第百七十一章 集魔崩し
俺の発言は、しばらくの間その場にいた全員の驚きと沈黙を呼んだが、やがて立ち直ったミツキが、猫耳をふりふりしながら口を開いた。
「……信じられません。私達が普通に暮らしていた街に、まさかそんな秘密があったなんて」
「ああ。俺も初めて気付いた時は、正気を疑ったよ」
何がおかしいって、この設定はゲームの中で明かされたわけじゃなくて、俺が様々な材料から判断しただけだということだ。
こんな大がかりな仕掛けを考えておいて、その伏線を一切回収をしないとか、猫耳猫スタッフはやっぱりどこかおかしい。
もしかすると、設定を考えるのが大好きで、それを生かすのは興味がない変人だったのかもしれない。
こんな裏設定がゴロゴロ転がっているなら、そりゃあwikiの考察ページがにぎわう訳だ。
そして、話はここまでで半分。
これにはまだ続きがある。
「当然、この魔法陣の中心は街の中心と重なっている。
だから、この魔力が集まるのは本来、街の中心にある大聖堂になる」
「そうか! あのステンドグラスの光は、集魔の陣で二重に集めたものだったんだな!」
「ああ、たぶんな」
サザーンの叫びに、俺も同調する。
この街を作ったのは建国王アレクスで、大聖堂も建国王アレクスと関係が深い。
おそらくこの仕掛けを作ったのはアレクス、という設定だったはずだ。
街中の魔力を少しずつ集めて、神秘的な光の柱を作り、神の奇跡をでっちあげる。
人心を掌握するのに分かりやすい演出が必要だったのだと思うが、建国王も意外とせこいことを考えるものである。
と、そこで、バン、という音を立てて椅子を立った人間がいた。
「つまり、悪いのは魔力を集めてる大聖堂の奴らだってことですね!
許せませんね! あいつらぶっ殺しましょう!」
「え、えーと……」
どんな反応をしていいか分からず、口ごもる。
そこで席を立って叫んだのは、俺たちの仲間の誰でもなかった。
このテーブルの一番奥に座った、名前も知らない僧侶の人だったのだ。
「あ、そういえば、自己紹介してませんでしたか。
わたし、シスターのミュスルスシュ・ミュルムリュッツと言います」
僧侶の人はそう教えてくれるが、実に舌噛みそうな名前だった。
「ええと、ミュシュルシュスさん」
「あ、すみません。ミュシュルシュスではなく、ミュスルスシュです」
「わ、悪い。ええと、ミュスルシュ……スシュ……。
その、ミュルミュリッツさんは」
「あ、すみません。ミュルミュリッツではなく、ミュルムリュッツです」
「…………」
誰だよこの人の名前を考えたのは!
俺はあらためて猫耳猫スタッフに殺意を覚えながら、ミュス……ミュル……ミュなんとかさんの話を聞いた。
このミュなんとかさんは、大聖堂とは別にある街の教会に勤めるシスターで、あの有名キャラクター、グラティア神父の右腕的存在らしい。
ゲームで名前を聞いた記憶がないので、彼女は仲間キャラではなく、イベントにも関わらない、いわゆる高レベルモブという奴だったのだろう。
「あの大聖堂のハゲ親父たち、うちにやってくるといっつもグラティア神父に嫌味を言うんですよ!
『ここの生活は気楽そうでいいですなぁ』みたいにネチネチネッチネチと!
きっと神父様がフサフサだから気に入らないに違いありません!
