第百四十四章 閉ざされし館
「話には聞いていましたが、実際に目の当たりにすると中々の物ですね」
「あのね、そーま。これを普通の屋敷って言っちゃうのは無理があると思うよー」
「ようやく分かりました! だから、陸の孤島、なんですね!」
「陸の孤島……。アローン・イン・ザ・ランド。いや、ワールドの方が……」
「…あ、うしさん」
アーケン邸の前に着いた仲間たちが、口々に話し出す。
まあ、初めて見たなら驚くのも分かる。
俺が案内したアーケン邸への入り口は、何もない荒野。
いや、何もない荒野にぽつんと立つ、ストーンサークルだった。
当然ながらその周りには、屋敷どころか家の影も見えない。
ただ、高さ30センチほどの石柱で囲われた、半径3メートルほどの円があるだけ。
だが、首を傾げる仲間たちを俺は石柱が立ち並ぶ円の内側に入れ、その中心にある石の台座に触れた。
その瞬間、周りの景色がぐにゃりと歪み、俺たちの目の前には猫耳屋敷に勝るとも劣らない、大きな屋敷が現われていたのだった。
「さ、着いたぞ。ここが、アーケン邸だ」
……そう。
アーケン邸とは、結界魔法の応用によって異次元に建てられた館。
ストーンサークルを利用した転移装置でしか来ることの出来ない、ファンタジー世界ならではの陸の孤島なのだ。
俺がアーケン邸の前に着いて、まず確認したのは転移装置だった。
この転移装置の使い方は簡単だ。
さっきここまでやってきた時のように、ストーンサークルの中心の台座に触れればいい。
それだけでこのアーケン邸のある異次元と、元の世界の行き来が出来る。
しかし、
「……何も、起こらないな」
俺がもう一度転移装置の中心に触れても、転移装置は起動しなかった。
にんまりと、口が勝手に歪む。
どうやらイベントは、ちゃんと正常に動いているらしい。
これでこの場所は、完全な陸の孤島になったと言えるだろう。
いや、よく考えたら地続きじゃないから陸の孤島という言い方は微妙かもしれないが、とにかく普通の孤島以上の閉鎖環境なのは確かだ。
そして、確かめたいことはもう一つ。
「ミツキ! 誰でもいい。適当な相手の所在地を、指輪で探ってみてくれないか?」
突然の俺の質問に、ミツキは一度だけ猫耳をピコン、と跳ねさせてから、うなずいた。
「分かりました。……おや?」
めずらしく、ミツキが眉を寄せる。
その表情は時間が経つにつれて険しくなっていき、最後には誰かの気配を探っているのか、頭の上の猫耳がアンテナのようにぐいんぐいんと回り始めた。
……か、かわええ~。
いくら器用に動く猫耳でも360度は回転出来ないのだが、それをカバーしようと一生懸命頑張っている感じが、その犯罪的なかわいらしさをさらに助長していると言えよう。
頭の中でそんな勝手な論評をしながら、俺がじっと頭の上を凝視していると、
「どっ、どこを見ているのですかっ!」
視線に気付いたミツキが、常にないあわてた仕種で猫耳を両手で隠した。
いつもの呆れ100%の目とは違う、非難と羞恥を半々くらいで混ぜた目つきで俺をにらんでくる。
ゲーム時代からの付き合いで、俺はミツキのことは結構よく知っているつもりでいたが、いまだにミツキのはずかしがるポイントだけはよく分からない。
「……んん! どうやら、この島の外にいる人間の位置は、掴めないようですね。
探索者の指輪で場所が分かったのは、ここにいる六人だけでした」
それでもすぐに無表情を取り繕ってミツキは答えたが、頬はうっすら赤らんでいるし、両手はまだ頭の上。
何より手の下でぺしゃっと潰れた猫耳の先っぽが、時折はずかしそうにぴくぴくっと動いているのを見る限り、まだ完全に立ち直ってはいないようだ。
「そ、そうか。それは、俺にとっては朗報だな」
あまり突っつくのも悪いので、俺もミツキの報告に乗っかって話を本題にもどす。
実際、ミツキの探索者の指輪で外の世界が探れないのは、俺にとっては嬉しい情報だ。
それなら探索者の指輪と似たような効果を持つ『天の眼』を使っても、おそらく俺の居場所は見つけられない。
考えてみれば、そもそも探索系アイテムは相手のいる方向を示す物なのだから、異次元にいる相手を示せるはずがない。
ゲーム的に考えても、おそらくこの場所は元の世界とつながりのない完全別マップだから、どっちの方向、なんて質問は無意味だろう。
これで、この空間にいる間はレイラのことは心配しなくても大丈夫そうだ。
「それじゃ、懸案が一つ消えたところでそろそろ館に移動するか。
みんなのお手並みを拝見しないとな」
俺が言うと、それぞれが闘志にあふれた顔でうなずく。
今回のイベントでは、それぞれが自分の判断で動き、全力で事件解決を試みると方針が決まったのだ。
俺たちが、ここに来るまでに話し合って決めた今後の方針は二つ。
その一つ目は、「俺は事件の真相を知ってはいるが、それを仲間たちに話したりはしない」ということ。
まず俺の立場からすると、レイラのことを考えるならこの空間に出来るだけ長く留まるのが一番安全だし、早期に解決するメリットが少ない。
それに、今まで俺がやってきたことを思うと今さら感があるが、いきなりやってきた男が事件の真相を全部知っているのは不自然だから、いきなりゲーム知識で事件を解決するのは避けたいのだ。
