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五部
4話
「うっ……うっ……。ここんとこあまり酷い目に遭うこと無かったのに……。ダクネスが重いんですけど……。髪の中にまで泥が……。お風呂入りたい……。お風呂入りたい……」

 初心者殺し討伐を終えた帰り道。

「俺も帰って風呂入ってゴロゴロしたい。あちこち転がされて泥まみれだ……」

 俺は魔力を使い果たし動けなくなっためぐみんを背負ったまま、重い鎧を着たダクネスを背負ってメソメソしているアクアに賛同する。
 ダクネスは、飛んできた石か何かを頭にぶつけたのか、傷はアクアに癒されたものの未だアクアの背中でダラリとしていた。

 初心者殺しを倒したものの、この惨状は、胸を張って中堅冒険者と言えるのだろうか。
 俺の背中では、先ほどからめぐみんがうっとりしたため息を吐いていた。

「岩や建造物を破壊するのもいいのですが、やはりモンスターの群れの中に全力の爆裂魔法を放つ快感には劣りますね。……カズマ、またああいった、モンスターの群れの討伐に行きましょう」
「行かねーよ! それと動けなくなるまで魔力を注ぐな! もうちょっと手加減してくれ! ……ああもう、俺達が初めて冒険に出た頃と何にも変わってない……」

 本当に何も変わってない。
 俺達はあれからレベルは大分上がっているのに、あの頃から何の進歩もないのはなぜなのだろう。

 そんな事を考えながらも、俺達は何とか無事に街の入口にたどり着いた。
 ああ、今日はもう帰って風呂入りたい。

 でもギルドに行かないと。
 討伐の報告と報酬の受け取りに……。
「なっ!? ど、どうしたんだその姿は! アクア様、美しいあなたがそんな……! 無残にも泥まみれになって……」
 受け取りに……。
 ……。

 久しぶりに変な奴に会ったなあ……。

 街の入口で、久しぶりに魔剣使いのソードマスターに出会った。
 マツルギとかいった、俺と同じく日本から来た男。
 取り巻きの女の子がいたはずだが、今日は一人の様だ。

 アクアが、ダクネスを背負いながら泥だらけの状態で、その剣幕に若干怯えながら恐る恐る尋ねる。
「……だ、誰?」
 自分で送り出しておいたクセに、もう存在を忘れていたらしい。

 マツリギは、それを聞き実に可笑しそうに吹き出した。
「相変わらず冗談がお好きですね女神様。そんな泥だらけになっても、相変わらずお美しい。……所で、その有様は一体どうしたんです? 佐藤和真、確かキミ達は最近かなり活躍していると聞いたんだが。そんなキミ達がここまでボロボロにされるなんて、どんな強敵と渡り合ったんだい?」
「初心者殺しとゴブリンだよ」
「!?」
 俺の一言に、驚愕の表情で動きを止めるマツラギ。
 やがて、そのままふるふると震えだした。

「き、キミは初心者殺しなんかに手間取っているのか!? 初心者殺しとゴブリン相手に、これほどまでにボロボロにされて……! アークプリーストとクルセイダー、そしてアークウィザードまで引き連れてこの有様なのか!?」

 そんなカツラギの言葉に、俺の背中からめぐみんが。
「おい、どこの誰だか知らないが、それ以上カズマを悪く言う気ならこの私にも考えがあるぞ」
 そんな格好良い事を、おぶわれて身動き取れないままで言い放つ。

 一見良い事言っている風だが、俺達がこんなボロボロになっているのは大体お前の所為だからな。

「どこの誰だか……って、何を言うんです。僕ですよ。魔剣を与えられ、この世界を救うべく神に選ばれた者。ソードマスターの……」
「この人はカツラギさんだよ。以前会ったろ」
「だっ、誰だそれは! ミツルギだ! 人の名前ぐらいちゃんと覚えておいてくれ!」
 額に青筋立てて怒鳴るミツルギ。

