第百五十八章 折れない刃
あまりの出来事に誰もが呆然として、俺も、イーナも、あのくまでさえも、とっさに何をしていいか分からなかった。
そんな緊迫した空気の中、レイラは自分の手に握られたナイフと、地面に倒れた俺を交互に見て、
「わ、私、私……ごめんなさい!」
突然、弾かれたように身を翻し、俺たちから逃げ出すように走り出した。
「レイラ!」
叫ぶが、彼女は立ち止まらない。
声をかけた一瞬だけ、少し足が鈍ったものの、まだ俺たちから遠ざかるように走ろうとしていた。
「くそっ!」
レイラがどうしてあんなことをしたのか、分からない。
もしかすると、レイラに近付けば、また襲われるかもしれない。
(だけど……!)
俺はあんなつらそうな顔をした彼女を、放っておくことは出来なかった。
だから、だから俺はもう一度だけ、彼女に向かって手を伸ばし――
「ダークネス!」
――まず闇属性の初級魔法ダークネスで視界を奪い、レイラが思わず棒立ちになったところに拘束用アイテムバインドロープを投げつけて行動を封じつつ、彼女が混乱している隙にすかさず近付いて足払いをかけ、転倒する彼女を確保しながら至近距離でパラライズの魔法をかけまくった。
「…!? ……!?」
「よし!」
何が起こったのかも分からない様子で、俺の腕の中で目を白黒させているレイラを見て、ようやく俺は息をつく。
これでちゃんと、話が出来そうだ。
「じゃあイーナ、くま。とりあえず、屋敷に入ろうか」
そうして俺が一仕事終えて振り返ると、イーナが微妙な表情をしていた。
「……ソーマさん。捕まえ方が、ちょっとえぐいです」
屋敷に入った途端に何事かとリンゴとミツキが駆け寄ってきたので、ざっと事情を説明した。
「…ソーマ、へいき?」
話を聞いて、心配そうにぺたぺたと俺の身体をさわって無事を確かめようとするリンゴを、やんわりと引き離す。
「大丈夫だよ。かすっただけで即死なんだから、逆に怪我なんてしないって」
言ってみてあんまり大丈夫そうじゃないなと自分でも思ったが、リンゴは手を引っ込めてくれた。
今は何より、レイラの話を訊くことが最優先だろう。
俺は楽しそうにレイラの頬をつんつんしていたくまをどかして、レイラの拘束と麻痺を解いた。
「悪かったな。手荒なことをして」
まず謝ると、レイラはうっすらと頬を染め、
「う、ううん。私が悪いんだし、お、お姫さまだっこ、嬉しかったから」
むしろ嬉しそうにそう答えた。
……うん。
少しだけ元気が出てきたと、前向きに捉えておこう。
「それより、何で急にあんなことをしたんだ?」
俺が尋ねると、レイラは力なく首を横に振った。
「わ、分からないの。ただ、二人が仲良くしてるのを見たら、急に頭の中が真っ白になって……」
それから、ナイフを抜いて俺に向かって突き出すまで、ほとんど記憶がないのだという。
(うーん。これは、もしかすると……)
レイラの話を詳しく聞いた結果、レイラの『うわきものに死を!!』の発動はイベント扱いになっているという可能性に思い至った。
そういえば、条件を満たすと特別な行動をする、という意味では、これはイーナのトレインモードに近い。
トレインモードの発動も基本的にはイーナの自由意思とは無関係に起こる現象ではあるし、『うわきものに死を!!』がその類なら、それなりの強制力を持っていても不思議ではない。
ただ、そうなると不思議なのは、俺がリンゴを抱き寄せた時だ。
あの時はレイラは何の反応も起こさず、当然『うわきものに死を!!』を使うこともなかった。
あるいはそこにヒントがあるかと、問いかけてみたが……。
「なぁ。俺がリンゴにその……肩を回した時は、頭が真っ白にはならなかったのか?」
「あ、あの時もちょっとだけ、胸の奥が、ちくっとしたけど。
でも、ソーマの声が震えてたし、無理してるの、分かったから」
「あー、なるほど」
あれは演技だと分かっていたから、『うわきものに死を!!』が発動するほどの嫉妬はしなかったようだ。
(しかし、参ったな……)
もしこの推測が正しいなら、レイラ自身が俺を傷つけるつもりがなくても、また俺を刺しに来る可能性が高いということだ。
しかも、その攻撃にはもれなくプレイヤー即死の効果がついている。
(試して、みないとな)
俺は密かに決意すると、
「リンゴ!」
一番近くに控え、レイラを警戒している様子のリンゴの名を呼んで、
「――なっ!?」
その身体を、無理矢理に抱き寄せた。
それはまるで、以前の焼き直し。
ただ、今回はレイラに疑問の余地を残さないよう、正面から思い切り抱きしめた。
「…あ、ぅ」
胸の中で、リンゴの身体がキュッと縮こまるのを感じるのと、ほぼ同時に、
「――ッ!!」
いつのまにか抜き出していたナイフを手に、レイラの左手が俺に向かって迫ったのだった。
その後の検証によって、いくつかのことが判明した。
やはり、レイラの『うわきものに死を!!』は、レイラが一定以上の嫉妬を覚えた時、オートで発動するらしい。
少し女性と話をしただけでも襲いかかってきたゲーム時と比べると、ずいぶん条件は緩和されたと言えるが、それでもこれはかなり厳しい。
仲間と親しくしていたら高い確率で発動するし、一度なんて、くまとじゃれ合っている時にいきなり斬りかかってきた。
どうも、性別や種族、恋でも友情でも何でも関係なく、とにかく俺と仲良くやっていると、高確率で嫉妬してしまうようだ。
