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第百三章 奴の名は
(朝、アベルたちとすれ違った時に気付くべきだったな)

 そんなことを思って、俺は自省した。
 八百屋のおばちゃんの話を聞く限りでは、強制ゲームオーバーを含むクエスト、『生贄の迷宮』は、プレイヤーである俺を抜きにして開始されてしまっているようだ。

 ゲームではプレイヤーが酒場で最後の参加者として申し込みをするまでクエストは動かなかったはずなのだが、この世界ではある程度キャラクターが自由に動く。
 プレイヤーの権限の一部がNPCに移っている、というのは大袈裟だろうが、こういう事態も想定しておくべきだった。
 真希と再会出来るという事実に浮かれ、少しばかり注意力がなくなっていたのかもしれない。


 強制ゲームオーバーのあるこの『生贄の迷宮』というクエストは、二つのクエスト、『生贄の少女』と『妖魔の迷宮』の総称だ。

 『生贄の少女』は邪教徒にさらわれたリファという女の子を救いに、サイガ村西の地下にある遺跡にもぐって邪教徒と戦うクエスト。
 『妖魔の迷宮』は邪教徒が呼び出したモンスターを退治しに、サイガ村東の地下にある洞窟にもぐってモンスターと戦うクエスト。

 一見、二つは全く違うクエストのようだが、実はサイガ村西の遺跡とサイガ村東の洞窟というのは入り口が違うだけで同じ物。
 同じ迷宮に、『生贄の少女』は西から、『妖魔の迷宮』は東から入っていくことになる。

 そして、このクエストの底意地が悪いのはここからで、『生贄の少女』の参加者にはクエストアイテムとして草の首飾りが、『妖魔の迷宮』の参加者には草の腕輪が渡される。
 『迷宮の瘴気から身を守る効果』があるからと渡されるのだが、実際には草の首飾りには『草の腕輪をつけた人間が邪教徒に見える効果』が、草の腕輪には『草の首飾りをつけた人間がモンスターに見える効果』がかかっている。

 そうすると、何が起こるか。
 『生贄の少女』の参加者には『妖魔の迷宮』の参加者は邪教徒に見え、『妖魔の迷宮』の参加者には『生贄の少女』の参加者はモンスターに見えることになる。
 迷宮内でこの二つが出会うと、当然お互いを敵だと思って殺し合い、結果的に邪教徒の儀式のために命をささげることになってしまう、という仕組みだ。

 実はこの二つのクエスト自体が、救援の依頼を出したサイガ村の村人たちの罠。
 サイガ村は村人全員が邪教徒か人に化けた悪魔で、冒険者を殺し合わせることで、『あのお方』と呼ばれる何かを復活させる贄にしようと企んでいるのだ。


 俺も一周目はこの罠にまんまと引っかかって、仲良くなった冒険者とそうと気付かず戦って、相手を殺してしまったという経験がある。
 ゲームだったらまだ笑い話で済むが、これが現実となったら完全にトラウマ物の体験だ。

 だが幸いなことにタネはもう割れている。
 対処法はある。

「真希、ここから北西のサイガ村にいる住人は全て、邪教徒なんだ。
 冒険者を騙して、何か恐ろしい物を復活させようとしてる。
 今すぐ騎士団を動員して、鎮圧に向かってほしい」

 無茶な頼みだと分かっているが、説明の時間はない。
 俺の言葉に、真希はめずらしく真剣な顔でうなずいた。

「わ、わからないけど、わかったよ!
 絶対、騎士団の人たちを説得して連れて行く!
 だ、だいじょうぶ、いざとなったら、色仕掛けを使うから!!」
「いや、それは、やめといた方が……」

 俺の心配そうな視線に、真希は胸を張る。

「ふふ。わたしだってけっこう、本気出すとすごいんだよー?
 ……ちらっ!」

 真希はエプロンドレスのエプロン部分を大胆につまみ上げた!
 真希のエプロンドレスのドレス部分が大胆に露出した!

 ……何がしたいの、この子?

