第百六十三章 正しすぎた答え
――果たして、万人の認める『難しい問題』とはどんなものだろう。
複雑で難解で、優れた教養や知識がないと解けない問題?
それとも知識だけでなく、発想力やひらめきを必要とする問題?
あるいは哲学や宗教のような、正しい答えが決まっていない問題?
もしくは特定の人間にしか分からない、内輪ネタを含むような問題?
確かにこれらはどれも甲乙つけがたいほどには難しく、この中でどれが一番難しいのかなんて、一概には言えそうにない。
だが『猫耳猫』は、この『難しい問題とは何か』という命題に、誰もが想像しなかった、全く新しい切り口を与えてくれた。
それは――
「やっぱり、見たことない問題だな……」
スフィンクスのお腹部分に表示された問題を見て、俺は嘆息した。
せめて見覚えのある問題が出ていれば楽が出来たのだが、これではお手上げだ。
しかし、これが『智を知るモノ』の厄介な特性の一つ。
落胆はしても、驚くには値しない。
俺はこのクエストを一度クリアしたことはあるが、この『智を知るモノ』クエストは2000問という膨大な数の問題の中から50問が出てくる仕様。
一度クリアした程度では、残り1950問は見ることすらないという寸法だ。
(どう考えても、問題数が多すぎるんだよなぁ)
2000問、という膨大な問題数。
それが、何の変哲もないリドルクエストだったはずの『智を知るモノ』を怪物に変えてしまった。
そもそも50問という時点で多いのに、その40倍の予備問題を用意するとかちょっと理解出来ないレベルの執念だ。
せめて普通に50問だけの出題だったら、そして、欲張って色々なジャンルの問題に手を出したりしなければ、この『智を知るモノ』クエストはちょっと難しいだけのリドルクエストで済んだかもしれないのに。
「……ん」
その時、抱き起こしたセーリエが小さく身じろぎをして、我に返った。
起動させてしまった招きスフィンクスも気にはなるが、まずは倒れたセーリエさんの介抱を優先するべきだろう。
図書館の中では回復技は使えない。
俺はすぐにHP回復のポーションと状態異常治療用のポーションを取り出し、それをセーリエさんに使ってみたが……。
「起きない?」
それは、どちらも効果を発揮しなかった。
気絶は状態異常の一つとしてあったとは思うが、緊張のあまり倒れた場合は治し方が違うのだろうか。
「なら……」
気力を回復するならMPだろうと、今度はMP回復のポーションを使ってみる。
すると、セーリエさんがうっすらと目を開けた。
意外なほどの至近距離から、顔を覗き込んだ俺と目が合う。
「セーリエ、さん?」
先ほどまでの険が消え、ぼんやりとした目でこちらを見るセーリエさんに、おそるおそる問いかけた。
セーリエさんはそれでも反応せず、二、三度まばたきしてから、ようやく口を開いた。
「……ゆ、め?」
そうつぶやきなら、その手がそっと俺の顔に伸ばされて……。
「――そんなに夢が見たいなら、私が覚めない眠りをプレゼントするよっ?」
それをさえぎるように。ナイフを持ったレイラがふらぁっと近付いてきた。
顔だけは不自然に笑顔だが、完全に目が逝っちゃってる。
やばい。
「ま、待てレイラ!」
「ですから、貴女は落ち着いて下さい」
暴走したレイラはすぐにミツキの手によって引き離されたが、突然視界に飛び込んできたナイフに、セーリエさんは一気に覚醒したようだった。
「あの、今のは……?」
「……まあ、ちょっとした発作のようなものだと思ってください」
さすがに怯えを含んだ声で尋ねるセーリエさんにそう答えると、セーリエさんを真希たちに任せ、俺もレイラの許に向かう。
「うぅぅ。あ、あの女が、うぅぅー」
レイラは涙目になってそんなことをつぶやいているが、『うわきものに死を!!』が発動しなかったということは、何とか嫉妬を抑えているということなのだろう。
レイラだって成長しているのだ。
している、と信じたい。
「が、頑張ったな、レイラ。大丈夫だから落ち着け、な?」
立てこもり犯を説得するような慎重さで、どうどう、となだめながら肩を叩くと、少しずつレイラの様子が落ち着いてきた。
「いいぞー。そうだ、深呼吸しろ、深呼吸。ほら、吸って、吐いてー」
俺が促すと、レイラは素直に言うことを聞いてすーはーと深い呼吸を始めた。
いつ爆発するか分からない爆弾のような物騒な人だが、この辺りの素直さが救いではある。
これならじきに落ち着きそうだ。
「すー、はー。すー、はー。すぅぅ、はぁぁ。すぅぅぅ、はぁ。すぅぅぅぅ、んはぁ」
今もレイラは真剣に俺の指示に従おうと、一心不乱に俺の胸に顔をうずめて深呼吸を……。