 と言うか、アクアとめぐみんはミツルギと言われてもまだピンと来ていない様だ。
 一応デストロイヤー戦の時とかも顔ぐらいは合わせてるんだが。
「ミツルギじゃ分かんないか? 魔剣の人だよ魔剣の人」
 その言葉でようやく思い出したのか、アクアとめぐみんがああと頷く。

 流石にミツルギも冗談ではなく本気で忘れられていたと気付いた様だ。
「……お、おい佐藤和真……。キミは、僕の名前を本気で間違えたんじゃないんだろう? 試しに、僕の下の名前を呼んでくれないか?」
「まだ俺達、下の名前で呼び合うほど仲良くないし」
「キョウヤだ! 覚えてないなら素直にそう言ってくれ! ミツルギキョウヤだ、覚えておいてくれ!」
 声を荒げるミツルギは、やがて手を頭にやりながら頭を振る。

 やがて気を落ち着ける様に息を吐き。
「……まったく、頼みがあってこの街でキミを探していたんだが。どうやら、その前にキミとは決着を付けておかないといけない様だ。あれから僕も腕を上げている。今度はあんな無様な真似はしない! さあ、僕ともう一度……」
「お前は何を言ってんの? 決着ならもう着いてんだろ。今は何レベルなのか知らないけれど、俺より遥かに高レベルだった頃のお前に勝ったじゃないか。その事実だけで充分だ。そして俺はもう再戦はしない。このまま、駆け出しの頃にお前に勝ったという事実を抱いて勝ち逃げさせてもらう」

「…………キミは…………」
 ミツルギがショボンと寂しそうにしているが、真っ当にやりあったら魔剣持ちの上級職に勝てるわけがない。

 と、ミツルギが深い溜息を吐きながら。
「……ま、まあいい。そんな事よりも、本題に入ろうか。……実は、この街を魔王軍が襲撃しにくるかも知れないって噂が流れているんだ」
 さらっと、そんなとんでもない事を言い出した。







 俺とアクアは、街中の喫茶店にてミツルギと向かい合っていた。
 何だか込み入った話になりそうだったので、ぐったりしていたダクネスと魔力を使い果たし、弱っているめぐみんは屋敷へと置いて来た。
 ついでに、俺とアクアはザッと風呂に入って泥も落として来た。


 店にて、俺達は一通りの注文を終え。
 ミツルギが、テーブルの上に両手を組んで若干前のめりになる。
「じゃあ、改めて。……と、その前に、アクア様に渡したい物があるんです」

 言いながら、ミツルギが何かを取り出す。
 取り出されたそれは、可愛らしくラッピングされた小さな小箱。

 ミツルギは、それを、ナプキンを折って何かを作っているアクアの前へとスッと差し出しながら。
「アクア様、見ればあなたは、いつもアクセサリーの類を身に付けておられませんよね? そんな物は身に付けなくても充分お美しいのですが……。もしよろしければ、どうか、これを…………」
 何の前触れもなく大して親しくもない女性にプレゼントが出来るとか。
 こいつは日本に居た時から、きっとリア充だったんだと思う。

「……? なに? くれるの?」
「ええ、どうぞ。安物ですので、アクア様のお気に召すかは分かりませんが……」
 言いながら、ミツルギは爽やかそうな笑顔を見せた。
 実にイケメンである。
 むかつく。

 アクアがその小箱を開けると、中からは小さな指輪が出てきた。
 それは、とても安物とは思えない高級そうな指輪。
 安物とか謙遜しつつ、かなり本気の一品だ。

 しかし、アクアの指のサイズなんて知ってたのか?

