第百四十章 カウント・オブ・デス
――作戦名『偽りの白馬の王子様』。
これを話した途端に周りの空気が死んだので、俺は取り繕うように詳しい作戦内容を話した。
すると、最初は言葉を失っていた仲間たちだったが、話が進むほどにその顔に生気がもどり、最後まで話した時にはみんな元気に俺を罵倒していた。
……あれ?
「そーま、さいてーだよ!」
真希がそう口にしたのを皮切りに、
「き、貴様という奴は、本当に見下げ果てたヘンタイだな」
サザーンがドン引きでそう評し、
「ソーマさん……」
比較的俺に同情的なイーナですら、悲しそうに俺を見ていた。
そして、誰よりも、
「…………」
無言で俺を見るミツキの視線が痛い。
まるで道端に落ちてる石ころ……にくっついた蠅の死骸でも見るような、この冷え切った目つきを俺は一生忘れないだろう。
ミツキにこんな軽蔑の眼差しを向けられるのは初めて、いや、もしかしたら二回目だっただろうか。
どちらにせよ、こんな視線に晒されながら生きていくには俺の心は繊細すぎた。
「ま、待てって! ちゃんと話を聞いてくれ!
レイラは本当に、そのくらい危険な相手なんだ!」
その視線から逃れるため、俺は声を張り上げる。
いや、確かに今回の作戦は冗談抜きで酷いが、命が懸かっている以上、このくらいやらないといけないのだ。
かつてある『猫耳猫』プレイヤーは、レイラを爆弾に例えた。
それは言い得て妙だと俺は思う。
俺はレイラのイベントについては詳しくないが、危機回避の必要性から、彼女に対して最低限の知識は持っている。
――そして、その知識が正しいとするのなら、レイラという爆弾の導火線には既に火がついてしまっているのだ。
トレインちゃんことイーナがシステム的な都合でぼっちになり、ようやく見つけた仲間である俺を、ストーカーじみた執念で追いかけまわしていたことは記憶に新しい。
しかしそれはあくまで結果というか、現実世界にゲーム設定が適用されたことによって起こった事故のようなもので、ゲームのイーナ自体にぼっち属性があったりストーカー癖があったりした訳ではない。
言うなれば、イーナはゲームと現実とのすり合わせが生んだ、後天的ぼっちキャラだ。
だが、レイラは違う。
レイラは唯一の肉親である父に先立たれてから誰にも心を開かず、ずっと一人で過ごしてきたという公式の設定がある。
筋金入り、根っからのぼっちだ。
そして同時に、親しくなった相手に対する偏執的とも言える愛情の注ぎ方もまた、公式設定。
レイラはあの「三度の飯よりプレイヤーを困らせることが好き」と言われた『猫耳猫』スタッフが造形した、最強のヤンデレストーカーキャラなのだ。
彼女はさりげなく公式ページのキャラ紹介にも載っているキャラクターで、その説明文には、
『レイラ・ミルトン 女性 19歳
王都に住む考古学者、兼トレジャーハンター。
有能だが、数年前に両親を亡くして以来、心を閉ざしてしまっている。
出会った当初はぶっきらぼうだが、親しくなると……?