「ま、まあ、いいや。
 とにかく助かる。
 ありがとう、真希」

 これ以上構うと泥沼になることを過去の経験から悟った俺は、早めに会話を切り上げた。
 真希は信用出来ないが、ここは真希の王女という肩書を信用するしかない。

「俺たちは移動だ。説明は、走りながらしよう」

 状況を見るに、クエストは既に開始されてしまったようだ。
 あの『生贄の迷宮』クエストだけは捨て置けない。
 あれは参加者の中に突出した強さを持つ人間がいると危険度が跳ね上がる、まさに『強いだけでは生き残れない』クエストなのだ。


 本当ならKBキャンセルで進みたいところだが、この段階からエアハンマーを連発していたら途中でMPが切れてしまう。
 神速キャンセル移動で進みながら、二人に大まかなクエスト概要を話す。

 あいかわらず情報源については教えられないと断った上で結論だけを伝えたのだが、みんな文句一つ言わずに話を聞いてくれた。

 正確にはリンゴは最初から最後までぽーっと聞き、ミツキは「やっぱりあやしいなぁ」と猫耳を揺らしながら聞き、くまは話を聞いてんだかなんなのか、たまに俺の頭をぺちぺち叩いていた。
 最近は俺の後頭部に張り付くのがお気に入りらしいのだが、もしかすると俺を使ってお馬さんごっこでもやってるつもりなのかもしれない。

 くまについてはともかく、これからの計画としてはこうだ。

 まず、俺たちは全速で地下迷宮に突撃し、クエスト参加者たちを説得、殺し合いの発生を防ぐ。
 出発はずいぶんと遅れたが、向こうは牛車での移動やクエストの説明に時間を取られているはず。
 まだ追いつける可能性はある。

 迷宮内に入って冒険者たちを止めた後は、迷宮に留まったまま真希と騎士団の到着を待つ。
 このクエスト自体は低レベルの内から受けられるもので、実はサイガ村にいる悪魔や邪教徒たちはそんなに強くはない。
 騎士団の実力なら簡単に制圧出来るだろう。

 俺たちが直接出向いて村を制圧しないのは理由がある。
 この『生贄の迷宮』にはバグ、というか手抜きがあって、普通にクエストを進めると、絶対に『生贄の少女』であるリファという女の子を助けられないのだ。

 このリファという女の子は、冒険者たちへのエサ兼生贄の一人として迷宮内に閉じ込められている。
 彼女は冒険者たちがサイガ村の連中の企みに気付くと、邪教徒によって生贄の祭壇に転送されてしまう。
 普通のゲームであれば邪教徒たちを倒した後、生贄の祭壇に行ってリファを助ける、となるはずなのだが、『猫耳猫』には生贄の祭壇のマップが実装されておらず、システム上、彼女を助けることは不可能になっていた。

 ゲームでは解決手段がなかったが、この世界なら違う。
 リファが祭壇に転送されるのは、冒険者たちが邪教徒の企みに気付いて迷宮から外に出ようとした時。
 だったら冒険者たちには迷宮に留まってもらったまま、別働隊に村を制圧してもらえばいい。
 そうすればリファは祭壇に送られることもなく、結果的に彼女を救うことも可能になるはずだ。


 ただそれも、俺たちがクエスト参加者を止めてからの話になる。
 というか、止めないとリファどころか世界が滅ぶかもしれないのだ。

(ま、その辺りがどうなってるか、今一つ不透明なんだけどな)

 ゲームでは確かにゲームオーバーになったのだが、具体的にこの世界で何が起こるのか、それは分からない。
 可能性としては俺が死ぬだけで終わるということも考えられるし、脈絡なく世界が終わりになるという結末もありえる。
 ただ、現実となった世界との整合性なんかも考えると、『復活させられるのがこの世界の住人にはどうにも出来ないほどヤバいモノで、結果的に世界は滅ぶ』という可能性が、一番自然なような気がしている。

 まあ予想はいくらでもつくが、とにかくろくでもないことが起こるのだけは確かだろう。
 そんな事態は、なんとしても防がなくてはならない。

「もうすぐ、サイガ村です」

 ミツキが鋭い声で注意を促す。
 それを受けて、俺だけでなくリンゴの表情も思いなしか真剣な物になる。
 くまも気合を入れるように俺の頬を叩く。
 気持ちは嬉しいが、くまの手はふわふわすぎてむしろ和んだ。

