第百三十八章 ヤンデレフラグ進行中
『水没王子』についてはともかく、叙勲式は予想通り、あっけないほどすぐに終わった。
想定とずれていたのは観客の数だけで、それ以外はゲームのままだった。
俺はみんなの代表として『封剣聖猫勲章』を受け取り、そして、
「本当によくやってくれた。君と、君の仲間は我が国の誇りだ。
式が終わったら、君も仲間をねぎらってやるといい」
俺にしか聞こえないくらいの音量で、王にそうささやかれた。
(……来た!)
満足げに立ち去っていく王とは対照的に、俺は身体を固くさせた。
実はこの叙勲式イベントでプレイヤーにとって一番大きな『ご褒美』は、勲章アイテムでも名誉でもなく、さっきの王の言葉なのだ。
実はこれ、最初はバグだと思われていた現象で、『猫耳猫wiki』のバグのページに『クリア後にランダムで仲間一人の友好度が急上昇する(要検証)』と記載されていた。
その後、その不自然な友好度の上昇と叙勲式での王の最後の言葉を関連付けて考える者が出て、どうやら仕様のようだと分かったのだ。
もちろんそれから検証が進み、この現象も完全に解明済み。
今では『クリア後友好度ボーナス』、あるいは『クリア後ヒロインセレクト』なんて呼ばれたりするが、あの王様の台詞を聞いた後、最初に話しかけた仲間キャラクターの友好度が大幅に上昇するのだと判明した。
その上昇値はキャラを問わず、一律で30。
通常のキャライベントでもせいぜい5上がればいい方なので、これはもうとんでもない上昇値と言える。
その活用法は人それぞれだが、クリア前に結婚したい仲間キャラの友好度を70以上にしておき、このボーナスで一気に100まで上げて結婚、とするプレイヤーが比較的多かったようだ。
(しかし、どうしたものかな……)
叙勲式が終わり、俺は仲間たちと一緒に大聖堂から出ながら、考え込む。
この世界では、友好度の仕様がゲーム中とは異なっているのは明らかだ。
友好度については、ゲームの仕様より本人の気持ちが優先されている。
だから、この友好度ボーナスも無視してもいい……とは一概には言えない。
この世界がゲームのイベントや仕様を出来るだけ再現しようとしているのもまたはっきりしている。
この『友好度ボーナス』についても、そのまま話した仲間の友好度が上昇するということはなくても、この状態で話した言葉が異様に好意的に捉えられる、くらいの補正はありそうだ。
……なら俺は、一体誰に話しかければいいのか。
仲間をねぎらう、という意味では、俺と苦楽を共にしてきた相手を選ぶというのは分かりやすい選択だ。
そして、俺がこの世界で一番長い時間を過ごした相手と言えば、
「…ソーマ?」
間違いなく、リンゴだろう。
出会ったのはイーナよりも後だが、一緒にいた時間で言えば断トツだ。
今まで何度となく助けられ、同時にその存在に励まされ続けてきた。
ただ、リンゴはバグキャラの上に、もともと仲間にならないはずの王女のキャラクター。
おそらくはこの友好度ボーナスの適用範囲外だろう。
式が終わってちゃっかりついてきた真希と、その真希が抱き上げているくまも同じ理由で除外。
すると当然、次に候補に挙がるのは、
「先程から黙り込んでいますが、何かありましたか?」
圧倒的なポテンシャルと猫耳のかわいさで、常にパーティに貢献してくれた、ミツキだ。
最初は敵からスタートしたが、その時でもミツキは義理堅かったし、猫耳ちゃんはかわいかった。
仲間になってからは戦闘や索敵、人物の捜索にと獅子奮迅の働きをして、最近では他人への気遣いも覚えた上に、猫耳ちゃんはかわいい。
ここは一つ、猫耳ちゃんとミツキに感謝の言葉を贈るというのはありだ。
だが一方で、ねぎらいという言葉にとらわれず、普通にしていたら仲良くなれない相手を選ぶという選択肢もある。
「ふふ。僕が勇者、ふふふ……」
仮面の下で気持ち悪い笑みを浮かべる変態とは親しくしたくはないが、サザーンのキャライベントでしか入手出来ないスターダストフレアの習得は必須だ。
ここはもう友好度上げと割り切ってサザーンに声をかけて、後の面倒を軽減させるというのも魅力的に思えてくる。
さらに言えば、バグなのか仕様なのか、この友好度ボーナスの適用範囲は広く、仲間に出来るキャラクターが相手であれば、現在のパーティメンバーでなくても構わない。
極端な話をすれば、まだ一度も仲間にしていない相手や、それどころか初対面の相手にでも、この友好度ボーナスは適用される。
いっそこのボーナスは人脈を広げるのに活用するという手も……。
「……あ」
そこまで考えた時だった。
俺の目に、一人の少女の姿が飛び込んできた。
「……イーナ」
彼女は大聖堂近くのベンチの上で、いまだに悄然と肩を落とし、ぽつねんとしてそこに座っていた。
その姿を見て、色々な打算を巡らせていた自分が恥ずかしくなった。
友好度ボーナスなんてものが、この世界で本当に効果を発揮するか、それは分からない。