 と、思ったら。
「……? サイズ小さくて入らないんですけど」
 アクアが自分の指にちょっと試して、早々と諦めた。

 それを見て、ミツルギが苦笑しながら。
「それは魔法が掛かってまして、サイズの調整が……」
 何かを言い掛けた時だった。

「カズマカズマ、見て見てー」
 アクアが、言いながらナプキンをその指輪に被せ。
「ででーん」
 そんな声と共にサッとそのナプキンを除ける。
 すると、そこにあったミツルギから送られた指輪は消えていた。

「…………凄えな。凄いけれども、指輪はどこに消えたんだ?」
 俺の言葉にアクアが言った。
「……? 消しちゃったんだから、私にもどこに消えたのかなんて聞かれても困るわよ」
「えっ」
 ミツルギがそんな間の抜けた声を出す。
 ……ちょっとだけ気の毒だ。

「サイズの合わない安物だったとしても、一芸に使えたわ。ありがとうね」
 言って、屈託の無い無邪気な笑顔を見せるアクアに、ミツルギはそれ以上は何も言えなくなったらしい。
「い、いえ……! アクア様の芸のお役に立てたのなら僕も嬉しいですよ」
 そんな事を言いながら、乾いた笑いを上げるミツルギ。
 …………気の毒に。

 アクアは、何事も無かったかの様に鼻歌を歌いながらナプキンを折る作業に戻る。
 そんなアクアを慈しむ様な目で見た後、ミツルギが俺へと視線を向けた。
「それじゃあ話をしようか。これはキミ達にも人事じゃない話なんだ」



 それからのミツルギの話をまとめると。

 何でも、魔王の幹部のベルディアが最初にこの地へと派遣されてきたのは、この地に大きな光が舞い降りたと、魔王の城の預言者が言い出した事がキッカケだったらしい。
 当初は半信半疑でベルディアを派遣した魔王。
 それが、ここに送り出したベルディアが討たれ、バニルが行方不明になり。

 しかも、紅魔の里を攻略していた魔王の幹部が最近行方知れずになったそうなのだが。
 実は、その件に関してもこの街の冒険者が関わっていると噂になっているそうな。

 現在、魔王の興味はこの街へと向けられているとの事。
 攻めてくるかも知れないし、また誰かを派遣してくるかも知れない。
 それらの事を聞いて、ミツルギは魔王との激戦地であるこの国の首都周辺から、慌ててこの街へと帰って来たらしい。


 ……と言うか。
 それってモロに俺達が関係者じゃないか。

「……お前はどっからそんな噂を仕入れてきたんだ? 魔王の手下に知り合いでもいるの?」
「いや、最近国の首都周辺への攻撃が弱まってきた事を疑問に思った、国のお偉いさん方が魔王の手下を捕らえ、色々と尋問して得た情報らしい。それを教えてもらった。……僕は国の上の人達にも顔が利くからね。向こうじゃ腕利きのソードマスターとして名を売っているから」
 ふーん。
「……しかし、この地に舞い降りた大きな光って……」
 俺は何気なく、隣でせっせと何かを作っているアクアを見る。

 釣られて、ミツルギも視線をアクアに向けた。
「……僕は、アクア様の事だと思っている。最初は、魔王が警戒する大きな光とは、僕の事かなとも思ったんだが。……そ、そんな目で見ないでくれ……」
 俺の、うわあ……といった視線に気付き、嫌そうに顔をしかめるミツルギ。
 そんなミツルギに。

「出来たわ。はい、これあげるわ。指輪のお礼ね。タイトルは、変形合体エリス神。三段階の変形が可能なの」
 そんな訳の分からない事を言いながら、アクアはせっせと折りたたんでいたナプキンを手渡した。
 そんなアクアに、苦笑しながらそれを受け取り。
「ハハッ、ありがとうございますアクア様。大切に……」
 ミツルギは笑いながら、そのまま受け取ったナプキンに視線をやる。
 何気なく、俺もミツルギと一緒にそれを見る。
「「凄っ!?」」
 思わずミツルギと同じ声が出た。