「村人には出来るだけ見つからないように迷宮に入ろう。
 ミツキ、ライデンの位置は?」
「既に迷宮内西側。中心方向に移動中です」

 まずいな。
 だが、衝突は通常、中心部付近で起こる。
 移動しているということから考えても、まだ最悪の事態には至っていないはず。

「俺たちも西側から入ろう。
 ここからは掛け値なしの全速で行く。
 リンゴ、もしかすると置いていってしまうかもしれないが……」
「…いい。あとからおいつく」

 罪悪感から発した言葉を、気持ちよく一蹴された。
 これで気兼ねなく最速で動ける。

「こっちだ!」

 ここまでくればMPも何とか持つだろう。
 KBキャンセルを使った移動を解禁。
 ミツキを先導して、迷宮の入り口に向かう。

 杜撰なことに、入り口に見張りは置かれていなかった。
 壁には、

 + |L

 という光の文字が描かれている。
 ゲームと同じだ。
 ここが入り口で間違いない。

「急ごう!」

 そうミツキに一声かけて、俺たちは瘴気の渦巻く迷宮の中に飛び込んだ。


 このクエストは何度繰り返したか覚えていない。
 いい思い出とは言い難いが、そのおかげで迷宮内の地理は大まかに頭に入っている。

「とりあえず、中心部に向かう。
 近くに人の気配を見つけたら、それからはミツキが先導してくれ」

 そう言いながら、俺はまず中心部に向かおうとして、

「この近くに誰かいますね」
「いきなりかよ!!」

 すぐに出鼻をくじかれた。
 しかし、放っておく訳にもいかない。

「こちらです」

 走り出すミツキについていく。

 迷宮を駆け抜け、いくつかの角を曲がり、俺たちの前に姿を現わしたのは、

「さ、サザーン!?」

 仮面をつけた顔をしょぼーんとうつむけた、天才アホ魔法使い、サザーンの姿だった。


 俺たちの姿を見たサザーンは、しばらくぽかーんとしていたが、すぐに元気を取りもどし、

「ほう? 貴様たちが何者かは知らないが、僕の名前を知っているとはなかなか見所のある奴だな。
 ふふふ、幸運に思うがいいぞ?
 もしも貴様らが望むのであれば、特別に僕の……」

 何か妄言を吐き始めた。

「そういうのはいいんだよ!!
 それより、どうしてお前が一人でここに?」

 俺がそのおしゃべりをさえぎって訊くと、サザーンは仮面に包まれた顔を逸らした。

「っふ。我が闇の力の前に、俗人の作りし破邪の守りなど効かぬ。
 我が大いなる闇に破邪の力が屈した時、僕の……」
「ああ、つまりお前だけ『破邪の草飾り』を壊しちゃったから、怖くて逃げてきた訳か」
「ち、違うよっ!!」

 よく見ると、サザーンの首には本来あるべき『まやかしの草飾り』がない。
 あれは迷宮の瘴気から身を守る『破邪の草飾り』だと言われていたはずだから、それを壊したサザーンがあわてて迷宮から出ようとした、とかそんなところだろう。

「いいか、よく聞けよ? 僕が歩みし暗き闇の運命さだめは……」

 まだ何か変なことを言っているが、草飾りが取れているならこいつに危険はない。
 放置していても大丈夫だろう。

「ま、いいや。それじゃあ俺たちは急ぐから」

 俺はすぐに先を急ごうとしたが、

「ま、待て! 僕をこんな所に置いていくのか?」

 足をつかまれて引き留められる。

「いいから離れろ! 今、お前に構ってる時間はないんだよ!」
「い、いいや、放さないね!
 一人じゃこんな迷宮出られないし、貴様が僕をこの暗くて怖いじめじめした場所から連れ出してくれるまで絶対放さないね!」

 なんか逆ギレしてやがる。
 だからこいつは嫌いなんだ。

「今から俺たちは急いで迷宮の中心に行かなきゃいけないんだよ!
 どうやってお前を連れてけって言うんだ!」

 俺が怒鳴ると、

「それでも構わない! だから君は僕を……」

 サザーンは驚くべき解決策を出したのだった。



「ライデンはな、あれはもうどうしようもない愚か者だ。
 絶対に退却すべき場面で笑顔で突撃していく変態だ。
 ああいう知性の欠片もない行為は僕は好まないな。
 戦いとは常に優雅に行うべき物だよ。
 やはり、こう、炎の魔法とかを使うのが最高だな。
 しかし戦いの美学の分からないそのバカは、僕に小言ばかりを言ってくるのだ。
 全く、ほんの数十回程度こちらの魔法に巻き込んだだけで何を怒っているのだか。
 本当に理解に苦しむ愚物だよ」
「…………」