「って、ちょっと待て」
「ふぇ?」
俺はあわててレイラを身体から引きはがす。
最初のうちは普通に深呼吸していたはずなのだが、途中から明らかに空気とは違う、何か別の物を吸い込んでいた。
転んでもただでは起きないというか、油断も隙もないとはこのことだ。
「終わり? 私、もっと深呼吸、出来るよ?」
「ま、また後でな」
一応これで落ち着いたはずだ。
トロンとした目で明らかに続きをねだっている様子のレイラから逃げて、俺はくるりとセーリエさんの方にとんぼ返りした。
「……申し訳ありません。とんだ失態を」
ちょうど説明が終わったらしいセーリエさんのところに行くと、俺の姿を見たセーリエさんはうなだれた。
「普段はこの程度のことで倒れることなどないはずなのですが、その……。
昨夜は、一晩中本を読んでいて寝ていないので、恐らく、それが原因で……」
寝不足と精神的ショックのダブルパンチで気力が尽きてしまったというところだろうか。
しっかりしているようで、やはり隙のある人のようだ。
「無茶はしない方がいいですよ。あ、もう一本飲みますか?」
一本では完全回復とはいかないだろう。
俺はポーチからもう一本のMPポーションを取り出すと、セーリエさんに差し出した。
「いえ、大丈夫です。こう見えて図書館司書は体力勝負。
私もどちらかと言うと武闘派ですから」
「はぁ……。でも、やっぱり無理はしない方が……」
俺が重ねて勧めると、セーリエさんは少し頬に朱を散らせながら、つっかえつっかえ答えた。
「無理をしているとか、そういう問題ではなくて、ですね。
ですから私は、武闘派、なのです。だから、一本で充分、なのです」
「えーっと……ぁ!」
武闘派という言葉とポーションが要らないという言葉がすぐには結びつかなかったが、もう一度考えて分かった。
武闘派=戦士系=最大MPが少ない。
つまりは、セーリエさんはこう見えて実は脳筋――
「そ、それより、勝手にあの装置を動かしてしまって……申し訳ありません」
「え? あ、ああ……」
言われて、もう一度視線を招きスフィンクスに移した。
完全に起動してしまっているあれを元にもどすのは、もう不可能だろう。
「先程、そちらのマキさんからお話は聞きました。
まさか、サガラ様たちにそんな事情があったとは知らず、大変失礼をしてしまいました」
一体真希たちにどんな説明をされたのか。
最初に出てきた時の威圧感はどこへやら、セーリエさんは可哀相なくらいに落ち込んでいる。
俺はあわてて首を振った。
「いえ、いいんですよ。絶対にやらなくてはいけないことでもありませんし」
「ですが……」
『智を知るモノ』がクリア出来ないのは残念だが、最低限の目的は果たせた。
今日はもうこれで帰ってもいいのではないかというのが俺の本心だった。
しかし……。
「いえ! それではやはり、私の気が済みません!
どれだけの時間がかかるか分かりませんが、王立図書館司書の名に誓って、このリドルは私が解いてみせます!」
セーリエさんが拳を握り締めると、予想外の提案をしてきた。
確かに、ここの司書をやっているセーリエさんならこういうリドルにだって強いかもしれない。
俺の気持ちが思わずぐらついたところで、仲間たちからも声があがった。
「ま、待って! なら私も! 私もやる!」
「あ、じゃあわたしもー!」
復活したレイラと、傍観していた真希だ。
そういえば、この二人はこういう謎解きが好きそうだ。
(せっかくの厚意を断るのも悪い、かな?)
それで、腹は決まった。
確かに『智を知るモノ』クエストは難しいが、絶対にクリア不可能という訳ではない。
出題される問題次第だが、すんなりとクリア出来る可能性だってあるのだ。
「……じゃあ、お願いします」
俺は大きく頭を下げ、『智を知るモノ』の攻略が始まったのだった。
『智を知るモノ』では単純ななぞなぞだけでなく、もっと色々な種類の問題――例えばリヒト王国第三代の国王が新設した騎士団を問う問題や、四角形ABCD上を時速3キロで移動する点Pと時速4キロで移動する点Qの問題――など、実に幅広いジャンルから出題がなされる。
単に問題の難しさだけを考えても、一筋縄でいくものではない。
対するこちらの切り札セーリエさんは、ここの図書館にある本なら種類を問わず、ほぼ全てを暗記しているそうだ。
ゲーム時代、ここの図書館の本はほとんどがダミーで読むことは出来なかったが、この世界ではそんなことはない。
その全てを覚えているなんて、とんでもない記憶力である。
では、その働き具合はと言うと、
「パンはパンでも、食べられないパン、ですか?
