『猫耳猫』モンスター紹介
【スノパオン】
象型モンスター『パオン』の亜種で、雪原地帯に生息する。
その長い鼻からスタン効果のある雪を吐き出すのが主な攻撃手段。
動画や二次創作で謎の人気を誇り、その登場率はあの邪神の欠片に並ぶほど。
第百七十九章 魔物の襲来
レイラの力の入った料理と、一口食べる度に発生する「あ、あの。それ、味、どうかな? ソーマに食べてもらいたくて、ソーマのことだけを思って、ソーマのためだけに作ったんだよ。だ、駄目な所があったら全部その通りに直すし、何でも言ってくれれば、なん、でも……。あ、あの、ソー、マ? どうして、何も答えてくれないの? ぁ、そっ、か。ご、ごめんね。こ、こんなの、おいしくないよね。わ、私なんかの作った物じゃ、ぜんぜん、だめ、だよね。ぜ、全部捨てる! それで全部作り直……あ、おいしい? や、やった! う、嬉しい! じゃあこの料理、追加で百皿作ってくるね!! え、そ、そう? わ、分かった。ソーマがそう言うなら。あ、だったらこっちも食べてみて? あ、あーん。な、なんちゃって……。ぁ、ご、ごめん。ごめんね。私の皿の物なんて、汚いよね。わ、私、身の程……あ! え、えへへ。ありがと。……あ、あの。それ、味、どうかな?」という限りなく精神攻撃に近い強制ループイベントにお腹一杯になった後、俺は風呂に行くと言って席を立った。
「…んっ」
まるで自分の出番が来た、というように、自然とリンゴが立ち上がる。
俺が風呂にいく時は、溺死しないように大抵いつもリンゴに見張りを頼んでいるのだ。
しかし、今回ばかりは事情が異なる。
「あ、悪い、リンゴ。今日は付き添いはいいんだ」
「…?」
無言で不思議そうに首をかしげるリンゴに、俺はある一人の人物を指し示した。
「今日は、サザーンが付き合ってくれるって約束だから。なぁ。サザー、ン?」
最後が疑問形になったのは、当のサザーンが俺の言葉など耳に入らない様子で一心に本を読んでいたからだった。
しかも、ただ本を読んでいるだけでなくて……。
「魔法の部分行使……効果時間拡大……呪文をアレンジ……魔力をブーストして……」
これは、まさかアレだろうか。
自分は専門的なことに没頭してますよと周囲にアピールすることで、他人が話しかけることを防ぐというぼっちの秘技!
しかも、本人に自覚はないだろうが、ぶつぶつと訳の分からないことをつぶやいていてキモイという理由でさらなる追加効果を見込める優秀な技だ。
サザーンほどの猛者(ぼっち的に)なら習得していてもおかしくないが、このタイミングでこれを使うということは、もしかしてよっぽど俺と風呂に行きたくないんだろうか。
「おい、サザーン! 風呂に行くぞ!」
俺が肩に手を置くと、サザーンはビクッと跳ねて、数秒経ってようやく俺の言葉を理解すると、妙に落ち着かないそぶりでコクコクとうなずいた。
「ま、任せておけ! 大丈夫だ、僕は天才だからな!!」
風呂に天才は関係ないが、行く気がない訳ではないようなので何よりだ。
ほら行くぞとサザーンを促して立たせたところで、後ろから声をかけられた。
「珍しいですね。貴方が積極的にサザーンさんに関わろうとするなんて。
一体、どういう風の吹き回しですか?」
振り返ると、ミツキが耳をぴくぴくと好奇心に揺らしながら、俺たちを見ていた。
一瞬、一緒に風呂に入る約束をした、と素直に言いそうになったが、危ないところで思い留まる。
ちらりとレイラに視線を向ける。
レイラは一見料理の後片付けに没頭しているように見せて、目の端で鋭い視線を周囲に走らせている。
魔術師ギルドに行って心配をさせてしまったからか、どうもレイラはさっきから情緒不安定だ。
というか、知らないうちにヤンデレスイッチを入れてしまった感じがする。
ヤンデレ状態のレイラは良くも悪くも分け隔てない。
今のレイラには、ノンケだろうがぬいぐるみだろうが、俺と仲良くしていたらサクッとヤッちゃいそうな雰囲気がある。
「いや、サザーンにはダークシュナ……指貫グローブを壊されたからさ。
ちょっとした罰ゲームってことで付き合ってもらうように頼んだんだよ」
「成程。そう、なのですか」
ミツキが、納得したようなそうでもないような、微妙な反応をする。
これ以上追及されても困る。
「い、嫌なんだったら、私が代わりに……」
と言いかけるレイラを振り切るように、
「ほら、サザーン! 本なんて読んでないで行くぞ!」
「視覚情報のみの擬態……魔力の質で、任意の対象を……試行回数で収束……わ!
