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五部
5話
 ダスティネス邸。
 アクセルの街において最も大きなその邸宅は、厳戒態勢がとられていた。
 普段は少ない使用人も、見栄えの為か今日はその数を増やしている。
 それもその筈。
 既に王国よりの使者である第一王女が、先日からこの屋敷に泊まっているからだ。

 只今の時刻は夕刻過ぎ。

 そんな、ダスティネス邸の玄関にて。
「サトウカズマ様。並びに、皆様方。当屋敷にご足労いただき感謝いたします。本日は、わたくし、ダスティネス・フォード・ララティーナがホストを務めさせて頂きます。どうかご自分の家だと思い、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」

 純白のドレスを着たダクネスが、長い金髪を鎖骨の辺りで綺麗に三つ編みにし、それを右肩から前に垂らしている。
 真っ白で清楚なドレスだというのに、元々の体付きの所為か何だかえらくエロい。
 完全に貴族の令嬢にしか見えないダクネスが、後ろに数人の使用人を引き連れて俺達に深々と頭を下げて、そんな丁寧な挨拶をしてきた。

 完璧な作法で丁重なもてなしを受けた俺達も、ここは何か挨拶を交わすべきか。
「ほ、本日はごまねき……」
 いきなり噛んだ。

 俺が噛んだ事で、柔らかな微笑を湛えていたダクネスが、一瞬で顔を赤くしてバッと顔を俯かせた。
 肩を震わせている所から、笑いを堪えているらしい。
 この野郎。

 慣れない事はするものではない。
「おいダクネス、笑ってないで案内してくれ。この服、窮屈で辛いんだよ」
 そんな俺は貸し衣装屋で借りた黒スーツ。
 タキシード的な物は、一緒に借りてきて着用した所をアクアとめぐみんに思い切り笑われたので、一生着ないと心に決めた。
 アクアとめぐみんは、結局ダクネスのドレスを借りるらしい。

「それでは皆様方、どうぞこちらへ」
 ダクネスは未だ肩を震わせながら俺達を、屋敷へと招き入れた。







「少々こちらでお待ちください。只今、お嬢様がドレス等を見繕っておりますので」

 そう言われながら、使用人に通されたのは応接室。
 そこのソファーに座らされ、使用人はお茶を入れてくれた後は、ごゆっくりと言い残して部屋を後に。
 流石は大貴族の応接間。
 質素に見えても、ちゃんと失礼にならない程度には金をかけている。

 しばらくは大人しく座っていた俺達だが、すぐさま大人しく待っているのに飽きがきた。
 俺は応接間の中を落ち着きなくウロウロしながら、飾られている調度品の数々を手に取って見る。
 その価値は鑑定眼を持たない俺には分からないが、きっとどれもこれもがお高いのだろう。
 例えば、この飾ってある絵画など。
 一見子供の落書きにしか見えない絵だが、前衛芸術と言うヤツだ。
 俺はその絵を見ながら顎を撫で、ふうむとか言いながら、いかにも絵心が分かる風を装ってみる。

「カズマ、そんな落書きが気に入ったのですか?」
 芸術を分かっていないめぐみんが、俺が眺めていた絵を見てそんな事を言ってきた。
「おいおい、これだから無教養の人間は。これは前衛芸術と言ってだな、見る人が見れば素晴らしい物なんだよ。これはきっと、名のある画家が描いた物だな」
 知ったかぶって言う俺の言葉に、めぐみんがほうと感心する。
 ソファーにくつろぎお茶をすすっていたアクアが言った。
「絵心のある私の目からすると、それはただの落書きだと思うの」

 全く、こいつまでそんな芸術の分からない事を。
 絵が上手いのと鑑定眼がある事とは別物なんだな。
 そんな中、ダクネスが部屋の中に入って来た。

「待たせたな皆。……おいカズマ、その絵は私が子供の頃に父を描いた物だ。それを気に入った父が客に自慢する為に飾ったのだが、恥ずかしいからあまり見ないで……、こっ、こらっ何をする! 三つ編みを引っ張るな!」

 アクアとめぐみんのからかう様なニヤニヤ笑いを受けながら、大恥かいた俺がダクネスの三つ編みを引っ張っていると、使用人がドレスを持って入って来た。
 使用人がドレスを持ったまま俺達に一礼し、隣の控え室へと消えていく。
 ダクネスに続き、アクアとめぐみんも隣の部屋へと入っていった。

 やがて……。
「ねえダクネス、腰の辺りがブカブカなんですけど。もっと腰回りが細いのがいいんですけど」
「そ、それが一番腰回りが小さいサイズなんだ……。仕方ないだろう、クルセイダーは筋肉が無いと……! めぐみん、どうした?」
「……何と言うか、ストンと落ちます。胸も腰も大きすぎます。もう少し小さいのは……」

