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第百五章 焦燥
 飛び込んできた真希の言葉に、俺は耳を疑った。

 ――迷宮内での集団自殺。

 ゲームでは存在しなかった行動だ。
 しかし、有効ではある。

(少し、考えが足りなかったか)

 真希たちに村を攻めさせるという行動は、ゲームのイベントにはなかった。
 イレギュラーな行動に対しては、イレギュラーな反応が返ってくる。
 当然の帰結だ。

 万全を期すなら、あくまでクエスト攻略からはみ出さない範囲でことを進めるべきだったか。
 いや、どうせどこかで道を外れないと、リファを助けられる望みはなかった。

「そーま?」

 近付いてきた真希に声をかけられて、ようやく我に返る。
 そうだ、今はそんなことを考えてる場合じゃない!

「止めるぞ! 案内してくれ!」

 いくら邪教徒とはいえ、この世界での彼らはれっきとした人間だ。
 説得が出来るとも思えないが、自殺なんて馬鹿なことは出来れば止めてやりたい。
 それに……。

「わ、わかった。こっちだよ!」

 今度は真希に先導されながら、ふたたび迷宮を駆ける。
 そこで横にミツキが併走してきて、ささやいた。

「……彼等が復活させようとしているモノ、見当はついていますね?」
「ああ。たぶん、『アレ』だろうな」

 普通の悪魔復活程度ならここまでたくさんの生贄を必要としないだろうし、復活しただけでゲームオーバーにもならないはずだ。
 それに、この場所の『封印の迷宮』という名前からして、あの場所との類似性を感じる。

「でしたら、分かっていますね?
 その復活は、絶対に阻止されなければなりません」
「もちろん、分かってる」

 何しろ復活=ゲームオーバーだ。
 俺が一番その危険性を認識していると言っても過言ではない。
 むしろ、

「でも意外だな。ミツキなら戦いたがるのかと思ってた」

 ミツキなんかは、復活大歓迎、みたいな感じかと思っていた。
 しかし俺の言葉に、ミツキは猫耳を「ひどいよー」と言いたげによじらせた。

「心外な事を言いますね。
 『アレ』の脅威は父に随分と聞かされてきました。
 個人的に戦ってみたくもありますが、それで討ち果たせなかった結果、無辜の民に危害が及ぶのは避けなければなりません」
「なるほどね」

 それは非戦闘員を守ることに力を尽くすヒサメ家らしい考え方だ。
 無辜の民なんて言葉、実際に使われるのを初めて聞いた。
 まあ、何も悪いことをしてないのにバトルジャンキーのワガママのとばっちりで殺されてしまったら、それはかなり浮かばれない。

「それよりも、貴方は本当に注意して下さい」
「え? 俺?」
「はい、貴方は時々とんでもない事をやらかしますので、くれぐれも軽率な行動は控えるようにお願いします。
 ……等と言ってもどうせ無駄でしょうが、何かやる時はせめて私かリンゴさんに事前に相談を」

 かなり信用がない。
 それをバトルジャンキーさんに言われるのは、それこそ心外だ。

「分かってるよ。
 今回に限っては、俺も自重する。
 何かするとしても、その前に相談くらいはするさ」
「……頼みます」

 そうして俺とミツキの間で合意が交わされた時、先導していた真希が振り向いて怒鳴る。

「もう! さっきから二人で何をこそこそ話してるの!
 そろそろ……」
「ッ!? 前を!」
「えっ?」

 ミツキの警告に真希が振り向くが、一瞬遅かった。

「きゃぁっ!?」

 高レベルキャラのはずの真希の身体が、あっさりと後ろに跳ね飛ばされる。
 それをミツキが受け止めたのを横目で確認しながら、俺は前方、真希を吹き飛ばした『そいつ』をにらみつけた。

「……ご苦労様です、王女様。
 あなたを逃がせば、わたしたちの邪魔をした相手に行きつくと思いましたが、案の定だったようですね」

 ゲームでは聞いた覚えのある声。
 クエストの説明とゲームオーバー前に何度も聞いた、サイガ村の村長の声。
 だが、その姿は既に人の物ではなかった。

「悪魔……」

 黒くゴツゴツとした体躯に、ねじれた二本の角。
 背中に生えた、コウモリのごとき漆黒の翼。

 ――邪教徒を操る悪魔が、その本性を現わしたのだ。


 まず反応したのは、吹き飛ばされた衝撃から立ち直った真希だった。

「どうしてあなたがここに?! 騎士団のみんなはっ?」

 その言葉に、本当の姿を見せた村長は、口元だけの笑みを作る。

「ああ、あの雑魚たちですか。
 今はその辺りに転がっていると思いますよ。
 騎士があれほどまでに弱いと知っていたら、わざわざ手駒を無駄に消費する必要もありませんでしたね」
「ま、まさか…!」

 悪魔の返答に真希が色を失うが、

「いいえ、殺してはいませんよ。
 一人だけ残った『駒』に武装解除をさせているところです。
 だって殺してしまったら、『あのお方』の最後の贄に、粗悪な物を捧げることになってしまいますからね」

 悪魔はそれを否定した。
 ただ、問題はそれよりも『最後の贄』という台詞。
 俺があわてて壁を見ると、いつの間にか壁の数字は『一』になっていた。

 あの村には20を超える数の村人がいた。
 その内の何人かが生贄に出来ない悪魔だったとしても、残りの村人だけで17人の生贄をまかなうことが出来たのだろう。

(まずいぞ…!)