今すぐ根絶やしにしちゃうべきです!」
そういえば、この街の教会の有名NPC、グラティア神父はロンゲだった気がする。
ただ、大聖堂の人たちもたぶん、「聖職者ってお坊さんみたいなもんだろ。じゃ、ハゲでいっか」みたいな猫耳猫スタッフの偏見でスキンヘッドにキャラデザされた可能性もなきにしもあらずだ。
彼らに罪はない……かもしれない。
「あー。さすがに根絶やしはちょっと……」
「そうですか? じゃあせめて、あいつらの毛根を根絶やしにしちゃいましょう!」
「いや、ハゲが増えたら余計に神父が恨まれるんじゃないか?」
見た目は落ち着いた人に見えるのに、中身は大違いだ。
それとも敬愛する相手のために怒っていると考えると、それはそれでいい人、と言ってもいいのだろうか。
「あんたは本当にグラティア神父が好きなんだな」
「好き、というほどでもありませんが、頼れる人ですし、それに……」
彼女はそこで、恋する乙女のような目で遠くを見ながら、言った。
「わたしの名前を、唯一ちゃんと言える人でもありますから」
「どんだけだよ、あんたの名前!」
まあ、ちゃんと言えない俺が言うのもどうかという話ではある。
しかし、大聖堂の人たちがどんな人間か、というのは置いておいて、ただし今回の犯人は、彼らではない。
「悪いけど、大聖堂の人たちを非難するのはちょっと待ってくれ。
あの魔法陣は確かに大聖堂に光の柱を作るための物だが、前に武器屋の親父さんが、最近大聖堂の参拝者が減った、って言ってただろ?
たぶん、今はその機能は失われている。この仕掛けをいじって、全く違うことに使ってる奴らがいるんだ」
開いたままの街の地図に目を落とす。
「サザーン。陣を作り替えると、力が集まる場所を変えられるって言ったよな」
「え? あ、ああ」
「だったら……」
俺はじっと地図を見つめ、二つの場所を指し示した。
「この二ヶ所を途切れさせると、陣の魔力はどこに集まる?」
「そこと、そこなら……」
仮面の奥のサザーンの目が、真剣さを帯びる。
しばらく考え込んでいたサザーンだが、やがて、指を地図上のある一点にすべらせた。
「……たぶん、この辺り、だ」
強張った声で、告げる。
サザーンも、それが何を意味するか、十分に分かっているようだった。
「ドンピシャ、だな」
仮面の魔術師が示した場所。
そこには、王都一の高さを誇る、魔術師ギルドの拠点、『魔道の塔』が描かれていた。
ゲーム時代、魔術師ギルド関連のクエストに、『反対派をぶっ潰せ!』という実にストレートな題名のものがあった。
拠点破壊用の魔道ゴーレムを使って、ギルド長の儀式に反対する奴らが立てこもった家を潰してこい、というのがそのクエストの内容だ。
その魔道ゴーレムの性能がまた凄まじく、近接攻撃しか出来ないものの、終盤ボスクラスの物理攻撃力・防御力を誇り、ブッチャーと同じ物理耐性持ち。
さらに巨大な割に機動性も悪くない、まさに鉄壁の要塞……と思いきや、魔法防御力ゼロで物理以外の属性が全て四倍弱点という最悪の代物だった。
なぜ魔法使いと戦うのに魔法が弱点のゴーレムなんぞを駆り出そうと思ったのか。
プレイヤーには建物を破壊出来ないので、そのゴーレムを何とか守り通さなくてはならず、そのせいで理不尽な難易度のクエストになったのだが、まあ今は置いておこう。
重要なのは、このクエストの目的が、「家に立てこもった反対派の撃破」ではなく、「反対派の立てこもった家の破壊」だったことだ。
当時はそれがなんとなく納得出来なかったが、今ならその理由が分かる。
なぜなら、反対派が立てこもった家こそが、俺がさっき示した、地図上の地点。
つまり、街の魔力が魔術師ギルドに集まるように魔法陣を変えるための、最重要の場所だったからだ。
「細かい事情は省くが、俺は魔術師ギルドがこの二つの家を狙っていたのは知っていたんだ。
もちろん、その目的が屋根のミスリルを壊すことだとは思わなかったけどな」
「んー? じゃあ今、その家は壊されちゃってるってこと?