 隣からそんな楽しそうな声が聞こえてきた。

「その、無い事はないんだが……。一応そのドレスは私の子供の頃の……、痛たたた! めぐみん、三つ編みを引っ張らないでくれ!」

 しばらく、中から使用人とのやりとりが聞こえ、手早くドレスの手直しをしたのか……。
 やがて、疲れた表情のダクネスが二人を引き連れて部屋から出てきた。

「……ほう」
 俺が思わず声を出すと、めぐみんがそれを聞いて恥ずかしそうに少し俯く。
 肩口がむき出しになっている所為で白い肌が大きく露出し、それと相反する黒いドレスのおかげでなんだかえらく艶かしく見える。

 ついで、純白のドレスに身を包んだアクアが現れた。

「カズマ、見て見てー。どう? 馬子にも衣装ってヤツよ」
 それは褒め言葉じゃないんだが、まあ今のアクアには合っている言葉だと言えるのか。

 普段の青を基調とした羽衣ではなく、純白のドレスに身を包んだアクアは、黙っていれば本当に女神だと崇められてもおかしくは無い美しさを誇っていた。
「ちょっとカズマ、これだけ美女揃いなんだからちょっとぐらい褒め称えて崇めてみたって罰は当たらないわよ?」
 本当に黙っていればいいのに。

「はいはい綺麗綺麗。そんな事よりお姫様だ。昨日からここの屋敷に泊まってるんだろ?」
 俺は期待もあらわにダクネスに尋ねると、ダクネスが心底不安気な表情を浮かべた。
「……本当に、無礼を働くなよ? お前はたまに、素でとんでもない暴言を吐く時があるからな。冒険者は口の悪い者が多いと言うことで多少は多目に見られるかも知れんが、言葉遣い一つで本当に首が飛びかねんからな?」

 そんなダクネスの言葉を聞きながら、俺の期待は否が応にも高まっていく。
 お姫様。
 そう、お姫様である。
 美人でたおやかで、花と蝶と小鳥とかを愛するようなお姫様。
 いや、冒険話を好むと言うから案外お転婆なのかも知れない。
 やる事なす事ことごとく失敗していた俺達が、とうとう王族が会いに来るまでになった。
 これは多少は調子に乗ってしまっても仕方ないのではないだろうか。

「おいお前らに言っておく。……屋敷は惜しい。愛着も湧いてきた俺達の屋敷は惜しいが、もしお姫様が俺を親衛隊か何かに是非にという話が出たら、俺は引越しも考えてしまうかも知れない。その辺は覚悟してくれ」
「お前の頭の中ではどれほどまでに話が進んでいるんだ。唯の表彰と言っているだろうが」

 ダクネス自らの案内を受けて、俺達はパーティ会場に向かう。
 途中で見かける様々な調度品。
 それらをアクアが目ざとく見つけ。
「ほう、これはなかなかの物のようね……」
 物珍しそうにアクアが取っ手付きのツボをしげしげと。
 こいつはドラゴンと鶏の卵の見分けは付かないクセに、美術品の目利きは出来るらしい。

 そんなアクアが見ていたツボに興味を示し、俺はそのツボを何気なく持ち上げる。
 結構重い。
「これって高いのか? 幾らぐらいする物なんだ?」
「お、おい……。あまりあちこち触らないでくれ、それは父が大切にしていたツボで……」
 ダクネスが、俺が持ち上げたツボの両サイドに付いている取っ手に何となく手を伸ばす。

「私のくもりなき鑑定眼で見た所、このツボは……」

 パキャッ!

「「あっ!?」」
 そんな音が響く中、ダクネスと俺の小さな声と共に、その手の中にはもぎ取られたツボの取っ手が。
「……このツボは、私の見た所ゴミになったわね」
「どどど、どうしよう! 父の物なのにどうしよう!」
 ダクネスが折れた取っ手を手にしながらオロオロと。

「おっ、落ち着け! 親父さんは今居るのか!? 居るのなら、お姫様の前で打ち明ければ高貴な身分のお客様の手前、怒れないだろう! 居ないなら、とりあえずご飯粒か何かで応急処置をしつつ、親父さんが手に取った時にうっかりツボが床に転がり落ちる位置に配置換えしておけ!」
「な、なるほど、それだ! さすがカズマ、機転が利くな! 父はこの話が来た時点で私に全てを押し付け逃げた! 倒れやすい位置に置いて、使用人達には触らないようにと厳命しておこう!」

 俺とダクネスのやり取りを聞いていた使用人の女性が言った。

「…………お客様申し訳ありませんが、当家のお嬢様は世間知らずでございますので、あまり変な事を教え込まれませんよう…………」








 晩餐会用の大きな部屋。
 俺達はその部屋の扉の前に立っていた。

 その先頭に立つダクネスが、改めて俺達を振り向くと。
「よし、いいなお前達。相手は一国の姫君だ。……カズマ、お前は何だかんだ言って常識は一応はあるし、あまり心配はしていない。アクア、お前は過度な芸は止めて欲しい。危なっかしそうな物は特に。めぐみんに関しては……。今から身体検査をさせて貰う!」
「ええっ!? ままま、待ってくださいダクネス、なぜ私だけ!? 身体検査も何も、先ほど同じ部屋で一緒に着替えを……! ああっ、待ってください、カズマが見てます! ほら、ここぞとばかりにカズマがガン見してますって!」