 これはクエストの通りなら、リファが祭壇まで飛ばされる状態。
 いまだにその兆候が見えないのは、クエストがイレギュラーな進行をしているからか。
 だが、おかしいのはそれだけではない。

(こいつ、そんなに強かったか?)

 目の前にいる悪魔。
 サイガ村で戦ったことがあるが、所詮低レベルクエストのボス。
 正直に言って、騎士団が負けるような相手ではなかった。
 油断していたとはいえ、抜群のステータスを誇るはずの真希が吹き飛ばされたのもおかしい。

「腑に落ちないという顔をしていますね。
 わたしたちの計画を見破れても、この石のことはご存じなかったと見える」
「その首飾りは、リファさんがしていた……」

 後ろでミツキがつぶやいた通り、悪魔が手にしたのは、真っ赤に光るペンダント。
 それはリファがしていた呪いの装備と全く同一の物だった。

「この石が何なのか、あなたたちは知っていますか?」
「それは……この迷宮で採れる鉱石、ではないのですか?」
「惜しい。いや、実に惜しい所まで来ています。
 ここにしか存在しないという点については、真実を捉えてはいる」

 ミツキの返答に、悪魔は笑う。

「もう薄々勘付いているのでしょう?
 この迷宮には『あのお方』、我らが崇める唯一神の欠片が封印されていると」
「やはり、邪神『ディズ・アスター』」

 奴の言葉に、ミツキが険しい声でつぶやく。

(やっぱりか……)

 復活しただけで強制ゲームオーバーを引き起こすような存在と言えば、それくらいしか思い当たる物がない。
 確かに隠しダンジョン、『封魔の迷宮』の奥にいた『邪神の欠片』は馬鹿みたいに強かった。
 あれが解き放たれ、何の制約もなく動き回ることが出来るようになったとしたら、世界が滅ぶなんてこともありえない話じゃない。

「ここにあるディズ・アスター様の欠片はそう大きい物ではありませんが、それでも厳重な封印がなされていました。
 迷宮の中心にある大きな扉の向こう。
 そこが『封印の間』です。
 あそこにディズ・アスター様の欠片が封印されています」
「あそこは、『生贄の祭壇』じゃ、なかったのか……」

 俺のつぶやきを耳ざとく聞きつけ、悪魔は答える。

「いいえ、今は『生贄の祭壇』でもありますよ。
 わたしたちは長い年月をかけ、『迷宮内にあふれる力を集めてディズ・アスター様の封印のための力にする』忌々しいこの迷宮の仕掛けを逆手に取り、『迷宮内にあふれる力を集めてディズ・アスター様の復活のための力にする』仕掛けへと作り替えました」
「封印のための仕掛けを、復活のための仕掛けに流用したってことか……」

 それがゲーム時代からあった設定なのか、この世界が現実になったことで生まれた後付け設定なのかは分からない。
 しかし、それを聞いてこの場所での死者がどうして邪神の復活につながるのか、少し理解出来た。

「ただ、ディズ・アスター様に力を届けるには、どうしても一度は直接ディズ・アスター様の欠片に触れ、力の経路を作る必要がありました。
 しかし『封印の祭壇』の前にある扉は強固で、どうやってもディズ・アスター様の欠片の場所まで行きつくことが出来なかったのです。
 わたしたちの計画は、そこで一度頓挫しかけました」

 悪魔の話を聞きながらも、どうしてこいつが長々と話を続けているのか考える。
 何か策があるのか。
 警戒だけはしておかなくてはいけない。

「ですがその時、わたしたちはこの迷宮内で見つけたのです。
 封印の時に弾き出された、ディズ・アスター様の小さな小さな欠片を」
「小さな欠片…? まさかっ!!」

 ミツキは悪魔の言ったことを理解したようだ。
 そして俺も一瞬遅れて理解して、

(おいおいおい! まずいぞ、そりゃ!)