だがどちらにせよ、そんなもので人の心を操るようなことはやめようと思った。
(このボーナスは、イーナを励ますのに使おう)
指輪の件があるとはいえ、既に友好度が100に到達し、結婚までしているイーナに友好度ボーナスを使う意味は、おそらくほとんどない。
それでもこれがイーナの気持ちを立ち直らせるのに少しでも役に立つのなら、それが一番いいことのように思えた。
迷いは消えた。
俺は一刻も早く元気づけてやろうとイーナの許に駆け寄って、
「あっ!」
それがいけなかった。
周囲に気を配るのを怠っていた俺は、路地から出てきた誰かにぶつかってしまった。
「すみません! 大丈夫ですか?」
しりもちをついた相手にあわてて手を伸ばし、そこで自分が声を出してしまったことに気付いた。
しまったと思って口を押さえたが、もう遅い。
いや、これは仕方ない。
ぶつかった相手に謝罪をしない訳にはいかないし、この人が仲間に出来るキャラでなければ問題ないんだし、と思ってぶつかった相手を見て、
「…………え?」
その瞬間、心臓が止まったかと思った。
相手の顔は、薄茶色をしたみすぼらしいフードに隠れて見えない。
だが、感じるのは圧倒的な既視感。
ゲーム時代の俺の、もっとも新しい記憶が刺激される。
どこからか、カタカタカタ、という音が聞こえた。
ずいぶん耳障りだなと思ったら、俺の歯が上下に打ち合わされていた。
(うそ、だよな…? そんな、偶然……)
だが、無情にも俺の願望は打ち砕かれる。
ぱさりと後ろに落ちるフード。
その下からのぞいたのは、くすんだ金髪と、煤と泥に汚れた顔。
「あ、ぁあ、あ……」
俺の口から、言葉にならないうめきがこぼれる。
そして彼女の手入れのされてない、しかしよく見ると整った唇から、
「……とう、さん?」
そんな絶望の響きが漏れ出て……。
(――ステップ!!)
それは、ほとんど反射だった。
俺は不知火と黄金桜を抜き放つと、
(ハイステップ縮地ハイジャンプ、瞬突、ステップハイステップ縮地!)
全力で、その場を離れる。
街中で武器を使ってはいけないとか、仲間が置いてけぼりになっているとか、そんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。
(まずい、まずいまずいまずいまずいまずい!!)
頭の中にあるのは、とにかく一刻も早くこの場を離れなくてはいけないという危機感だけ。
移動スキルで距離を取り、ハイジャンプと瞬突で屋根に上り、ふたたび移動スキルコンボで屋根を駆けて煙突にぶつかって止まる。
今の俺に出来る、ほぼ全力の逃亡行動。
普通の人間には、何が起こったのかすら分からなかったはずだ。
距離を稼いだことで少しだけ冷静さがもどってきて、俺は後ろ、あの金髪の女性がいた場所を振り返って……。
――まっすぐ俺を見上げる彼女と、目が合った。
「あ、あ、あぁ……うわぁあああああ!!」
……そこから先は、よく覚えていない。
「ん、んぅ…?」
頬に感じるツンツンという刺激に、目を開ける。
「ひっ!?」
突然目の前に見えた血塗られた包丁に驚くが、その持ち主を見てホッとする。
「クリス、ティーナ? 起こしてくれたのか?」
あれから、どうやって帰ってきたのだろうか。
気付けば俺は、屋敷の床にうつ伏せになって倒れ込んでいた。
心配してくれたのか、俺の周りを屋敷の人形が取り囲んでいる。
それ自体は嬉しいが、残念ながら今は構ってやれるような精神状態ではない。
俺の服の中に入り込もうとしているレイチェルを引っ張り出し、俺の背中ではしゃいでいるダニエルをどかしてから、身体を起こして座り込む。
「何で、何でこんなことに……」
頭を抱える。
まだ、身体の震えが止まらない。
確かに、大聖堂の近くは『彼女』の行動範囲だ。
だから普段は出来るだけ近づかないようにしていたし、あの時に警戒を怠っていたのは俺の自業自得だ。
だからって、あんなピンポイントなタイミングで出て来なくてもいいじゃないかと思う。
「シャドウ、アサシン……」
ぽつりと俺の口から、彼女の二つ名が漏れた。
だが、彼女の二つ名はそれだけじゃない。
『影の暗殺者』『歩く死亡フラグ』『夜這う闇』『嫉妬の化身』『羽化する毒蝶』『魂まで見通す者』『永遠の追跡者』『背中の恋人』『絶対不沈友好度』『比翼連理の死神』『病みの女王』、そして『主人公殺し』。
『猫耳猫』全キャラクター中、最多の二つ名を持ち、命が惜しいなら絶対に友好度を上げてはいけない、禁忌の仲間候補キャラクター。
そして、非公式企画『王都危険NPCランキング』において、二位のサザーン、三位のポイズンたんを大きく引き離して堂々の一位を獲得した、最凶のキャラクター。
「――レイラ。レイラ・ミルトン」
彼女こそが必殺技、『プレイヤー強制一撃死』を使う、プレイヤー最大の天敵である。
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