日本軍「慰安婦」何が問題か
 
 安倍首相に加えて、橋下発言により、旧日本軍の従軍慰安婦問題が大きくクローズアップされています。慰安婦の強制性となぜ国際的な問題となるのか、7月に行なわれた林博史関東学院大学教授の講演からまとめました。文責および見出しは、すべて「けんせつ」編集部です。

国ぐるみで犯罪黙認 軍の証明書使い業者が活動
林 博史・関東学院大学教授

 従軍慰安婦の問題で安倍首相は2007年に「官憲が家に押し入って人さらいのごとく連れて行くという強制性はなかった」。だから強制はなかったと安倍首相は主張したわけです。この論理を北朝鮮による「日本人拉致」との比較で考えるとわかりやすいと思います。

拉致も強制ではないことに
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2011年には、安世鴻の「従軍慰安婦」写真展が、右翼からの圧力をうけた会場提供のニコンが直前に中止通告する事件も起こった
 横田めぐみさんは外を歩いているところを拉致されたわけですから、家に押し入られてはいない。また、だまされて北朝鮮に連れて行かれた人もいますが、これも「強制ではない」ことになってしまいます。つまり安倍首相の定義だと、北朝鮮に拉致された人は、誰も強制ではなかったことになってしまうのです。
 暴力であろうと、だましてであろうと、等しく北朝鮮の拉致をきびしく非難するのはまったく妥当です。ところが、慰安婦問題だけは、どのように連れて行ったのかという定義を持ち出しているのです。
 1932年に上海事変が起き、海軍が慰安所開設のための慰安婦を集めはじめます。軍の依頼を受けた業者が日本で物色をして、女性を連れて行こうとしました。それを取り締まった警察が業者を逮捕した事件があります。女性らは「女中」とか「女給」とだまされていましたので誘拐罪です。さらに女性たちの親に金を渡していれば、人身売買になりますから「国外移送人身売買罪」にも問われました。逮捕された業者は、地裁、高裁、大審院(最高裁)で全部有罪になっています。判決の確定は1937年3月です。

「自発的」と偽装工作して 知事が業者選び女性集め

有罪判決にもかかわらず
 ところが、同年7月に日中戦争が始まると、その年の暮れから軍は本格的に慰安所をつくりはじめます。これは警察文書により残されていますが、1937年の終りから38年にかけて、慰安婦の女性を集めるために国内で活動した業者を各地の警察が逮捕しています。逮捕された業者は「自分は軍の依頼でやっている」と軍の証明書や上海の日本総領事館の文書を見せています。
 日本軍の慰安所で働く女性を集める業者に対して、軍と上海の領事館が証明書を発行していたのでした。警察は明らかな誘拐罪ですから逮捕したわけですが、「黙認」する通達を出しておしまいにされてしまいます。
 また38年11月には、内務省警保局が大阪府など5府県の知事に対して、計400人の慰安婦女性を集めるよう指示した文書が残っています。これは軍が内務省警保局に対して、「中国南部の広東に慰安所をつくるから400人集めてくれ」と依頼したのが発端でした。大阪府は何人というように女性の人数まで割り振られています。そして、知事が警察を通じて、業者を選定。業者が女性を集め、まず台湾の高雄まで連れて行き、そこで軍に引き渡しました。このとき警保局は「どこまでも経営者の自発的希望に基づくよう取り運ぶ」ように、つまり業者が勝手にやっているように装えと、偽装工作までやっています。
 国際法との関係では、「醜業に関する婦女売買禁止条約」があり、日本も署名しています。この条約の中に「未成年者を売春に従事させてはいけない」という規定があります。これに従って、内務省は警保局通知で「慰安婦は満21歳以上ですでに売春に従事しているものに限る」としていました。ところがこの通知は、日本国内で女性を集める場合にだけ適用していて、海外では全然守らずませんでした。国内でも守っていなかったとの日本軍将兵の証言もあります。
 1940年6月、6人の台湾人女性が中国に「慰安婦」として送られていますが、全員が14〜18歳の未成年者でした。この事実は外務省、台湾総督府、日本軍部隊長、憲兵分隊長らも承知していました。未成年者に売春させるのは犯罪です。慰安婦制度が国際法や刑法に違反することを警察も外務省も黙認していたわけです。この点だけでも、慰安婦制度は国家ぐるみの犯罪であることは明白です。


欧米の「慰安婦」批判の目的 戦時性暴力断ちきる
侵略戦争だから慰安所が必要に

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橋下維新共同代表の慰安婦問題での発言は、
世界各国からもきびしい批判がまきおこった
 それでは、なぜ日本軍に強姦が多く、慰安所をつくったのでしょうか。背景にはあの戦争が侵略戦争であるからだと思います。他国から侵略されて自分たち郷土を守るための戦いであれば、慰安所なんかつくらないのではないでしょうか。ヨーロッパ諸国やアメリカでは19世紀から買春は好ましくないとの認識が強まっており、第2次世界大戦の中で慰安婦制度をつくったのは、侵略軍である日本とドイツだけだったのです。
 最後に過去の安倍首相の発言や今回の橋下発言は、世界中からの批判を浴びました。なぜ、世界から日本軍の慰安婦制度が問題にされるのかを考えてみたいと思います。
 実は、軍による組織的な戦時性暴力の問題は、1990年代のユーゴ紛争で国際社会に大きくクローズアップされ、国連人権委員会でも「なぜ、戦時性暴力がくり返されるのか」が議論になったのです。その結果、「20世紀における最大の戦時性暴力は日本軍の慰安婦制度であり、国際社会がこの問題にきちんと取り組んでこなかったことが、現代も各地でくり返される戦時性暴力の背景にある」という共通認識が生まれました。
 第1次安倍内閣の2007年7月にアメリカの下院が「慰安婦」問題で日本政府に謝罪を求める決議を採択し、ラントス下院外交委員会委員長はインタビューで「この決議は、日本の過去の政府の行為を罰しようというものではない」とのべ、戦時性暴力を断ち切るためのモデルケースを日本につくってほしいと求めました。ところが、日本ではすべて「反日」で片づけられてしまったわけです。
 今年の5月17日には国連の社会権規約委員会が「ヘイトスピーチや彼女たちを非難するその他の示威運動を防止するために『慰安婦』の不当な扱いに関して公衆を教育することを勧告する」との勧告を出しています。ところが日本政府は、勧告に対して「従う義務はない」とはっきりいっています。人権問題になると日本は国際社会に背を向けるわけです。
 なぜ、こうした政府の姿勢や安倍首相の発言、橋下発言が日本社会に容認されるのでしょうか。「愛国心」強調は、その国の政府が国民サービスを切り捨てるような場合に起こりがちです。それが背景の一つ。また、根深い中国や韓国人への差別意識です。特に慰安婦問題については、韓国や中国に金をふんだくられるのではという反発があります。

戦争責任問題は現実と密接に
 自分よりちょっと恵まれている層や、自分より弱者をバッシングすることで満足感、安心感を得る人がふえています。たとえば、生活保護者バッシング、公務員たたきをすることで、自己満足感を得る人たちがふえているのではないでしょうか。元慰安婦の女性たちや在日の人びともターゲットの一つです。
 橋下さんは「戦争に負けたから、侵略といわれてもしょうがない」という趣旨の発言もしています。これは「負けたからしょうがない」という弱肉強食の考え方です。逆からいえば「勝っていれば侵略戦争なんていわれなかった」ということでもあるのです。
 慰安婦問題はじめ日本の戦争責任問題は、こうした日本全体をおかしくしている一連の問題と密接につながっているのです。