 何となくエリス様の面影があるナプキン製の人型の折り紙は、既に折り紙と言う域を越え、最早アートと化していた。

「……おいアクア、これ俺にも作ってくれよ」
「嫌よ、私は同じ物は作らないわ。高速飛行冬将軍なら作ってあげてもいいわよ」
「じゃ、じゃあそれで頼む」

 俺の頼みを受けて、黙々とナプキンを折りたたみ始めるアクア。
 それを見て、ミツルギが笑いながら立ち上がる。

「佐藤和真。……キミに頼みたい事があったんだが、今日の所は忙しそうだ。また、今度にするよ。……アクア様を、しっかりとお守りしてくれ。少なくとも初心者殺しに手こずっているようじゃまだまだだ。…………では、女神様。僕はこれで失礼します。この折り紙は大切にします」
 そんなミツルギに、アクアがうん? と顔を上げ。
「……? ああうん、またね。……ねえカズマ、変形機能は必須よね?」
「必須に決まってるだろ常識的に考えて」

 そんな俺達二人のやり取りを、ミツルギは少しだけ寂しそうな顔でジッと見た後。
「キミはアクア様と本当に気が合うんだね」

 そんな事を言った後、それじゃあと言い残し、去って行った。


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 屋敷への帰り道。
「そう言えばカズマ、私、久しぶりに女神様って呼ばれた気がするの。あのカツラギさんって人、そんなに悪い人じゃないのかも」
 そう思うなら、名前は正確に覚えてやれよと思う。
 最初にカツラギなんて呼んだ俺も悪いのだが。

 俺は、ウキウキとそんな事を言ってくるアクアを見ながら考えていた。
 この浮かれたのを魔王が気にしてる?
 …………やっぱり無いよなあ……。
 うん、無いわー。

「まあいいか。それよりも、晩飯買って帰ろうぜ。今日はこってりした物が食いたい。待ってるあいつらの為にも、今日は良い肉買って帰ろうぜ」
「私、今日はあっさり系の気分なんですけど。生野菜と何かのタタキとかで強めのお酒をきゅっとやりたい気分なんですけど」

 あいつは俺がアクアと気が合うだとか言っていたが、早速意見が食い違ってるんですが。

「じゃあ、公平にじゃんけんな。あいつのおかげでお前が女神って事思い出した。女神様なんだから、特別にハンデやるよ。三回勝負で一回でも勝てたらお前の勝ちで良い」
「あらー? なになに? カズマったら随分と殊勝な心がけね。それならいっそ、私の言い分を素直に聞いてくれればいいのに。じゃあいくわよ! じゃーんけーん……!」







 俺がじゃんけんに強い事をすっかり忘れている、学習能力というものが欠如した女神を連れて、俺は高級肉を手に帰宅した。
「ただいまー。今日は良い肉買ってきたから、すき焼きって言う俺の国の料理を……。……どうしたんだ一体?」
 俺達二人が帰宅すると、そこには風呂あがりのめぐみんとダクネスが、居間のテーブルに置かれている封筒を前に難しい顔をしていた。
 風呂に入って泥を落とした二人は、ラフな格好でソファーに座り。
「お帰りなさい。……その、手紙が届いてまして。どうやら、宛先はカズマになっているのですが」
 めぐみんが、言いながらテーブルの上に置かれていた封筒を指す。

 俺に?

「……? なんぞ、これ? 誰からだ?」

 封筒を見ても、そこに相手の名は書いていない。
 と言うか、手紙なんて寄越してくる奴に心当たりが無いのだが。
 俺の知り合いなら直に言いそうな。

「……それは国からの手紙だ。封筒の表に印があるだろう。それは王家にしか許されていない物だ」
 ダクネスがサラッと言った。
 …………。
「えっ」
 国から?
 つまり、王様からって事?
 …………。

「えっ。……えっ。おい待ってくれ、俺、ここんとこ何も悪い事してないぞ」
「わ、わわ、私もしてないわよ!」
「も、もちろん私だってしてませんよ? 一日一爆裂だってちゃんと考えて撃ってますから、何も壊してませんし!」

