ユニセフ協会騒動(日本ユニセフ協会は悪いのか?)で「寄付」についての議論が(ぼくのなかで)盛り上がっています。
寄付といえば、「街頭募金って意味あんの?」みたいな疑問をたまに聞くので、ぼくの見解を書いておきます。


市民の社会参加として

もっとも個人的に意義があるなと感じるのは、「街頭に立って募金を集める」という行為が、「市民の社会参加」そのものであるという点。

NPO活動というのは、特定の社会問題の解決それ自体だけでなく、「市民を社会に参加させること」も重要な役割だと言われます。中学生とか高校生が街頭に立って、「募金をお願いします!」と斉唱していたりしますよね。あれは、お金がどのくらい集まるとかそういう話はそんなに関係なくて、「募金を集める」という経験自体に意味があるのです。

街頭募金ボランティアをすることによって、その人の社会に対する意識は、より積極的な問題解決に傾くと考えられます。たとえば「東日本大震災のために街頭募金をした人」は、そうでない人に比べて、東北復興のことを気に掛けるタイミングは増えるでしょう。これは街頭募金が持つ本質的な意義です。


余談ですが、寄付をしてくれる支援者を集めたければ、街頭募金のボランティアを増やせばいいんじゃないの?とよく妄想します。街頭募金のボランティアとして活動に関わってもらえれば、その社会問題についての当事者意識が芽生え、募金ボランティアを終えたあとに、寄付者になってくれやすいのではないかと想像します。どなたか実験したら、こっそりデータをご共有ください。


社会問題の啓発に

もう一点大切なのは、社会問題の啓発という側面。

たとえば、新宿あたりでは盲導犬関連の寄付をよく集めていますが、ああいう人目が多い場所で「盲導犬」を見せることで、ぼくらは「目が見えない人がいて、その人たちは盲導犬を利用している」という事実を認識/再認識することができます。

ニッチな社会問題の場合は、「寄付を集める以前に、そもそも問題について理解されていない」という課題に直面します。そういう場合には、寄付集めとしての効率は悪かろうが、街頭ビラ配り・街頭募金といった啓発行為に価値があると思われます。


寄付集めに

ネット上だと「あんなの寄付しねーよwww」みたいな意見が目立ちますが、実はやり方によっては普通に寄付は集まります。特に、街頭だと「ネットではつながりにくい人たち」とコミュニケーションが取れるのが大きなメリットです。

とあるNPOの方から聞いた話で、富裕層の外国人が多い地域で街頭募金&ビラ配りをしたところ、アラブの大富豪とつながってパトロンになってもらった、なんて話を聞きました。こういう路上での出会いは、街頭募金特有のものでしょう。

これも妄想レベルで実現できていないのですが、多分、老人たちの原宿といわれる巣鴨で街頭募金を集めたら、けっこう集まるのではないでしょうか(特に子ども関連の事業)。あとは富裕層の多い地域、たとえば横浜の山手あたりとかも穴場かも。


戦略的なファンドレイジング(寄付集め)の足がかりに

また、街頭募金をNPO団体が実施することで、その団体内のファンドレイジング戦略が見直されるという効果もあるのではないか、と観察しています。

街頭募金をする際には、「社会課題についてどう伝えるべきか?」「どんな人が寄付者になってくれやすいのか?」「自分たちの優位性をどう伝えるべきか?」といった思考にぶち当たります。

寄付集めに力を割いていない団体は、こういう基本的なマーケティング思考も欠如していたりします。ゆえに、街頭募金をやることそれ自体に、戦略見直しの効果があるというわけです。


というわけで、「街頭募金なんて意味ねーよwww」みたいな批判には基本的に反対です。それなりに意味があるものなんですよ。

ちなみに、ぼくは街頭募金には基本的に寄付しません。やっぱり信頼できる団体/活動に寄付したいですし。どうせ寄付するなら、彼らに個人情報をあげたい、というのもあります。しっかりした団体だと、寄付金の使途や社会的インパクトをメールなどで教えてくれるのです。

なお、街頭で直接寄付したことはなくても、「街頭で知って、そのあとオンラインで寄付する」というのは経験したことがあります。よく知っている団体が募金を集めていた場合は、その場で寄付することはありそうですね(そういえば、そういうシーンには出会ったことがありません)。


ついでに宣伝しておくと、来年2/1、2/2に、こういう話がやまほど聞ける「ファンドレイジング日本 2014」という大規模なカンファレンスが開催されます。ぼくも例年セッション枠をもらっていたりします。ファンドレイジングに関心がある方はぜひぜひご参加ください。参加費は2.5万円と高めですが、研修だと考えればむしろ割安です。

ファンドレイジング・日本 2014