一途で情熱的な面もあり、生涯で一人の男性にしか恋をしない』
と、明らかにプレイヤーを引っかける餌としか思えない紹介が載っている。
そして実際、『猫耳猫』の初期から中期において、多くのプレイヤーがこの紹介文に釣られてレイラと仲良くなろうとした。
……その果てに待つ、絶望も知らずに。
このレイライベントの厄介で巧妙なところは、初期の段階ではこの破滅の未来が予想出来ないことだ。
紹介文にある通り、初期状態におけるレイラはとても愛想のいいキャラとは言えない。
彼女は三段進化するキャラクターと呼ばれていて、プレイヤーへの友好度によって彼女は劇的に変わる。
そのランクは友好度が低い方からツンツン、ツンデレ、デレツン、デスストーカーとそれぞれ呼ばれている。
ちょっと三つ目と四つ目の間に何があったのかと言いたくなるアレなネーミングだが、俺が決めた訳ではないのであしからず。
まず初期段階、ツンツン状態において、レイラの態度は非常に冷たい。
というか、まず会話や意思疎通がほとんど図れない。
格好からして既に人を拒絶するようで、全身を覆うボロボロのマントとフードを身にまとい、こちらが話しかけても無反応。
それでもしつこく会話しようとすると逃げてしまう。
ここから短期間で友好度を上げることは非常に困難で、レイラのイベントを起こす場合の最初にして最大の難関になるのがこの状態だ。
それでも遭遇すると友好度は上がるし、見た目に変化はなく、たとえウザがられているように見えても、声をかけているともっと早く上がっていく。
そして、ここが重要な所だが、彼女の二つ名でもある『絶対不沈友好度』という特性から、彼女の友好度は絶対に下がらない。
勢力友好度すら度外視して接してくるので、どんなにまずい対応をしても、時間さえかければ必ず仲良くなれるのだ。
つらいツンツン状態を抜けたら、待っているのはツンデレの領域。
彼女とのイベントでは、ここが一番面白いとよく言われている。
今まで自分から他人と関わろうとしなかった彼女だが、不器用ながら向こうから話しかけてくるようになり、大きなイベントやクエストはないものの、彼女に関するいくつもの小イベントが起こる。
ツンツン状態では一日一回、少しずつしか上がらなかった友好度も、その対応次第でぐんぐん上がる。
だからこそ、プレイヤーは一気に友好度を上げ、彼女に深入りしてしまうのだ。
そして、第二段階の状態で友好度が50まで上がった時、彼女は、
「わたし、あなたのこと、嫌いじゃないかも……」
と漏らし、第三段階のデレツンへと移行する。
ここでようやく彼女のメインイベントである遺跡探索クエスト(俺たちに必要なアイテムもそこにある)が始まって、同時に、この時からプレイヤーは地獄を知るのだ。
第三段階にまで進んだレイラは、それはもう見事な乙女へと進化する。
くすんでいた金髪は充分に手入れされ、世の女性全てがうらやむような明るさと艶やかさを見せ、煤や泥で汚れていた肌はつやつやと輝き、着ている服だって一気にオシャレになって、防御力も高くなる。
彼女は照れながらもプレイヤーへの好意をあらわにするようになり、はじらいと甘えを同居させた彼女の仕種に魅了される者もまた、多かった。
だが、そんな彼女の変化を楽しめるのもほんの数分、いや、人によっては数秒程度だっただろう。
この段階において、彼女のヤンデレ的素養が完全に開花するのだ。
『猫耳猫』にはシステム的に恋人関係というものはないし、レイラとは付き合うとも何とも言っていないのだが、プレイヤーがレイラの前でほかの女性と接する度、レイラの持つ隠しパラメーターである嫉妬ゲージが増える。
そして嫉妬ゲージが最大になると、彼女は文字通りのプレイヤー必殺技『うわきものに死を!!』を繰り出してくるのだ。
『うわきものに死を!!』は簡単に言えばナイフによる刺突攻撃であるが、これにはプレイヤー強制即死効果があり、当たればお互いのパラメーターにかかわらずプレイヤーは必ず死ぬ。
というか、かすっただけでも即死する。
どんなにいい防具をそろえてもそれをすり抜け、別のキャラを盾に使おうとも、どういう理屈か仲間もすり抜ける。
しかも突進中のレイラには敏捷アップにスタミナ無限、おまけにスーパーアーマーと状態異常無効がついていて、足留めもままならない。
回避と逃亡だけが唯一の活路という、プレイヤーにとっての最悪の攻撃法だ。
ちなみになぜこの状態がデレツンと名付けられたかというと、「普段はデレデレしているけれども二人きりになるとツンツンする」から、ではなく、「普段はデレデレしているけれども浮気をすると(ナイフで)ツンとする」から、らしい。
色んな意味でツンってレベルじゃねーぞと言いたい。
しかも、レイラは嫉妬の沸点が異様に低い。
女性キャラクターを仲間にしようものなら、ナイフでグサリ!
知り合いの女性キャラクターとちょっと世間話をしただけでもグサリ!
むしろ女性キャラから話しかけられただけでもグサリ!
雌の馬に乗っただけでもグサリ!
女性店員のアイテムショップで買い物してもグサリ!