だったらもっと事件とかになって、街にも噂が流れてると思うんだけど……」
真希の反論に、しかし俺は否定するでもなく、うなずいた。
「もうなってる。ただし、建物の破壊事件じゃなくて、盗難事件として、な」
「あ、そうか! もしかして、ミスリルの盗難事件?」
武器屋では、大聖堂の噂のほかにもう一つ、「家の建材のミスリル」が盗まれた事件があったと聞いた。
そして、家でミスリルが使われている部分なんて、屋根でしかありえない。
確実とは言えないが、その事件は街の魔法陣を作り替えるため、魔術師ギルドが屋根のミスリルを取り去った事件だと考えるのが自然だろう。
「おそらく今、魔法陣によって吸われた魔力は魔術師ギルドに集まっている。
奴らはその力を使って禁断の儀式を行おうとしてるんだ」
「つまり、この街全体に及ぶMPドレインすら、始まりに過ぎないという事ですか?」
猫耳をきゅい、とかたむけながら尋ねるミツキの言葉に、俺も表情を引き締めて首を縦に振った。
「今はまだ、少しずつMPが吸われているだけだ。
だけどもし奴らの儀式が本格的に開始されたら、それだけじゃ済まない。
街にいる人間のHPとMPを、残らず吸い尽くそうとするはずだ。
そうしたら、この街の生物は……全滅する」
口にした瞬間、誰かの息を呑む声が聞こえた。
同時に、俺の脳裏にゲーム時代の映像がよみがえる。
――魔術師ギルドイベントの後、人っ子一人いなくなった王都の光景。
ゲームだった時は、あの無人の街が、王都にいる人間全てが死んでしまった結果だと、実感として理解出来なかった。
それに、パッチによるギルドイベント影響の巻きもどしやデータのロードもあり、最悪の場合でも最初からやり直せばよかった。
だから街が全滅するなんてイベントも、後になれば笑い話として語ることが出来たのだ。
だが、今は違う。
メニュー画面からお手軽に影響リセットなんて出来ないし、データのロードやニューゲームも出来ない。
なのにあのイベントが最後まで進めば、王都にいる人たちが、もしかすると俺の仲間も、本当に全員死んでしまうのだ。
絶対に、あんな景色をこの世界に再現してはいけない。
「それを止められるのは、奴らのたくらみに気付いた俺たちだけだ。
少しでいい。みんなの力を、貸してくれるか?」
俺はそう言って、仲間たちの顔を見回す。
突然の街の危機に、突然の協力要請。
にもかかわらず、彼ら、彼女らは、一人も目を逸らそうとしなかった。
「……ありがとう」
返事など聞かなくても、みんなの表情だけで、その意志は知れた。
あとはもう、一直線に動くだけだ。
「時間が惜しい。すぐに向かおう。
目的地は、もちろん……」
……それから、五分後。
「せーの、よいしょぉ!」
掛け声と共に、金属の板が空に舞う。
俺たちは図書館を出て、その目的地、「図書館の屋根の上」にいた。
「うん。これでここのは全部かな」
セーリエさんから許可をもらった俺たちは、力を合わせ、図書館の屋根に使われているミスリルをはがして回っていたのだ。
最悪屋根を壊さなくてはいけないかと思っていたのに、あっさりとミスリルだけを取り外せたのはちょっと拍子抜けだ。
しかしまあ、無事に終わってよかった。
「じゃ、今日はこれで解散だな。みんな、お疲れ様」
「……は? ちょ、ちょっと待て! 魔術師ギルドは?! 街の危機は?!」
訳の分からないことをヒステリックに叫ぶサザーンを無視して、俺はうーんと伸びをする。
緻密で計算された計画ほど、妨害には弱い。
それはもう、屋根の一つを適当にはがしただけで、全ての計画が崩れ去ってしまうくらいに。
「おい、聞いてるのか! なぁってば! ……僕を無視、するなぁああ!!」
あいかわらずのサザーンのキンキン声をBGMに、俺ははがしたばかりのミスリル板を眺めて、こうつぶやいた。
「……これ、売ったらいくらになるかなぁ?」
――こうして、王都を襲った未曾有の危機は、ほんの五分の日曜大工によって終息に向かったのだった。
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