 俺が無言なのをいいことに、耳元でうっとうしい独白が続く。
 そう、サザーンが提案したのは、俺がこいつを負ぶって連れて行くことだった。
 俺は苦渋の決断としてその要求を飲み、サザーンを背中に乗せて先に進むことにしたのだが……。

「バカラ、あれもダメだな。
 何故か知らないが、奴は僕にばかりきつく当たる。
 ほかのメンバーにはべたべたと鬱陶しいくらいに世話を焼く癖に、僕だけは近寄るのも面倒だとばかりの態度ばかり取るんだ。
 きっと僕の有り余る魔術の才能に嫉妬しての行為だとは思うが、ああいう了見の狭い行為は実にダメだな、ダメダメだな。
 あんまり嫉妬がうざいから、仕返しにこの前あいつの食事にだけ、激辛調味料をぶち込んでやったよ。
 ……後で凄い怒られたが。
 本当に狭量な人間というのは度し難い」
「…………」

 重量が増えたせいでスキルの移動速度がガクンと落ちた上に、さっきからひたすら愚痴をこぼし続けていてうっとうしいことこの上ない。

「アレックズ、彼には反省して欲しいね。
 彼と僕は、ライデンやバカラが出て来る前に出会っていた最初の仲間。
 つまりは盟友だ。
 なのに彼は時々僕を忘れたかのように振る舞うことがある。
 うん、別に寂しい訳ではないぞ?
 しかし、盟友たるぼヒュッ!
 痛っ!
 し、舌を噛んでしまったではないかっ!
 君の背中は実に乗り心地が悪いな!!」

 今度は俺の背中の乗り心地に文句まで言い出した。
 一体なんなんだろう、この限りなくめんどくさい生き物。

 俺の背中で繰り広げられるウザさマックスの独演会に、俺の頭頂部に張り付いたくまが文句を言うようにペチペチと俺の頬を叩く。
 隣を並走するミツキの猫耳も、「どーしてひろっちゃったのー?」と非難するようにぴくぴくしている。

 その圧力に耐え切れず、俺は思わず弁解した。

「いや、こんなのだってあいつらの仲間だし、説得の時にこいつがいれば話が早いだろ?」

 ライデンはなぜか(・・・)ほかのクエスト参加者とサザーンがあまり接触しないようにしていたので、ほかの冒険者はサザーンが自分たちの仲間だと気付かないかもしれないが、ライデンやアレックズだったら自分のパーティメンバーを見間違えたりしないだろう。

 移動速度が落ちるのは痛いが、もともと入り組んだ迷宮では速い移動スキルは使いにくい。
 少し速度が落ちたとしても、ライデンたちへの説得材料としてこれを持っていくのはプラスだと考えたのだが、早計だったかもしれない。

 一応、簡単にではあるが、サザーンにも事情を話しているのだ。
 状況は分かっているはずなのに、この態度。
 こいつはある意味大物かもしれない、とすら思う。

 だが、その地獄の時間も終わりを迎える。

「ライデンの近くに来ました。
 それに、この奥に人の気配が多数あります。
 戦闘は……まだ起こっていないようですね」

 ミツキからの待ちに待った報告。
 どうやら間に合ったらしい。

「いえ……この近くに、もう一団います。
 『妖魔の迷宮』組のようです」
「本当かっ!?」

 思ったよりもギリギリの状況のようだ。
 どちらかが相手の姿を確認したら戦闘に入る可能性がある。

 と、目の前に冒険者の集団が見えてくる。
 これが『生贄の少女』の参加者たちだろう。

(まずい!!)

 武器を構え、物々しい雰囲気。
 向こうがどうだか知らないが、こっちはもう、『妖魔の迷宮』の参加者の姿を発見しているようだ。
 もう一刻の猶予はない。

「ミツキ、『妖魔の迷宮』の方は任せられるか?」
「大丈夫です」

 心強い返事に、力をもらう。

「じゃあ、そっちは任せた。
 こっちは……俺が行く!!」

 迷宮の中だからと封印していた縮地で移動する。
 冒険者たち目がけ、一気に加速!

「それから僕はビュッ! こ、こら、急ぐなら一声かけてからにしてくれ!」

 背中からの文句を無視しながら、俺は冒険者たちの前に躍り出た。


 まずは先頭の集団の意識を、『妖魔の迷宮』の参加者たちからそらさなければいけない。

(ステップ横薙ぎステップハイステップエアハンマー、ステップハイステップ縮地!!)