これは身をもって体験したので間違いない。
とてもではないが、まともなゲームプレイなど出来ない。
ここに至って、ようやくプレイヤーは気付くのだ。
――やべえ、この女、地雷じゃねえか、と。
それを悟ったプレイヤーが次にやるのは、レイラに対する嫌がらせだ。
パーティアタックに装備品捨てに友好度ダウンアイテムの贈与。
あの手この手でレイラの友好度を下げようとする。
だが、それらが実を結ぶことは絶対にない。
『絶対不沈友好度』の名は伊達ではないのだ。
レイラにとってそれらの嫌がらせは何の意味も持たない。
いや、むしろこの段階に至ったレイラはプレイヤーが何をしても友好度が上がるので、それらはむしろ逆効果と言える。
その結果、レイラの友好度が75を超えるか、あるいは彼女のメインのクエストである遺跡探索をクリアすると、その翌日、彼女は最終形態へと進化する。
――レイラ第四形態、デスストーカー。
俺は話でしか聞いたことはないが、ここに到達したレイラの美しさにはさらに磨きがかかり、彼女がしゃべる度に後光が差し、彼女が動く度に光の粒子が舞うほどで、その姿はさながら光の鱗粉を飛ばす毒蝶だという。
そして当然、彼女のストーカーレベルもランクアップを果たす。
彼女はプレイヤーに、家宝『天の眼』を渡してくるのだ。
レイラの父親がどこかの遺跡で見つけてきたというそのアイテムは、ミツキの探索者の指輪と効果が似ている。
ただ、探索者の指輪とまるで違うのは、これが相手の位置を知る物ではなく、その逆、持っていると相手に位置を知られるアイテムだということだ。
これを渡されたが最後、レイラはプレイヤーの位置を常に知ることが出来、一瞬でも離れているとその反応を頼りに昼夜問わずに追いかけてくるようになる。
もちろん嫉妬ゲージの増加量は以前より増えているので、彼女がいると女性と関係するクエストは進めることすらままならない。
勢い余って彼女を殺してしまったプレイヤーもいたらしいが、その場合は『恋人を殺した』と認識されるのか、NPCに蛇蝎のごとく嫌われるようになり、罪人プレイまっしぐら。
それどころかどんな理由であれ、友好度の高いレイラが死ぬと全ての勢力の勢力友好度が地に落ちるので、MPKや地形ダメージで殺しても結果は同じになる。
なら『天の眼』を捨てればいいかというと、それも困難だ。
『天の眼』には破壊不可能属性がついている上に、六時間以上プレイヤーの手から離れていると、勝手に手元にもどってくるという親切設計。
昔は破壊不可能属性付きアイテムを壊す簡単なバグ技があったのだが、それが修正されてしまった現在、『天の眼』を渡されてしまったら実質チェックメイトなのだ。
俺が長い説明を終えると、ミツキが猫耳をぴょこんとさせて不思議そうに訊いてきた。
「……よく、分かりませんね。
レイラという人物の危険さは理解出来ましたが、要するにこれから彼女と関わりを持たないようにすればそれでいいのではありませんか?」
そう、普通はそう思う。
しかし、違うのだ。
そのくらいで何とかなるのであれば、俺がこんなにあわてたりはしない。
「いや、これから必要なアイテムがある遺跡は、レイラがいないとクリア出来ないらしい。
それに、俺はそのクエストをゲームで一度もやっていない。
その遺跡の場所も攻略法も知らないんだ」
正確に言えば、クエストをしている途中だった、が正解だ。
俺はこの世界に飛ばされる直前、レイラの友好度を『デレツン』状態まで上げ、彼女を一時同行NPCにして、一緒に遺跡攻略を目指していた。
当時は特に必要なアイテムがある訳でもなかったが、名高いレイライベントと、遺跡で手に入る有名な魔法を一度試してみたかったのだ。
ただ、いつでも引き返せるようにと、直前にセーブをしたのはレイラの友好度が24の時。
俺はレイラがギリギリ『ツンツン』の状態でセーブしておいたのだ。
それは、なぜかと言うと……。
「それに、実はレイラの友好度を第二段階、『ツンデレ』状態になるまで上げちゃうと、もう引き返せないんだよ」
これこそが、『猫耳猫』スタッフがレイラに仕掛けた最大の罠。
レイラが第三段階『デレツン』状態まで進んだ時、その危険さは誰の目にも明らかだ。
だから、レイラの友好度が50になり、『デレツン』になってからセーブせずにリセットする、あるいは単純に刺されてセーブポイントにもどる人間は多かった。
しかし、それではもう手遅れ。
遅すぎるのだ。
恋に恋する乙女であるレイラは、会えない時間にその思いを募らせることが出来る。
そう、彼女は『絶対不沈友好度』に並ぶ特性、『自動友好度アップ』を持っているのだ!