 目の前で揉み合いを初めた二人を見ながらアクアに言った。
「お前、どんな芸をやらかすつもりだ?」
「やらかすって何よ、失礼ね。せっかくの王族相手なんだから、お姫様にだけ見せるってのもつまらないわ。即興で似顔絵を……。それも、砂絵で仕上げてみようと思うの」
「ほう。お前はホントに色々出来るなあ……」

 そんな俺達の前では。

「ほらみたことか! めぐみん、何だこれは! このモンスター避けの煙玉と、空気に触れると爆発するポーション! これを何に使うつもりだったんだ! 不自然に胸元が大きいから気になっていたんだ!」
「やりますねダクネス、しかし私には第二第三の派手な演出手段が……!」

 未だじゃれ合う二人を見ながら、ドレスの着付けの時からずっと付いて来ていた使用人が、深くため息を吐きながら。
「……とばっちりで私達にまで被害及ばないかしら……」

 同感ですよ。







「……では行くぞ。いいか、王女様の相手は主に私がするから、お前達は飯でも食いながらただ頷いてくれていればいい。私がその都度説明する」

 言いながら、ダクネスが先頭に立ち扉を開けた。

 そこは広く、そして派手過ぎないながらも高級感は醸しだされている晩餐会用の広間。
 中は燭台に明々と火が灯されて、それなりの明るさを保っていた。
 そして数名の使用人が、テーブルを囲む様に無言で待機している。

 真っ赤な絨毯がしかれたその部屋には、大きなテーブルの上に色とりどりの豪勢なご馳走が並べられ、そのテーブルの奥には、ダクネスやアクアと同じ、純白のドレスを着た女性が座っていた。
 その後ろには二人の年若い女性。
 一人はドレス以外武器を帯びてはいないものの、その手に輝くファッションを無視したゴテゴテした指輪の数々で、恐らくは魔法使いなのだろうと伺わせた。
 この女性がテレポートを使って送り届けてきたのかも知れない。

 そしてもう一人は恐らく護衛の騎士なのだろう。
 その女性はドレスではなく、白いスーツを着用し、腰には剣を帯びていた。
 護衛が二人共女性なのは、年頃のお姫様の傍には男の騎士では色々と不味いからなのだろう。

 そんな三人の傍に、俺達を連れたダクネスがゆっくりと歩いて行き。

「お待たせいたしましたアイリス様。こちらが我が友人であり冒険仲間でもあります、サトウカズマとその一行です。さあ、三人とも。こちらのお方がこの国の第一王女、アイリス様です。失礼の無いご挨拶を」

 そう言って俺達に、白いドレスを着た一人の少女を手で差した。
 それは、まさしくお姫様とはこういう物ですとばかりの中学生ぐらいの年の、金髪の美少女。
 何これヤバイ、この世界で初めて期待が裏切られなかった稀有な例じゃないのか。
 付け耳エルフにヒゲ無しドワーフ、キメラみたいなオークにドラゴンと呼ばれるヒヨコ。

 感動の余り脳が止まっている俺の隣で、アクアが完璧な作法と仕草でドレスの端を軽く摘み、一礼した。
 その仕草に、俺はおろかダクネスまでもがギョッとしていると、
「アークプリーストを努めております、アクアと申します。どうかお見知り置きを。……では、挨拶代わりの一芸披露を……」

 言いながら、アクアが早速何かを始めようとしてダクネスにその手を掴まれる。

「ちょ、ちょっと失礼アイリス様。仲間に話がありますので……」

 そんな事を言いながら手を掴んでいるダクネスの、三つ編み部分をアクアが軽く引っ張って抵抗していると、アクアに気を取られているダクネスの隙を突き、めぐみんが突然自分のドレスのスカートの中に手を入れた。

 太ももの部分に巻きつけていたそれは、一枚の薄く黒いマントの様な布切れだった。
 それをバッと広げて自らのむき出しの肩に掛け、そのまま例の自己紹介をしようとバサッと翻そうとした所で、その布切れをダクネスに掴まれる。

 それぞれの手でアクアとめぐみんを捕まえているダクネスは、アクアに三つ編みをワキワキと揉まれながら、今にも泣き出しそうな顔で必死に笑顔を取り繕おうとする。
 アクアはダクネスの三つ編みの手触りが気に入ったのか、それを揉む手を止めようとしない。

 ……と、俺の目の前の王女様が、お付きの白スーツの騎士っぽい女性に、俺を見ながら耳打ちした。
 恥ずかしがり屋さんなのだろうか。

「下賤の者、王族をあまりその様な目で不躾に見る物ではありません、本来ならば身分の違いから同じテーブルで食事をする事も、直接姿を見る事も叶わないのです。頭を低く下げ、目線を合わさずに。それよりも、早く挨拶と冒険話を。……こう仰せだ」
 白スーツのその言葉に、俺は動きが止まった。