や、やめろ引っ張るな! もうちょっと、もうちょっとだから……!」
「いいから来いって!」
俺はいまだぶつぶつとつぶやき続けるサザーンを無理矢理に立たせると、脱衣所まで引っ張っていったのだった。
で、いざ風呂に入るという段になったのだが、土壇場でサザーンがごねだした。
「ぼ、僕は後から入る!」
「はぁ?」
俺が不機嫌な声を出すと、サザーンは怯えた仕種を見せたが、やはり頑として意見を曲げなかった。
「べ、別に一緒に入らないとは言ってない。
ただ、もう少しで読み終わるんだ!」
「読み終わるって、その本を?」
そう主張するサザーンだが、本のページはまだ半分ほど。
たかだか数分で読み終わるとも思えない。
(……まあ、いいか)
別にそこまでサザーンと一緒に風呂に入りたい訳ではない。
逃げられたらそれまで、と思って、ここは折れておくことにした。
「……本当に、後で入ってくるんだな」
「当然だ! そうだな。我が一族の家宝、この『環魂の腕輪』に誓おう!」
「いや、知らないから」
調子のいいことを言うサザーンを適当にいなし、先に入ることにする。
ちなみに俺が服を脱いでいる間、サザーンは俺に背を向けて一心不乱に本を読んでいた。
必要はないのだが一応ざっと身体を洗い、大きな湯船に身を沈める。
もちろん顔まで沈むと死ぬので、入るのは普通の風呂と同じように肩までにしておく。
「――ふぅ」
サザーンが来るとしたら、そろそろだろうか。
まあ、さっきの言葉が嘘でないとしたら、だが。
(……やばい。何か緊張してきたな)
なぜサザーンごときに、とは思ったが、考えてみれば誰かと一緒に風呂に入るのなんて、中学だか高校だかの修学旅行以来じゃないだろうか。
タオルか手ぬぐいくらい用意しておけばよかっただろうか、でもやっぱりこの世界でも湯船にタオルを入れるのはNGなのかな、などとどうでもいいことを悩み始めた時、
「――ッ!」
ガララ、と音を立てて、扉が開いた。
そしてその向こうには、仁王立ちするサザーン。
その姿は、想像に反して堂々としていて、サザーンは少しも恥じ入ることなく、黒いマントに包まれた自らの身体を……って、
「お、お前はなぁぁ!!」
まさかいくらサザーンでも風呂場に服を着てやってくるとは思わなかった。
いや、ゲーム時代の習慣で風呂には裸で入ったりはしなかったらしいのだが、今では少なくとも俺の仲間たちは服を脱いで入っているはずだ。
風呂上がりのイーナも、全然服は濡れてなかったし。
そして、当の本人も自分がおかしなことをしたという自覚はあるらしい。
おずおずと尋ねてくる。
「や、やっぱり服は脱がなきゃダメか?」
「当たり前だろ」
そんなマントを羽織って入られたら、何よりもまず俺が落ち着かない。
「つ、杖もか?」
「あ、た、り、ま、え、だ、ろ!!」
「い、いや、しかし、杖は魔術師にとって命の次に大事な物で、これがあるとないとでは魔法の精度が……」
「お前は風呂で何をするつもりなんだよ」
「う、ぐぅぅ……」
俺が強く言うと、サザーンは一瞬だけ悄然としたが、すぐに顔を上げた。
「分かった。ちょっと、待っていてくれ」
決然とした表情で、俺を見る。
それは、覚悟を決めた男の顔だった。
……いや、ただ、風呂に入るだけなんだけどな。
それは、俺が湯船に浸かってくたーっとなって、船をこぎそうになった時だった。
「た、たのもう!」
大きな音を立てて風呂場の扉が開かれ、俺は飛び起きた。
照れ隠しを兼ねて、扉の方に声をかけて……。
「おい、遅いぞサザー……は?」
サザーンの姿を一目見た途端、俺は思わず口をあんぐりと開けた。
それは、あのサザーンが、顔の仮面を外していたから……ではない。
全裸のくせに、仮面だけは頑なに外していなかった。
