WEB特集
生活保護“抑制” 広がる反発
11月21日 15時40分
生活保護費の増加傾向が続く中、生活保護を受け取る人たちへの風当たりが強まっています。
8月から生活保護費の段階的な引き下げが始まったのに加え、国会では、受給者や親族の資産などの調査を強化する内容を盛り込んだ生活保護法の改正案が審議されています。
「最後のセーフティーネット」と言われる生活保護を“抑制”しようという政府の動きに、受給者や支援団体などの間に反発の声が広がっています。
ネット報道部の山田博史記者が取材しました。
「切り詰めるものがない」
東京都荒川区のアパートで暮らす男性(50)は、13年前、父親が寝たきりになったうえ母も脳内出血で倒れ、「普通の家庭と同じだった」暮らしが一変しました。
看病のため会社を辞め、初めて生活保護を受給。
その後、再び働きながら看病をする生活を続けましたが、疲れなどからうつ病になって会社を退職。
3年前に母親を亡くし、現在、生活保護を受けながら一人で暮らしています。
受け取る保護費から家賃を引くと月額8万円余り。
食費を抑えるためコンビニで3玉100円のうどんを買ったり、下着は100円ショップで購入したりと切り詰めています。
この夏にはクーラーのない部屋で熱中症で倒れ、クーラーや風呂のついた部屋に引っ越しましたが、「ガス代がもったいない」と風呂に入るのは1日おきか2日おき。
そこへ、8月、月額1230円減額するという通知が届きました。
来年、再来年はさらに減額される見通しです。
「もともと切り詰めているので千円減らされるのは厳しい。娯楽にお金を使っているわけでもないので、食費か衣服くらいしか切り詰めるものがない。私は一人暮らしだが母子家庭の方などが病気になったらどうするのか。ひと事でないと考えてほしい」。
生活保護費“抑制”への動き
生活保護の受給者は増加傾向が続いて全国で215万人を超え、今年度の生活保護費は3兆7000億円に上る見通しです。
不正受給もあとを絶たず、平成23年度分で約3万5000件、173億円と過去最多となりました。去年春には、人気お笑いタレントの母親が生活保護を受けていたことに批判が集まり、タレントが記者会見で謝罪する事態にまでなりました。
こうした状況を背景に、政府は生活保護費適正化の方針を打ち出し、事実上、生活保護費を抑制する動きを強めています。
8月からは物価の下落を勘案するなどとして生活保護費の一部の段階的な引き下げを開始。
3年間で総額670億円を引き下げる方針で、都市部に住む世帯などを中心に最大10%減額されます。
また、生活保護法改正案では、生活保護を受ける人や親族の資産・収入を福祉事務所が調査する権限を強化し、生活保護を申請した際、必要に応じて親や子どもなどに扶養できない理由などの報告するよう求めることができるという内容が盛り込まれています。
法案はすでに参議院で可決され、現在、衆議院で審議が続いています。
「誤解多く、『漏給』こそ問題」
“抑制”の動きに対し、生活保護の受給者や支援団体などに反発が広がっています。
国会周辺では、連日のように反対集会や抗議行動などが続けられています。
今月13日には、支援団体や弁護士などが参議院議員会館で集会を開催し、150人以上が参加しました。
生活保護を受けている81歳の女性は「病院に行くときにボロボロの下着を見られたくないので新しい下着がほしいのですが、買えません」などと訴えていました。
また、20日には、大学教授などの呼びかけで衆議院議員会館でも集会が開かれました。
この問題を巡って、全国の大学教授らは「扶養義務の強化につながり、セーフティーネットとしての生活保護を脅かすものだ」として、法改正に反対する共同声明を出し、賛同する研究者はすでに1000人を超えています。
呼びかけ人代表の1人で、埼玉大学の三輪隆名誉教授は「社会保障の分野でない研究者も、アルバイトなどに追われる学生たちを見て日本社会の貧困を見過ごせないと参加してくれた。研究者の声明がこれほど広がるのは珍しい」と話していました。
法改正反対などの運動で中心となっている団体の1つ、「生活保護問題対策全国会議」は、生活保護を巡る「誤解」が多すぎると指摘しています。
問題視されている不正受給は、生活保護費全体の中で見た場合、割合は0.4から0.5%ほど。
また、先進各国の生活保護の利用率は、2010年のデータで日本が1.6%なのに対し、イギリスは9.2%、ドイツは9.7%、フランスは5.7%で、日本は相当低い水準にとどまっているということです。
日本ではむしろ、収入が低くて生活保護を受けられるのに申請していない人が少なくとも400万人以上いると推計されています。
団体は「必要な人に保護が行き渡っていない『漏給』こそ問題で、生活保護バッシング(強く非難すること)は間違いだらけだ」と話しています。
申請「断念」強まる懸念も
10年以上にわたって生活保護受給者の支援に取り組むNPO団体「自立生活サポートセンター・もやい」の稲葉剛代表理事は、生活保護を抑制する動きが、受給者をより深刻な状況に追い込むことを危惧しています。
生活保護費の引き下げが始まったことし8月、受給者280人余りにアンケート調査したところ、「食事のお金を削らないといけなくなった」(64%)、「公共料金を削らないといけなくなった」(60%)などと、多くの受給者が生活に直結する部分で影響を受けていると答えました。
稲葉さんは「引き下げは電気料金の値上げや消費増税の流れに逆行しており、かつかつの中で生活している受給者がエアコン使用などをがまんして健康被害につながりかねない」と話しています。
法改正については「これまでも、役所がなかなか申請を受け付けない『水際作戦』と言われる状況があり、家族に迷惑がかかることをおそれて申請を諦めるケースが多かった。法改正によって、申請を家族に通知されたり、家族の資産や収入が丸裸になったりすることが心配になり、生活保護の申請を諦める動きがさらに強まるおそれがある」と指摘しています。
そのうえで稲葉さんは、「生活保護の相談に来る方は『まさか自分が受けるとは思わなかった』と話す人が多い。生活保護は、ほかの低所得者対策にも影響を及ぼす社会保障の基盤的な制度であり、ひと事ではなく、自分にも影響する問題として受け止めてほしい」と話しています。
「セーフティーネット」どこへ
批判や懸念の声があがっていることについて、厚生労働省は、「これまでも受給者や親族の収入の調査などは行っており、調査権限を強化しても窓口での対応が変わることはない。法案が成立すれば、行き過ぎがないよう、省令などできちんとした運用を指導したい」と話しています。
「最後のセーフティーネット」と言われる生活保護にどう向き合うのか。
いつ、何が起こるか分からない現代社会に生きる、私たち一人一人に投げかけられた問題なのです。