 そして、しばらくして理解する。
 日本でも、その昔の侍とかが居た時代。
 殿様と家臣は、身分の違いから同じ席で食事をしなかったり、食事時間をずらしたりしていたとか。
 一々白スーツが通訳みたいな事をしているのも、直接下々の人間と会話するのを避けているのだろう。

 ダクネスや親父さんで貴族に少し親しみを持っていたが、本来の貴族やら王族やらってのはこういう物なのだ。

 なるほど、把握。

 俺は一言。

「チェンジ」
「アイリス様、少々お待ちください。仲間達が緊張の余り興奮しております。少々仲間と話をしてまいりますので……!」

 俺は、ダクネスに腕を掴まれて広間の隅へと引っ張って行かれた。

「お前って奴は、お前って奴は! お前って奴はどういうつもりだ!」
 ダクネスが俺の首を絞めようとして来る中、俺もやられっぱなしではなくダクネスの三つ編みを引っ張って抵抗する。
「お前、どういうつもりだはこっちのセリフだ! お姫様とか期待させやがって、なんだありゃ! もうちょっとこう……。わたくし外の世界に憧れておりますの! 勇敢な冒険者様、是非ともあなたの冒険譚を聞かせてくださいまし! みたいなのを期待してたのに、あの態度で何が表彰したいだ、バカにしてんのか!」
「こっ、こらっ止めっ……! んあっ、きょ、今日はどうして皆して私の髪を引っ張るんだ……! んっ……、こ、こんな場所ではダメだ、こういう事は二人きりの時に……!」
 三つ編みを引っ張られ、バカな事を口走りながら頬を染めるダクネスに、俺は王女様の方を指差した。

「というか、早速何か始めてるがアレは放っておいていいのかよ?」

 俺の指す先には、アクアが一枚の紙の上に指でなぞる様にノリを付け、そこに砂を振っている。
 それは恐ろしく早く、そしてとてつもなく凄まじい精度で作られていく砂絵。
 遠目に見てもそれが余程の出来だと言う事が良く分かる一品で……。

「お姫様にお近付きの印にまずはこれを……。口の端にだらしなく付いてるソースまで、キッチリ再現された一品で……」

 そのアクアの言葉に慌てて王女様が口元を拭う中。

「アイリス様、今この無礼者どもを叩き出しますので少々お待ちをっ!!」
 ダクネスが鋭く叫びながら、ドレスの裾を両手で鷲掴みにして駈け出した。







 王女様が、隣の白スーツに耳打ちする。
「昔は、大人しく、殆ど喋りもしなかった寡黙なララティーナの慌てる、そんな珍しい様を見られたから良しとします。冒険者は多少なりとも無礼なもの。水に流しますので、それより早く冒険譚を、と仰せだ」
 白スーツが通訳する中、懐に砂絵を隠して必死にそれを守るアクアから、その砂絵を何とか取り上げ破り捨てようとしているダクネスへ、王女が少し楽しそうにニコリと笑った。

 ダクネスは、そんな王女様に深々と一礼し、
「申し訳ありませんアイリス様! 何と言いますか、この三人は特に問題ばかり起こす連中でして……!」
 王女様に必死にそんな事を言い募る中、アクアが、あげると言って王女様に砂絵を渡す。
 それを見た王女様が、驚きの表情を浮かべ白スーツに耳打ちを。
「この短時間でこれほどに見事な砂絵を……! 素晴らしい、素晴らしいわ! 褒美を取らせます! と、仰せだ」
 白スーツが、言いながらポケットから何かを出してアクアに渡す。

 ……ほう。
 それは小さな宝石だった。
 素人の俺ですら、それが結構な価値のある物だと分かる。
 それを貰ったアクアが、綺麗な宝石を親指と人差し指で摘み、燭台の光にかざして嬉しそうにしげしげと眺めている。

 そんな中、恥ずかしそうに俯きながら、ダクネスが自分の席へと着いた。
 それは王女様の右隣の席。
 そのダクネスの更に右隣には、めぐみんとアクアが並んで座った。
 王女様の背後には、王女様を守ろうとするかのようにお供の二人がジッと立っている。
 やがて、俺は王女様に手招きされて、王女様の左隣に来る様に指示された。

 俺は大人しく王女様の隣に座る。
 そんな俺をチラチラ見ながら、王女様はその白スーツに耳打ちした。
「あなたが、魔剣の勇者ミツルギの話していた人ね? さあ、聞かせて頂戴、あなたの話を、と仰せだ。……私も聞きたいものです、あのミツルギ殿が一目置くと言うあなたの話を」
 ミツルギの奴は、国の上の方じゃ結構な評判なのか。
 そう言えばそんな事も言っていたな。

 白スーツと王女様の、少し期待に満ちた視線を受け、俺は過去の思い出話を語り出した……。









「そこでマトモに正面から戦っても勝ち目がないと判断した俺は、機転を利かせて罠を張った訳です。その罠餌として使われる魔法のキューブを、わざとシルビアに見つかるように荷物の上の方に隠し、それが荷物の中から転がり出る様に……! シルビアは、俺の荷物から飛び出したそれを見て、俺の仕掛けた罠だとも気付かずにまんまとそれを……!」

