苦笑しながら二人に言った。

「しょうがねえなあ……!」

 そんな俺の言葉に、ダクネスとめぐみんが嬉しげに笑い。
 やがて……。




「そう言えば。一応聞いてはおきますが、どうせ何も無かったんですよね?」
 めぐみんが、ちょっとだけソワソワしながらそんな事を聞いてくる。
 ……あれっ、ちょっとは妬いてくれてたりするんだろうか。

 そんなめぐみんに、
「ああ、この男は激しい抵抗を見せて私に何もさせなかった」
 ダクネスは、しれっとそんな事を言いながら、俺に対してイタズラっぽい視線を投げ掛けてきた。
 なんだろう、何だか手玉に取られているみたいだ。

 それを聞き、どこかホッとした様なめぐみんと、ちょっと勝ち誇った様にチラチラこちらを見てくるダクネス。
 そんな二人になんとなく。

「……そういや、さっき目を閉じてる時にダクネスに不意打ちでされたアレって、俺、ファーストなんたらってヤツでした」
「「!?」」


 めぐみんの顔が引きつり、ダクネスがバッと顔を伏せた。


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