 自分がとんでもない失敗をしてしまったことに気付いて、青くなった。
 思わず左手を強く握りしめる。

「ええ、そうです。
 見つけたのは爪の先ほどの大きさの、小さな三つの欠片。
 わたしたちはそれを宝石に埋め込み、『首飾り』へと加工したのです」

 焦る俺たちを嬉々として見回して、悪魔は語る。

「その『赤い宝石のついた首飾り』は素晴らしい恩恵をわたしたちにもたらしました。
 まず、わたしのような悪魔が身につければ、ディズ・アスター様の魔力があふれるこの空間での力が大幅に上がります。
 それこそ騎士団を圧倒出来るくらいに」
「だから、みんながっ!!」

 真希が叫ぶ。
 悪魔の強さのカラクリは、赤い石の首飾りと、この迷宮の瘴気だった。
 確かに村長とは、地上でしか戦ったことがなかった。
 迷宮の中で戦えば、あれ以上の強さだったということか。

「そして、それを人間につければ、だんだんとディズ・アスター様の魔力が身体に染み渡り、良質な生贄となります。
 ……そうですね。
 二年もあの首飾りをつけていれば、極上の生贄になっているでしょう」
「だからお前は、リファを育てたのか!!」

 もう一つの謎、この悪魔がリファを最後の生贄にこだわる理由も分かった。
 奴はリファに邪神の欠片を仕込んだ首飾りをつけて、生贄として『養殖』していたのだ。
 だが、悪魔はまだ笑う。

「そして、最後の効能。
 ディズ・アスター様の欠片は、力を封印されてなお、引き合おうとする性質を持っています。
 少しでも大きな欠片になって、自ら復活をなそうとされているのです。
 具体的には、小さい欠片はより大きな欠片に引き寄せられ、吸収されようとする。
 その性質を最大に活用すると何が出来るか、分かりますか?」

 その答えは、俺はクエストの中で何度も目にした。
 赤く光る首飾り、そして祭壇へと消えるリファ。

「身につけた者ごと、『邪神の欠片』の場所まで、転移する……」
「そうです。一度使うと小さな欠片は大きな欠片に吸収されてしまうので使い捨て。
 しかも『封印の間』からもどる方法がないので一方通行ですが、そのおかげでディズ・アスター様を復活させる準備は整いました。
 その時に『駒』の一匹と小さな欠片の一つを失ってしまいましたが、些細な犠牲でしょう」
「お前は…!」

 人を単なる使い捨ての道具としか思っていない態度に激昂しかけるが、悪魔は動じない。

「……なぜ、わたしがこれほどまで余裕でいられるか、まだ分かりませんか?
 『封印の間』の封印は厄介でしたが、一度中に入ってしまえば、何より強固な防壁へと変わります。
 たとえそこで何が行われていても、誰にも手出しすることは出来なくなる」

 言いながら悪魔が首飾りを手にした途端、

「しまった!!」

 ミツキが弾かれたように反応、悪魔に向かって駆け出そうとする。

「やめろ! そんなことをしたら…!」

 俺も必死で声を張り上げた。
 奴が首飾りを使えばどうなるのか、たぶん俺だけが正確に知っている。
 それは、なんとしても止めなければならない。

 しかし、


「――遅いですよ」


 無情にも、首飾りは光る。

「さぁ、リファ! お前の役目を果たす時が来た!」

 飛び出すミツキも、必死に声を上げる俺よりも早く、


「あの扉は、復活したあのお方以外に誰も破れない!
 ――我らの、勝利だ!!」


 悪魔の首飾りが禍々しい光を放ち、悪魔の姿がかき消えて――


「――は?」
「――え?」


 ――いきなり俺の超至近距離に、変身後村長の悪魔顔が現れた。

「ぎゃ、ぎゃぁあああああああ!!」

 近くから直視するとかなりグロい。
 俺はあわてて傍らに現れたリファを抱きかかえて逃げ出した。
 情けないと思いつつも、ミツキの後ろに隠れる。

 ――しかし、動揺しているのはほかのみんなも同じだった。

 リファは俺の腕の中で、

「あ、あれ? おにいちゃん? リンゴおねえちゃんは…?」

 と目を丸くしているし、ミツキも何が起こったのか把握出来ず、猫耳をぴょこぴょこさせている。
 そして悪魔に至っては、砕け散った赤い首飾りを呆然と眺め、言葉も出ない様子。

 だが、事前情報が多い分、ミツキと悪魔はすぐに気付いた。
 気付いて、しまった。

「ま、まさか…!」
「まさかっ!」

 二人が声を上げ、俺の方を向いたのは同時だった。
 悪魔は『信じられない』というような愕然とした顔でこちらを見ていて、いつも能面なはずのミツキも『何だこいつマジか』みたいな驚愕の表情でこちらを見ている。
 恐ろしいまでの視線の圧力。

「え、ええっと……」

 二人のプレッシャーに負けた俺は、ごまかすように頭をかいた。


「――やっぱりこれ持ってきたの、まずかったのかなー、なんて」


 そう言って乾いた笑いを浮かべた俺の左手の中。
 さっきミツキたちと別れた時、俺が祭壇の上(・・・・)から見つけてきた真っ赤な石が、不気味な脈動を始めていた。


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