「凄いわ! わたくし、これまでにも色々な冒険者の話を聞きましたけれども、あなたの様な頭を使った戦い方をする人を初めて知りました! そして、こんなにもハラハラ・ドキドキするお話を聞いたのは! 他の冒険者の話ですと、やれこの様にして華麗にモンスターを全滅させただとか、やれ、あそこの山のドラゴンを剣一本で退治しただとか……。今までの方のお話は、確かに凄いのですが、絶対に負けない勇者が一方的に邪悪なモンスターを退治するお話ばかりでしたので……! と、仰せだ」

 俺の冒険譚を、王女様は子供の様に目を輝かせて聞いていた。
 身分の高い人が俺の話を期待しながら聞いている。
 そんな状況に、俺も多少なりとも気が良くなるのは仕方が無い。

「……ねえ、あの男あんな事言ってるわよ」
 テーブルの斜め向かいから聞こえるアクアのヒソヒソ声。

 俺はそんな声は気にせず話を続けた。

「それはですね王女様、他の冒険者達は自分の身の丈にあった相手を退治に行くからですよ。それが悪い事とは言いませんが、この俺の様に常に格上の相手と戦い、日々上を目指そうとする人間との違いと言う奴ですね」
「素晴らしいわ! カズマ殿は、日々上を目指しているとの事ですが、日頃どのような生活を……? と、仰せだ。……私も気になります、あなたの様な方の日々の暮らしが……」

 感心している王女様と白スーツに。

「そうですね……。日頃は、昼間はあえて屋敷に閉じこもり英気を養い、夕方暗くなる頃になると街に出ます。そして、人知れずこっそりと街の中を回り、この街の治安の維持のお手伝いをさせて頂いております」
 俺は手元の豪勢な料理にはあまり手は付けず、飲み物だけを口につけながら説明していた。

 テーブルを挟んで斜めの位置から、めぐみんの小さな囁きが聞こえてくる。
「アクア、あの男、夕方までゴロゴロして夜になるとフラフラ遊びに出歩く自堕落な生活を、治安維持活動とか抜かしましたよ」
「シッ、もうちょっと様子を見るの。きっとあの男の事だからもっと調子に乗るわ。そしてきっと墓穴を掘るわよ、見てなさい?」

 アクアのそんな囁きが聞こえてくるが、俺はそんなマヌケではない。
 王女様の表情と反応を見ながら言葉を選んで会話している。

 ダクネスの方を見ると、なんだか恥ずかしそうに俯いて、隣の席のめぐみんに三つ編みを揉まれていた。
 どうも、めぐみんもダクネスの三つ編みの感触が気に入ったらしい。
 ダクネスは、自分の髪をいじらせておけばその間は大人しくしてくれると気付き、めぐみんにされるがままにされていた。

 ……俺も後でちょっと三つ編み揉ませてもらおう。

 俺の話を聞いていた王女様が、満足気にため息を吐き、白スーツに耳打ちした。
「あなたはとても素敵な冒険者ですね。今まで見てきた冒険者達とは何かが違う気がします。冒険者になる前は、どんな仕事をなさっていたのですか? と、仰せだ」

 前の仕事、か……。
 俺は日本での暮らしを懐かしくも振り返りながら。

「前の仕事ですか……。この国に来る前は、大切な家族の帰る場所を守る仕事をしてました。日々襲い来る災厄から大切なその場所を守り、それでいて誰にも理解も評価もされない悲しい仕事をしてましたね……」

 そんな俺の言葉に。
「それは首都のお城を守る城兵の様な仕事でしょうか? ……彼らも、日頃はあまり評価されないのです。彼らが評価をされないと言う事は、それだけ街や城が無事で平和な証拠なのですが……。あなたも人知れず、故郷を色々な災厄から守ってきたのでしょうね……と、仰せだ」
 その白スーツの言葉に、俺は深く頷いた。

「三ヶ月で良いから契約をと迫る相手をやり過ごしたり、財産を狙ってくる相手を撃退したりと、まあ色々ありましたね」
 そう、新聞の勧誘員と某局の電波受信料の徴収員の事である。

 そんな俺の言葉に、驚いた様な白スーツが王女様にボソボソと囁いていた。

「契約を迫る……きっと悪魔を撃退……。財産を……きっと野盗などから……」

 断片的にそんな声が聞こえてくる中、アクアが何か言いたそうにこっちを見ていた。
 そのアクアの視線からフイッと顔を逸らすも、尚も俺をジッと見ている。

 止めろ、俺は嘘は言っていない。
 こっち見るな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 それは、皆が程よく食し、歓談も一通り終わった頃。
 調子に乗ってペラペラ喋っていた俺に、白スーツが突然言ってきた。
「まさか、あのミツルギ殿に勝った事があるとは……。そんな魔剣の勇者、ミツルギ殿が一目置くカズマ殿の、冒険者カードをよろしければ拝見させては頂けないでしょうか。カズマ殿のスキル振りやステータス等を、後学の為に参考にさせて頂ければ……」
 そんな、とんでもない事を。

