第百五十五章 幸福な結末?
今回、俺の目的は結界の部屋の中に『天の眼』を入れて削除することだったが、これは言うほどに簡単なことではない。
ゲーム世界ならともかく、現実になったこの世界では結界の部屋に怪しげな宝石が落ちているのを誰かが見つければ、必ず不審に思われる。
加えて、人の目を盗んで『天の眼』を部屋に落とすこともまた、容易ではない。
ただ、それを解決するおあつらえむきな方法が一つだけあった。
それは、犯人と同じ方法を使うこと。
結界の部屋に唯一誰にも見られない場所があるとすれば、それは結界の中だ。
ここに『天の眼』を入れておけば、部屋がリセットされるまで誰にも見つからない。
リルムと同じように、下の階から床を抜いていく方法を取れば、誰かに見咎められることもない。
そしてついでに言うなら、この手段を用いるともう一つのおまけもついてくるのだ。
パッチによって難易度が上げられた『アーケン家の指輪』クエストだが、結局『物忘れの多い騎士団長』バグの発見によって、プレイヤーを利する結果となったのは周知の通り。
ただ、この話にはまだ先がある。
このパッチによって発生したバグは、『物忘れの多い騎士団長』だけではなかったのだ。
犯行の直前、正確に言えばリルムが自分の部屋の天井を落とそうとした瞬間に、結界の部屋は『基本状態』にもどる。
その『基本状態』というのは、部屋にプレイヤーの干渉がなく、結界や指輪が健在の状態のこと。
それは、もしリルムが犯行を行う前に柱から指輪がなくなっていたとしても、部屋の再生成によって、柱の上に指輪がある状態にもどるということも意味している。
つまり、プレイヤーがリルムより先に指輪を盗んでおくことで、なんと『不死の誓い』は二つに増殖する。
これが後期『猫耳猫』プレイヤー御用達、『二度盗まれた指輪』バグだ。
『物忘れの多い騎士団長』バグとも併用可能なので、紋章入手をあきらめ、罪人プレイも辞さないならば、『不死の誓い』は最大三つまで入手することが出来る。
ただ、ここで気を付けておかなければならないことが一つ。
柱の上に置かれた指輪をプレイヤーが盗んだ場合、それには当然、盗品マークがつく。
盗んだ指輪をそのまま使用すれば、罪人ルートまっしぐらになってしまうのだ。
しかし、これにももちろん解決策はある。
リルムが盗んだ指輪なら、プレイヤーが持っていても盗品マークがつかない。
そして、たとえ一度盗品マークがついた指輪でも、クエストクリアのために持ち主のシズンさんたちに返す場合は問題ない。
要するに、プレイヤーが盗んだ盗品マークつきの指輪と、リルムが盗んだ盗品マークのない指輪をすり替えれば万事解決なのだ。
その上での、今回の俺の具体的な行動はこんな感じだ。
まず、午後六時半過ぎ、事件の話を聞きたいなんて適当な理由をつけ、リルムの部屋に上がり込む。
その後、今度は見張りの時間が近いという理由でリルムと真希を追い返し、まんまとリルムの部屋で一人きりになることに成功。
素早く鞄から『天の眼』を取り出すと、接着剤でくっつけられているだけでもろくなっている天井を取り外し、柱の上にある『不死の誓い』と『天の眼』を交換した。
それから天井をもどして接着剤でくっつけ直したのだが、これに予想外に手間取った。
ゲームとは違い、接着剤が指先にもくっつき、作業に時間がかかったのだ。
おまけにその時に指先がカチカチになったせいで、後でミツキに指先が乾燥している、なんて誤解も受けた。
それでもギリギリで間に合い、結界の部屋に行ってエルムさんとリルムの部屋チェックに同行。
この時に部屋の真ん中の床を調べ、違和感がないかどうか確かめたかったのだが、エルムさんの視線が厳しく、ろくに見ることが出来なかった。
その後もエルムさんには監視され続けてしまったし、これが今回の事件の一番の誤算だと言える。
そして八時半頃、リルムが着替えを理由に部屋に行き、犯行が成立。
部屋の再生成によって柱の上の『天の眼』が消え、二個目の『不死の誓い』が出現。
復活した二個目の『不死の誓い』をリルムが盗み、マジカルポケットの中に入れた。