 武器を構える冒険者たちの間を縫うような小刻みな機動、彼らの注意を引きながら、その進行方向に立ちふさがる。
 最後の縮地を壁にぶつかってキャンセルした時、くまが壁にぶつかって抗議してきたが、今は構っている暇はない。

「な、なんだオマエは!!」

 先頭にいたひげ面の男が、心なしか怯えたような声をあげる。
 彼に訴えかけるように、俺は声を張り上げた。

「みんな、武器を収めてくれ!
 あんたたちが見た邪教徒は、本物の邪教徒が見せた幻だ!!
 本当の邪教徒は、別にいる!!」

 通じるか……?
 俺は不安だったが、そのひげ面の男は、俺の言葉にうなずいてくれた。

「……なるほど、な。よおく分かったぜ」
「お、おい、ラッド?!」

 隣にいた仲間とおぼしき冒険者があわてるが、ラッドと呼ばれたひげ面の男は動じなかった。
 俺を見て、もう一度うなずいたのだ。

「本当の邪教徒は、別にいるんだろ?
 すごく、よく分かるぜ。
 つまり……オマエこそが本当の邪教徒だってことだ!!」
「え、えええっ!?」

 と思ったら、斜め上な結論を出してくる。

「どうしてそんな話になるんだ! 俺は単に……」
「うるせぇ! さっきの動きを見れば、テメェが人じゃないってことはガキにだって分かるぜ!
 悪魔に魂を売ったのか、テメェ自身が悪魔かは知らんが、馬鹿なことをしたな!!」
「えっ、いや、ええっ!?」

 狼狽する俺に、ラッドがたたみかける。

「大体なんだ、その頭の上の動くぬいぐるみと背中の胡散臭い仮面の男はっ!
 オマエほど怪しい人間を、オレは見たことないわっ!!」
「い、いや、これは……」

 ど、どうしよう…!
 割と、反論の余地がない!!

「へへ、さすが、ラッドだぜ!
 みんな、やっちまえー!!」

 隣の冒険者の言葉で、冒険者たちが一斉に武器を構える。
 それも、俺に向かって……。


俺+くま+足手まとい 対 19人の冒険者


 世紀のバトルが、今、幕を開ける!!



「全く、気付いてたんなら早く言ってくれよ」

 世紀のバトルの幕は、開かなかった。
 集団の後ろにいたライデンが、ギリギリで止めに入ってくれたのだ。

「いやぁ、悪いね。ちょっと、一緒にされたくない気持ちが先に立ってしまってね」

 本当はもっと早くに気付いていたらしいのだが、俺たちの姿を見て、なんか急に知り合いだと名乗り出たくなくなってしまったらしい。

 接触の少なかったほかの参加者ならともかく、パーティメンバーにすら他人のフリをされるなんて、流石サザーン。
 驚異の人望のなさだ。

 逆にライデンには意外にも人望があるらしく、俺たちに武器を向けていた冒険者たちは、彼の一言でみんな綺麗に止まった。
 アレックズは状況をよく分かっていないようだったが、なんとなくノリで、

「そうだったのか! おのれ邪教徒め!
 うん、僕も怪しいと最初から思っていたのだ!」

 適当なことを言って話を合わせていた。

 もちろん半信半疑の者が大半なのだが、実際に首飾りと腕輪を使って実演でもして見せれば、みんな信じてくれるだろう。
 後はミツキが向こうを説得してくれているかが焦点になるが、おそらく大丈夫だろう。
 ミツキも有名人のようだし、俺よりも説得はうまそうだ。

 そんな期待を裏切らず、

「ミツキ!!」

 ミツキが『妖魔の迷宮』の冒険者たちを引き連れて、こっちに歩いてきた。
 まだ草飾りをつけている者たちの中には動揺が走ったが、お互いに状況は理解出来ているのか、武器を構える者はいない。
 これで強制ゲームオーバーの危機はほぼ回避出来たと考えてもいいだろう。