例えばだが、俺が何もしていなくても、レイラが俺とイーナが腕を組んでいたことでも思い出せば、その時点で条件を満たすこともありえる訳で、これはこれで危ない。
幸いなことに、『うわきものに死を!!』の攻撃速度自体はそう速くもなく、ゲームとは違い一度攻撃を避けてしまえば収まるらしいので、今は何とかことなきを得ている。
ただ、睡眠中や食事中など、無防備な時に狙われたら避けられる自信はない。
しかも、『うわきものに死を!!』の攻撃は、障害物をすり抜ける。
どんな強力な防具も破壊不可能オブジェクトも役には立たないし、レイラがナイフを抜く前に止めないと、周りにいる人間がその攻撃を防ぐことも出来ないのだ。
ただ、活路もあった。
今までの経験上、この世界でイベントの結果を曲げるには、ゲームの時には出来なかった行動や、制作者が想定していないような要素があればいいと分かっている。
そして、ゲームでは固定装備で外すことが出来なかったレイラのデスブリンガーだが、この世界のレイラなら外すことが出来るようなのだ。
本来は出来ないはずのことを行うため、かなり精神的にきついようなのだが、俺が頼むと、レイラはつらそうにしながらも鞘ごとナイフを外して俺に渡してくれた。
『うわきものに死を!!』はデスブリンガーを利用した攻撃で、その要のデスブリンガーさえ機能しなくなれば、防げる可能性もある。
そう思って、デスブリンガーを預かった状態でもう一度、『うわきものに死を!!』を起こしてみたのだが……。
「……駄目、か」
結果は失敗。
レイラが『うわきものに死を!!』を発動させた瞬間、俺の手の中からデスブリンガーが消え、レイラの腰にもどっていた。
ならばと、今度はレイラに断りを入れ、デスブリンガーを別の武器に合成してしまった。
残念ながら、デスブリンガーの攻撃力は肉切り包丁ほどではなかったので、合成のメリットは即死効果だけだったが、今回はそれが主題ではない。
流石に合成してしまったら、元にもどることもないだろう。
俺は祈るような気持ちでくまを高い高いして、レイラの嫉妬を誘い、
「……また、駄目か」
ふたたびレイラの腰に出現したデスブリンガーに、落胆した。
あと、急に避けたせいでくまを手放してしまい、地面に落ちたくまが怒って俺の足をぽかぽか叩いていたが、構っている余裕はなかった。
いそいでデスブリンガーを合成した装備を調べてみると、合成の効果はちゃんと残っているようだ。
全く効果がないという訳でもない、のだろうか。
「…ソーマ。もう、やめよう?」
そこで、毎回レイラの攻撃を避ける俺をはらはらして見ているリンゴが、見かねて声をかけてきた。
だが、もう一つだけ、俺には試したいことがあった。
「クーラーボックス! これなら!」
自動追尾式の槍すら止める、入れた物の時間を凍らせるマジックアイテム、クーラーボックス。
これならうまくいくはずだという期待を込めて、俺はくまのふわふわな毛並みを丁寧にブラッシングする。
だが……。
「……駄目、だったか」
結果は、完全なる失敗。
レイラが動き出した途端、その手には新しいデスブリンガーが握られ、クーラーボックスの中に入れたはずのナイフは、影も形もなくなっていた。
俺ががっくりとうなだれていると、
「…おちこま、ないで」
リンゴが心配そうに、俺の肩をぽんぽんと叩いてくれた。
「ありがとう、リンゴ」
確かに、落ち込んでいても何も生まれない。
そんな風に励ましてもらうと、俺も元気を出さなくちゃと思う。
それでも、空になったクーラーボックスに視線が向いてしまうと、俺はどうしても落胆の気持ちが漏れ出すのを止められなかった。
(はぁ……。デスブリンガー無限増殖、出来ると思ったんだけどなぁ……)
逃がした魚は大きい。
俺はため息をつきながら、レイラたちのところにもどるのだった。
それから、どうにかデスブリンガーを排除出来ないか色々と試したが、その試みは全て失敗した。
デスブリンガーは、武器破壊された時のための対策として、『うわきものに死を!!』が始まった時にレイラの腰に再生成され、同時にほかの場所に存在するデスブリンガーが自動破棄される仕組みになっているらしい。
「お手上げ、だな……」
デスブリンガーを何とかする、というのは、実質不可能なようだ。
そうなってくると……。
「ちょっと、休憩しよう」
不安そうにこちらを見てくるリンゴやイーナ、それにレイラの視線に耐え切れず、俺はそう一方的に宣言すると、足早に部屋を出た。
「……ふぅ」
廊下の冷えた空気が肌に心地よい。
即死効果のある攻撃を何度も避けていたせいで、自分でも気付かない内に心理的な疲労がたまっていたらしい。
俺は周りに人がいないのを確認すると、こっそりと冒険者鞄を開け、そこから真っ黒な指輪、『不死の誓い』を取り出した。
……実は、この状況を何とか出来る方法は、全くない訳でもない。
「だけど、本当にやる……のか?」
呪われた漆黒の指輪を見つめつつ、俺は自分に問いかける。
全く打つ手がなかったのは、アーケン家に行く前のこと。
『不死の誓い』を手に入れた今なら、ある方法を使えば、おそらくほぼ間違いなく、レイラの問題を解決出来る。
――その名も、『とこしえの石像法』。
面倒なNPCを文字通り石の彫像へと変える、非道の技である。
引っ張るほどの話でもないのですが、とりあえずここまで
だいぶ書けているので、次はあまりお待たせしないはず
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