 俺に続いて、アクアとめぐみんも慌てて言って、そして自然と俺達の視線がダクネスに……。
「こらっ、わ、私を見るな! 私だって何も悪い事などしていない! 王家から手紙が届いただけで、そこまで卑屈になるな! 良い事が書いてあるかも知れないだろう、読んでみろ」
 俺はそんなダクネスの言葉に従い封筒を開ける。
 中には丁寧な字で、以下の文章が書かれていた。


『冒険者、サトウカズマ殿。魔王軍幹部、ベルディア討伐。魔王軍幹部、シルビア討伐。更には、高額賞金首機動要塞デストロイヤー討伐等、それらの偉業の達成において貴殿が大きく関わっている事を聞き及んでおります。尽きましては、近日中に王家からの使者を送り、貴殿の功績を称え、表彰したい旨を手紙にてお伝えしました。場所は、王国貴族であるダスティネス家の屋敷にて執り行う事となります。その際には、是非お仲間の方々と共にお越しくださいますよう……』

 そんな文と共に、最後に王様の印か何かと署名がされている。

 ……えらいこっちゃ。
 俺はドキドキしながら三人に手紙を見せた。
 それにザッと目を通す三人は、みるみる内にそれぞれその表情が変わっていく。

 アクアがパアッと顔を輝かせ、めぐみんはあわあわと狼狽えて。
 そして、ダクネスは……。

「…………ゆ、許してください……っ!!」
 絞り出すような声でそんな事を呻きながら、ダクネスがその場にドッと膝を付いた。
 見れば、その顔が真っ青になっている。
「おっ、おいどうした! 朝の魔法のとばっちりで、今頃どっか具合が悪くなったのか?」
 俺が呼び掛けると、ダクネスが力なく首を振る。
 そして……。
「ち、違……。ああ……。あああ……。よりによって、どうしてこんな事に……! 国からの使者が来る? そして、私の実家が会場に!? ああっ、どうしようっ!」
 ダクネスが、青い顔で途端にオロオロと慌てだした。

 そして、バッと俺にすがりつくと、
「カズマ、この話は断ろう! な? 表彰と言ったって、紙切れ一枚と幾ばくかの金が貰えるぐらいだ! 相手は国のお偉いさんだ、きっと堅苦しいものになる! な? 皆、この話は気にしないでおこう!」
 何時になく必死の形相で、ダクネスがそんな事を訴えかけてくる。

 …………。

「お前、俺達が、国から来たお偉いさんに何か無礼を働くとか思ってるだろ」

 俺のその一言に、ダクネスがビクッと身を震わせる。
 ダクネスの、俺を見ていた視線が泳ぎ、やがてちょっと顔を下げ、おぼつかない敬語で言ってきた。
「そ、そんな事はない……ですよ?」
 誰だお前は。

「おい、ちゃんと俺の目を見て言ってみろ。その妙な慣れない敬語は止めてちゃんと言ってみろ。俺達が何かやらかして、ダスティネス家の名に泥を塗るとか、そんな心配しているんだろ」
「そうなの!? ダクネス酷い! 私だって礼儀作法の一つや二つ、知っているんですからね!」
「まったく心外です! ダクネスは、私達があなたの不利になる様な事をするとでも思っているのですか? 私達は仲間でしょう! 信頼してください!」

 俺の言葉を聞いて、アクアとめぐみんが口々に言った。

「う……うう……。ハッキリ言って、お前達の事をこれ以上無いぐらいに理解しているからこそ、不安になっているのだが……」
 ダクネスが、泣きそうになりながらそんな事を言ってくる。

 そんな不安で一杯な顔のダクネスに俺は言った。
「おいおい、一体何をそんなに心配してるんだよ。相手は使者だろ? お偉いさんって言っても、こんな駆け出しの街までわざわざ来る使者に、そこまでの重要人物を寄越さないだろうに。少なくとも、ダクネスの父ちゃんより偉い人なんて来ないだろ?」

