(何かがおかしい)  どこか間違っている。こうじゃない。戦艦加賀は常にそんな疑問を感じていた。その疑念の正体が何なのかさえ分からない。  ただ漠然とした不安。どんな女の子をその腕の中に抱き入れても、甘やかしても、満たされる事はなかった。  本当の恋を知らないから? 誰もがうらやむような女性なら? まだ運命の相手に出会っていないだけ?  戦艦加賀は確かめるために、胸中のもやもやを晴らすために、今日もまた少女を手にかける。  女性の扱いなど、慣れたものだ。口を開けば幾らでも甘い言葉が蜜のように流れ落ち、その指先は踊るように走る。そうして女の子を鳴かせる度に、チクリと痛む胸に気付かないふりをして。仮面を被って。戦艦加賀は、大井へと迫る。 「いい子ですね。抱っこしてあげますよ」 「ハグだけなら」 「それ以上もしてあげますよ」 「だめ。そこから先はもう、恋人ですよ」 「恋人ではいけませんか?」 「私は貴方を、姉のような存在だと思っています」  姉。大井の戦艦加賀に対する執着は、果たして姉に抱くもので済むのだろうか。明らかなそれ以上の感情を見せながらも、近付けばかわし、逃げてゆく彼女。追われるよりも追う方が好き、そんな戦艦加賀の嗜好に噛み合った娘。  これがやっと巡り合えた本当の女性? 戦艦加賀はこの縁を信じたかった。大井こそが足りない何かを埋めてくれるのだと思った。  彼女を得る事で、ようやく完全な自分になれるのだと信じて。奔放で我侭で不安定で嫉妬深い、大井との絆を深めていく。それはあたかも姉妹のようであり、恋人のようでもあり、母娘のようでもあり。どの関係性にも当てはまるようで当てはまらない、二人だけの距離感があった。戦艦加賀はそれを真実の愛だと思い込む事にした。沢山の傷をつけられている事に目を瞑って。大井は自分を痛めつけるだけと知りながらも、盲目の世界へ自ら飛び込んだ。そこへ飛び込まなければ、あらゆる問題が見えないようにならなければ、愛せない相手だと薄々勘付きながらも。すぐ隣に、目を開けたまま愛し合える相手がいるというのに、戦艦加賀は大井へと溺れて行く。 「チョロギ美味しい♡」  その声は戦艦加賀に届かない。いつも隣で、ハートマークと沢山の慈悲を振り撒きながら、見守ってくれているというのに。  大井に傷つけられる度、つかず離れずの距離で慰めてくれる彼女。A柄。タチ被りとか公式で縁がないとか何か怖いとか、そんな微細な問題は置いといて、何故かA柄とのやりとりは癒しを与えてくれる。戦艦加賀はそれを友情だと思い込む事にした。キスしても砂を吐くだけ。互いにタチなんだかBLですよ。そう、言い聞かせるように。ごまかす様に。本当の自分を押し殺した。   「大丈夫かしら♡」 「なあに、嫌なの?」 「どうしたの?」  A柄の言葉はしみ込むように胸の中に広がっていって。大井につけられた沢山に傷を、労わるように暖かいものをくれる。心地よかった。  とくん。  戦艦加賀の中で忘れていた衝動はうずく。  私には大井さんが。だけど、彼女は絶対に私のものにならなくて。大井さん、大井さん。A柄さん。  私――  私、ネコだったみたい。  やっと本当の自分に気付けたのね。えらいえらい。A柄の掌が髪の上を滑る。ぽふぽふと撫でられる度、どくんどくんと鼓動が早まっていく。 「柄さんと、ちゅーしたいです」  忘れていた女の子の顔で、戦艦加賀はねだる。 「小さくなって甘えん坊になったの?」  A柄は彼女を否定しない。振り回さない。大井とは全く逆の反応で、ただただ受け入れてくれる。  戦艦加賀はその胸の中に飛び込んだ。自分よりも少し小柄だというのに、今までに味わった事のない安堵感を覚える。 「……にゃー」 「いいこいいこ♡」  溶けていく。だめになっていく。馬鹿になる。  それでいいと思った。何もかも与えようと思った。いいものも、めんどうなものも、つらいものも、すべてA柄に委ねてみたかった。 「いいのよ♡」  そして、A柄にはそれが出来る。  溺れる、と戦艦加賀は予感した。柔らかな接吻の中、二度とはタチに返れない自分を感じながらも、静かに身を任せる。 「にゃあああああ」 「♡」  恋じゃない。友情でもない。欲望でもない。やっと見つけた、愛の味は、どこまでも甘く、そして、しっくりきたのだった。