愚問と言うにも値しない、稚拙にして低俗極まりない問題です。
私が読んだパンに関連する書物に書かれた知識、そしてこのスフィンクスの出す出題の傾向を考えれば、答えは火を見るよりも明らか。
97パーセントの確率で、答えは腐ったパン――」
「はいはい、フライパン、っと。せいかいー!」
割と残念な正解率を誇っていた。
「……ま、まあ、97パーセントということは、3パーセントは不正解の可能性があるということです。
わ、私の予測は当たっていたとさえ言えるでしょう」
言いながらそっと眼鏡を外して目じりを拭うセーリエさんに気付いていないフリをして、俺はさりげなく目を逸らした。
いや、実際に役に立っていない訳ではない。
歴史や計算の類には滅法強く、本職とも言えるレイラでさえ考え込む問題を即座に解いてみせた。
一方でなぞなぞのようなひらめきを要する問題には滅法弱く、本人のやる気があいまって空回りすることも多い。
ただ、彼女が入ったおかげでメンバーの総合力は上がった。
冒険知識系をレイラが、一般知識系をセーリエが、パズルやなぞなぞ系を真希が担当することで、ほとんど隙のない布陣が完成したのだ。
ただ、それもよしあしで、稀に俺が見かけたことのある問題が出てきたりもするのだが、
「あっ! その問題、俺も見たことあ――」
「スピード、っと。せいかーい! ……そーま、なにか言ったー?」
「……いや、何でもない」
大抵秒殺されてしまうので、手出しする暇もない。
(まあ、いいか。別にクリア出来なくても大丈夫だろうし)
負け惜しみ気味にそんなことを思い、三人の作業を見ること、数分。
それからも三人は順調に問題を消化していき、もうこれ、俺必要ないんじゃないかな、と思い始めた、十三問目。
(これは……!)
その問題文を見た瞬間、俺は身体を前に乗り出した。
『朝は四本足。昼は二本足。夜は三本足。この生き物は何か?』
スフィンクスの腹に浮かび上がったその有名な謎かけに、ほかの三人も色めきたつ。
「あ、これは私が知っています!
押しますよ! いいですね!」
硬派なイメージはどこへやら、三人の中でも一番はしゃいだ様子のセーリエさんがボタンを押していく。
初めは対抗心を燃やしていたレイラも、あのワガママな真希ですら、はしゃぐ孫を穏やかに見守るおじいちゃんのような優しい面持ちでそれを見守っていた。
「ええと……に、ん、げ、ん、っと」
セーリエさんは軽快なタッチで答えを入力していく。
『にんげん』と入れ終えたところで勝利の笑みを浮かべ、決定のボタンを押す。
……が、
「えっ?」
ブブーというブザー音。
招きスフィンクスは、無情にもセーリエさんの打ち込んだ回答を弾いたのだ。
「え? え?」
打ち間違いでもあったのかと、もう一度『にんげん』と打ち直すが結果は同じ。
パニックになったセーリエさんは、手当たり次第に思いつく回答を入れていく。
「な、なら、『ひと』。……ち、違う?
で、では、『ヒューマン』! ……でもない?
だ、だったら『man』! ……これ、でも、ないなら。
ない、なら……」
だが残念ながら、それらは全て無意味。
何を打っても、不正解のブザーが鳴り響くだけ。
俺はそれを見て、ため息をついた。
(……仕方ない、な)
あわよくばこのまま、と思ったが、やはりそう簡単にはいかないらしい。
唯一の幸運は、俺が答えを知っている物を引き当てたことだろうか。
「ちょっと、貸してくれ」
「サガラ、さま?」
無駄な努力を続けるセーリエさんを優しく押しのけ、俺は入力パネルに手を伸ばした。
そして全くためらいなく、そこに『ふろ』と打ち込む。
「そーま? いったい何やって……」
真希の怪訝そうな顔を無視して決定ボタンを押すと、
「……へ?」
ピンポーン、という小気味よい音がして、スフィンクスが問題の突破を告げた。
「な、何で……?」
予想外すぎる展開に、みんな一様に驚いた顔をして、俺を振り返る。
そりゃあそうだろう。
朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の生き物を訊かれて、『風呂』と答える馬鹿はいないし、それが正解だと言われて納得出来る訳がない。
そんな気持ちを痛いほどに受けながら、俺は口を開いた。
「その、言いにくいんだけど、な」
今から口にするそれが、あの『猫耳猫』スタッフが2000問なんて無駄に膨大な数の問題を取り扱って起こった最大の弊害にして、このクエストが最難関クエストになった一番の理由。
それはゲームで、いや、誰かに問題を出す上で、絶対にやってはいけない最悪の掟破り。
「――こいつが出す問題、たまに答えが間違ってるんだよ」
リドルクエスト、『智を知るモノ』。
正しい答えだけでなく、スタッフの誤答すら当てなければほぼクリアが不可能な、不条理すぎるクエストである。
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