 俺の、クセのある冒険者カードを見せられる訳が無い。

 俺のカードは不味い。
 冗談抜きで不味い。
 どこでリッチースキルなんて覚えたんだと言う話になれば、本気で不味い。

 そんな俺の焦りを察しためぐみんが、
「ええと、我々冒険者にとって手の内をあまり明かすというのは、流石に王女様のお付きの方でもちょっと……。ああ、それよりも! アクア、宴もたけなわになった事ですし、そろそろ取って置きの必殺芸の披露でも……!」
 なんとか話を逸らそうと、そんな援護射撃をしてくれる。

 もちろんアクアも……!
「……? 今日は良い感じの砂絵が描けたからもういいわ。なーにめぐみん、そんなに私の芸が見たかったの? しょうがないわね、また明日、気分が乗ったらすんごいのを見せてあげるわ。ねえ、このお酒もっと持ってきてー、持ってきてー」
 今日もアクアの空気の読めなさは絶好調だ。
 屋敷の使用人に酒のお代りを催促している。

 白スーツが、怪訝そうに首を傾げた。
「カードを見るだけですよ? 別にスキルをいじったりなどしませんとも。カードを見せるのを拒む人なんて初めて見ましたが……。別に見せられない理由もないでしょう?」

 見せられない理由があるから困っているんだ。

 と、その時。

「その男は、最弱職と呼ばれるクラス、冒険者なのです。なので恥ずかしいのでしょう。どうかこの私に免じてカードを見るのは許してやっては頂けないでしょうか?」
 ダクネスが、言いながら白スーツに微笑を浮かべる。

「そ、そうなんですよ、実は先ほどは省きましたが俺は最弱職に就いてまして。いやお恥ずかしい、バレちゃいました」

 俺がそう言って頭を掻くと、白スーツが呆れたように表情を変えた。

「なんと、最弱職……。あなたは本当に先ほど言った様な活躍をなされたのですか? 先ほどあなたはミツルギ殿との勝負にも勝った事があるとおっしゃっていましたが、それは本当なのですか? それが本当ならば、あなたはミツルギ殿にどうやって勝ったのかを教えては頂けませんか?」
 口調は一応は丁寧だが、その内容は明らかに俺の事を疑っている。

 ミツルギには、スティールで魔剣奪った後リッチースキルでえらい目に合わせて勝ちました。
 そんな事、言える訳がない。

 ……と、王女様が白スーツの服の裾をクイクイと引く。
 そして、俺を見ながら白スーツの耳元でボソボソと……。
 それを聞き、白スーツが若干戸惑った様に一瞬口ごもった後。

「……そ、その……。イケメンのミツルギ殿が最弱職の者に負けるだなんて信じられない。王族であるわたくしに嘘をついているのではないのですか? 魔剣使いのソードマスターの名は首都においてその名は知れ渡っております。そんな彼が、駆け出しの街の最弱職に負けるとはとても信じられません、彼はイケメンですし。……と、仰せだ。……私もそう思います、彼はイケメンですし」
「おいお前ら流石の俺でも引っ叩くぞ」

 イケメンイケメンうるさい白スーツに、どうせイケメンではない俺は思わず突っ込んだ。
 そう、いつもの調子で。
 相手が、王族である事も忘れて。

 それを聞き、突如白スーツが激昂した。
「無礼者! 貴様、王族に向かってお前ら呼ばわりとは何事だ!」
 叫ぶと同時に椅子を蹴って立ち上がる。
 こ、これはいけない!

「申し訳ない私の仲間が無礼な事を……! 何分、礼儀作法も知らない男なので、私に免じ、どうかご容赦を……! その、この男の功績を称える為に来られたのに、それで罰してしまっては王族の名にも傷が付くと言う物ですので……!」
 ダクネスが、咄嗟に平謝りに頭を下げた。
 それを見て王女様が、白スーツに耳打ちする。

「……アイリス様はこう仰せだ。今までこの国に対して多大な功績のある、ダスティネスの名に免じて不問とする。ですが気分を害しました。そこの口だけの最弱職の嘘吐き男は、賞状と褒美を持って立ち去るがいい、と」

 おっと、キツイ物言いですね!

 ……ふう。
 しかしダクネスのおかげで助かった。
 でも、突っ込んでくださいと言わんばかりのあんな言い方をしておいて、突っ込んだら怒られるとはどういう事だ理不尽な。

 俺は、とっととその場を後にしようと…………。

「……いたたっ!? こ、こらっ、めぐみん何を……!」

 それは、突然上がったダクネスの悲鳴。
 どうやらめぐみんが、今まで揉んでいたダクネスの三つ編みを引っ張ったらしい。

 怒りに任せて。

 その事に気付いたダクネスはおろか、俺も思わず青くなる。

 自分の事よりも仲間が悪く言われる事を何より嫌うめぐみんが。
 短気で、一番我慢を知らないめぐみんが、この状況で何かやらかさない訳が……!

