道路公団民営化のときに見せた、あの理詰めの姿勢はどこへ行ってしまったのか。東京都の猪瀬直樹知事が、1年前の知事選のとき、医療法人「徳洲会」グループから5千万円の提供を受[記事全文]
帝国議会会議録を開き、戦前の秘密保護法制の審議を読む。時代背景も法の中身も、いまとは違う。けれど、審議の様子はこの国会とよく似ている。1937年の[記事全文]
道路公団民営化のときに見せた、あの理詰めの姿勢はどこへ行ってしまったのか。
東京都の猪瀬直樹知事が、1年前の知事選のとき、医療法人「徳洲会」グループから5千万円の提供を受けていた。
知事の釈明を聞いて納得できた人はどれだけいるだろう。奇妙な説明のオンパレードは多くの疑問を残した。
まず、「選挙資金ではない。個人の借り入れだ」という。
徳洲会の徳田虎雄前理事長の病室を訪れて出馬のあいさつをした後、資金提供があった。
選挙はお金がかかるかもしれない。運動費用に自分の預金をつぎ込むので、自己資産として持っていた方がいいと考えた。実際は手持ちのお金で賄えたから、手をつけなかった――。知事はそんなふうに説明した。
仮にそうだとしても、安心して有り金をはたけたのは借りた大金があればこそだろう。
《選挙を応援してくれる人から金の提供を受けたが、選挙に使わなかったから選挙資金は借りていない》。そんな理屈がまかり通るなら、選挙資金のルールは意味をなさなくなる。
資金提供は「向こうから持ちかけたでもなく、こちらからお願いしたでもなく」。どうして初対面の相手と、そんなあうんの呼吸が成立するのだろう。
選挙のあいさつに行った相手から金を借りながら、選挙運動や会計の責任者にさえ伝えなかったというのも釈然としない。
お金を返したのは、徳洲会が東京地検特捜部の強制捜査を受けた後のことし9月だった。あわてて返しに行ったように見えるが、これも「偶然が重なった」のだという。
1月か2月に「返したい」と伝えたが、先方の事情で返済できなかった。妻の病気や五輪招致も重なった、との釈明はいかにも苦しい。
紙袋のお金を受け渡す。その数分の時間を7カ月も8カ月も取れなかったのか。知事は多忙だったとしても、実際に返しに行ったのは秘書である。
知事は道路公団や東京電力に対し、お金の使い方を鋭い弁舌で追及してきた。約434万という都知事選で史上最多の得票で当選したのは、多くの都民がその不合理を許さない姿勢に期待したからだろう。
それなのに自身のお金の問題では不可解な説明に終始するようでは都民の支持は離れよう。今後、五輪の顔としてもイメージダウンが避けられない。
近く都議会の定例会がある。知事は徹底的に説明を尽くす責任がある。
帝国議会会議録を開き、戦前の秘密保護法制の審議を読む。
時代背景も法の中身も、いまとは違う。けれど、審議の様子はこの国会とよく似ている。
1937年の軍機保護法改正ではやはり、秘密が際限なく広がらないか、が焦点だった。
軍機保護法では、何を秘密とするか、陸軍、海軍大臣が定める。これでは国民が、そうと知らないまま秘密に触れ、罰せられないか。
追及を受けた政府側は「秘密とか、機密とかは、普通の人の手に渡らないのが通常」「機密と知らずにやった者は犯罪を構成しない」と説明した。
議員らは、付帯決議でくぎを刺す。不法な手段でなければ知り得ない高度な秘密を守る。秘密と知って侵害する者のみに適用する。政府は、決議を尊重すると約束した。
だが、歯止めにはならなかった。軍港で写真を撮った、飛行場をみたと知人に話したといった理由から、摘発者は3年間で377人にのぼった。
98歳のジャーナリスト、むのたけじさんは、直接の取り締まりよりも国民の自己規制が大きかったと指摘する。
「怖そうな法律ができた、ひどいめにあうかもしれないと思うだけで効果は十分なのです」
朝日新聞記者だったむのさんは当時の様子をこう振り返る。
朝日新聞も自ら二重、三重に検閲をした。互いに警戒して、友達がいなくなる。話の中身がばれたとき、だれがばらしたのか疑わなければならないのがつらい。だから2人きりなら話せても、3人目がくると話が止まる。隣近所も家族も、周りの全員に監視される恐怖感。「一億一心」のかけ声をよそに国民はバラバラになった――。
いまの法案はどうか。
秘密がどこまで広がるかわからない不安は、かつての法に通じる。
矛先が市民に向かないか。政府答弁は戦前をなぞるようだ。
安倍首相「一般国民の方が特定秘密を知ることはまずありえない」、森担当相「秘密と知らずに内容を知ろうとしても、処罰の対象にならない」。
確かに、軍機保護法より、一般市民を罪に問う可能性を狭めてはいる。刑罰の重さも違う。それでも、秘密を漏らすよう公務員をそそのかしたなどと適用されるおそれはある。
公務員が、メディアが、市民が自己規制を始めれば、民主主義や国民主権は空洞化する。
そのおそれは修正協議をへてなお消えない。
歴史をみても廃案しかない。