だから俺が全力を出さない代わりに、「俺以外のメンバーは独自に事件の捜査を行い、各自の判断で事件の解決を目指す」ことになった。
これなら館の人たちに疑いの目を向けられることもないだろうし、やる気になった真希たちの意にも適っている。
というかむしろ真希は、
「そーま! ぜっっっったい、ネタバレしちゃダメだからね!」
と厳命までしてくる始末だった。
間違いなく、このイベントを一番楽しんでいるのは真希だろう。
所詮『猫耳猫』のイベントなんだし、期待しすぎるのもどうかとは思うのだが。
もちろん俺としては、仲間たちにパッと事件を解かれたりするのはあまり嬉しくはない。
ただ、最悪その場合でも時間稼ぎにはなるはずなので、得がない代わりに損もしない。
許容範囲内とは言えるだろう。
一方で、どんなに推理がうまく行かなくても、このイベントで人が死んだりすることはないというのは、ゲーム知識で分かっている。
レイラのことを考えなければ、これは『猫耳猫』にしてはめずらしい、プレイヤーにとってデメリットの少ないほのぼのとしたイベントなのだ。
一時的にだがデスストーカーのプレッシャーから解放された俺は、アーケン邸の前の小さな農場と放し飼いにされている牛の横を軽やかに通り抜け、久しぶりの清々しい気分でアーケン邸の門を叩いた。
「ごめんくださーい! 騎士団の方から来ましたソーマと申しますが、ご主人様はご在宅でしょうかー?」
俺たちは最初、館の住人たちになぜかうさんくさそうな目で見られたものの、騎士団長からの手紙を渡すとその態度は一気に軟化した。
「なるほど、そうでしたか!
スパークホーク様があなた方を……いえ、歓迎いたします」
手紙に添えられた言葉には、ある程度の事情が書き記されていたようだ。
館の主人、アーケン家当主であるシズンさんは、早速本題に入った。
「確かに、言われたような紋章はわたしが持っています。
『聖なる盾の紋章』と呼ばれる物で、さっき見せて頂いた勲章と、全く同じ形、同じ大きさをしております。
お探しの物で間違いないでしょう」
そこでシズンさんは一度息を継ぐと、じっと俺の目を見て切り出した。
「魔王を倒した勇者様が必要だとおっしゃるなら、お譲りすることもやぶさかではありません。
ただし、その前に一つ、こちらのお願いを聞いて頂けないでしょうか?」
「何をすればいいのですか?」
俺はうなずき、答えの分かり切った質問を口にする。
それを聞いたシズンさんはその表情を一層真剣なものにして、答えた。
「アーケン家初代当主の生み出した結界魔法の結晶にして、アーケン家当主の証である指輪、『不死の誓い』。
それをあなた方に、守って頂きたいのです」
そう言いながらシズンさんが取り出したのは、一枚のカードだった。
トランプほどの大きさのその白いカードの上に、どこか気取った筆跡の文字が躍っていた。
『青い星が中天に輝く夜 宵闇に吹く風が 至宝「不死の誓い」を頂きにあがります
怪盗ナイトウインド』
俺は何度も見た文面だが、その芝居がかった犯行予告に真希が「おおっ」と楽しげな声を出し、サザーンが「ナイトウインドか。……フッ」とうざい感じに髪をかき上げる。
対照的に、シズンさんは沈痛な面持ちで頭を抱えた。
「そしてこの、『青い星が中天に輝く夜』、というのが、ちょうど今晩なのです」
ちなみにだが、騎士団長から手紙を受け取ってからここを訪れると、その日の内に来ても、次の日に来ても、二日後に来ても、はたまた三年後に来ても、必ず館に着いた日が犯行予告の日になる。
そのため犯行予告カードの文面には「青い星が中天に輝く夜」のほかにも「月がその身を隠す夜」「赤と青の星が出会う夜」など全部で十のパターンがあって、必ずその日に合うように書かれているのだが、この世界ではどういう仕組みになっているのか。
ゲームならまだしも、この世界では騎士団長に手紙が届く前に犯行予告の手紙は来てるはずだし、それなら当然文面も確定してるはずで……。
と、そんな箱の中の猫的なことに頭を悩ます俺の肩越しに、ミツキが不思議そうに尋ねた。
「しかし、そんな時期に私達のような人間を入れてよろしかったのですか?
私達が件のナイトウインドだという可能性もあると思いますが」
「昔から親交のあったスパークホーク様に救援を頼んだのはこちらです。
彼が選んだ方々であれば、文句をつけようはずもありません。
それに……できるだけ事を大きくしたくないので、騎士団を呼ぶという選択肢は取れませんでした」
ミツキの指摘に、シズンさんは心持ち前かがみになり、ここだけの話ですが、と声を潜める。
「ここの転送装置の記録は全てわたしの許に届きます。
ですから、この館に誰がいるのか、わたしには完全に把握できるのです。
それはもちろん、この予告状が届いた時も例外ではありません」
「だと、すれば……」
その言葉を継いで、シズンさんは重々しい表情でうなずき、
「はい。予告状を出した時にこの館にいたのは、わたしをのぞいて六人。
この家に仕える執事とメイド、それからわたしの四人の子供たち」
彼は、まるで物語の中の名探偵のように、はっきりと断定した。
「――犯人は、この中にいます!」
容疑者は六名。
外界と完全に切り離されたこの洋館で、今宵、何かが起こる!!
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