 そんな俺の言葉に、ダクネスが力なく首を振る。
「いいや、来る。こんな面白そうな話しならば、絶対に来る人がいる。この国の第一王女が、冒険話が大好きでな……。腕の立つ冒険者を城に呼び、その冒険譚を語らせるほどに冒険者が大好きな方だ。……そんな方が、二人の魔王の幹部討伐と、色んな国を悩ませた大物賞金首討伐に大きく関わったお前の事を、気にかけない訳がない。ここは首都から離れた辺境とは言え、テレポートで簡単に来れる御時世だ。なんやかやと理由を付け、きっと来る」
「……ほう」

 とんでもない事を聞いてしまった。
 第一王女。
 つまりはお姫様である。
 お姫様に会えるだなんて、日本に居た頃には考えられない事だった。
 元ニートの俺が、一国のお姫様に冒険話を語って聞かせる。
 どんだけ大出世だって話だ。

「ヤバイな……、お姫様か! 何か俺、ドキドキしてきた! 上流階級のお嬢様に会うなんて、それだけで緊張してくるな!」
「わ、私も一応は上流階級のお嬢様なんだが!」
 泣きそうな顔になりながらも、その辺はちゃんと抗議してくるダクネス。

 珍しくオロオロしているダクネスに新鮮味を感じながら、
「おっと、服とか買って来ないとな。お前らもドレスなんて持ってないだろ? 一緒に仕立てて貰おうぜ」
「良いわね! 私もたまには羽衣以外を着てウロウロしたいわ! でも近日中って事でしょ? 仕立てるのに間に合うかしら」
「私はもちろん黒のドレスですかね。大人な魅力が滲み出るヤツを仕立てて貰いましょうか。まあ、間に合いそうになければダクネスのドレスを借りましょう」
 俺達はそんな事を言いながら、ドンドン盛り上がる。
 二人は既に参加する気満々の様だ。

 そんな俺達を見て、ダクネスがいよいよ泣きそうな顔になりながらも。

「お、お前ら……、相手は一国の王女様だからな? 以前の領主へのあんな態度は取るなよ? 場合によっては本当に首が飛ぶからな? 頼んだぞ? 何だかんだ言いながらも信じているからな?」

 そんな事を、すがるように言ってきた。









 ダクネスは、父に詳しい話を聞いてくると言って実家へと帰って行った。


 手紙には近日中に来ると書いてあったが、それまでに着るものを用意しなければ。
 お姫様に会うとかテンション上がる。
 それなりの格好をしたい所だ。
 気合入った格好をしたいが、着物なんて作って貰えないよなあ。
 そもそも、詳しい構造が俺にも分からん。
 となるとやっぱりスーツになるのか。
 スーツ着てる人なんて見かけないが、ちゃんとスーツとかあるんだろうな。
 俺よりずっと先に日本から来ているチート持ち。
 そんな連中が、色んな文化を広めてくれてはいる様だが。

「さてお前ら。分かってるな?」
 ダクネスがいない居間において、俺はアクアとめぐみんを前に言った。
 ダクネスに恥をかかせる訳にはいかないと言う事を。

「もちろん分かってるわ。こんな機会滅多に無いもの。私も、取って置きの宴会芸で全力で盛り上げてみせるわ。そう、ダクネスが恥をかかない様にね! ……ところでカズマ、帽子から虎が出る芸をしようと思ったんだけれども、そもそも虎がいないのよ。この際虎っぽい初心者殺しで我慢するから、捕まえるのを手伝ってくれない?」
「私も紅魔族流のど派手な登場で、使者を驚かせてみせましょう。カズマ、派手に煙を焚く物と花火が要るんですが、そういった物はどこで買えば良いのでしょうか?」



 ……とりあえず今の内に、なんてダクネスに謝るかを考えておこう。


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