ただ、それよりずっと下。
仁王立ちしたサザーンの股間には――
「パオーン!!」
――非常にビッグサイズなスノパオン(頭部)が雄々しく鼻を振り上げていたのだ。
「え? ちょ、ええっ!?」
その威容、正しくG級。
怪物、としか言えないそれを目の当たりにして、俺は非常に混乱していた。
(待て! 待て待て待てって!)
いや、冷静になろう。
よく考えろ。
ビッグサイズと言っても、あくまでサザーンの体格から考えると、ということで、本当のスノパオンよりは当然小さい。
って、そういう話ではなくて。
しかし、ならどんな話だと言うのか。
俺は股間に魔物を飼ってるんだぜ、とかそういう話だろうか。
魔物を飼うにしてもほどがあるんじゃないだろうか。
(お、落ち着け、落ち着け、俺!)
ぶんぶんと首を振って、迷走する自分の思考の手綱を何とか引きもどそうとする。
しかし、こんな、こんなことが本当にあるんだろうか。
これがファンタジー世界ということなのだろうか。
もしかすると、『猫耳猫』スタッフが適当に決めた脳内設定のせいで、サザーンはこんな業を背負う羽目になってしまったのだろうか。
「な、なんだ? じ、じろじろ見るなよ」
気付けば、俺はサザーンのスノパオンを凝視してしまっていたらしい。
まるで身体をかばうように上半身を斜めにするサザーン。
だが……それよりまずは下に隠さなきゃならないもんがあるだろ!!
「……わ、悪い」
などと叫びたかったのだが、俺はどうしてもサザーンに強く出られなかった。
純粋に、なにそれこわい、みたいなこともある。
だがそれ以上に、サザーンに同情していたのだ。
そりゃあこんなのがついてたら、いくらサザーンだって誰かと一緒に風呂に入りたがらないだろう。
というか、子供時代にこんな物を目撃されたら下手すればいじめられるし、その結果中二病になる可能性だって十分にある。
「ま、まあ、入れよ」
俺は愛想笑いを浮かべてサザーンを招いた。
……つもりだったが、本当に笑えていたかはちょっと自信がない。
「ふ、ふんっ! の、望むところだ」
サザーンも緊張しているのか、おかしな受け答えをして恐る恐る前に進む。
本当は身体を洗ってからにしろ、と言いたいが、もうそんな気力もない。
サザーンは鼻息も荒く、もはややけっぱちな勢いで股間のスノパオンを見せつけるように、しかもなぜか腕組みをしたまま湯船の中に入ってくる。
「うっ!」
その身体がお湯に沈む瞬間、ついサザーンのスノパオンを正面から見てしまった。
……サザーン先輩、マジ魔物使い。
「い、いい、お湯だな」
「そ、そうか?」
肩まで浸かったサザーンが、そんなぎこちないコメントをして、俺もぎこちない言葉を返す。
ていうか、中に入ってまで腕組みを解かないのはどうしてなのか。
腕で身体の前を守るのは心理学的には警戒を表すらしいが、いくらなんでも緊張しすぎだろう。
しばらく、何とも言いがたい緊張感が二人を包んだが、人間はいつまでも緊張していられる生き物じゃない。
時間が経つにつれて俺は少しだけ物を考えられる余裕が出てきたし、サザーンも腕組みは解かないものの、態度は少しやわらかくなっていた。
「それにしてもお前、本当に仮面を取らないんだな」
少しだけ打ち解けた雰囲気の中、俺がそう切り出すと、サザーンはいつものように仮面の奥で鼻を鳴らした。
「ふっ! この仮面は我が一族に伝わる神器だからな。
たかが風呂ごときで、軽々しくは取れないのだ」
「さっきは腕輪が家に伝わる宝だとか言ってなかったか?」
俺が指摘すると、サザーンは顔を真っ赤にして反論した。
「ど、どっちも! どっちも家に伝わる宝で、この仮面は神器で、こっちの腕輪が宝具なんだ!