「か、かうんと、おぶ、です…?」
横文字に弱い真希が目を白黒させたので、俺は簡単に説明してやった。
「友好度が25を越えて第二段階に突入したレイラは、会わなくても相手への思いを募らせていく。
ゲーム風に言うと、自動的に友好度が上がっていくんだ。
極論を言えば、『ツンデレ』状態になってから一度も会わなくても、次に会った時に刺される可能性があるんだよ」
これが、レイラが爆弾に例えられ、王都の危険度ナンバーワンNPCに選ばれた理由の一つだ。
目に見える危険は分かっても、だんだんと近付く破滅には、流石の『猫耳猫』プレイヤーもすぐには気付けなかった。
レイラのことを知らずに彼女の友好度を25まで上げてしまったプレイヤーたちは、取り返しのつかない負債を抱えることになったのだ。
「あ、あの、でもまだ、レイラさんがその『ツンデレ』状態になってないって可能性も……」
黙り込んでしまった真希に変わってイーナがなぐさめるように言ってくれたが、その希望もない。
「いや、実はさ。レイラが『ツンツン』状態から『ツンデレ』状態になる時、絶対に言う台詞があるんだよ。
プレイヤーに最愛の亡父の面影を見る台詞でさ。
突然、言い出すんだよ。
プレイヤーを見て、『……とう、さん?』って」
俺の口ぶりから、みんな、俺がその台詞をもう言われてしまっていることに気付いたのだろう。
「じゃ、じゃあつまりさ、もしかして、もう……」
おそるおそる尋ねてきた真希に、俺は悟り切った笑顔で答えた。
「ああ。もう、詰んでるんだ」
「……そ、そうなんだ」
俺の言葉に真希は鼻白んだが、それでもあきらめずに訊いてくる。
「で、でも、そうは言ってもおなじ人間でしょ?
どうにかしてみんなで仲良くしたりできないのかな?」
真希の平和ボケした、いや、『猫耳猫』慣れしていない言葉を、俺は鼻で笑った。
「それは、真希がゲームでレイラに刺されたことがないからそんなことが言えるんだよ。
同じスライムの仲間だからって、イエロースライムの横にノライムを入れたらどうなると思う?
これはもはや、そういうことなんだよ」
「……うわー」
その光景を想像したのか、真希が顔をしかめた。
「…ソーマ、たべられちゃう?」
リンゴが心配そうに俺を見上げて訊いた。
あわてて真希がフォローに入る。
「だ、大丈夫大丈夫。いくらレイラって人でも、刺すのはともかく、まさか人を食べちゃったりは……あっ」
が、途中で何かに気付いたように言葉を切り、顔を赤くして黙り込んだ。
……お前、今何を想像したよ。
しかし、彼女の二つ名、『夜這う闇』の由来を考えるとあながち……。
「とにかく! これを何とか乗り切るには、彼女のヤンデレ属性を逆手に取って、誰か別の人に惚れさせて俺をターゲットから外すしかないんだ!!」
俺は迷いを振り切るように叫んだ。
いや、本当は邪魔なNPCの無力化方法として、『無限回廊封殺法』と『とこしえの石像法』という有名な手段があるのだが、流石に本物の人間相手にやるには倫理的な問題がありすぎる。
ゲームでは出来なかった作戦で不確定要素は多いが、『偽りの白馬の王子様』作戦の方がまだ穏便だろう。
俺の勢いに、仲間たちも渋々ながら納得してくれたようだ。
ただ一人、今まで何の反応も見せていなかったリンゴだけが、
「…わたし、なら」
と何かを言いかけたが、俺と視線が合うと、首を振って黙ってしまった。
やはり受け入れがたい部分があるようだが、これはもう仕方ない。
ここは先手必勝、みんなの気が変わる前に計画を断行することにした。
「だから俺はこれから、レイラの相手を連れてくる!
ほらサザーン、行くぞ!」
「……え? 僕?」
話の流れについていけずにぽかーんとしていたサザーンをひっつかむと、俺は屋敷を飛び出したのだった。
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