「…………」

 めぐみんは、そのままダクネスの三つ編みを数度ニギニギとした後。
 それで気が紛れたとでも言うかの様に、三つ編みから手を放し、手元の皿の上の料理を食べる作業に入った。
 おい、もう一度言ってみろだの何だのと、俺以上の暴言を吐くかとヒヤヒヤしたのだが拍子抜けだ。

 ダクネスが突然上げた悲鳴に王女様と白スーツが気を取られている中。
「……めぐみん、今日はやけに大人しいな。てっきり爆裂だなんだと騒ぎ出すかと……」
 ダクネスがめぐみんに、不思議そうに、そう尋ねた。

 めぐみんは黙々と料理を口に運びながら、それを咀嚼し飲み込んだ後。
 とても冷静で落ち着いた、小さな声で。
「私一人だったならばもちろん我慢なんてしませんが。ここで私が言いたい事言ったなら、ダクネスが困るじゃないですか」

 それを聞いたダクネスは。
 その場でスッと立ち上がり、王女様の方を向く。

「申し訳ありませんアイリス様。……先ほどの言葉を訂正しては頂けませんか? この男は大げさには言ったものの、嘘は申しておりません。それに、口だけでもなく、イザと言う時には誰よりも頼りになる男です。お願いしますアイリス様。どうか先ほどの言葉を訂正し、彼に謝罪をしては頂けませんか?」

 ダクネスの言葉に白スーツがいきり立つ。
「何を言われるダスティネス卿、アイリス様に、一庶民に謝罪せよなどと……!」

 そんな中、王女様がスッと立ち上がり。
 自分の口でハッキリ言った。
 俺達にも聞こえる様に。

「……謝りません。嘘ではないと言うのなら、そこの口だけの嘘吐き男にどうやって勝ったのかを説明させなさい。それが出来ないと言うのなら、そこの男は弱くて口だけの嘘ッ!?」

 その王女様の言葉が、途中で遮られる形となった。

 ダクネスに、無言で頬を引っ叩かれて。

「何をするかダスティネス卿っ!」
 激昂した白スーツが、頬を張られて呆然とする王女様の前に立ち、怒りに任せてダクネスへと斬りかかる。
「あっ! ダッ、ダメ……!」

 それは、切羽詰まった様な王女様の声。
 その静止の声も届かずに、白スーツの剣がダクネスへと振り下ろされ……!

「!?」

 ガツッと言う鈍い音と共に、その剣が、ダクネスが自分の顔の前にかざしたむき出しの白い腕にめり込んだ。
 赤い鮮血が散り、王女様とダクネス、そして白スーツの、それぞれが着ている白い物が血に染まる。

 屋敷の使用人達が悲鳴を上げる中……。

 白スーツは動かない。
 と言うか、動けない。

 恐らくは、怒りに任せて腕を斬り落とすつもりで振るったのだろう。
 だがその一撃は、ダクネスの腕の皮膚と筋肉を多少切り裂いただけで止まっていた。

 驚愕の表情で動けない白スーツに目もくれず、ダクネスは無言で王女様へと向き直る。

 ウチの自慢のクルセイダーは硬いのだ。
 こいつは誰よりも硬くて頼りになるのだ。

「アイリス様、失礼しました。ですが精一杯戦い、あれだけの功績を残した者に対しての物言いではありません。彼には、あなたが言った、どうやって魔剣使いに勝ったかを説明する責任はありません。そして、それが出来なかったとしても、彼が罵倒される言われもありません」

 腕から血を流し、引っ叩いた王女様に、まるで子供に優しく諭すように、ダクネスが静かな声で言った。
 そんなダクネスを呆然と見上げる王女様。

 俺は、未だ青い顔で驚きの表情を浮かべている白スーツに。

「……よし分かった。ここまで仲間が庇ってくれて、見せない訳にはいかないだろ。面倒臭い事になる覚悟は出来た。……見せてやるよ、俺がどうやってミツルギに勝ったのか」

 俺は立ち上がりながらそう告げた。

 ダクネスが俺の名誉の為にここまでやってくれているのに、俺が自分で嘘じゃないと証明しなくてどうする。

 白スーツは俺の言葉に目を見開くと、ダクネスの腕に軽くめり込んでいた剣を手元に引き、構えを取る。
「も、もういい、もういいのよ! わたくしはもういいから!」
 それは悲痛な王女様の声。
 根は悪い娘では無いらしい。

「……カズマ、お前が良いのなら、私は何も言う事は無い。やってやれカズマ。まさか、この相手に遅れを取ったりはしないだろう?」
 傷口を片手で押さえながら、俺を信頼しているとばかりに、そんな挑発的な事を言って笑い掛けるダクネスに。

 俺は白スーツに片手を突き出し、
「当たり前だろ、俺が渡り合ってきた相手を考えろ! 魔剣使いに魔王の幹部、果ては大物賞金首! 日頃そんな連中とやり合ってんだ、これでも食らえ! まずは『スティール』ッッ!」
 未だ俺の出方を伺っている白スーツに向かって叫ぶ!
 まずは剣をぶん取って、そのまま一気に……!