「どうやらうまく行ったみたいだな」

 俺もようやく肩の力を抜き、ミツキに声をかけた。
 ミツキもさぞ嬉しそうな顔を、いや、耳をしているだろう、と思ったのだが、その猫耳ちゃんにあまり元気がない。

「大体の人には説得が完了しました。ただ……」
「何かあるのか?」

 俺の質問に、ミツキは猫耳を「困ったことになったよぅ」という風にしおれさせて、答えた。

「ある3人組の冒険者だけが単独行動をしているようで、彼らにはまだ説明が出来ていません」
「……誰だ?」
「アベル、ビート、クリフ、です」

 あいつらか、と顔をしかめた。
 本当に、ろくなことをしない連中だ。

 あいつら自身がどうかなるのは構わないが、もし奴らがリファを見つけてしまったら、リファの身が危ない。
 探しに行くしかない。
 俺がため息をついていると、

「あー、その、悪い。こっちのチームにも一人だけ、単独行動してる奴がいるんだが……」

 ライデンが、さらなる厄介事を持ってやってきた。
 なんとなく嫌な予感を覚えつつ、訊く。

「その、単独行動してる奴って、誰だ?」

 するとライデンはバツの悪そうな顔をして、最悪の答えを返した。
 つまり……。

「オレたちのパーティの一人、バカラだよ」



 ライデンの話によると、バカラはサザーンが離脱してほどなくして、『こっちから獲物の気配がする』みたいなことを言って、どこかへ歩き去ってしまったらしい。

(なんで、よりにもよって!!)

 そんなぶつけどころのない憤りを必死で抑えながら、俺たちは必死で迷宮を駆けていた。

「ミツキ、急いでくれ! あいつらが出会ったら終わりだ!!」

 バカラはスペックだけなら最強なアレックズパーティの一人。
 そのレベルは150を軽く超えるだろう。

 一方、アベルたちはあくまで王都序盤のライバルキャラ。
 そのレベルはせいぜい、70に届くかどうかという程度のはず。
 3対1だったとしても、まるで勝負にならない。

 しかも、バカラは首飾りを、草の腕輪をつけた相手が邪教徒・・・に見えるというクエストアイテムをつけているのだ。

(この、ままじゃ……)

 俺の脳裏に、彼ら3人の最悪の未来が映し出される。
 胃の中から苦い物が込み上げそうになった。
 どうどう、とくまが俺の首筋をなでてくれたが、そんなことでは収まらない。

「随分と、必死なのですね。
 彼等は王都の入り口で貴方に暴言を吐いた相手でしょう?
 そんな人間を相手に、貴方はそこまで必死になるのですか?」

 ミツキはまた、俺が関わりのある相手に入れ込み過ぎていると言いたいのだろう。
 だが、これはそういうレベルの話じゃない。

「違う! これは人間の、いや、男の尊厳の問題だ!!」

 俺がそう怒鳴りつけると、ミツキは「ふーん」と猫耳を一度だけ跳ねさせた。
 納得しているという様子ではないが、それでも速度を緩めずに進んでくれているのは感謝するべきなんだろう。

(間に合え、間に合えよ!!)

 そう念じながら、ミツキの先導で一心に進む。
 じりじりする時間が続き、ようやく、

「反応が近い。もうすぐ、見えてくるはずです」

 ようやく、ゴールが見えてきた。

 しかし、俺が少しだけ気を抜いたその瞬間だった。
 前方から、


「アッーーーーーーーーーー!!!」


 迷宮全てに響き渡るような悲鳴が響く。

「まさかっ!!」

 残り少ない魔力を振り絞り、速度を上げて進む。
 だが、俺が現場に駆けつけた時、もう全ては終わっていた。

「間に、合わなかったのか……」

 悔恨と憐憫を込めて、そうつぶやいた。

 足元には、折り重なるように倒れた半裸の冒険者、アベル、ビート、クリフ。
 激しく着衣を乱れさせたまま、ぴくぴくと痙攣している。

 そして、その真横に悠然と立つ筋骨隆々の男が、俺に気付いて振り向いた。


「あらん? アナタもなかなかイイ男じゃない。アタシに何かよーぉ?」


 彼こそが、アレックズたちのパーティ最後のメンバーにして、『猫耳猫』における最強クラスの冒険者の一人。
 その言動から『名を呼ぶ事も憚られる恐ろしく冒涜的な穴掘り師ローズピアサー』なんてやたら長い異名を持つ、ガチホモ系格闘家。

 筋肉のつき方やヒップのラインで人が判別出来る(ただし男に限る)という特技を持つ彼は、その名を、


 『薔貫薇バカラ


 と言った。


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