だっ、だから、どっちも絶対外せない物なんだよ!
ほら、腕輪だってここに持ってきてるだろ!」
サザーンは器用に腕組みをしたまま腕輪を手首から引き抜くと、手首だけで持ち上げて俺に見せた。
スノパオンのインパクトで気付かなかったが、腕輪もつけてたのか。
というか。
「今、外してるじゃないか」
「そ、それは……。て、手に持ってても大丈夫というか……」
「じゃあ、本当は仮面だって外したっていいんじゃないか?」
ちょっと意地の悪い気持ちで追い打ちをかけると、
「それは……。これを外したら、僕が、僕でいられなくなるから……」
何だか深刻そうな口調でつぶやいた。
予想外の反応だが、流石に聞き捨てならない台詞だった。
「僕が僕でいられなくなる、って……」
俺がそれを追求しようとすると、
「なっ! ち、ちがっ! そ、そういうことじゃなくて!!」
サザーンは腕組みしたまま、大慌てで水面をバシャバシャとかき乱した。
……おい、やめろ。
水の中でスノパオンも大暴れしてるから。
「そ、それより言ってただろ! 僕に用があるって!
い、一体何の用があるっていうんだよ!」
「それは……」
一瞬だけ、言葉に詰まる。
本当はもう少し話をして、打ち解けてから切り出すつもりだったのだが、仕方ない。
俺は渋々と口を開いた。
「頼みがあるんだ。一緒に、ある攻撃魔法の書を探して欲しい」
「攻撃魔法? 魔王を倒したのに、まだそんなのが必要なのか?」
「……違う。魔王を倒したからこそ、だ」
次の言葉を口に出していいものか、少しだけ迷った。
だが……。
まず誰かに打ち明けるなら、パーティの中では、一番サザーンが適任だろう。
仲間の中で俺と一番関わりが薄く、俺のことを一番必要としていない、サザーンが。
だから俺は、仮面の奥のサザーンの目を正面から見つめ、はっきりと、こう言った。
「――元の世界に、帰ろうと思うんだ」
それを口にした直後、世界から一瞬、音が消え、
「……ぁ」
サザーンの手の中から腕輪が落ちて、思いのほか大きな音を立てた。
「わ、わわっ!」
それから弾かれたように世界が動き出し、サザーンは俺に背を向けて、お湯の中に落ちた腕輪を探し始めた。
サザーンは俺に背中を向けたまま、ぽつぽつと言葉を返す。
「そ、そうか。帰るのか。そりゃ、そうだな!
もともとこの世界の人間じゃないって、言ってたもんな!
わ、分かってる、僕も、協力するさ!
……はは! わ、分かってる! 大丈夫、分かってるから!」
震えるサザーンの声が響く中、透明な湯船に落ちた腕輪の捜索は、なぜだかしばらく、終わることがなかった。
ソーマ「こんな世界にいられるか! 俺はモ○ハンに帰るぞ!」
ということで、次回より帰還編
感想欄に火炎魔法をぶち込むくらいの意気込みで、熱い話をお届けする予定です
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