 俺は一気に行く事は無く。
 白スーツに小さな声で謝った。
「………………ごめん。…………これ……。返します……」
「……? えっ、あっ……! きゃああああああ!?」

 剣を手放して慌てて下腹部を探る白スーツのお姉さんに、俺は握りしめた白い下着を差し出した。

「お前って奴は、お前って奴はっ! どうしてお前のスティールはそうなんだ! なぜ何時も最後に決まらないっ!」








「その……。カズマ殿を表彰に来たはずなのに、こんな事になってしまい申し訳ないです……」
 俺達に謝る白スーツ。
 その隣では、王女様が白スーツの背に隠れるように白スーツの腕に顔を埋めていた。

 そんな白スーツに、ダクネスが。
「お気になさらず。こちらにも非礼があった。傷はこうして跡形も無く癒えた事だし、水に流すのが一番だと思います」
 言いながら、ふっと優しく笑い掛けた。
 それを見て、白スーツが恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 王女様も白スーツも、もう俺がどうやって勝っただとかはどうでも良くなった様だ。

「……しかし、あの傷をあっという間に跡も残らず治してしまうとは……。いや、なんと凄まじい腕のアークプリーストでしょうか」
 白スーツが、言いながらテーブルに突っ伏しているアクアを見た。

 大人しいと思っていたら、こいつは一人で出来上がって今まで寝ていた。
 ダクネスの傷を治させる為に一度叩き起こしたが、治すと同時にまた寝てしまった。
 まあ、起きててもこの空気を壊しそうなので寝かしておこう。

 白スーツは更に続ける。
「そしてダスティネス卿のあの硬さ。しかもそちらの方は紅い瞳から察するに紅魔族……。そんな優秀な仲間が付き従う以上、カズマ殿が弱い訳がない。……お恥ずかしい、本当に申し訳ないです……」

 そんな事を言いながら、頭を下げる白スーツ。
 その隣でモジモジしていた王女様が、白スーツではなくもう一人。

 今まで一言も話さず、身動きすらしなかった為、ずっと存在すら忘れていた魔法使い風のお姉さんに耳打ちした。
 やがて、耳打ちされたお姉さんは。
「アイリス様。それは、ご自分のお口でおっしゃった方が良いですよ? 大丈夫です、先ほどから見ていましたが、カズマ殿はアイリス様の様な年若い方には優しそうな方ですよ」
 おっと、何だか初対面でロリコンと言われている気がします。

 王女様は、俺の前に俯きながら歩いてくると。

「……嘘吐きだなんて言ってごめんなさい。……またわたくしに、冒険話を聞かせてくれるかしら?」
 恥ずかしそうにしながらも、王女様は上目遣いに言ってきた。

「喜んで!」










「さて、では夜も遅いですし、そろそろ我々は城へ帰ると致します。ダスティネス卿、そして皆様方。大変ご迷惑をお掛けしました」
 魔法使いのお姉さんが、そんな事を言ってくる。
 隣には、王女様がウキウキした歳相応の笑顔を浮かべていた。
 これからテレポートでひとっ飛びするのだろう。
 なんとも便利な魔法だ。

「こちらこそ、あまりお構いも出来ませんでしたが……。アイリス様。また城にでも参じた時にお話を致しましょう。その時には、様々な冒険話を携えて参りますので」
 ダクネスが、言いながらニコリと笑い掛けた。
 そんなダクネスに、王女様が応える様にはにかむ。
 そのダクネスと王女様の姿は、何だか面倒見の良いお姉さんとそれを慕う子供の様だ。

 さて。

「それでは。これまでのあなた方の多大な功績は、王国の記録にも残され、後世伝えられる事でしょう。さあ、これを授与します」
 言いながら、魔法使いのお姉さんが、賞状と何かの袋を……。

 俺ではなくてダクネスに。

 ……いやまあ良いんだけどね。
「これはかたじけない事です。……では、アイリス様。どうかお体にお気をつけて……!」
 ダクネスが、それらを手にして笑顔を見せて、めぐみんもその隣でバイバイと手を振る。

「それじゃあ、王女様。また、いつの日か俺の冒険話をお聞かせに参りますので」

 そう言って、俺も王女様に手を振ろうと……。
 した、その時だった。

 魔法使いのお姉さんがテレポートの魔法の詠唱を終える中。
 王女様が俺の腕を手に取ると。

「何を言っているの?」

 王女様は不思議そうな表情を浮かべる。

「『テレポート』!」

 そんな、魔法使いのお姉さんの声と共に、俺は光に包まれ、目を閉じる。
 やがて目を開けると……。

 そこには、王女様が俺に無邪気に笑い掛けていた。

 ……大きな城を背にしながら。
 王女様に腕を掴まれていた俺は、テレポートの定員数に空きがあった為か、どうやら一緒に城まで連れて来られたらしい。

「「アイリス様!?」」
 白スーツと魔法使いのお姉さんが声を揃えて驚く中。

「さっき、またわたくしに、冒険話をしてくれるって言ったでしょう?」

 王女様が、そんな事を言って笑い掛けてきた。








 おっと、これは誘拐って言うんですよお姫様。


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