……とは思ったのだが、実はリルムが部屋に行く回数や犯行時間についてはゲームでもランダム性があり、確証がない。
俺はそれを確かめるためにアスに子供が喜びそうな光り物(エクスプロージョンのジェム)を渡して、部屋の「未」の字が消えているかどうか見てくれるように頼んだ。
エクスプロージョンのジェムはちょっと危険だが、「絶対に家の中でこれを持って『エクスプロージョン』って言っちゃ駄目だぞ」と言い聞かせたのできっと大丈夫だろう。
その後、アスの報告で犯行が行われたことが確信出来たので、後はもう指輪をすり替えるだけ。
ただ、エルムさんとリンゴが俺をずっと監視していたので、ここでも一工夫する必要が出来てしまった。
幸い停電イベントが起こることは知っていたので、その暗闇を利用した。
停電イベント直後に発動するようにマジカルポケットの魔法を予約。
停電が起きると同時に鞄から指輪を取り出し、マジカルポケットの中の指輪と入れ替え。
すり替えた盗品マークのない指輪を鞄にしまい、代わりにランタンを取り出して、暗闇をどうにかしようと頑張っていたアピールをする。
指輪を取り出したところでサザーンに組みつかれて非常に焦ったが、何とか作業は間に合い、周りにも疑われなかったようなので結果オーライと言える。
「それから先のことで説明しなきゃいけないのは……そうだなぁ。
夜が明けても『天の眼』はもどってこなかったから、削除が成功したのは間違いないことと、身体検査されるとまずいから、シズンさんに先にマジカルポケットを使わせて指輪を見つけさせた、ってことくらいかな」
俺はそう言って説明を締めくくると、仲間たちの表情を見た。
なぜだかみんな、さっきまでの感動がどこかに行ってしまったような、非常に微妙な顔をしている。
もしかして説明が長すぎたのだろうか。
俺がそんな懸念を抱いていると、ミツキがようやく重い口を開いた。
「……私の記憶違いでなければ、貴方は指輪を奪わないと言っていたように思うのですが」
「え? だから、あの家族からは奪ってないだろ?
『不死の誓い』はあの部屋にもどされて、みんなが一生懸命守ってるんだから」
俺が笑顔で答えると、ミツキは「はぁ……」と深い息をついて、猫耳をへちょんと垂れさせた。
あれ、と首をかしげた時、その横のサザーンと目が合った。
俺と目が合ったサザーンはちょっと嫌そうな顔をすると、仕方ないとばかりに口を開いた。
「さっき僕は、停電の時に貴様にくっついたことを謝ったが……今はどうしてあの時、こいつをもっと邪魔してやれなかったのかと後悔している」
「ひどい奴だな、お前!」
あんまりな台詞に抗議したが、どうしてだか仲間たちの賛同は得られなかった。
それどころか、心なしか距離を取られているような気がする。
そんな中、意を決したような表情で、イーナとリンゴの二人が前に出てきた。
「だ、大丈夫です! わたしは、たとえソーマさんが最低のクズ人間になっても、絶対に見捨てません!
一緒に地獄にまでついていきますから!」
イーナが力強く両こぶしを握ってそう宣言すると、
「…ソーマ。すこしずつ、がんばろ?」
リンゴが俺の手を取って、妙に優しい口調でそんなことを言い出す。
「あ、ああ。二人とも、ありが……とう?」
お礼は言ったものの、状況が分からない。
これは、一応励まされているという認識でいいのだろうか。
……ううむ。
さっきは分かり合えたように思えたのだが、やはりいつまで経っても女の子というのは男にとっての神秘なのかもしれない。
「あのね、そーま。一言だけ、言ってもいいかなー?」
俺がそうやって自分の中の違和感に折り合いをつけていると、いつもの間延びした口調で真希がそんなことを尋ねてくる。
うなずいて先を促すと、真希はゆっくりと指を上げ、はっきりと俺を指さして、言い放った。
「この事件の真犯人は――お前だ!!」
これで指輪編完結
最初の予定では三話くらいで終わるはずだったのに……
少し反省
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